第11話 悪魔の告白
屋敷の私室に戻ったわたしは、ロビンを呼び出すべく、鋭く鐘を鳴らした。
だが、いつもならその余韻が消えるより先に、
足音一つ立てず現れるはずの男の気配がない。
(何よ、あいつ……!)
胸の奥で、むかむかとした苛立ちが膨らんでいく。
わたしはスカートの裾を翻し、屋敷の廊下を足早で進んだ。
まさか、と思いながらも足が向いたのは、
本邸から少し離れた場所に建つ、私設聖堂だった。
古びた扉を、ゆっくり押し開く。
軋む音とともに、夕暮れの光が差し込んだ。
ステンドグラスを透過した赤い残光が、
血を流すように床と壁を染め上げている。
その中央――女神像の前に、男が一人、跪いていた。
背中を丸め、組んだ両手に額を押し当てる姿。
微動だにしないその背からは、
言葉では表せないほどの悲痛な色が滲み出ている。
――懺悔。
そう理解した瞬間、全身の血が逆流するような衝撃が走った。
「何してるの」
静寂を切り裂くわたしの声に、ロビンは弾かれたように顔を上げた。
振り返ったその表情は、よく見慣れた冷徹な従者のものではない。
年相応の弱さを曝け出した、十七歳の青年の顔だった。
だが、相手がわたしだと認識した刹那――
その瞳から、すっと感情が引いていく。
一瞬で仮面を被る、その仕草が……わたしの神経を鋭く逆撫でした。
「あんた……もしかして後悔してるわけ?」
「いいえ」
淡々と否定しながら、ロビンはゆっくりと立ち上がる。
「じゃあ、どうしてここにいるの」
問いかけると、彼の顔に濃い影が落ちた。
寂しそうに目を細め、女神像を見上げる。
「……犯した罪の重さを、女神様に告白しておりました」
「罪ですって……?」
頭に血が上る。
気づけば、わたしはロビンの目前まで詰め寄っていた。
この男にだけは、その言葉を口にしてほしくなかった。
アリスは、潰されて当然の女だ。
エドワードは、踏み台にされるだけの男だ。
ロビンが情を切り捨て、「悪魔」として徹していてからこそ、
わたしは迷いを捨て、ここまでたどり着いたというのに。
「この、意気地なし……!」
気がついたときには、わたしはロビンの胸ぐらを掴み上げていた。
「なんでそんなことを言うの!? 罪なんかじゃないわよ!」
「……」
「わたしたちがのし上がるための、たった一つの手段なのよ!
騙される方が悪いの!
孤児にしてやられる貴族どもが、マヌケなだけじゃない!」
叫びながら、何度もロビンの胸を強く叩く。
鈍い音が、聖堂に虚しく響いた。
――わかっている。
これは、見苦しい八つ当たりにすぎない。
けれど、この男の祈りが、
清廉であろうとする心が、どうしても許せなかった。
なぜ、胸が引き裂かれるように痛むのか。
「撤回しなさいよ、ロビン!」
頬を打とうと手を振り上げた瞬間、
鉄の輪のような力で手首を掴まれた。
至近距離。
燃えるような赤い瞳が、わたしを捉える。
「あなたの言う通り、私は意気地なしです」
掴まれた手首から、ロビンの体温が痛いほど伝わってくる。
「愛している人を、正面から奪う度胸もない。
……だからこそ、これは私にとっても、唯一のやり方なのです」
「……」
言葉を失い、唇を噛み締めた。
その瞬間――
乱れたシャツの襟元から、生々しい火傷の跡が覗いた。
皮膚が焼け、爛れたまま残された痕。
「それ、どうしたのよ」
ロビンの瞳が、ほんのわずかに揺れた。
彼は手を離し、隠すようにシャツの合わせを正す。
「……二回目の際、しくじりました」
「……か、簡単に盗めたんじゃなかったの?」
「顔は見られておりません。ご安心を」
「そんなことを言ってるんじゃないわよ!」
再びシャツを掴み、激しく揺さぶる。
「どうしてそこまでして、わたしに執着するの!?
わたしみたいな悪女に、なんの魅力もないでしょ!?」
「……クローディア様の心根は、お優しいと知っております」
「優しい人は、こんなことしない!」
「いいえ。罪を犯したのは私です。あなたはただ、望んだだけ。
……クローディア様は、清らかな聖女のまま、何も変わっておりません」
拳を握り締め、視線を床に落とす。
偽りだ。
自分は聖女などではない。
ただの、卑しい孤児だ。
不意に、ロビンの手が、わたしの髪をそっと撫でた。
「……覚えていますか。
昔、よく泣いていた私の頭を、あなたはこうして撫でてくれた」
「子供の頃の話よ」
酷い傷を負っていた彼を、満足に扱えない治癒魔法で癒し続けた日々。
少しずつ消えていく傷を見ることが、唯一の支えだった。
文字が読めないロビンに絵本を読み、
食事を分け合い、どこへ行くにも連れ歩いた。
家族のように、振る舞おうとした。
「……わたしが、誰かにしてほしかったことをしただけ」
感謝されることで、存在価値を確かめたかった。
褒められたい、愛されたい。
ただの、利己的な自己満足だ。
「あんたじゃなくても、よかったのよ!」
叫んでも、ロビンは静かにわたしを見つめ返すだけだった。
(だめだ。揺らぐな……)
唇が切れるほど、強く噛み締める。
泥沼に堕ちる覚悟は、とうに決めていた。
王妃の王冠さえ手に入れば、すべて報われる。
ゆっくりと、ロビンの手が離れていった。
「……クローディア様」
「なに」
「九回目のご命令を」
重苦しい沈黙の中で、視線が絡み合う。
乱れた髪をかき上げ、真っ向から睨み据えた。
これが、最後になるはずの命令。
(ここで立ち止まれるわけがない)
悪女として、地獄の底まで堕ちきってやる。
喉が鳴る。
「【アリスがマクレイン家の魔法石を売ったという証拠を捏造して】。
……今度こそ、エドワードの信頼も失墜するはずだわ」
「……承知いたしました」
夕闇が、わたしたちを完全に飲み込んでいった。




