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実録 異世界転生 悪役令嬢とか魔王と勇者とか

作者: 無呼吸三昧
掲載日:2026/01/07

むしゃくしゃして書いた。

悪気はなかった。

異世界転生をご希望ですか?







はぁ…







では、まずそのふざけた幻想ファンタジーをドブに捨て、常識の範囲でお読みください。






「まず、アナタは異世界転生したいですか?」






 雑踏の交差点。信号待ちのスマホゾンビたちの群れの中で、その声は鼓膜に直接張り付くようなクリアさで響いた。

 顔を上げると、そこにいたのは絶世の美女だった。

 AIで作った理想画像をそのまま3Dプリンタで出力して、最高級の香水をぶっかけたような、現実感のない造形美。

 俺は反射的に眉をひそめた。


 見たことがある女性だ。

 確か、大学のサークルで俺と入れ違いで卒業していったOBの筈だ。

 えっと夢なんとかってメンヘラっぽい名前だったんだけど思い出せないなぁ。



「……新手の詐欺でか?

 悪いが宗教なら間に合ってます。

 信じない宗教に意味はないから。」




「詐欺…ですか?

 せっかく街角でたまたま見かけた後輩に、とても良い話があるから声をかけたというのに…」




 彼女は長い睫毛を揺らし、面白くもなさそうに俺を見下ろす。



「はぁ、では今、私が異世界転生したいかという設問、これが詐欺であるという立証ができるなら、詐欺でいいですよ。

 どうぞ、今ここで証明してみてください。」


「は?」


「私の発言に対し、詐欺罪を立証できますか?

 という質問です。


 それは何という詐欺にあたりますか?

 証明できないならなら、まずは保留にするべきかと。」


あ、う~ん…

確かに特に何も要求されてない…

この状況では詐欺でもなんでもないな。


「それより質問に答えてください。

 現状ここから逃げたいのでしょう?

 別のどこかへ行きたいのでしょう?」


 図星だ。

 仕事はキツい、給料は安い、楽しみもない。

 毎晩、布団の中で「トラックに跳ねられたら」と妄想する程度の、ありふれた絶望。


「……したいよ。

 そりゃな。

 もっとも、痛くも苦しくもなく、なんの影響もなくできるなら…って、みんな思ってるんじゃないか?」



美女はにっこり微笑むと、うんうんと頷く。



「それは重畳。

 結構なお話です。

 では早速手続きの説明をいたしましょう。

 強制はいたしませんので、まずは会場までお越しください。」


 彼女はそう言って踵を返すと、最寄り雑居ビルの狭い階段ではなく、区役所の出張所が入っている公共施設の方へと歩き出した。


 連れて行かれたのは、地方行政が管理している貸し出し会議室だった。

 長机にパイプ椅子。ホワイトボードには前の利用者が消し忘れた『第3回 商店街活性化ミーティング』の文字がうっすら残っている。

 異世界へのゲートにしては、あまりにも世知辛い。


「お座りください。」


 彼女はパイプ椅子に優雅に腰を下ろすと、カバンから分厚いバインダーを取り出した。


「これより、異世界転生プログラムの適性審査および事前講習を行います。

 私は担当のコンサルタント 夢野 女神-ゆめの めがみ-です。」


「いや、名前すごくない?

 っていうか……ここ、会議室だろ?

 轢かれるトラックでもあるのかと思ったけどどうやって異世界いくんだよ。

 もしかして魔法陣でもあるのか?」


「トラック?

 魔法陣?

 まぁ用意できますが、実費でよいですか?

 レンタリースでカニみたいな名前の2t車借りてきましょうか?

 魔法陣に関しては実績の確認できた本物がないので、本当の意味でのホンモノになりますが。」


 彼女は鼻で笑った。


 明確な嘲笑。


「あのですね、お客様。

 異世界転生というのを、もしかして物理的などこかの世界への移動のことだと思っているのですか?」



「違うのかよ。」



「違います。

 世界という定義は『観測者の主観』によって定義されるものです。

 アナタの認識、アナタの解釈、アナタの感じ方。

 それが変われば、そこはもう異世界です。

 我々はアナタを物理的にどこかへ送るのではなく、同世界別室移動、あるいは認識のチューニングを行うだけです」



「はあ?

 それじゃただの洗脳じゃねえか」



「では、最初に。

 とにかく納得するまで説明しますので、黙って聞いてください。」



 彼女はホワイトボードの前に立ち、黒のマジックペンを走らせた。

 キュッ、キュッ、という音が静まり返った会議室に響く。


「多くの希望者が、いわゆる『なろう系』のような世界を夢見ています。

 ですが、あれはフィクションです。

 お分かりですか?」


いや、普通わかってるだろう?

アレにリアル求めるやつも、普通の神経で理屈に納得するやつもいない。


「そう、アレは現実的な社会構造を無視した、都合のいい妄想で、ゴミの思考を養成するための掃き溜めです。」


おい。

言い方。

それ、言ったらダメなほうの言い方な。



彼女は徐にホワイトボードに『悪役令嬢』と書き殴り、その上に大きくバツ印をつけた。

何度もバツをつけ続ける。



「まず、悪役令嬢が流行っているので、こちらを例に説明書ましょう。

 普通に考えて、こんなものは存在しません。」


「えっ?

 いや、まぁ…」


「え?じゃないです。

 考えてもみてください。

 高貴な血筋に生まれ、幼い頃から帝王学と洗練されたマナー教育を受け、社交界という戦場を生き抜く貴族の令嬢ですよ?

 親は世界の中で選別された血筋の高学歴かつIQの高い高レベル人類。

 そんな中でエリートとして生まれ育てられた彼女たちは極めて損得勘定が高い生き物です。」


「そ、そりゃそうなんだろうけど、創作だよね?」



「平民のヒロインをいじめる?

 食堂で大声を上げる?

 ドレスを切り刻む?

 そんな生産性のない、リスクしかない行動を取るわけがないでしょう?

 彼女たちはもっと陰湿に、かつ法的に、あるいは経済的に相手を追い詰めます。

 本物は微笑みながら相手の家ごと取り込み、利益を掠め取り、そして残った平民たちを労働力として使うのです。

 創作だろうが無かろうが、無いものはないのです。」



俺は何も言えなくなった。

確かに、名家のエリートが金も人脈も使って育てた、虎の子の政治道具である娘。

それがそんな隙を見せるだろうか。


まぁありえない。

言っていることは正しい。

が、創作だって話聞いてる?



「次に、『魔王と勇者』について」




 彼女は『談合』と大きく書いた。


「これが、正解。

 あたりまえ。

 普通ですから。」



「えっ、戦わないの?」


「戦ってどうなるのです?

 一生懸命やりあって何の意味があるんです?


 戦争は経済活動です。


 魔王軍と人類軍、双方が適度に緊張状態を保つことで、軍事予算が動き、技術が発展し、権力構造が維持される。

 ガチで殺し合ってどちらかが滅びたら、その後の失業率と経済不況はどうなるとお思いですか?」


「ゆ、夢がない……」


「夢で飯は食えません。

 異世界でもそうです。

 世界観に伴う正常な食文化や教育体系は存在します。

 勇者が魔王を滅ぼして世界統一しても、魔王軍が一方的に表の世界を滅ぼしても、どちらにしても普通に行政が発達します。

 それなら出来レースで戦争してたほうが利益を享受しつつも民意を先導しやすくてよいと思いませんか?」


彼女のペンが止まらない。

俺の夢が、ロジックという名の暴力で解体されていく。


「それとも、アナタは現代知識で無双したいとお考えですか?

 マヨネーズを作って『美味い!』と絶賛されたい?

 ポンプや水車を作って感謝されたい?」


「あ~……ちょっと、思ってた」


「あのですね、現地の人間を馬鹿にするのもいい加減にしてください。

 彼らはそこで何百年、何千年と生きているんですよ?

 自分が食べるものを美味くしたいという欲求は、生物としての根源です。

 彼らが研究していないとでも?」


「で、でも、現代の知識は……」


「にわかの現代人が知っている程度の知識、たとえば『マヨネーズは卵と油と酢を混ぜる』程度の情報は、現地ではとっくに試されています。

 その上で、保存性の問題や、現地の気候に合わないから定着していないだけかもしれない。

 アナタが持っているレベルの知識なんて、向こうの職人からすれば『ままごと』です。」


彼女は俺の目を真っ直ぐに見た。

その瞳の冷たさに、背筋が凍る。


「ならチート能力が欲しい?

 ああ、アナタが持っている程度のスマートフォンや、ネット検索能力のことですか?

 そんなもの、あっちの世界の魔術師や賢者は、きっと高度な体系として持っていますよ。」

 

「でも、ステータスとか、スキルとか……」


「それが見えたからといって、アナタが持ってる能力で人に勝てると思う時点で、競争社会を舐めてますよね」


 彼女は溜息をついた。

 心底、呆れ果てたという顔で。


「いいですか。

 チートというのは『システムのエラー』を使った不正行為です。

 バグ利用です。

 もしそんなものが簡単に手に入るなら、それはもうバグではなく仕様です。

 そんなの、アナタが使えるなら、他のみんなも使えるに決まってるじゃないですか。

 結局、そこでもチートを使った競争が待っているだけです。」


「…………」


「だいたい、スキルとかがあったとして、固定動作の決まってるような攻撃スキルなんて、しょせん死に技。

 そんなもの、いったい誰が使うんですか?

 『スラッシュ』と叫んだら特定の軌道で剣を振る?

 そんな予備動作も見え見えで残身もない隙だらけの攻撃、実戦で使ったら即死ですよ。

 即・死

 達人なら隙を狙って横から首ちょんぱです。」


「ゲームでもあるまいし……」


「そうです。

 ここはゲームではなく現実です。

 あるいは、これから行く異世界も『別の世界』の現実という定義でしかないのです。

 ステータスの数字に何の意味があるんです?

 筋力Aなら筋力Bに絶対勝てるんですか?

 体調は?

 地面のぬかるみは?

 昨晩の食事は?

 無限の変数が絡み合うのが世界です。

 数字遊びがしたいなら、家で電卓でも叩いてエクセルで比較してればいいんです。」


 ぐうの音も出ない。

 俺が求めていたのは都合のいい現実逃避の場所なのに、状況がそれが許されない。


 逃げ場なんてない、と。


 彼女はバインダーを閉じ、コツンと机を叩いた。

 そして、今までで一番冷酷な声で、問いかけてきた。


「最後に一つ聞きます」

「……なんだよ」


「アナタの行きたい異世界って、本当に世界として存在できるんですか?」


 その問いの意味が、すぐには理解できなかった。


「そもそも、アナタ、本当に自分が生きてるって証明できますか?」


 心臓がドクンと跳ねた。

 会議室の空気が、急に薄くなった気がした。

 彼女の姿が、少しずつノイズ混じりになっていく。


「ここが現実だという保証は?

 アナタがトラックに跳ねられる前の走馬灯でないという証明は?

 あるいは、水槽に浮かんだ脳が見ている夢でないという確証は?」


 彼女はニッコリと笑った。

 その笑顔は、あまりにも美しく、そして虚無的だった。


「さあ、残念ながらアナタの主観は変わってしまったようです。

 ここは先ほどのアナタからみたら異世界でしかありません。


 手続きを続けましょうか。

 変わったアナタの主観に対し、対価を支払うための簡単な作業です。


 サインをこちらに。

 印鑑は不要です。

 自筆でよい時代になりました。

 まさに異世界のようです。」


差し出されたボールペンは、どこか分からない企業の販促品だった。


異世界へ行きたい。

こんな意味不明な現実だけを突き付けられる世界に愛想がつきた。


俺の手は震えていた。

けれど、俺が今いる場所が「世界」なのかどうかすら、もう分からなくなっていた。



「クーリングオフの際には、元いた世界に戻ったことを証明して2週間以内にお手続きください。

 言い忘れましたが…異世界美女である私もウ〇コはします。

 これが現実というものです。

 では、よい異世界ライフを。

 お帰りはあちらになります。」



最後、手持ちの少なかった俺はデビットカードで5万5千円を決裁し、複写の片割れと領収書を貰って部屋を去った。


領収証に印紙が貼られていないのに気が付いたのは暫く経ったあとだった。

書く練習ですかね。

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