8話
確か、記憶が正しければ、ロス家には3人の娘がいた。長女と次女は、パーティーでも目立っていたし、兄の婚約者候補にも挙がっていたから、記憶にある。だが、3人目の記憶がどれだけ探しても思い当たらなかった。
それは、騎士団にいる、貴族たちの誰に聞いても同じ認識だった。
「ロス伯爵と、サラ令嬢と、ミナ令嬢はパッと浮かんでくるが」
負け試合の後、正直周りの励ましの言葉などあまり入ってこなかった。多少のショックはあったが、天才ってのを前にすると、呆気にとられる。だって、こいつ魔法使ってないんぜ。ロス家の、結局男か女かわかんなかったが、少なくとも、剣なんて習える環境には育ってなかっただろう奴が、ルールにきっちりのっとって、折れそうな細い腕で圧倒してくるんだ。
世の中ってマジ意味わからん。
「ラニ隊長が、わ、私でも強くなれると、言ってくださったのです。団長の部隊になれなかった絶望で目の前が真っ暗になっていましたが、もう少しだけ頑張ってみようと思います」
「そうか、俺も、お前の顔がまた見れると思うと嬉しいよ」
自分に配属の権限が全くなかったわけではないが、新しい部隊への編成で、魔法を使った部隊である、第二、第三部隊への編成がより優先されたところがあった。剣術隊は現状数に困っていないし、才覚が認められなければ、第一部隊に戻す話となっていたからだ。
「俺も、学校に戻されると聞いたとき、辞めることを考えましたが、ラニ隊長の元で、力を磨こうと思います。何時か、団長の隣で戦う夢を、叶えて見せます」
「あぁ、頑張れ」
15、16の頃は、お前は余計なことばかり言うから、婚約者に逃げられるのだと、父に怒られたものだった。20歳を過ぎ、いいことは言えずとも余計なことを言わず黙るというのを覚えた。
剣技を交えればわかる。あれは天才中の天才だ。お前たちが、体格に恵まれなくても、あぁなれるかもしれないと憧れる存在ではない。と。言わなくなった俺、えらすぎ。アレン王子の元で、8割以上を過ごし、訓練できた時間は、一日を考えればそう長くなかっただろうに、型のない剣があんなに強くてたまったもんか。
魔道剣術って、合わさったらどうなんだよそれ。
絶望してた部下たちの目に光が宿っていた。一応、彼と言っておこう。彼の胸には、直系の者だけが付けることを許されるペンダントが付いている。だから間違いなくロス伯爵の実子であろう。
伯爵家の中にもランクがあり、ロス家は現在頂点と言って過言ではない。本当に男なら、跡継ぎだろ?なぜこんなところに。ロス伯爵はまだ若い。だから、殿下に取り入らせるためにここにいるのか?そもそも、俺の記憶では三姉妹なのだ。でも、少しも思い出せない。
「あーーー、パンクだ。意味わかんね」
「団長何してんですか」
「降格したから隊長な」
「降格のショックですか」
「ショック受けてるように見えるか?」
「いえ、全然。むしろ騎士としてはその立場を嘆き、上を目指すべきだと思いますけど」
「上ねぇ……、」
騎士団長なんてやってたけど、興味ねぇんだよなぁ。元々実家と不仲で、見返してやろうって上を目指してたけど、父から戻ってこないかと言われて、戻るか死ねと叫んだ時点で俺の目標は達成されているわけで、正直第三騎士団のウイのほうが実力があるのは、火を見るよりも明らかだったし。武闘大会の結果はまだしも、マジでこっちはショックでもないんでもない。
そもそも、あんなに真面目でやる気がある男の上に立ちたくないし。
「そんなことより、ラニス・ロスって男だと思うか?」
「ホントにそんなことよりですね」
「俺の記憶じゃ、ロス家は跡継ぎいないはずなんだよ。三姉妹なんだ」
「三姉妹だってのは私も知っていますが、その後に男児がいないかどうかは何も知りません」
「……気になる」
「男でも女でも実力があるなら私は問題ないと思いますが」
「いや、不満とかじゃなくて」
副隊長、レオ・ヴァレンタインは首を傾げた。
「女かどうか死ぬほど重要だろ」
「いや全く重要ではないかと」
「お前な。今回の編成で何が起こったかわかってんのかよ」
「素晴らしい結果になったと思っていますが」
ほんっとに、つまんねー男。ちなみにこいつも天才組ね。どこに筋肉ついてんだか知らないが、弱い17歳で、前の第一騎士団の副団長を務めていた。物語の王子様のような顔をしていて、まるで、微塵も、女に興味がない。
「お前と話しても何も進まない。意味がない、俺はそんなくだらない真面目な話をしたいんじゃない」
「はぁ……、女性だったとして、なんだってんですか。隊長には何もできないではないですか。ロス家の方に手なんか出したら今度こそ本当に勘当されますよ」
「あるかもしれないだろ。これから当分近くで過ごすんだから」
「それで、男性だったらどうすんですか。目覚めたんですか」
「嫌だーーーー!!夢がねーーー!!!」
今回の編成で、元から少なかった女性騎士たちが、ほとんどみんな第二騎士団へ異動となった。入れ替わりで入ってきた第三騎士団は、俺らの3倍むさ苦しい筋肉だるまだし、もう、見える景色に女いないわけ。今回の新入団員もほぼ男だし。
「教えんのも向いてねぇし、俺、貴族学校親に金積んで貰って卒業するほど勉強できねぇのに、壇上で教科書読むの無理くね?」
「とりあえずここで情けない姿を晒さないでください。隊長がどれだけ薄っぺらい人間だったとしても、ここにいる大抵の人間は、貴方に羨望や憧れを抱いているのです。この先の騎士団のために、隊長は、きちんと目標でいてください」
ぐうの音も出ず、机に突っ伏す。だが、そんな時だ。
「あの、アルベルト隊長ですよね。先日は試合ありがとうございました」
目を見開いて、レオに背中をバンっと叩かれて現実へ戻る。
「あ、あぁ、こちらこそありがとう」
「その、よければですが、一緒に勉強しませんか?」
「え?」
「私も、アレン王子の側に使えていた時間が長く、貴族学校もきちんと卒業していないため、教師として自信がない部分が多いのです。今後の方針を隊長たちで考えることも大切だと思いますし、時間があるときなど、一緒に学べればと思ったのですが」
この数秒の会話で察する。レオタイプだと。真面目系、真面目だ。
俺ってやる気ないけど才能あるよなーって本当に思う。昇りつめて気づいたが、本当の上は、やる気があって、志がある奴しかいないのだ。ワンチャンあるかないか知りたいから、男か女か教えてくださいって、絶対言えないやんこれ。
「もちろん、一緒に勉強しましょう」
腹とは逆に、返事をしていた。脇でレオが頭を抱える。むしろ17で性欲に負けないお前がおかしい。俺は当分性欲に負けて生きていくことに恥すらない。
そうやって始まった勉強会。ロキとラニと今後について話し合いつつ、戦術についての授業をまとめてゆく。流されて真面目な話をしつつ。ラニの顔を眺める。
「あの、私の顔に何かついていますか?」
「いや、大したことではないのですが、俺らって会ったことありますかね?」
これなら聞いても怒られないだろう。だが、ラニは非常に微妙な顔をした。眉間にしわが寄って、うーんと悩み。
「あるかもしれませんし、無いかもしれません。式典などで会ってる可能性も高いなと思いますが」
「……いや、それはそうですね。すみません。変なことを聞きました」
「いえ、あの、ですが、これからは長い付き合いになるでしょうから、ぜひ私のことは愛称で呼んでいただければと思います。お互い呼び捨てにしましょう」
めちゃめちゃ心の中で呼んでいたが。
「あぁ、よろしく。ラニ」
「よろしくお願いします。アル。ロキも引き続きお願いします」
「もちろん。いい部隊を作ろう」
納得いくような、行かないような、つまんねー真面目な会話の途中。
「ちょうどいいところに集まっているな」
低く響く声。さすがの俺でも聞き間違えることのない声である。
「殿下」
「少しいいか。ちょうど3人に話があるんだ」
席を移動し、3人が横並びになる。隣に座ったラニからは、女っぽい匂いがした。あー、殿下の話、入ってこね。




