3話
また、殿下はおかしなことを言いだした。
「今すぐにチェスで俺に勝つのは至難の業だろう。俺は幼少期よりやってきたわけだしな。だから、早急にお前が活躍できるゲームを考えた。ありがたいだろ?」
「あ、ありがとう、ございます」
どうやら私は、殿下の娯楽の相手に選ばれたらしい。最近知ったが、頭を使いすぎると、騎士たちに剣を習っていた時以上に体重が減る。食っても食っても痩せていく。頭を使うのは苦手じゃないが、好きなわけじゃない。
王子の側にいるときも、正解の分からない答えを探し続け、捨てられるその瞬間まで頭を悩ませていたというのに。
「一度手合わせしてみよう」
「殿下とですか」
「お前の実力なら、俺を華麗にあしらって、怪我もさせず打ち負かせるだろうから、分かりやすく実力を提示してくれ」
殿下の実力を私は知らない。そもそも剣を扱っている姿など。
合図もなく木の剣で打ち込まれた。2回、3回剣を受け、分隊長クラスの力はあるだろうか。剣をふるっている姿など見たこともなかった。存外、実力があるらしい。
「よそ見か」
「剣の実力を示すというのは存外難しいものです」
「何を考える」
「殿下は剣に魔法を付与することは可能ですか?」
「まぁ、一応」
「では、好きなように魔法を使っていただいて構いません。私は片手をふさぎましょう」
「あまり調子に」
「いえ、本当に、剣には自信がございます。まさに、殿下のチェスのように、私はこの城に来てから12年、剣を学んでまいりました」
勝っていいと言われている。王子としたままごとの試合と同じではない。自分の実力を示したうえで、怪我をさせないように、勝つ術を。なまくらの木の剣だ。刀身の強さが均等じゃない。自分の剣と、魔法を込めた殿下の剣のもろい部分を見定めて、剣を打ち砕く。
「……はは、参った参った。さすがすぎる」
「ありがとうございます」
「騎士団で言えばどれほどの実力なんだ?」
「こういった試合形式でしたら隊長たちとも渡り合えますが、女の身だと戦場では体力が持ちません。一兵卒とは言いませんが、せいぜい分隊長ぐらいじゃないでしょうか」
「謙遜か?」
「いえ。真面目に取り組んできましたが、1日のすべてを剣に費やす彼らに勝つのは容易ではありません」
私の返答に殿下は満足そうではなかった。どう返すべきだったか考えあぐねているうちに視線が合う。
「まぁいい。本題はここじゃない」
木のベンチに座らせられると、枚数の多い紙を見せられた。履歴書のようなものから、手紙のようなものまで。
「何かわかるか?」
「いえ」
良く眺める。
「異動願い?」
「そう。第3騎士団の6割近くだな」
第3騎士団はアレン王子のための騎士団だ。
「お前がいなくなってあの城で今何が起きてるかわかるか?」
「い、いえ、近づく勇気がなく」
「……愚弟が何か言って気にするのはお前くらいのものだ」
「そんなわけは」
「少なくとも俺はアレが何を言っても耳に入ってこない」
「むしろ気になさらないのは殿下くらいのものだと思います」
「そうか?でも俺は嫌いではない」
「そう、なんですか?」
「あぁ。アレが弟である限り、俺の将来は揺るぎないだろ。この国が滅びるその瞬間でも、誰もついていかない。だから何をしていても楽しめる。今回の件もだ。お前は苦しんだかもしれないが、俺には大変いい娯楽だった」
性格の悪い話だ。
「そんなことより。アレンの騎士団は現在解体寸前。何故かわかるか?」
「それは、アレン王子の我儘が直に降ってくるようになり、皆耐えられなくなったとか」
「無くはないが大半は違う」
それ以外の理由が。
「賃金を減らされたなどですか?」
「金を勘定できるものなどあの城にいるわけないだろ」
「では、なぜ……」
「騎士たちの半分はお前が面接したらしいな」
「そうですね」
「お前自分の性格を把握しているか?」
「どういう」
自分の性格。
「お前はな、第一に真面目。第二に真面目。第三にくそほどつまらない女だ」
とんでもなく失礼だ。
「そのお前が面接した第三騎士団は、この王宮で一番脳みそが固く、礼儀を重んじ、日々の鍛錬に力を抜かない。実力が評価されると信じてきた男たちだ」
「それは、もちろん、それが問題なんですか?」
「問題すぎるな。アレンと相性が悪すぎる。まずお前が出て行ってすぐ、剣など無駄なことをせず、身支度の手伝いをしろと言ったらしく、団長がキレた」
「……キレたんですか」
「あぁ、大ギレだ。アレンに仕えるくらいならば腹を切って死ぬらしい」
固まった私に楽しそうに話を続けていく。
「今の時代に『男に給仕をさせるなんてあり得ない』とか、『それは女の仕事だ』とか、言う奴もいてマジでびっくりしたよ。お前何処から連れてきたんだ。アイツら」
「意識して採用したつもりはありません。古い考えの方もいますが、皆、本当の実力者で、私より強いものばかりです」
「強ければいいという問題でもないだろ」
「上に、手綱を握れるものがいれば問題ないと考えていました」
「上ってお前か」
「いえ、私ごとき小娘の言うことなど聞いて頂けるわけもありません。ですが、団長は平民の出身で身分のために第三騎士団の団長となりましたが、この国で一番の実力者です。あの騎士団は彼を中心に作ったものです」
「お前の言うこと以外聞かないと。書状に書いてある」
「それは、」
「どうやって掌握した」
出会いは複雑なものだった。昔。子供の頃だ。アレン様の側に付きたいという騎士がおらず、陛下に騎士団を見繕うか、または、簡単な剣術を身に着けて欲しいと、無理な願いをされ困っていたころだった。
騎士団も、上の団長たちであれば、素晴らしい実力と人格を持った方々が多いが、私の話を聞いてくれる人物など、下っ端ばかり、女などと相手にもされない。ましてや子供だ。子供過ぎる。実家は魔法使いの一族で剣など持ったことすらなかった。
当てがなく苦労していたときに、騎士団でぼろ雑巾のような扱いを受ける男を見つけた。実力はあるのに、飯や服を取られたりと陰湿ないじめを受けているようだった。多分貴族の理を知らない、平民の出身。
平民出身ということは、つまり実力で騎士団に入った人物だ。
現在の第三騎士団長、ウイは、その当時すでに20歳を超えていただろうから、今はいくつなんだろう。30は過ぎているだろうか。子供の私を相手にしてくれるかはわからないが、そんな時こそ実家の使いどころだ。平民相手なら貴族の権力を振りかざせるというものだ。
私が彼とした駆け引きは、
「世界を知らなければ、騎士団には入れても、その先はありませんよ」
世界を教える代わりに、剣術を教えてほしいというものだ。読み書き、そして常識、言葉遣い、ダンス、
「勝つ相手は、見極めなければいけません。有力な貴族の息子なら、いい勝負をして負けるほうがいいでしょう」
「なぜですか。実力を示さなければ」
「実力を認められる騎士団を作りたいと思いますか?」
「もちろん、もちろんです。平民だろうと、実力があるならば、陛下を守る権利を得るべきだと」
「そのような騎士団を作るためには、実力のあるあなたがまず上に立たなければなりません。上に立つまでの道のりは、正しさでも実力でも正義でもありません。陛下に実力を見てもらえる地位にまず立たなければいけません。そのためにバカ息子たちに頭を下げ、媚びへつらい、懐に入り込むのです。分かりますか?」
「難しいです」
「本当に、難しいですよね。こんなことを言っていますが、今日もアレン様に沸騰したミルク投げられましたし。スッとよけられるようになりたいものです。いや、避けたらもっと怒るんでしょうけれども」
ウイは私の剣の師匠である。同時にウイにとっては貴族社会とは私が教えたものなのだろう。その話をすると殿下は驚いたような顔をした。
「人を見る目がまるでないのかと思ったがそういうわけじゃないのか」
「……アレン様に仕えることが、父を支えることだと教えられました」
「皆逃げ出しただろ」
「そこで耐えることが評価に繋がって、今があると思っております」
よく精神が持ったものだと感心される。
「俺自身も、自分の兵が増えること自体は不満ない。だか軽い入団試験をしたいと思っていてな?」
それは殿下が自分の娯楽のために作ったゲームだった。入団試験なんて名ばかり。本当に自分の娯楽を極めたようなものだ。
「異動願いを出している騎士たちをカードに、俺とお前で5対5の試合をする。ただし、俺が最初に俺以外の4人を選ぶ。それは俺という足手纏いを抱えるチームになるからだ。試合形式はフィールドを魔道具せ製作し、大将つまり俺かお前の首を取ったら負け」
「首ですか?」
「剣の刀に特殊な効果をつける、刃が体に触れるたびに重力がかかるというものだ。つまり、力のある男の方がフィールドでの寿命は長い。ただし、心臓、首、腱など致命傷部分に触れた場合は一発アウト、立てないレベルの重力がかかるようになっている。俺かお前をアウトにした方のチームの勝ちだ」
亜空間から出てきた剣は、木の剣とは思えないほど、立派な作りで細工の丁寧なものだった。
「そこらの兵士が使っている剣より切れそうですが」
「研究者たちに大金を叩いて作らせた。フィールドも入り口のボタンひとつで複数パターンの演出が可能だ」
「ぜ、税金の無駄使いでは……」
「個人資金だ。しかも、お前との試合に飽きたら騎士団に寄付してやるつもりだ。文句は?」
「……ありません、」
とりあえずやってみるか。そう言われて殿下が選んだ4人は上から、団長、副団長2人、第一分団長。どう勝てと。作戦の意味とは。実力ある魔法使い二人と、剣士二人を見繕う。
「ラニ様!お久しぶりです。入団試験と聞きましたが、これは、」
「ルールは聞いていますか?」
4人が一つ。頷く。
「予想ですが、全力さえ出しておけば、入れないということはないと思いますよ」
「本当ですか?」
「えぇ、なんとなくですが。そんな気がします。その上で、このゲーム自体は、私が勝つまで終わらせてもらえないのではないかと想像します」
「か、勝つまで……!?団長たちにですか」
「はい。今日は1回目です。とりあえず前方に私たち剣士が、後ろのほうに魔法の貴方たちが立って考えましょうか。足元と体力を奪うタイプの魔法を掛けて見ますか」
作戦が意味を成さないような実力差。殿下は何も伝えることがなかった。魔法によって足元が奪われることもなければ、剣がまともに届くこともなく負ける。部下も私も地面にうずくまっていた。痛い。
「ラニ様……勝てる見込みはあるのでしょうか」
全然ないだろうと。上官の私が言うわけないはいかない。ただ、そんな不甲斐ないことを言うなと叱る気にはなれなかった。殿下は一言。
「まぁ、考えろ」
そう剣を持って笑った。自分はバカではないと言い聞かせる。頭の回転が速くないだけだ。決断がとろいだけだ。それを無能というとは思わないこととする。部下たちを4人自分のチェスの本でまみれた部屋に招く。
「ラニ様。チェスにハマっているんですか?」
「……この試合の前は、1か月、殿下とチェスをしていました。1時間殿下を相手に耐えられるように学べと。寝る時間以外チェスをしていました」
そんなドン引きの顔をしないでほしい。私だって普通にしんどかったし辛かった。
「殿下がこの試合形式で挑むということは、まず前提に頭脳戦だということです」
第3部隊長のランが視線を合わせず声を上げる。
「後方から足元を崩そうとしましたが、団長たちは水面を歩ける化け物ですよ。正直あの距離で俺ができることが見当たらないというのが本音なんですが」
もう一人の魔法使い、第6部隊長もミナも頷くばかりだった。
「とりあえず明日は足元ではなく、視界や聴覚をふさぐ魔法を掛けてもらえますか?」
「まぁ、いいですけど。正直五感全部奪っても負ける気がするんですよね」
「……そんな弱気なこと言わないでください。剣士部隊はフォーメーションを変えてみましょうか」
まぁ、もちろん。案の定。負けた。負けた。負け負け負け負け負け負け負け負け負け負け負け負け負け負け負け。1か月を越しても終わることはなく。負け続けた。むしろ、どんどんあっけなく負けていき。ついに。
「ラニ。俺を失望させるなよ」
今日のフィールドはジャングルに近い雰囲気で、服や顔に泥がついていた。惨敗し倒れこむ私の背に殿下の足が踏み落とされる。
「ぐっ……、ぁ゛」
「同じことを二度言わせるな。俺が何の役目でお前を側に置いているのか。前に話したはずだ。何度も何度も、言わないと理解できないのか」
「すみ、ません」
そんな時、ウイが殿下の腕をつかんだ。それは、絶対にあってはならない不敬だった。
「触れるな。お前のような平民が、俺に触れていいと思うのか?」
「では、ラニ様から足を下ろしてください」
「不敬罪で首を切るぞ」
「私の首を切る権限を持つのは今現在まだアレン王子です」
「ははっ、アレンが俺の言うことに逆らうと思うのか」
「たとえ首を切られようと、ラニ様への侮辱は私が許さない」
「王族に歯向かうというのか。お前の一族を根絶やしにすることもできるのだぞ」
「ここにいる全員が、何度も王子への不敬をラニ様に身を挺して守られています。ラニ様のために捨てる命ならば惜しくはない」
「……ッ、」
足が下り、舌打ちが響く。
「明日で最後だ。進歩がなければ、全員不敬罪で首を切ってやる」
思考が回りだすのを感じる。剣を投げ捨てて屋敷へ帰っていく殿下の背を眺めた。
「殿下がわからないように力を抜くというのはどうですか」
「そんな必要はありません。そんなことしたら本当に首を切られてしまう」
全員の目が点になり黙り込むが、その間に踏まれて痛い腰を抑えながら立ち上がる。顔の泥を払いつつ。
「ではどうするのですか」
「……考えます。行きますよ」
自分の部屋で計画を練ろうと歩き出すが、ぐっとウイに腕を掴まれた。
「貴方に死なれては困る」
「そう思うのであれば明日も全力で戦ってください」
「ですが勝てるわけがないではありませんか。そもそも皆、私かルイに剣を習っているのです。勝つ術など」
「活路が見えたために言っています」
「一日で実力がそう大きく変わるわけがない。貴方様は剣ばかりに時間を割けないのだから仕方ないと」
「何も今から剣を振って貴方に勝とうとは思っていません」
「ならどうするというのですか」
「それは言えません。明日の楽しみです。ですが安心してください。必ず勝つ道が見えました」
よし、決まったと。腕を外そうとしても離れない。
「ウイ」
「私は、ラニ様の側で剣を振るうために、こんな薄汚れた場所にとどまっているのです」
「それは、ありがとうございます。いつも感謝しています」
「っ」
「ですが、私はここにきて思ったのです。アレン王子に頭を下げるだけが人生ではないのだと。貴方たちにも、汚いばかりが貴族の世界ではないと、教えることができるかもしれません。その一歩です。明日は全力でお願いします」
さて。そんな格好をつけたが、部下4人を前に、自分でもとんでもないなという話を始める。
「先ほどはあんなことを言いましたが明日はずるをします」
「「「「は?」」」」
「いや、ルール上の違反はしないので安心を。これは頭脳戦だと最初に言いましたね。一番理解できていなかったのは私なのですが」
「どう、するのですか?」
今まで存外真面目に生きてきた方だと思う。堅物で真面目で面白みがないのが私であると殿下が私を説明していた。つまり、この、私の酷い作戦とは。皆が最低だと笑った。
「さて、今日が最後の試合だ。期待しているぞラニ」
「はい」
こんな風に潔く返事をするのは、人生で初めてだったように思う。
「始め」
試合の開始の声を聞き届け、今までとは全く違うフォーメーションに動き始める。殿下のほうは変わるわけはないだろう。昨日のウイと殿下の雰囲気で作戦もクソもないだろうし、協力なんてしなくとも独断で勝てる実力なのである。
魔法使いのミナは、剣士で副団長ルイの前。
同じく魔法使いランは、魔法使いで第一部隊長のロキの前。
剣士イルは、魔法使いガクの前。
同じく剣士のナギは、殿下の前。
私はウイの前。
「なんですかこのあり得ない配置は、戦うことを放棄したんですか」
「いいえ。ウイ。これは必ず勝てるフォーメーションなんですよ。剣士にあるまじき卑怯な手ではありますが、全員の首を守るためだと許してください」
この剣は模擬の剣だが、見た目は本物とそん色なく、人に当たれば切れずともアザになる。
副団長ルイは同期のミナを好いている。べた惚れすぎて、彼には手をつなぐ勇気すらない。そんな彼女に剣を向けるなんて彼にはできない。
第一部隊長ロキは、平民の出身だ。 母親が重い病を患い、その薬代を稼ぐために、彼は騎士団に入団したのだ。そんなロキの元上官であるランは、爵位を持つ貴族でありながら、後輩思いで実に義理堅い人物だ。ランの妻の実家は、薬学と神力に通じた名家である。あるときランは、「たかが平民の部下のために」周囲を驚かせる決断を下す。ロキの母の治療のために、その家の力を使わせたのだ。 不治とされた病は、たちまちのうちに癒え、ロキの母はいまも元気に暮らしている。
ロキは天才肌で、どこかお調子者の気質もあるが、ランにだけは深い敬意を抱いている。たとえランがどう思おうと――ロキには、彼に刃を向けることなどできない。
そして、副団長のガクは、部下であるイルの分家の出身だ。この、醜く汚れたこの貴族社会において、ウイのように真正面から立ち向かう勇気を持つ者は、そう多くはない。ガクは慎重な男だ。たとえ負けることはなくとも、一撃で相手を倒したり、怪我を負わせたりするようなことは決してしない。ましてや、たかが模擬試合のために、本家の人間を傷つけるような失態を犯す男ではない。――つまり、試合に時間がかかる。それだけで十分。
ナギは今回私のチームで一番剣技にたける男だ。殿下相手なら私がこの前やったように、怪我をさせず勝ちを奪える。
最後にウイだ。ウイは勝ちの理由を私に話させると高らかに笑った。
「ふ、はっはっ、あははっ、ラニ様は私が貴方に剣を向けられないとそう思うのですか」
「えぇ、思っていますよ」
「いつも訓練をつけて差し上げているのに?」
「一度も真剣を使ったことないではないですか」
「侮っているのですか?」
「いいえ。貴方の忠誠を信じています。ウイは私のことが好きですよね」
「は?」
一瞬剣が揺らつくが、勝てるわけもない。当たり前のように打ち返された。
「恋や愛より深く。私は貴方から忠誠という言葉を学びました。貴方は私が死ねと言えば死ぬのでしょう。私はアレン王子に死ねと言われて頷けるか自信がなかった。私は自分が貴方の忠誠に値するような人物ではないと思っています」
「そんなわけはない」
「そうですか?」
「何度アレン王子など切り捨ててやろうと思ったことか。貴方様が解雇されたと知ったとき、部下がいなければ私は国家に謀反を起こしていた」
「思いとどまったのですか?」
「また貴方様のもとで働ける可能性をガクが提示してくれたため思いとどまりました。許されず、あの男のもとで使われ続ける未来ならば腹を切っていました」
「ふっ、ははっ、ほら……そんな貴方が私を傷つけるなんて無理なんですよ。それを知っていましたから、今日まで私は貴方の前には立たなかった。貴方に私を相手させるのは、弟子としてとても最低な行いですから」
フィールドが解除される音がする。初めて私のチームの勝つ音色がした。殿下が少し汚れた服を不満そうに払っている。
「着替えを用意いたします」
「お前のほうがボロボロだろう。ラニ」
「いえ、ずいぶん時間がかかってしまいすみませんでした」
「いいや。エンジンがかかるのが遅いタイプもいるのだなと、部下の性格を把握できた。貴重な時間だったな」
嫌味に視線が合わせられない。
「誤解を生むような言葉まで言わせてしまってすみません」
「誤解ではない。手っ取り早い手段を使っただけだ。まぁいい。少しだけ満足した。仕方がないから1か月ぐらいは働いてやることにしよう。行くぞラニ」
「は、はい」
ウイに剣を渡し片づけを頼み、慌てて殿下のもとへ付いていくと、突然停止したために転んだ。鼻で笑いながら殿下は今一度話し始める。
「団長はウイと言ったな。第3騎士団の異動希望者を全員認めてやろう。隊での位は改めて模擬戦を行うこととする。……模擬戦については、全力を出すといいだろう。それこそ爵位など気にせず。俺と父が試合を見守り、優秀なものには男爵の地位を与えてやる。私腹を肥やすバカに頭を下げる必要などない。ましてやアレンになど。何処を殴っても蹴っても俺が認めたと言っておけ」
また歩き出してしまった殿下に、驚き、付いていけず、さっさとしろと叱られる。実に明快な言葉だ。あまりに殿下らしくなくて驚いてしまった。
「何をそんなに驚いているんだ」
「殿下は私と話すときそんなに分かりやすく話してくださらないなと思いまして」
「大衆に話すときは、バカでも分かるように話すんだよ。お前は常に俺の機嫌を取る立場にいるんだから、全部汲み取れ。俺に気を遣わせるな」
「……すみません」
アレン王子に仕えた時。やっていけるのか、やっていけているのか、葛藤と不安の毎日だった。時が経てば誰もが逃げだした状況もいつの間にか自分にとっての当たり前になっていた。
新しいことは疲れる。だが、いい未来が来るだろうか。違う景色を知るのは億劫とワクワクが同時に来るのだと思い出した。




