2話
セルはふと自分の機嫌がこんなにもよかったということを知った。
「だ、だから兄上ラニがどこにいるのか聞いているんです!私にはラニに聞かなくてはいけないことが」
「俺が話しておいてやると言っている」
普段はキャンキャンと聞くに堪えないアレンの声も今日は耳障りが悪くなかった。
「何故、ラニを隠すのですか」
「隠してなどいない」
「隠しているではありませんか」
「お前が捨てたものを拾ったんだ」
バツが悪そうな顔をして、だが、引き下がらなかった。セルはほうとやっとここでアレンと視線を合わせた。自分に苦手意識を持っているアレンが留まるということはアレンなりによほどのことがあったのだろうと考える。
だが、セルにとってはあまりにどうでもよいことだった。
先日湧いていたアレンへの怒りも、ラニへの同情も、娯楽の前にすべて吹き飛んでいたのだ。あまりに出来の悪い弟に少し痛い目をと思ったが、もうどうでもよかった。
「ラニが横領をしていたかもしれない」
「横領?」
だが少し止まる。
「ラニを解雇してから、新しい財務を雇うと、東方の国に毎月多額の金を支払ってることが分かったのです。食料の調達も資金の管理もラニに任せていたからいったい何年前から」
「貴様は自分が何を言っているのか分かっているのか」
セルに必死に問いかけていたはずだというのに脇で話を聞いていた父上の怒りは顔を見ずとも簡単であった。もう、何を話しても意味はないし、らしくなく真剣であろうに、怒りの沸点はすでに爆発しているように見える。
「私だって信じたくないですが、でも、帳簿が」
「今まで何を見て生きてきた。間違ってもそんな言葉を口にするなッ!!」
キーンとなる耳に片方をふさぎながら、理解できず泣きそうになるバカな弟を眺める。
「ふっ、ははっ、懲りないな」
声をなくし眺められて、早くこの茶番が終わるのを待つが。
「兄上は、ラニをどうするつもりですか」
「どうも、まだ特に考えていない」
「ラニは、話はつまらないし、堅物だし、冗談は通じない、行き遅れの女です……ですが、あまり」
言葉を紡ぎかけて諦める。なぜそこまでわかっているのに理解できないのか。可哀そうなおつむだ。本当に。
「好きになってしまったというのは仕方のないことだ。恋愛なんてくだらないと数年前までほざいていたが、俺も自分の結婚相手となれば、現状嫌味を言いまくって追い返しているわけだし、お前の真剣な思いが一時のものだとしても、真剣である事実は変わらないだろう」
俺の言いたいことを先読みできず、虚ろ気な視線を向ける。
「お前がどれほど異世界の聖女に惚れこんでいるかは知らないが、愚か者が力を持つと、本当に自身の権力で身を亡ぼすのだなと感心している」
「どういう、こと、ですか、兄上」
「いや?普通の人間は、いくら親に『お前なんか親じゃない』と言っても簡単に縁を切れるものじゃないだろ?だからこそ、自身の間違いを正してくれる存在が側にいるわけだし、無性の愛を疑ったりすることも無いのだろうなと思って」
また、不思議そうな顔をする。アレンは俺に苦手意識を持っているだろうが、実は俺自身も苦手意識を持っている。嫌味や愚かさを定義しても、理解されなければ、意味がない。糠に釘を打っているようだ。
「はぁ……、お前とラニは、聖女の疑うような関係だったのか?」
「い、いえそんな事実は、ラニはただの、親のような存在で、私にとってはなんでもない女で」
「お前は、神のように何時だって自身が正しいと思うか?」
「……い、いや、それは」
他の者の前で、自身が正しいと提唱しようと、俺と父の前でその言葉を言う勇気は、さすがになかったようだ。
「父は国のため、民のためを思って生きているからこそ、この国に父の考えを正しいと思う人間がたくさんいるわけだ。だが、お前は、お前自身を想い、お前自身の考えでここまで生きてきて、王族としての務めを傍さず勝手に婚約者を決め国を混乱の渦へと巻きこみ、まぁ、俺の知る限り、大抵の民はお前をよく思っていないわけだが、それでも本当の意味でお前の味方は誰だったか考えたことはあるか?」
「それは、マリーが、初めて私の考えを素晴らしいと」
あまりに馬鹿で一瞬天を仰いでしまった。
「ふっ、はははっ、ははっ、そうか、そうかっ、お前、マリーに出会い初めて、自分を肯定してくれる人間に出会ったと、そう思ったんだな」
「っ、そ、そうです。何度も、そう言っているではありませんか。初めて好きな人ができたと、だから、結婚を」
「はー、笑いすぎて、腹がおかしくなりそうだ。いろいろお前の結婚や婚約者に苦言を呈したが、そこまでの考えや想いがあるならいいんじゃないか?結婚式の金ぐらい俺が出してやろう」
「セルッ!!お前何を」
「兄上本当ですか!?」
父上の怒鳴り声は無視した。アレンもまたその言葉を無視し都合のよい言葉だけを受け入れたようだった。
「あぁ。本当だ。それと、横領の件だっけか。それも、国のほうの財務を派遣して、きちんと精査してやるから、お前は結婚式の準備でもしていると良い」
「あ、ありがとうございます。どうして突然私の考えを受け入れてくださったのですか」
「ん。いや、これまでの俺の趣味は、使用人とお前に苦言と嫌味を言うことだったんだ」
「っ……そ、そうなんですか」
机に肘をつくと、アレンは一歩後ろに後ずさった。
「だが、新しい趣味ができて、お前たちの相手をしている時間が無くなった。今後はもう少しお前も自由ができるようになるんじゃないか?」
そういって立ち上がり、アレンの肩に手を置く。
「では俺はやることがあるから。お前の幸せを願っているよ。アレン」
「っ……」
「だからまぁ過去は振り返るな」
そうだと一つ思いつく。何枚にもなって処理に困った、騎士たちの異動願い。使い道を思いついたのである。




