末
「ラニ。ひどい、お前は本当にひどすぎる」
「そ、そんなにひどいですかね」
「少なくとも私はお前を王子のもとへ花嫁修業だと言って連れて行ったんだ。騎士団の隊長になれとは一言も言っていない。20を過ぎてこんなにひどいダンスを踊る令嬢を私は見たことがない」
父の形相は鬼を超えた何かだった。久しぶりに会う姉たちも苦笑いしている。
「姉上、私の踊りはそんなにひどいでしょうか」
「ひ、ひどいというか個性的?ねぇ」
「なんでリズムの一歩後に踏み出すのかなぁーって思うかなぁ」
才がない。あまりに。本当に、本当に才能がない。昔からそれは知っていた。
「これで失敗したらどうなるか分かってるのかお前。あの、婚約者を30人も追い返した殿下の結婚発表だぞ。映像技術で国民に放映されるんだぞ。その、ダンスを見せる気なのかお前はッ!20年何をして来たんだッ!」
鼓膜が破れそうだ。連日連夜怒鳴られて、しかも剣のようにうまくならないから本当に面白くない。これを極めて何になるんだ。
「ラニ一端挨拶をしてみろ」
「え、あ、はい」
げんこつという言葉を実感する。
「それは騎士のあいさつだ。死にたいのか。お前の腰に今剣はない」
「……すいません」
怒鳴られ過ぎて、殿下の顔より父の顔が浮かぶようになったころ、発表の日がやってきた。花嫁修業 (ダンスしかしていない)のせいで一か月振りに殿下に会う。なんだか殿下も、少しやせたような。
「なんかお前瘦せたか?」
「ち、父に、毎日ダンスのダメ出しを食らって、心身疲労困憊です。殿下も心なし引き締まったように感じます」
「俺も、父上にすべてがひどいと怒鳴られた。基礎のすべてがダメらしい。二人ともダメなら踊らなくていいんじゃないかと提案したら、王家の習わしについて、三日三晩説教された」
「普通にめちゃめちゃ緊張します」
「俺もだ。父上が見ている」
ガッチガチで踊るダンス。映像技術のせいで録画が残っているのだが、恥ずかしくて見れなかった。夜会とか、絶対出たくない。何をしゃべったかも正直ろくに覚えていない。
「味がしない」
「いつ終わるんだろーなこの挨拶地獄。無意味な挨拶嫌いなんだよな俺」
結婚発表のパーティー。信じられない人数の貴族たちが、国中、隣国から集まり、皆、長々と話していった。預けられたご飯の味がしなかった。
「まぁ、これが終われば、いつも通りの毎日だ」
「そう、ですかね?」
「お前が王宮にいるなんて日常だろう。部屋を用意したり、今までとは逆にお前に護衛をつけたりはあるだろうが、」
「護衛が付くんですか」
「王妃になるんだからそりゃ付くだろ」
「わ、私は、殿下と、まだ、今のような暮らしを続けたいと考えています」
自分の意見がこれほど言えるようになったことを褒めてほしい。
「それは、父上と伯爵の許可が必要だろうなぁ。そもそも俺の隣国蹂躪計画も中断状況にあるし」
あの事件の後、国民の騒ぎを収めるに、陛下の命令により、明るい出来事として、今すぐの結婚発表を指示された。もちろん父は乗り気。殿下は随分頑張って先延ばしにしようとしたが、お前の屁理屈は聞かないと、一刀両断されていた。
父にも陛下にも、そもそも恋愛関係にないと、言える雰囲気ではなかった。
「てか、本当にこのまま結婚するのでしょうか。もっとこう、なんか、ロマンティックな何かが」
「起こらないから諦めろ」
「だって、殿下、私のこと、その、好きになれるのですか……」
「さぁ、まぁ、なんとなるだろ」
「な、なんとか」
婚約破棄30回した人がなんとかで、結婚するって、それでいいのか。今まで拒否してきた意味は。
「お前は?俺と夫婦になれるわけ?殿下殿下って、お前の好きって、それ信仰とかそういう系だよな?」
「そ、それは、で、殿下相手にそんなことを考えるなんておこがましいと思ってしまって」
腕を引っ張られる。そのままちゅっとキスされる。長い、長い、隣国のどこかの貴族のあいさつの途中だ。
「だから目とじろっつの」
「なんでいつも突然なんですか、」
「逆にいつなら心の準備ができてんだよ」
そんな口論の途中、トンと肩に手が当てられた。
「お熱いのはいいことだが、お前たちが前の日常に戻れるのずっとずっと先だ」
「ち、父上」
「陛下」
「これから、結婚式をしなければならないよな。あんな血みどろの結婚式が国民の記憶に残るなんてのはあり得ない話だ。次に跡継ぎの問題もあるな。元気な男児を3人は産んでもらわないとな。お前たちの自由は遠いと思ったほうがいい。安心しろセル。私はまだ若いからな。国政は当分私が持ってやる。お前は今目の前の重要な案件を解決するように努めるといい。新婚旅行はどこへ行きたい。私が私財から出してやろう。ラニはドレスを一つも持っていなかったな。今度セルと買いに行くといい。普通の貴族の令嬢くらい数が揃うまで家に帰ってくるなよ。お前もだセル。まともな夜会の服を買ってこなければいけないな。結婚したとなれば、いろいろな国へあいさつに行かないといけないよな。そんなそこらの騎士と同じ服でごまかすなんて絶対に許されないよな。お前は私の息子として、立派な王になるんだもんな」
チェスをした日の優しい陛下の声が懐かしく感じた。




