16話
麻里は有頂天の気持ちで夜会のドレスを選んでいた。やはり、私の読みは当たっていた。ラニは、今でも心からアレンを想っている。想像もつかないが、結局、セルのところでも似たような扱いだったのだろう。アレンを前に泣くほど恋しいと思っているとは、愛いことだ。
セルもあれほど無理やり引き離し、あんな宣言をするくらいだ、幾度となくアレンのもとへ戻りたいと言われているのだろう。
今日の夜会にはセルも出席予定だったが、結局顔を出さず、主役はアレンと麻里となった。実にいい日だ。そんな日にはもっと良いことがある。
「アレン王子は、最近殿下をどう思っていらっしゃいますか?」
「兄上を?どうとはなんだ。回りくどい言い方はよせ」
「では、本音を。ここだけの話と留めてくださいね」
夢物語のように、それは素晴らしい話だった。
「最近殿下は力をつけすぎていると思いませんか?」
「兄上が?」
「今まで貴族社会は、殿下と陛下の第一王子派、そしてアレン王子の第三王子派、最後に一部革新的な考えを持った新興貴族派の三つの勢力に分かれていました。ですが、ここにきて、国民たちの支持も、他国からの評価も第一王子派が頭一つ抜けている状態です。アレン王子も、王位継承権を持つ方だというのに。ましてや下品にも、ロス伯爵家やヴァレンタイン公爵家など一部貴族たちも、第一王子派に乗り換えている状況です」
「まぁ、確かにな」
アレンの微妙な反応にイラついた。ラニを取り返す話には乗り気だったが、この男、兄に勝ち、自分が王にはというそういう気持ちがないのだ。この話にもさっぱりぴんと来ていない。この目の前の男は、新興貴族派と、第三王子派をふらついている男。
何を考えているかなんて明らかだろう。
「つまり、第一王子派に少しお灸を据えてやりたいということですよね」
「さすが、さすが聖女マリー様です」
「それは私も思っていました。聖女である私が蔑ろにされている今の状況想うところがあります」
「その通りです。現在聖女様のおかげで、国の防御魔法が確固たるものになっていることを、第一王子派は忘れている」
「そうかもしれないが、兄上に、何かを仕掛けるというのはあまり良い案とは」
「アレン様も今の状況をよしとしているわけではないですよね」
「それはそうだが、」
この男の考えはこうだ。今劣勢にある第三王子派、新興貴族派で同盟を組み、現在ある第一騎士団の武力一極集中化の形に異議申し立ての裁判を行うというもの。確かに、権力の分散化には意味があると思えるが、甘い。というか、弱い。
「私が思うところですが、新興貴族派の方をまとめていただけるのであれば、一発逆転もあるのではないかと考えます」
「と、言いますと?」
考えが及ばないアレンは渋い顔をしているが、どうでもいいだろう。うまい言葉で乗せればこの男を動かすのはたやすい。
「現第一騎士団の中の、旧第三騎士団メンバーは、掌握可能のものと考えます」
「ほう」
「主要メンバーである、ラニ・ロスはアレン様の真実の力により洗脳に近い状態で、いざというとき第一騎士団を裏切らせることが可能です」
「本当ですか?彼女は今時の人ですよ」
「えぇ、絶対と断言しても過言ではありません。ねぇ、アレン様」
「あ、あぁ。ラニは、小さなころから俺の言うことをなんだって聞いてきた。僕のためであれば、兄上や父上にだって剣を向けるだろう。今は、兄上に脅されているようだが、いざというときは間違いなく僕の味方をする」
「それは、つまりロス家はこちらに付く可能性があるということですか」
「えぇ。しかも、ラニ様がこちらに付けば、旧第三騎士団のメンバーは全てこちらの味方となることでしょう」
「それは素晴らしい」
断言してやれば、少しは現実味も増すだろうか。
「つまり、王位継承権の順番すら覆る可能性があるということです」
「なんと……、それは、それはなんと、舞台が大切になってきますね」
「近くなってしまいますが、殿下が私たちの結婚式を準備してくださるというのです。それまでに計画をきちんとしたものにすることは可能ですか?」
なんといい日だろうか。ワインを一口、含みながらアレンにキスをした。会場がどっと湧く。
「アレン様。王座は興味がありませんか」
「か、考えたこともなかった」
生まれた時からあの兄がいればそうなってしまうものなのだろう。だが。
「確かに殿下は優秀な方です。ですが、私と貴方、二人の力が合わされば覆ります。気持ちだけでよいのです。この国を、貴方の思うとおりにしたいと思いませんか?」
「っ……そ、そんなことが、可能なのか」
「えぇ、貴方は聖女の私を手に入れたのです。殿下に負けるような男ではありません」
「なぁ。ルイ。どう思う」
「何がですか」
この人と二人きりってのは珍しい。殿下の側にはいつもラニ様がいる気がするからだ。近頃はずっと上機嫌だったというのに、最近は少し考え事をしている。
「俺はずっとラニに剣を持たせてこそ意味があると思っていたんだ」
「はぁ……、」
「その興味なさそうな返事やめろ」
「いやもっと懇切丁寧にわかりやすく説明してもらわないと何の話かわかんないです」
俺は長年、殿下に命を受け、アレン王子の様子をうかがっていた。スパイとまでは言わないが、本当にヤバイ状況になったときに報告するのが役割だった。だが、ラニ様がクビになり多くの騎士たちが異動願いを出したとき、もうアレンに力はないからと、戻ってくるように命じられた。
特にウイ団長やラニ様に話す必要もないので話していないが、諜報的な任をしていたのである。
「つまり、なんだ、俺はラニにアレンを殺させたかったんだよ」
直球過ぎて固まる。
「実の弟ですよね」
「そうだな。だが愛着がないんだよ。俺の地位は安泰かもしれないが、何しだすかわからないアイツに少しは気を使わなければいけない未来を考えれば殺しておいた方がいいだろ?バカってのは予想がつかないんだ。正直ただ邪魔なんだよ。聖女もいるし」
「むしろ聖女様のことを考えれば殺すわけにいかないのでは?国の防御魔法はどうするのですか」
「ロス家を筆頭に聖女の魔力について解析をさせた。もうすぐ、国の防御魔法について問題はなくなる。その時点をもって、アレンを排除したいと思っている」
とんでもないことを二人きりの時に言うということは、何か面倒なことを任されるということだ。
「それを、ラニ様に任せたかったということなんですか?」
「というかそれが適任だと思ってたんだよ。昨日までな」
「昨日何かあったのですか?」
「アレンとラニが遭遇して、ラニが過呼吸になって泣き出した」
「っ……、」
10年以上、ラニ様を近くで見ていた。助けもせずずっとずっと見て見ぬふりしてきた。あの地獄から抜け出して半年、ラニ様はこんな風に表情を動かす人なのだと知った。
「魔法も剣も爵位も名誉も、自分は何でも持っているって知っても、あぁなるんだなと思ってさ。俺がいるんだ。ぶん殴ってくればいいのに、息吸えなくなって真っ青になって、俺のどんな言葉より絶望した顔して、いっつもこらえてハイって言うのに、泣くわけ、まるで普通の女みたいに、肩振るわせて……はぁ……、」
「ラニ様が、殿下の前で泣いたのは」
「分かってるよ。分かってるけど、揺らぎたくねぇんだよ」
俺は、貴方が何を言おうとしているのか分かっていない。揺らぎたくないとは何に対してなのか。貴方の中にある残酷さなのか。それとも良心なのか。
「俺は、今だって、ラニが殺すべきだと思ってる」
「なぜ、ですか」
「アレンが、汚したものの罪深さを知らしめるため。アイツは、王族として絶対にしてはいけない行為をした。俺は許さない。そして本当の意味でラニを前に進ませるため。ラニが自分自身の手で下さなければならない。これは貴族たちにも知らしめなければならないものだ。忠義とは、当たり前ではないんだ。忠義を受け取るということは、それ相応の責任が生まれ、そして、裏切れば寝首を搔かれるということを全員が知らなければならない。……だが、あまりアレンを野放しにもしては置けない。ラニというストッパーがなくなって、何かしら暴走するのは目に見えてるしな」
額の間を指で押さえながら、渋い顔で言葉を続けてゆく。
「だからまぁ、明確な答えが出ているわけじゃないが、改めて様子見をして来てほしい」
「第三騎士団に潜ればいいということですか?」
「そうだな、まぁ、近くに行ければ形は何でもいいが。新興貴族たちもきな臭いしな」
少し間をおいて視線が合う。
「聖女はどうだ?」
「マリー様ですか?」
「ずっと化けの皮をはがしてやりたいと思っていた」
「マリー様は、屋敷でも笑顔を絶やさない人でしたよ。男との距離は近いですが、とんでもない悪人だとは」
「可愛い顔に騙されるなよ。転移者が何人いたと思ってるんだ。真実の力のせいで人間不信のアレンを、色仕掛けだけで落とした女だぞ。どれほど厄介なことか」
「そうなると、マリー様に近づく方法を考えなければなりませんね」
「簡単だ。告白しろ。好きだと」
「こ、くはくですか?」
「あの女は、全人類の男が自分に惚れると思っている。惚れたと言っておけば信じる」
「そんなわけありますか?本気で言って」
「何故、女を全員追い出したかわかるか。全部を自分の思うままにするためだ。何故、王位継承権が高い俺ではなくアレンに色仕掛けしたか、それは、俺と結婚しても自分の思うままにはならないと思ったからだ。そんなことは考えなくともわかる」
「で、では、アレン王子は、マリー様に騙されているということですか」
「騙されている?どうしてそうなる。自分で選んだのだろう。聖女に洗脳の能力はない。アイツが選んだ道だ」
もう行けと言われて外へ追い出される。これが現実となれば王家は荒れるだろう。殿下が言っていることが本当なのであれば、マリー様は、とんでもないことをしでかす可能性がある。
自分の任の重さを考えると共に、あの屋敷へ戻ることへの落胆を感じる。
いつも、悲鳴と怒鳴り声と鳴き声ばかりだった。あの屋敷に戻りたいという人間はなかなかいないだろう。はぁと深いため息が漏れた。




