15話
部下の結婚祝い。騎士団の中では上官にあたるが、私には爵位があるから、正確なところは難しいが、まぁ、部下ということで良いだろう。休みの日に何をすればいいか。困っていたところだからありがたいなと、1人で城下へ来た。
そうすれば。
「ラニス様ですよね、この前の試合見ました!あのこの後お時間」
「あんちゃん、この前の試合見たぞ!これ貰っててくれ」
想像もしない事だった。こういう時にうまい返事ができない。首振り人形のようにありがとうございますと言うばかりだった。というか、全然買い物にならない。立ち止まって飯を食うのも無理そうだし、頭のてっぺんから足の先まで観察されている気分だ。
普段以上に気が休まらなくて、これが休日なのかと思いながら、ジュエリーショップでさっぱりわからんと眺める。
「何をお探しですか?」
「部下の、結婚祝いを探しているんですが」
「ご予算は決まっていますか?」
「いや、ですが、とてもお世話になっている人なので、きちんとしたものを渡せればと思うのです」
「お時間をいただければオーダーメイドなども可能ですよ」
「それも、いいですね」
ウイは、自分と同じで多くを語るタイプではない。殿下やルイが主導で話すことが多く、私とウイは頷いていることばかりだ。昔も、もくもくと指導をしあった感じだったし、12年の付き合いだというのに、何が好きとかよく知らない。
奥さんはどんな人なんだろう。
「情けない話なんですが、部下のほうは良く知るところなんですが、結婚した女性のほうはあまり知らなくて、一般受けするデザインを入れつつ、部下のモチーフを入れてもらうような形にはできますか?」
「もちろん可能です」
本当に小さいころ以来、ドレスの市場調査などもあまりしていないし、流行りは任せるのが一番だろう。奥さんにはこれで良いとして、ウイには。
「必要な分の金額を払いますので、今度、ウイ・スカーレットという男の剣を作っていただけませんか?」
人間の誰しもが魔力を持っているという事実はいろいろなものを一変させたように思う。彼は魔道装置の片手間に剣を作っていたわけだが、今では国中から引っ張りだこで、容易には頼めなくなってしまった。
「本当は向こう5年いっぱいなんっすよ」
「そこを何とかお願いできませんか。結婚祝いに渡したいのです」
「団長さんですか?」
「そう、私の師にあたる人物です」
「はぁ……しかたない。ロス家には世話になっているからですよ」
「ありがとうございます」
引き換えの紙を貰う。本当は剣そのものをサプライズに渡してやりたいが、こういうのは合う合わないがあるし、直接調節が必要になるだろう。今どんな長さの剣が欲しいかも分からないし、このやり方が一番いい。
最後に、二人に何か渡してやりたい。最近少しだけ関係が緩和した父に相談した。
「結婚生活に使いやすい魔法装置を渡したいのですが」
「お前そんなのを渡すような相手がいたのか」
「……私の師にあたる方です」
「ふーん」
「騎士団長、ウイ・スカーレットです!」
あまりに興味なさそうにするから、名を言うと振り返った。
「ウイ団長に習っていたのか」
「アレン王子に使えていたころから世話になっていました」
「仕方ない。作ってやるから一週間待て」
「え、」
驚きで固まると。
「なんだ」
「よ、良いのですか?」
「まぁ、近頃はどこの夜会に行ってもお前の話で持ちきりだ。令嬢たちに会いたいとせがまれるのは微妙なところだが、商談がどれもうまく進む。これくらい良いだろう」
「あ、ありがとうございます」
最近父に怒られない。何ならスムーズに話が進む。ウイにも満足するものが渡せそうでうれしい。王宮の中庭は時間帯によって国民に向けて広く開放された観光地である。15時を過ぎ、開放時間が終わったころ、休憩がてらに座り込んだ。
「いい日だ」
そんな言葉を口に出してしまうほどだった。
「おぉ、なんだ、ラニか。久しぶりだな。すごい偶然だ」
半年前まで日常だったはずの景色に、こんなにも絶望するものかと、自分でも思っていなかった。目の前がちかちかと暗転するような感覚は言葉にしがたい。一度吸った空気がうまく吐き出せない。
「ラニ様、お久しぶりです」
すーっと綺麗な、耳障りの良い、綺麗な声。じとっと、手のひらに汗を掻く。
それでも、長年しみ込んだ身体への教えは抜けるものではなかった。ばっと立ち上がり、頭を下げる。
「おひ、さしぶりです。王子に、こうして再びお目にかかれること、光栄に存じます。お変わりなくお過ごしのようで、安心いたしました」
「いいよ。頭上げて」
「失礼いたします」
変わらない姿だった。
「お前はどうだ。兄上に無理難題を言われていないか?」
「大変良くしていただいております」
「そうか?そんな男のような格好をさせられて、以前のように屋敷での権限もないのだろ?不便も多いのではないか?」
「いえ、本当に、殿下には非常に良い待遇で」
「本心を聞かせろと言っているだ」
バリンッ。何かが砕ける音がした。
「くそ、お前兄上に何か力を使われているな?」
「し、視界や、意識を共有されているようです」
「ッチ……たくさんの賞賛や声援に良い気になっているんじゃないか」
「そんな、つもりは、なく」
「お前のその剣はどこで学んだものだ」
「アレン王子のもとで学ばせていただいたものです」
「そうだ。その剣は僕を守るために磨いたものだろ」
そうだ。これは。アレン王子を守るために、私が、色々なものを犠牲にして学んだものだ。皆におかしいと言われても、私にとって、アレン王子は、何を犠牲にしても守りたいものだった。それが自分のすべてだった。
ぱた、ぱたっと、自分の頬を雫がなぞる。
「っ、突然なんだお前」
「す、みません。王子に、こんな姿を見せて、こんなつもりではなくて」
「何故泣いている。それほど兄上のもとが辛いのか?」
「いえ、本当によくしていただいているんです。なのに、なぜか、王子を見たらこぼれてきて、泣いたのなんて、王子にいらないと言われ、た、あの日以来」
ぎゅっと、聖女マリーに抱きしめられた。女性らしい柔らかい匂い、久しぶりの感覚だった。
「ラニ様、私たちからの手紙は読んでいませんか?」
「え?受け取った記憶がありませんが」
「あぁ、きっと伯爵に破棄されてしまったものと思います。今後、私とアレンが結婚して、子供などができた時、あの屋敷に女性が全くいないというのは、不便があると気が付きました。アレンと話し合い、一番安心してあの屋敷を任せられるのはラニ様だと思ったのです。ラニ様さえよければ、」
「そこまでだ。アレン。マリー。ラニから離れろ」
肩を奪い返されるように、聞きなれた声に抱かれた。
「ッ、兄上」
「そんな恨めしい声を出しても、無意味だ。消え失せろ。あと、正式な書面上、ラニは俺の部下だ。どれだけお前が思念を巡らせようと、ラニ自身がお前に使えたいと言おうと、この事実は覆らない」
逃げるように立ち去るアレン王子と聖女を虚ろな目で見送ると、足りなかった酸素を一気に身体が欲するように呼吸が荒れた。落ち着くまで背中を摩られて謝ると、じとーっとした目で眺められた。
「あそこで恨み辛みの一言でも言えるようになれよ」
むにっと、片手で頬をはさまれる。
「あいつ等大勘違いしてんじゃん。はぁー……、ほら、いっぱい酸素すえ」
殿下の顔を見た瞬間、ばっと涙腺が決壊し。
「ふっ、はは、ウケる」
そう言って、肩を抱かれた。
「泣け泣け」
日が傾くまでそうやって過ごし、だんだんと冷静になる。
「……殿下の、貴重な時間を、しかも助けに来てくださって」
「めちゃくちゃ感謝しろよ」
「なにか、お礼が、私にできることであれば」
「じゃあ、あぁいうときにはっきり戻る気はないって言ってもらえますかね?」
「っ……、すい、ません」
「もうアレンに言い返せないのはわかった。お前には無理ね。もうなーんも考えらんなくなっちゃうもんね。俺こなかったら酸欠でぶっ倒れてただろ、アホか、せめて逃げろ」
「……すいません」
謝ることしかできない。
「今日1日いい日だったのに台無しだなぁ」
ぐっと殿下の袖をつかむ。
「で、殿下が、助けに来てくださったので、最悪の日ではない、です」
「そう?」
「……はい、本当に、本当に、私の人生の中ではずっとずっといい日の部類です」
「いや、お前の人生ほとんど地獄だから、全然褒められてる気しないんだが」
「殿下に拾っていただいてから、毎日が、キラキラしています」
ばっちりとあっていた視線をそらされて。
「でも予定だとアレンの結婚式を、第三騎士団だった奴らで、何もかもぶっ壊すって感じだったわけ。こうやってアレンがお前たちに戻って来いって言うのは目に見えていたし、アレンの兵に入り込んで、結婚式でそいつらにめちゃくちゃにされたら超おもろいかなと思ったんだけど、でもお前があんな様子じゃなぁ」
なんてこと考えているんだ。実の弟に。
「俺もそこまで鬼じゃないし、ちょっと考え直す必要があるな」
そう言って殿下はベンチの上で、私の膝の上に頭を乗せた。
「でも今回の件で、アレンは大きな勘違いをしただろうし‥‥…」
寝るわけではなくぶつぶつと何かを考えているようだ。私は話すのが得意ではないから、殿下と二人きりでも会話は多くないけれど、ゆっくり、ゆっくりといつもの呼吸ができるようになるまで、殿下は側にいてくださった。




