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捨てた王子の首を取るまで  作者: Eit


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1/19

1話

「マリーは僕の周りに女の子がいるのを心配していてね」

「そう、ですか」

「キミも一応女性だろう?」

「……それは、そうですが」

「今までのキミの働きは十分すぎるほど助けられてきたし、結婚先は十分に優遇してやるから、今日限りでここを出て行ってもらえるかい?」


心の中で思うだけならば、声に出さなければ、許されるであろう。


このバカ王子が。こんな国滅んでしまえ。


どれほど真摯に仕えてきたことか。どれほど尻拭いをしてきたことか。婚期を逃しても、このバカ王子の傍にいたというのに。身を削って磨いた剣も、命を削って宿した魔法も、女を捨てて守った主も。


あまりに意味のないものだった。


「結婚先は十分に優遇してやる」


誰もいない空を見て復唱してしまった。


「お前のような男に紹介される男なんて死んでもごめんだ」


そんなことはあの場では言えず、分かりましたありがとうございますと。情けなく返事をした。そんな自分まで大嫌いだった。


国王の息子。第3王子に仕えていた。伯爵家の娘で、3女だった私は、王家に頼まれた形で王子に仕えることとなった。八歳のころである。


わんぱくで、やることなすこと自然災害のような王子に嫌気がさす使用人も多く、家柄の高い人間は奉公の見返りを期待して王家に仕えていたので少しのことでみんな王子の元を去っていった。


「ラニ、お前は僕のもとを去らないか」

「え」


当時は、今すぐにだって王家の屋敷から逃げ出したいと思っていたのを覚えている。だが、姉たちに奉公の見返りを聞く前に帰るなんてありえないと言われしぶしぶ残っている状況であった。


「お前だけは、いつも僕の後ろを離れないだろう。父上がいなくても僕を蔑ろにしない」

「それは私は王子の使用人ですから当然です。貴方に仕えるためにここに来たんですから」

「そうか、」


心のうちにどう思っていようと、王子に気づかれるような態度をとる人間はその程度だ。傍にいる間だけは、少なくとも自分のやれることは全力でやろうと思っていた。それが使用人であると、一番最初に習った。全員そのはずだった。


「陛下ではなく、私は王子の使用人です」

「僕の?」

「そうです。私は王子のためにいるんです。王子を蔑ろにするわけがありません。私にとっては王子が一番です」

「父上より僕を優先するのか」

「そうです。貴方が守れと言えば、陛下にだって立ち向かって見せます」

「そうか……そうかっ、ラニは僕のためにいるんだな、ラニだけは何があっても僕の味方なんだな」

「はい。そうですよ」


私が大切に残していた記憶を貴方は覚えていないのだろう。


嫌だ嫌だと思っていたのに、筆頭になり、気づいたころには男性がやるのが普通である側仕えまで任されるようになっていた。そうなれば主人の命も守らなければいけないから、貴族の娘であるというのに必死に訓練までさせられて、それでも、いつのまにか、そんなのが嫌じゃなくて、誇らしく思えるようになっていた。


「ラニ、これでいいと思うか?」

「はい。良い考えだと思います」


17,8で婚約者を決めるのが普通の貴族社会で、王子と陛下の強い願いから使用人であり続けた。


でもある日。異世界から来た少女に王子は心を奪われた。公爵令嬢だった婚約者を捨てて、その異世界の少女と婚約すると言い出した。王家は混乱、何度も陛下が止めたけれど、そのたびに私に諫めろと言って王子は逃げた。


違和感を感じながらも陛下を必死に説得した。


一度、いやがらせを受ける異世界の少女と、婚約者である公爵令嬢の争いを必死に止めて、異世界の少女に味方をしななかったことを叱責されたため、それ以降は王子の婚約者を宥めるのをやめた。


彼女が卒業のパーティーで婚約破棄される姿を、ただ眺めていた。


異世界から来た平民の女に、散々無碍に扱われ、常識を教えようとすれば王子に「マリーはそんなもの覚える必要がない」と言われ、パーティーで彼女がミスをすれば私の指導不足だと王子が叱ったので、すみませんと頭を下げた。王子の兄、この国の跡継ぎ、殿下に


「みじめじゃないのかお前」


そういわれて歯を食いしばった。何も言えなかった。


私の忠誠心など、どれほど滑稽だったことか。他人から見れば笑えるほど情けない話だ。ここまで尽くして、異世界の愛おしい少女が、周りに女がいると不安だと言えばクビらしい。王子の婚約者が捨てられているのを見て、自分もと考えなかった私が馬鹿なのだろう。


もう20だ。身体に作った傷は私の価値を下げるだろう。くった歳は私の価値を下げるだろう。姉たちは私のおかげで大富豪の貴族とニコニコと結婚したというのに、実家は私のおかげで貴族社会で盤石な地位を築いたというのに。


私は、私は、


「結婚先は、十分に優遇してもらえるのだから……、」


どんな屈辱にも涙が出なかったのに、なんで出るかな。1人でしゃがみ込む。


恋でも、愛でも、ない。この喪失は何なのだろうか。王子の結婚相手などだれでもよかった。ただ傍に仕えて、支えることを信じて疑わなかった。あの日誰もが苦労して王子のもとを去った時間を、勝手に特別なものだと勘違いしていた。


私は何になりたかったのだろうか。



〔近衛騎士団募集!!

  ★身分問わず★

  ★年齢問わず★

  ★経歴問わず★

  ★性別問わず★

 求めるものは『忠誠心』だけ!!〕



目に入った大きなポスターを眺めた。

自分の短い髪に、腕の傷に触れる。



「12年。アレン王子の側仕え兼筆頭として仕えておりました。伯爵家の生まれで教養にも、側仕えとしての魔法にも、護衛としての剣術にも、自信があります」


王子は腐っているし、終わっているが、王家は安泰である。下っ端の面接に陛下と殿下が直々に顔を出すなんて。自分たちの目で下のものを見定めるという意識がこの国を正しい者へと導いているのだろうと思える。


「ま、まってくれ、もちろん、もちろんラニがアレンに仕えていてくれるのはわかっているが、なんでここに、もしかしてアレンに嫌気がさして」

「……そんな、王子に嫌気なんて、私ごときがあり得るはずもありません。先日王子に解雇を申し付けられました」

「なっ」

「私はもう結婚には行き遅れていますし、使用人がずいぶん板について、あっていたと思っております。ですが伯爵家の出ですから、普通の家では逆に気を使ってしまうでしょうから、下っ端で構いませんので使っていただきたく面接を受けさせていただいた所存です」


陛下の顔が青ざめる。その理由もわかる。行き遅れても、それでも王子のために仕え続けてくれないかと頭を下げてくださったご本人なのだから。


「もちろん、アレンには私が説得するから戻ってきて」

「いえ、王子には解雇された身ですので、ただの使用人として」

「いや、俺のところに来い」


陛下に向けていた視線を、声のもとへとずらす。


「で、んか」


私に惨めではないのかと聞いた人だ。今まで意識していなかった、意識が、突然心臓を締め付けた。


「顔を上げろ」

「ッ」


甘いマスクのアレン王子とは反比例して、整った顔以上に凄みのあるセル殿下は、座っているからそこまで目線の位置は変わらないはずだというのに、下に見られているような気分だった。


「小さいころのアレンは本当に手の付けられない状態だった。まぁ、今も、似たようなものかもしれないが、それでも本当に誰もが手を焼いて、家族の言うことも聞かず、周りの者を傷つけ、成長するまで東方の親戚に面倒を頼むか検討すらされていたころだった。お前が現れたのは。平民の小間使いも逃げ出した後だ。顔に傷をつけられても、どんな暴言を吐かれても、お前がアレンのそばを離れなかったことを知っている。アレンが真実の力を使って、使用人全員を拘束した時も、お前はアレンについて小言すら一言も言っていなかったと聞いている。アレンがお前を唯一信じられる者であると。言葉にしていたのを知っている。アレンはなぜおまえをクビにした?」


心臓が痛くて、痛くて、どうにかなりそうだった。


「私が、至らず」

「お前は自分が至らなかったと思うのか」

「っ……」

「お前の王家への忠誠は至らないものだったのか」

「……殿下に、惨めではないのかと聞かれたとき。私にはもう正しいことが何であるのかわかりませんでした。アレン王子には、もう私の声は届かず、何をすれば良かったのか分からなかったのです。……お二人に、ここまで、ここまで、大切な王子を任せていただいたのに、申し訳ありません。本当に申し訳ありません、」


こぼれた涙に、陛下は焦ったようにこちらに寄ってきた。


「私たちは君に感謝することはあっても責めることなんてできるわけがないんだ。アレンがここまで育ったのは全部君のおかげだ。セルの側で療養できるなら」

「いや、お前には任せたいことがある」

「っ…、」

「セル、お前この話を聞いてまだこき使うつもりか」

「父上。心を休め現実から逃げて解決するなんてのは、この女のたまじゃないですよ。そもそもアレンに使えていた時点で、使いきれないほどの褒賞を貰っているはずだ。行き遅れと言ったって、お前を嫁に取れば、貴族社会の地位は安泰も安泰。父上に好かれているお前を取り込みたい男はごまんといたはずだ。でも、お前はここに来た」


テーブルに肘をついた殿下が笑った。


「そりゃ、あの異世界の平民女とアレンに選ばれた男と結婚するなんて死んでも嫌に決まっているよな。お前に見合う男が出てくるわけがないもんな」

「何がおっしゃりたいのか、私にはさっぱり」

「俺はな。らしくなく、本当にらしくなく、苛ついているんだよ」

「っ……」

「王族とは、国のため、民のために存在している。忠誠を誓い身を削って国に仕えた人間を使い捨てていいわけがないんだよ。ラニ」

「は、はい」

「お前がアレンのために迷い、考え、信じた時間は、無駄ではなかったと俺が証明してやる」

「っ、」

「父上」

「はぁ、どうするつもりだ」

「よく考えればラニと俺は同い年なのです。しかも俺は先日婚約者に振られたばかりです」

「それは、お前が、彼女に毎日毎日服が好みじゃないメイクが好みじゃないと、姑のように嫌味を言うから逃げ出してしまったんだろ。お前散々アレンのことを文句言っているがな、お前もたいがいだからな!?婚約者を逃がす天才か」

「実際好みじゃなかったのだから仕方がない。それに父上に条件は昔から一つだと言っているじゃないですか」

「あぁ……お前にチェスで負けない女だろ」

「そう。喧嘩ってのは同じレベルでしか起きないらしいのです。俺は、夫婦喧嘩ってのをしてみたいんですよね。だから絶対その条件だけは譲れない。そこでだ。ラニ。俺とチェスをしよう」


ルールわかんないんですけどと言えず。そもそもこの話は、今、どういう流れなんですかと聞けず。チェスをはじめ。


「お前ルール知らないだろ」

「……すい、ません」

「まぁ、いい。一試合目はルール説明だ。勝負は次からだ」


普通に負けた。


陛下はお茶をしながら眺めていたけれど、私は気まずくて死にそうだった。他の面接を受けに来た人を脇に待たせてのチェスなんだから。


「なんか、本当に、すいません」

「ふっ……ははっ、ラニ。お前はまず俺の下でチェスを学ぶんだ」

「えっ、」

「本気で、1か月。チェスを学んで、そうだな。1時間もったら好きな男と結婚させてやる」

「……好きな、男性なんていないのですが」

「そうか?じゃあ、とりあえず。アレンの言うお前の結婚相手の優遇というのをもみ消してやる」

「本当ですか?」

「あぁ。実際アレンもお前には感謝はしているだろうから本当に変な男を選んだりはしないだろうけどな。そういう問題じゃないんだろ」


殿下の真意を読み取ることもできず、自分は一体何の位置で雇われたのかもわからず、時間を見つけては殿下とチェスを指すことになった。負け、負け、負け、負け。連敗続き。最初のルール説明以降何も教えてもらえず訳もわからず指し続けている。


「お前、自分のためには頑張れないたちか?」

「え?」

「何時まで経っても下手だ」

「っ……、すい、ません」

「お前に頑張れるよう言葉をくれてやろうか」

「お、お願いします」

「俺は妻の条件にチェスを出すほど、頭を使ったゲームが好きだ。人は仕事のためではなく、ちょっとした娯楽のために生きている場合が多いだろ?まぁ、お前は趣味もなさそうだが」


ちょくちょく言われる嫌味が、アレン王子の暴言より、なぜか響くんだよな……。


「つまり、お前は俺の娯楽、他で言えば女や賭け事のような、真に俺にとって一番貴重な時間に選ばれているんだ。分かるか?」

「が、頑張ります」

「そうだ。俺がお前に何を求めているのか、自分の仕事は何なのか、よく考えろ」


気軽に話せる騎士たちはアレン王子の住む離れにしかいないし、親しい令嬢なんて存在しない。チェスがうまくなる方法なんて本ぐらいしか分からない。勉強も剣術もあまり苦労しない方だったというのにこんなにも勝てないものだろうか。


本気で自分と指し合いをして1日を過ごす毎日。悔しいからと頑張れるたちでも、面白いとハマるたちでもなく。それなのに、山積みのチェスのための本と、紙とペンと、寝る間を惜しんだ時間。


あの瞬間、アドバイスや勝ち方を教えてもらえると思ったのに、はぁ、うまく転がされているのに勝てるのだろうか。


「ふっ……、ははっ……弱いなぁ」


努力むなしく。


「まぁ、これ差し入れだ。寝たほうがいいと言ってやりたいが、それは惜しんだ方がいい」


鬼だ。差し入れはチョコレートだった。もっと頭を使えということだろう。


「あの」

「どうした」

「良い教師を教えていただくことはできないでしょうか」

「ほう」

「私はあまりボードゲームに見聞がなく、自分で探すより、殿下に聞くのが一番かと思いまして」

「良い判断だな」

「ありがとうございます」

「隠居なら毎日暇しているだろう。まぁ、俺には遠く及ばないが、元は俺の先生でもあるしな」


誰だろうと思って、のんきな気持ちは、打ち砕かれた。


「へ、へ、陛下に、わ、わ、私の相手なんて」


陛下を、陛下を、隠居って、呼んでるのか、あの人。隠居の意味分かっているのか。


「ははっ、いいんだ。いいんだ。もうほとんど国と家のことはセルに任せているし、実際最近は毎日のんびりしているんだ」

「でも」

「それより、指してみようか」


1日目、それが意外にも、いい勝負で、2日目、勝ってしまったのだ。


「あの、すみまっ、せ」

「ラニ」

「は、はい」

「面白かったね。楽しかったね。もう一度やろうか」

「……っ、はい」


腕の下、握りしめたこぶしは、喜びだった。だが、その日の終わり、日が落ちてきたころの話だ。


「セルが6歳の頃に負けてね。驚いたものだよ」

「ろ、六歳ですか」

「アレンとは別の意味で育て方を悩んだものさ。まぁ、結局大きな反抗もなく、ある意味うちは跡目争いなんてものも無縁だろうからね。国は安泰なんだけれども」


安定して勝てることが増えて。陛下は笑った。


「私の息子たちが苦労ばかり掛けて」

「そ、そんなこと、ありません」

「勝たせてあげる術を私が知っているわけではないんだが、年寄りの余計なお世話だと思って聞いておくれよ」


それから数日陛下に教えてもらって、1か月の時が経つ。


「さて、始めようか」


勝てる自信など到底ないが、陛下、基、師匠が必死に後ろで応援してくれているのにそう簡単に負けるわけにはいかない。


「よろしくお願いします」


やはり、勝てるわけもなく、負けたわけだが。


「す、すみません。やはり、私には殿下に手も足も出ず」

「いや、セル相手にこんなに長い対局をした人物を私は初めて見たよ」

「父上しょうもない茶番はよしてください」

「茶番ではなく真剣だ」

「まぁ、最初から達成できずともお前には自由を」

「セル。ちゃんと時間を見ろ」

「何を言って」


少し驚いたのかどうかすら、表情が変わらなくて分からなかった。


「1時間」


陛下に抱き着きそうなほどの喜びを抑えて、浮いた手を握られることはなく、肩をとんと。


「よかった」

「あ、ありがとうございます」


自分の拳を握りしめた。


「ラニ。俺がお前に考え方というものを指導してやる」

「え、あっ、は、はい」

「任せたいことの暇つぶしのつもりだったが、気が変わった」


チェスの前にもう一度座りなおすと、視線で座れと言われる。


「権威を振りかざすというのも悪くないな」

「権威ですか」

「趣味や娯楽に寄り道して、計画を先送りにするということだ」


アレン王子と違い、セル殿下の言葉は、回りくどくて、単純な言葉遊びに頭を少しひねらないといけない。だが、この時間が嬉しかった、誇らしかった。


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