影を抱えて
夜の静寂の中、初兎はスタジオの片隅でひとり、ヘッドホンを外していた。
低音ラップの力強い声とは裏腹に、胸の奥にはずっと重い影が落ちている。
――どうして、俺はいつも一歩引いてしまうんだろう。
幼いころの思い出、失った信頼、言葉にできなかった後悔。
そのすべてが、今の俺を形作っている。
りうらがそっと近づき、肩に手を置く。
「しょう、無理に背負わなくていいんだよ」
その言葉は、まるで冬の夜に差し込む柔らかな光のように、初兎の心の奥に届く。
「でも…俺は…」
言葉は続かず、喉に詰まった。
自分の孤独を見せること、弱さをさらすこと。
それが怖くて、いつも距離を置いてしまう。
スタジオの隅で、いれいすグループのメンバーたちは曲作りに夢中だった。
誰も気づかないけれど、初兎の胸の中では、彼らに対する感情が複雑に交錯している。
――信じたい、でも信じられない。
――近づきたい、でも離れたくなる。
その時、窓の外にふと、仏のような淡い光が揺れた。
初兎はその光を見つめながら、小さく呟く。
「…俺、本当に変われるのかな」
りうらがそっと手を握る。
「変わろうと思った瞬間から、変わり始めてるんだよ」
初兎は目を閉じ、胸の奥の痛みをゆっくりと感じながらも、少しだけ心が軽くなるのを覚えた。
夜は深く、スタジオにはまだラップの残響が微かに漂う。
孤独の影は完全には消えない。けれど、希望の光は確かに差し込んでいた。
――初兎は、まだ歩き始めたばかりだ。




