王子サマを助けたら求婚されたけど、私すでに予約済みです
最近噂になっている英雄がいた。《黒獅子》の異名を持つ彼は長身痩躯で、手に持った長剣でどんなものでも紙のように容易く切り裂くのだそう。
そして、彼の側には《紅狐》と呼ばれる相棒が居るのだという。
「イリア嬢! どうか私と結婚してくれないか!?」
「…………はぁ?」
イリア・バルガング。傭兵ギルド所属。
なぜか、森の中で王子サマに求婚されました。
いや、なんで??
おかしいじゃん。貴方今居る国の第三王子だよ。こちとらお貴族様でも何でもないただの小娘だぞ? え、頭ダイジョブ?
困惑しながら王子に恐る恐る確認を取る。
「え、求婚の相手、私であってます? 間違いとかじゃないですか??」
「おや、信じられないのかい? まあ、そんなに心配しないでくれ。私は確信したのさ。私の妃は、貴女だとねッ!」
……ダメだコイツ。話が通じない。頭のネジ何本かイッてるんじゃね? んで王子の背後にいる護衛の騎士さんは……あ〜……頭振ってる。お手上げですか。そうですか。
そんな可哀想なもの見る目でこっちを見ないでくれます? なら貴方が責任持ってこの王子サマ城に持って帰ってくださいよ。迷惑でしかないよこの求婚は。私、すでに相手いるんですけど。
バチコーンと下手なウィンクを放ってくる王子から目を逸らす。ああ、空が青いなぁ……
事の発端は約1週間前。私が薬草採取の依頼を受け、森に入った時に魔物に襲われていた馬車を助けたことだった。紋が無いとはいえ、お貴族様の馬車であることは一目瞭然だったので、面倒事を避けるべくサッサと魔物だけ殺してその日はすぐにそこから離れた。
だが、翌日ギルドの支部に行くと、なぜか王子がいた。おそらく、調べさせたのだろう。当時の私はその情報の速さに少し寒気がしたけども。
問題はここからだ。その日から、彼らは私の行く先に付いてくるようになった。買い物に行こうが依頼を受け森に行こうが後ろからコソコソコソコソと。ウザいったらありゃしない。
道にいたおばあちゃんを手伝っていると『貴女は優しいんだね。だから私のことも助けてくれたのかな? それとも、私に惚れたからかい?』
依頼の最中に魔物が出てきて討伐すると『貴女は強いんだね。でも、私はもっと貴女を守ってあげられるよ』
……ダメだ、思い出したら腹立ってきた。
おかげで受けられる依頼は危険度最低ランクの薬草採取だけ。魔物討伐の依頼なんか取ってついてこられた挙げ句に怪我でもされちゃこっちの首が飛びかねない。
「はぁぁぁぁ……」
「ん? どうかしたのかいマイハニー」
違うわッ! 勝手に伴侶にすんな! 了承してないわ!
額を押さえた拍子に胸元でチェーンに通したリングが揺れた。キラリと光ったそれを見て少し落ち着く。
大丈夫。やんわり断るだけ。不敬には、ならない、はず……
「殿下。大変申し訳ないのですが――――」
リングを握りながら、そっと話を切り出そうとした時。僅かに、地面が揺れる。次いで、魔物の気配がこっちに近づいてくるのを感じた。
「ッ何!?」
「どうしたんだい?」
王子は何も感じないのか、首を傾げているが、その背後で騎士さん達が顔を強張らせていた。そうだよね、貴方達騎士とは言っても、貴族出身の坊ちゃんだもんね。魔物と相対することなんてないよね。うん、知ってた。
地響きが徐々に大きく、魔物が近寄ってきたのを感じる。強烈な魔力を放ちながら。
これは……洒落にならないレベルの魔物。しかも、運の悪いことに複数体!
普段ならまだしも、今は王子と騎士たちがいる。正直、かなり厳しい。
ポシェットの中に入れていた結界を展開できる魔法石を騎士たちの方へ投げる。
「それ、あげます!」
「一体、何が……!?」
「ああもう、騎士さんたち! 死にたくなかったらそれ使って王子を全力で守ってください。私貴方達まで守れる余裕はありませんよ!」
「わ、わかった!」
横目で騎士たちが結界を展開、陣形をとるのを確認して、私も腰に挿していた短刀を抜く。森の浅い所だからと油断して、いつもの装備はほとんど置いてきちゃったから、今頼れるのはこの短刀と自分の身だけ。
威嚇を兼ねて、魔力を放つ。がさり、と木をかき分けて現れたのは巨大な熊型の魔物。狂熊、しかも夫婦。わぁ、ツイてないな、ホント。
どこのどいつだよ、こんな大物討伐し損ねたのは。森の中だけならまだしも、人里とかに降りてきたら笑い事になんないレベルの被害出るよ?
「ガアァァァア!」
「グオォォォオ!」
どうしよう。この短刀じゃ大した傷は与えられな、い――ッ!?
「ガアアア!!」
「ガハッ! う、いった……」
他に意識をやった瞬間、オス熊の腕で吹き飛ばされた。木に打ち付けられて、そのままズルズルと座り込む。
背中打ったせいで足に力が入らない。逃げられないや。
ちょっと離れたところで王子たちが顔面蒼白になってる。これ、マズイなぁ……
「……あーあ」
また、胸元のリングを握りしめる。脳裏には、愛しい人の姿が浮かぶ。ポツリと言葉が溢れる。
「……会いたいよ、ヴァルター」
「呼んだ?」
「っ!?」
その場のすべてがピタリと止まった。驚きと、恐怖が入り交じる。いつの間にか、私と熊の間に背の高い、しっかりと引き締まった体躯の人物が立っていた。傭兵ギルド所属の証であるドッグタグと、リングがキラリと光った。
ドサリ、と何か重いものが落ちる音がした。一拍遅れて鮮血が噴き出して首を失った胴体がゆっくりと倒れた。伴侶を失ったメスが狼狽え、後退る。それを許さず、彼は手に持った長剣を振るった。
「俺のリアに傷つけやがって。ふざけんな」
明らかにぶちギレている。殺気が怖い。王子たちガクブルしてる。漏らさないと良いんだけど。まあいいや。
刺激にしないように、そっと彼の背中に向かって声を掛けた。
「ヴァルター」
「リア! 大丈夫?」
血で濡れた剣を地に突き刺して、ヴァルターは私の側にしゃがみ込んだ。そっと壊れ物を触るような手つきで額を触る。動いて火照った身体にひんやりした手が心地良い。
「あぁ、額が切れてる……他に怪我してるとこない?」
「ん、へいき。ただ、背中打っちゃって。立てない」
どうしようか、と思っていたらふわりと身体が浮いた。背中と膝裏に回された腕の安定感が凄い。
「あ、重いでしょ。もうちょっとしたら動けるから」
「軽いから大丈夫」
「泥だらけだし」
「それは俺も一緒」
意地でも離す気ないな、コレ。
「ホントびっくりした。帰ってきたら森から嫌な気配して行ったらリアが襲われてるんだから。心臓止まるかと思ったよ」
「や、それはゴメン。まさかこんなところで出くわすなんて思って無くて、いつものヤツ置いてきちゃってから、凄く助かった」
「どういたしまして」
ギュ、と抱く力が強くなった。ちょっとぷるぷるする腕を上げて頭を撫でる。
「おかえり、ヴァル」
「ただいま、リア」
私たちお決まりの挨拶、お互いの頬にキスをする。
と、横から震える声が割って入ってきた。
「イリア嬢、どういうことかい……? そちらの男は一体……」
「何コイツ」
あ、忘れてた。助かった安心感とヴァルターに会えた嬉しさで頭の中からスッポ抜けてた。あれ、王子の後ろでなんか騎士たちがソワソワしてる。
「あ〜、アレか。お前が最近ずっとリアをストーキングしてる変態?」
「なっ!? 変態、だと!?」
何で知ってんの?? あれ、ヴァルターさっき帰ってきたばっかだよね。いつ知ったの?
「ヴァルター、その」
「ギルドの支部長に聞いた。全部。ごめんね、リア。俺が離れてたばっかりに」
支部長、ありがとう……! 悪いけど、私、王子のこと話すとき冷静に話せる気しないし、話したくもなかったから、有り難い!
「貴様、この私を変態扱いだと!? 私を誰か心得ていての発言か?」
青筋浮かべた王子が唾飛ばしながらヴァルターに近寄る。が、ヴァルターは辛辣だった。
「汚いな、近寄るなよ。リアが汚れる。で、お前が誰かだって? 知ってるさ。オウサマが一番可愛がってる第三王子サマだろ?」
「知っていての狼藉か!? 貴様、処罰してやる! そしてイリア嬢を離せ!」
「は?」
「あ」
ヤバいヤッバい。この王子サマ、ヴァルターの地雷綺麗に踏み抜きやがった。何してくれんのよホント!
殺気がさっきの倍濃くなる。立てなくなった王子が地面に座り込んだ。その股間めがけてヴァルターの足が伸ばされる。
「誰の許可を得てリアを名前呼びして―――」
「ヴァル! ストップ! 止まんないとシチュー無いからね!」
「え、それは困る」
ピタリ、と殺気の放出が止まる。
「もう立てるから、いったん降ろして」
「え〜……」
「ヴァルター?」
「ハイ」
何度かその場で跳んで感覚を確認する。うん、戻ってる。
現状、一番の問題はこの絵面である。座り込んで震える王子サマ、後ろでハラハラしてる騎士、彼らを睨む傭兵、彼に腰を抱かれる私。カオスだよ、カオスでしかないよ。
「はぁ……王子殿下、先ほどの求婚の返事ですが、答えは嫌だ、です」
「え、プロポーズされたの!?」
「ヴァルター、ステイ」
ぺち、とよく鍛えられた腹筋を叩く。貴方が割って入ってくると面倒なことになるから暫く黙ってて。
「悪いですけど、私これでも人妻なんですよ」
「……既婚……?」
「そうです」
「だ、だか、そんなことは一言も――」
「言おうとするたび貴方が『おっと言わなくてもいいよ。照れているんだろう?』とか言って言わせてくれなかったんですよ」
「そんな……」
「あと、不敬だとか言ってましたが私たち貴方の国の民じゃないんで、罰することは出来ないですよ。もし仮にそんなことしたらちょっとした反乱起こると思いますけどね」
「それは、どういう……?」
王子の視線が私とヴァルターを行ったり来たりする。それを無視して、私は騎士たちへ話しかけた。
「騎士さん達なら、彼が誰か分かりますよね?」
「もちろんです!」
予想通り、彼らはヴァルターのことを知っていた。まあ、当然だよね。
「各地で暴れている凶悪な魔物を数多く葬り、その地に平和をもたらしている英雄《黒獅子》ヴァルター様! 一度お会いしたかったです!」
この国、いや世界の英雄なんだから。知らないほうがおかしい。まあ、その知らないほうがおかしいことを知らない奴がここにいるんだけど。
「《黒獅子》ヴァルター……? そんな、そんなはずが……」
「信じるか信じないかは自由ですけど」
「そんな……」
首を垂らす王子にふと、今まで気になっていたことを聞いてみようかなと思い付く。これが最後の機会だろうし。
「そういえば。常々『私が守ってあげる』なんて言ってましたが、殿下は私の階級、何だと思ってたんですか?」
「……銅級」
「………」
「ぷっ!」
ヴァルター……そんな笑うことか、コレ……
説明しよう!
傭兵ギルドには階級というものが存在し、実力によってそれは異なる。
下から銅、銀、金と上がっていき、最高は白銀だ。ヴァルターはもちろん白銀階級。そして
「私、白銀級ですよ」
「えっ?」
「だからそんな『私のほうが――』って言われてたのか。……私ってそんな弱そうに見える?」
ヴァルターは即座に顔を明後日の方向へ向けた。コノヤロウ……ッ!
ぷるぷる笑いをこらえて震える腹に一発お見舞いしてやる。あ、みぞおち押さえて崩れ落ちちゃった。
気を取り直して。
「基本的に私たち、ひとつのところに定住しないんですよ。だから、誰のものでもないです」
「リアは俺のもの――いっ!?」
グリグリ。ヴァルター今度は爪先押さえて蹲る。
「ま、そいうわけなんで、私たちを罰することはできません。じゃあ、私たちはこれで。もうお会いすることもないでしょうけど」
行こう、とヴァルターを促して王子に背を向ける。
追いかけてくる声は無かった。
パカパカと馬に揺られる。2人で1頭に乗って、もう1頭に荷物を載せて街道を進んでいるとヴァルターが大きなため息をついた。
「あ〜あ。何で俺が離れたときばっかりに変なやつに目をつけられるかな〜?」
「それは私も聞きたい。何でだろうね?」
「リアが優しくて美しいのが悪い」
片手で操縦をしながら器用に片腕で抱きしめられる。
酷い。私のせいにするんだ?
「ねぇ、相棒《紅狐》サマ?」
「その名前で呼ばないでって何度も言ってるじゃん、英雄《黒獅子》サマ?」
じゃれ合いをしながらふと視線が合って、軽くキスをした。
英雄は今日も各地で暴れる魔物から人々を救うべく旅を続ける。私はその傍らで彼を支えるのだ。幼い頃からの、夢である英雄の相棒として。幼馴染みの伴侶として。