さよならとオレ
七日間のオレの異世界生活にお付き合いいただき、ありがとうございました。
長いですが、これで、さようならします。
「タイムリミットが来たようだな……大凡予想通りと言うところか」
この分ならすぐに終わるな。
オレを見下ろしてデュランが呟く。
「末端から硬直が始まるはずだが……痛覚はまだ残っているようだな。まぁ、それも直ぐに消えるだろう」
まるで作品の出来を確かめる芸術家のような、冷たくて貫くような評価の眼。紫色。
オレはそれに射竦められて動く事を忘れる。
落ちつこう。
つまり、どう言う事だ?
終わり……オレを召喚した理由は果たされた。だから、終わり。
うん、ただそれだけだ。
オレがデュランの言葉を勘違いしてるだけ?
きっとそうだ。
こいつ変だし。もったいぶるし。だから、今更怯えるなんて事しなくて良いはずだ。
分かってる。
けど、まるで物でも見るかのようなデュランの紫色の目が、喉を締め付ける。
「最初からこうなる計画……だった、の?」
微妙に声が掠れたけど気にしない。
オレの質問にデュランはゆっくりと瞬いた。それから、笑った。
飲み込みの悪い子供に言い聞かせる大人のように一言ずつはっきりと、言う。
「当たり前だろう。そんなことも決めずにお前を呼びだすと思ったか?」
……。
駄目だ。悪い意味にしか聞こえない。嫌な想像しか沸いてこない。
だって、実際目の前でオレの手が人形のそれにドンドン変わってるんだぞ?
この状態で、さっきの台詞で、この視線で――どう、他の意味に解釈しろってんだ。
デュランに、魔族の王にオレは何期待してたんだ?
「どうした?」
デュランが笑う。
憎たらしいくらいに綺麗な顔で。この一週間見てきた顔とおんなじ顔で、おんなじように笑ってる。
「あぁ、そうか……後少しで別れの時だからな。名残惜しいのか」
クス、と笑うデュラン。
「ならば存分に、今のうちに惜しんでおけ。お前は直にこの世界から消えるのだからな」
消える、ね。そっか、消えるのか、オレ。
うん、ここまではっきり断言されたら諦めるしかないでしょ。
デュランがそう決めたのなら、一般人のオレにどうこう出来る力は無いんだし。
ま、出来る事と言えば消滅させられるその最後の時まで、思いっきり悪態を吐くことぐらいだろう。
「気分はどうだ?」
「最悪」
「ふむ……まぁ、そう言う事もあるかもしれないな」
そう言う事、って……お前なぁ。
場違いなほどに暢気なデュランの言葉にガックリ肩が落ちる。
お前、この場でそう言う事言っちゃいますか。
「どうした?」
「もうちょっと空気読め」
「?」
「? じゃねぇっ! もっと魔王らしくしろよ! そういう場面だろうが!」
「何故だ」
本気で首を傾げてるっぽいデュランが真顔で言いやがった。
「オレは別段魔王としてお前を見送ろうとこの場に留まっている訳ではないぞ」
「そういう問題なのかよ……」
「あぁ、そうだ。お前の言っていたインスタントコーヒーの件で頼んでおこうと思ってな。後で取りに行くから向こうに戻ったら確保しておいてくれ。一つで良いぞ」
「この期に及んで珈琲の話題かっ!!」
どんだけ大好きなんですか! 中毒ですかっ!
「ん?」
……。
「今なんつった?」
「オーダー、インスタントコーヒー1つ」
「違うその前」
「痛覚がまだ……」
「戻りすぎ! そこじゃなくて……え? 戻る?」
「あぁ、そんな事も言ったな」
「……何処に?」
「お前の体に」
「何が?」
「お前が」
……。
……。
……。
「じゃあ、コレ何」
「ん? その体か?」
ピノキオ化が進んでるオレの体を見て、デュランは至極当たり前みたいな顔をして、
「俺が作った召喚専用のボディだが、何か不具合でもあったか?」
「……ナンデスト?」
「だから、俺が作ったボディ……人形だ。プチプーペのボディの改良版というか発展版だな」
「……オレの体はどこ?」
「元の世界にそのまま置いてあるぞ」
精神だけ此方の世界に引っ張り込んだからな、とデュラン。
……。
「そっ……」
「そ?」
「そう言う事は先に言えぇぇっ!!」
オレの拳がこいつを倒せと輝き叫ぶ! 平手だけどな!
ぺちんっ!
例によってあっさり受け止められた。
「ハイタッチか?」
「違ぇよ!」
「何をそんなに腹を立てている……理解不能だ」
「お前の方が理解不能だ! お前、これがオレの体だつったじゃんかよ!!」
「言って無いぞ」
なぬい?
「その体に改良を施し、なるべくお前の元の身体感覚に近付けもしたし、翻訳機能を取りつけたとも言ったが、お前自身の肉体がそれだと言った覚えは一切無い」
……そういや無かったかも。
「大体、正規外ルートでの転移など普通の強度の肉体が耐えられるはずもないだろう。それに、万一こちらで何かあった際に肉体と精神が同時に消滅するような危険な真似をさせると思うか?」
「でも、これどっから見てもオレの体と同じじゃん。黒子の位置とかまで」
はっ! まさかノゾキっ?!
「違う。それはお前の自己像へのイメージを元にその形をとっているだけだ。他の精神が入れば、その精神がイメージする『自分自身の姿』を形作る仕組みにしてある」
「じゃあ、もしかしてイメージ次第では実物より背が高くなったりする?」
「そのように自己を認識していればな」
「……オレ、一生この体のままが良い」
「何を狙っているかは大体想像がつくが、おそらく無理だぞ。実際は違うと分かっているからこそ、その姿なのだからな」
「うぅ……」
ぐっばいオレの夢。オレの身長。
「第一、タイムリミットが来ているとさっき言ったばかりだろう」
そうだっけ?
何か色々起こりすぎてすっかり頭から消えてたけど、そう言えばそんな話もあったような。
「お前の肉体に精神が戻る時間が来ている……こうなるとは最初に説明しただろう」
「あー、そういう……でも、向こうに戻ったら確実にオレ病院じゃね? 一週間寝たきりだろうし」
「知らない天井、とはならないぞ」
デュランが微笑する。
「こちらに召喚する直前の時間軸へ戻るからな。実際に向こうでは全く時が進んでいない事に修正される」
「タイムパラドックスとか起こらない訳? それ」
「その辺は調整しているからな。それに、多少揺らがせた方が今は良い牽制になる」
牽制。誰への?
「まぁ、お前には記憶が加算される以外には何ら影響は及ばないと言う事だ」
「最初からこうなる計画だったわけね」
「さっきも同じ質問をしなかったか?」
軽く片眉を上げながらも、デュランはその通りだと頷く。
「精神を長期間分離しておくとお前の肉体に負担がかかるからな。かといって急激に戻すのも良くない……だから、こうして一定時間の経過に従って精神を元の体へ戻すようにしてある。まぁ、戻すのに適切な時期と言うのは個人差があり、実際にそのタイミングを決めているのはお前自身なのだがな」
「オレ?」
「そう、お前が無意識にここが潮時と決めている訳だ……外から矯正すると、どうしても反動が精神を傷つけてしまうからな」
デュランは言ってた。
暫く付き合ってもらう。今はまだ返さない。そのうちちゃんと返す。
最初から、そのつもりだった。一番最初に目が合うその前から、一番良いように考えていた。
でも。
「あんたさ……説明足りなさすぎない?」
「ん?」
オレの言葉にデュランは一度きょとんとして、それから唇の片端を吊り上げた。
似合いすぎる悪役スマイル
「その方が面白いだろう?」
ねぇ、デュラン。
やっぱあんたは「魔王様」だよ。
【作者後記】
お疲れ様でした。
七日間にわたったナカバの異世界訪問。
何一つ解決もせず、活躍もせず、出て来る相手は皆どこか変な魔王様と愉快な仲間(?)達のだらだらとした日々。
少しはお楽しみいただけたでしょうか?
拙い文章でしたでしょうが、ここまでお付き合い下さった全ての皆様に感謝を。
ありがとうございます。
これにてこの話は一先ず完結………
しません。(嗚呼
次で終わりです。
後日談、宜しければお越しくださいませ。
作者拝