迷惑な親戚とオレ
ここにきて思った事。
怖いくらいに澄みきった、汚い物なんか何も無いみたいな雪世界。
その中にぽっかり緑色に浮かびあがってたベルセルクの集落はまるで場違いな箱庭。
その中で動き回ってる和服を着たベルセルクの人達は、見た目は普通なのに何かどっかがおかしくて。
長さんは優しいし、紳士だし、いぶし銀だけど……やっぱり何処かが変だった。
ちいさな子供とか、放し飼いの鶏とか、生き物の気配はあるけど、何だろう、妙に落ち着いてる感じ。
騒がしいのよりはずっと良いんだけど、長閑なんだけど、どっかがずれてる感じ。
若いのに若くない長さん。
親しげなのにどっか遠慮してるようなデュラン。
穏やかな雰囲気なのにどこかぎこちないベルセルクの集落。
まるで、全部が慎重に息をひそめて平和のふりをしているみたいな。作り物めいた感じ。
ただ、外に広がる雪のあの光景だけが本物みたいに。
「何でここだけ季節が違うんだろ」
「長の力だ」
独り言のつもりだったのに、薄闇の向こう側からデュランの声がそう返してきた。
「本来ならここは生物の住めない環境になっている。だが、長の力で集落の周囲だけは季節が狂い、生命が狂う……ベルセルクの長である彼によって、ここの豊かな生活環境は保たれている。水も、草も、動物も、風も土も何もかも、長がもたらす恵みだ」
「へー、長さん凄いんだ。伊達に髪の毛伸ばしてないね」
「何だそれは」
苦笑交じりの声。
いや、男の長髪ってあんまり好きくないんだけどさ。長さんの髪は夕焼けみたいで綺麗だからあれはあれでアリだなーとか思ってたのですよ。
「お前の趣味はどうでも良いが……あれはきちんと意味があって伸ばしてある物だ。ベルセルクの長たる彼が髪を伸ばすのは戦う意思の無い事を示している」
「ふーん、じゃあ戦時には切るの?」
「切るぞ。元は戦時には闘いの邪魔にならぬように髪を切る習慣があったのだが、それが逆に髪を切らないイコール戦時では無いという意味付けがされるようになってな。それで、ああしてベルセルクの長は平時には己の髪を腰までの長さに保つようになった訳だ」
「へー」
ちゃんと意味があるんだなぁ。
「じゃあ、あんたのその髪は? 足首以上伸びてるけど」
「俺のは形状記憶だ」
……。
さ、要らない記憶はゴミ箱に捨てて置いて、
「……本当の事だと言うのに」
「心底どうでも良い」
役に立たない魔王に比べて長さんは凄いなぁ。人格は出来た人だし、皆の役に立ってるし。
「……出来た人、か」
微苦笑するデュラン。
「お前から見て彼はどう見えた?」
「どうって、渋いおじさま? なんか悟りを開いてる感じ。達観してるつーか、仙人みたいな?」
どこまでも子供じみてて、人間くさいどっかの魔王様とは全然違う。
「で、デュランはそれが気に入らないからあんな態度な訳?」
「……。まぁ、それもあるな」
大分闇に慣れてきた目に、向こう側で座ってるデュランの姿が見える。
何か、微妙な感じだった。
「彼はここを動けない。長になった時点で選べる道もただ一つだけだ……そして、相当無残な死を迎える事も既に決定されている」
「……長さんが?」
「そうだ」
「何で?」
「阿修羅王だからさ。修羅達の王だからだ」
「それだけ?」
「それだけだ」
デュランは笑んでいる。いつものように。
「どうにかできないの?」
「無理だ……いや、出来なくもないがな」
「どっちだ」
反射的に突っ込みを入れてしまったが、デュランは表情を特に変える事は無かった。
「彼が今阿修羅王になったように、他の誰かがその立場を引き継げばその死に方は回避できる」
「え? 長さんって昔から長さんじゃなかったって事?」
「言っただろう……元、人間と」
元、人間。
じゃあ長さんは昔はオレみたいなフツーの人で、それが何かのきっかけで自分からそんなヤバイ立場になったってことか? 何で? オレなら絶対にそんな死刑宣告的立場受けないぞ。
「原因は俺の同類だ」
デュランの声がそう言葉を紡ぐ。
「まぁ、親戚のようなもの、かな……それを庇って、彼は阿修羅王になった。それが無ければ今頃は一人の人間として家庭を築き、家族を持ち、友人達と過ごしていただろう。だが、彼は選んだ。そしてそれまでの全てを失い、今ああして死刑台に座っている」
「……さすがあんたの親せき。やる事の迷惑レベルのケタが違うね」
お前らどんだけ迷惑なんですか……。
しかし、異世界に暇つぶしに呼び出されたオレとは迷惑のレベルが違うぞ。
「その親戚どうなった?」
「恋人と駆け落ちした」
「……」
絶句。
さすがのオレもそんなオチは想定してなかったぞ。
「長さん、一人で貧乏くじ引いちゃってんじゃん」
「その通りだな」
「その通りって……」
もうちょっと申し訳なさそうにしろよ。
「ちなみに、長さん知ってるの? その……」
「知ってるぞ。役目も、結末も……愛の逃避行の話も。その結果が、あのざまだ」
「あのざまって……その言い方は無いんじゃない? そりゃあ? 親戚のやった事まで責任取れとかは言う気無いけどさ。でも言い方ってもんがあるんじゃないの?」
「……あれでもまだ生きているからな」
ムッとしてらしくない事とか言ってみちゃったりしたオレに、デュランは笑みを浮かべたまま視線を灯りの方に移した。
もうだいぶ溶けて短くなった蝋燭の先で炎がゆらゆらしてる。
デュランの目も、暗い所でゆらゆらと紫色の炎みたいに光を発しながら揺れていた。
「生きているなら、楽しまなければ」
先に何があるとしても、それを今日生きている事を潰す理由にするには勿体ないと思わないか?
「俺は彼を窒息させたくない」
「それは……自己満足?」
「そうだ」
俺が気に入らないからだ。
言いきったデュランには、まるで迷う事などなんにも無いみたいな、そんな目をしていた。
【作者後記】
元がシリアスな話なので、その辺に触れると話が重くなります。
どうも今晩は、ライトに生きたい作者です。
ご来訪ありがとうございます。
新規にお気に入り登録下さったそちらのお嬢さん、或いは紳士のお方、ありがとうございます。
昔からご贔屓頂いているそちらのお方、ありがとうございます。
今日うっかり迷い込んでしまったそちらの人……これも何かの縁と言う事でご容赦ください。
さて、次は七日目朝です。
デュランの目的だった人物を知って、長とデュランの関係を聞きかじったナカバが改めて長と話します。
宜しければ、またおいで下さいませ。
作者拝