進路相談とオレ
「デュラン殿」
お膳を下げて、食後の口直しで出された濃くて熱い抹茶と桜色のアイスクリームを交互につっついてると、長さんがスッと居住まいを正してデュランの方を片方しか見せてない赤い目で見つめた。
「此度は……」
「止せ」
言いかけた言葉をデュランが途中で遮り、正坐していた(魔王が正坐……笑っちゃだめだ。ぷぷっ)足を片立て膝の形に崩して膝に頬杖をつき、煩そうに手を振った。
「お前は直ぐにそうして話を急ぐな……ナカバを見ろ、何も考えずに生きてるぞ」
「うっさい、勝手に頭の中身を決めんな」
「どうせ今も退屈だとか、そのデザートのことぐらいしか考えてないのだろう」
「違いますー」
いや、図星ですが。
見栄張ってみた。
「てゆうか、デュランこそ何か将来の事とか考えてるわけ?」
食べる気配が無いデュランの前から半分溶けかかったアイスクリームを奪いつつ尋ねたオレの言葉に、デュランが馬鹿にしたようにフフンと笑う。
「お前と一緒にするな」
「……いや、してないし。むしろオレが断る」
同じカテゴリーとか止めて欲しい。
長さんとか見てみろよ。顔が微妙に厳しい感じで強張ってるぞ。
「まあ、まず家だな」
「家?」
「大きな窓と、小さなドア……古い暖炉」
「ふむふむ」
「真っ赤な薔薇と白いパンジー。子犬の横には……」
「まんまパクリじゃねぇか!!」
「気付くのが遅いな」
「んな古い話ふってくんなぁっ!」
てゆうか、既に豪邸持ってるじゃんお前は。
「まぁ、俺達はマラソンランナーのような物だからな」
苦笑したデュランが、訳の分からない戯言をまた言いだした。
「ゴールは知っている。途中の補給ポイントも頭に入っている。後はどれだけうまく間をペース配分しつつ、途中のトラブルに対処するかだけを考えていれば良い。楽なもんだ」
「えー、オレならマラソンつった時点で最初からリタイアするけど……」
「あいにくそれだけは出来なくてな」
苦笑するデュラン。
「そう言うお前は何か将来の事を考えてはいるのか?」
「うん? うーん……いや、特には」
何か急に戻ってきた話題に、オレは残り少なくなったアイスクリームを大事に口に運びつつ首を捻る。
「何か考えてそれに絞り込むってのも悪かないんだろうけどさ。今の時点でしっかりしたゴール決めといて、ってゆうのは何か、嫌なんだよね。途中でダメになった時とか、どうすんだろうとか思っちゃうとね」
好きだった玩具は親の手で取り上げられるとか。
走ってた足は途中で捻挫するとか。
一方通行の道を行ったら行き止まりだったとか。
時間切れで途中で打ち切られるゲームとか。
どっから、いつ、それが潰れる原因が降ってくるか分からないのに、今から確固たる目標を持つ事が出来るかと言われるとオレはNOだ。
自分の特性とかやりたい事とか趣味とか、それを仕事にするのが幸せなのかとか。
考えてるとますます良く分からない。そんな事決めてなくても明日は来るし、死ぬ時は死ぬのに。
それなのに、どうして一つの目標を決めてそれに向かって進めるんだろう。
「まぁ、明日の宿題が間に合えば良いかなーとかぐらいかな」
「……」
何かダブルで微笑されてしまった。
長さんには何か懐かしい物を見るかのような優しい目で。
デュランには仕方ないな、とかいう感じの憐れみの目で。待て何故お前に憐れまれにゃならんのだ。
「マサキ殿はお若い。確かに、先の見えぬ事は恐ろしい……不確定な立場の不安は私にも覚えのあるものだ」
「長さんも?」
「昔も私は人であり、そなたぐらいの年齢であった頃もあったのだよ」
あ、そっか。元、人間……だっけか。
抹茶を飲む長さんを見ててオレは今更そんな事を思い出す。
でも、長さんが学校通う姿とか想像がつかないんですけど。
「周囲からの期待もあろう。世間の言葉に疑問を覚える事もあろう……されど、それもまた良き事よ」
「そうかなぁ……」
「求められる物だけを備えても、それだけでは人は立てぬ。早くに指針を定め進むのも難しく尊き事であろうが……可能性を広く持ったまま進むのもまた尊く難しい事だと私は思うのだよ」
可能性というのは壊れやすく、得難い。
長さんは微笑む。
そして迷うのは可能性があるが故の事であろう、と。その可能性を知る力がそなたに備わっているが故であろう、と。
残念だけどオレはそこまで考えて迷ってる訳じゃない。
リーダーシップを持てと言うけど、船頭ばっかりでは船は進まないんじゃないのかとか。
上手く喋れるのが良いとか言うけど、それじゃあ上手く話を引きだしたり理解する才能はどうなのかとか。
そんな疑問は、ただの世間の要求からの逃げなんだろうかとか。
ただグルグルしてるだけだ。けど。
「マサキ殿が今迷う事も過ちとは呼べぬ……道を決めた時に、その道が塞がれている事の無きよう、広き可能性を持ち、世界を見てゆけるよう進まれるが良かろうよ」
「……」
長さんの言葉に不覚にもじわっと来てしまった。
そんなオレの姿を長さんは笑ったりとかしないで、慰めたりとか、何か言ったりとかもせず、ただ黙って待ってくれていた。それが、オレにはすごく有り難かった。
オレにだってプライドってもんが、立派なもんじゃなくてもあるのである。
【作者後記】
迷えるってのは幸せなんじゃなかろうか。
迷いなく進む強さにも憧れつつそんな事を言ってみたりしている作者ですこんばんは。
ご来訪ありがとうございます。
新規にお気に入り登録して下さった貴方と貴方と貴方もありがとうございます。
人生に無駄な事など何もないとは思わずとも、一期一会というのは良い言葉だと考えてます。
今、ここを訪れて下さったその事に深い感謝を。
もう少し続きます。
作者拝