和風とオレ
純和風の御庭に純和風の家屋。
ししおどしがカッポーンとか言いそうなお屋敷がベルセルクの皆さんの家だった。
歩きまわる人たちも和服を着ていて、なんつーか緊張して損した感じだ。
いや、何かもっとこう熊の毛皮とか鎖帷子とか着ちゃって、肌には呪いっぽい刺青があって、全身毛むくじゃらのむくつけき筋肉だるまとかがぞろぞろ出て来るんだと思ってたからさ。
それが茶色の長いストレートの髪を綺麗な赤い紐とかで結えちゃった美人なおねーさんだとか、灰色の髪に藍色の作務衣が似合ったガテン系にーちゃんとか、普通に小学校低学年くらいのオコチャマ達とか……見た目レベルも並みの人も多いから、オレでも安心して中に入れると言うか。うん、まぁ要は普通でした。
ちなみに、彼らの班長、もとい長さんがどんな人かと言うと。
「どうぞ召し上がられよ」
「いっただっきまーす!!」
良い人だったー!!
あぁ、焼きおにぎり。あぁ、ナスのお新香。あぁ、岩海苔とネギとお揚げの味噌汁(ちゃんと赤味噌)。
幸せだー!!
がつがつと箸を進める俺に長さんが静かに微笑む。
デュランより年下だけど、それでも相当年食ってるらしいという情報からてっきり白髪三千丈な爺さまが出て来るかと思いきや、長さんは二十代半ばぐらいのおじさん……じゃなくてお兄さんだった。
美形じゃないけどかっこいい感じ。
ピンクととオレンジを混ぜたみたいな……あー、あれだ、新品の銅鍋みたいな色の髪に真っ赤な目。肌の色はオレと同じ。相変わらず背は高いが、この人の場合最初に出迎えに来た時に膝を折って挨拶してくれたからその辺はOK。そしてやっぱり和服。男の人にこう言う表現では微妙と思うが、和服美人だった。粋と言うよりも渋い感じ。
おまけに良い人。
「直ぐに用意出来るのがこのような物で、誠に申し訳ない……」
「ひひへ、ふっほくおいひいれふ(いいえ、すっごくおいしいです)」
もぐもぐもぐもぐ。あー、生き返る。
やっぱり米食ばんざい。炭水化物が好きで何が悪い。
「ところで御客人」
「はひ?」
「魚はお好きであろうか?」
「……」
ごっくん。
「魚によります」
「キンメの煮付けなど、いかがであろうか?」
ごめん、物凄い大好物です。
「てゆうか、海魚獲れるんですね、ここ」
「海に接する地もある故」
声は良いのに口調はジジイ。まぁ、何か雰囲気も渋い感じだし、似合ってるんだけどさ。デュランなんかよりこっちの方がオレは良いな。落ちつく。
「少し表情に生気が戻ったようだな」
無駄に色気満載のあるとの声で、和風くつろぎ空間を台無しにしてくれやがったのは、勿論某魔王様だ。
ここまで来てもやっぱりコーヒー飲んでる辺り空気読めない奴だと言うのが如実に表れている。
茶飲めよ、茶。
まさか味噌汁にも珈琲とか言うまいな?
「お前は老けこみ過ぎだ」
「そなたはいつまでも変わらぬな」
皺が寄るぞ、と自分の眉間を指すデュランに、笑ってさらりと流す長さん。
ふむ、確かに友人っぽい感じ。
デュランの表情がセシェン君をいびってる時と違う、美味く言えないけどくつろいでるっぽいような雰囲気。長さんの口調も窘めるようでいて、少し柔らかい。お客さんのオレへの対応とは微妙に違う。
何か微妙に疎外感。
がじがじと焼きおにぎりについた味噌のお焦げを齧りながらちょっと拗ねてみたり。
「ナカバ、お前もこいつに何か言ってやれ」
「むみ?」
口の中に物が入ってる時に話しかけないで欲しい。
「……で、何を?」
「もう少しうまく気分転換をしろ、とな。見ろ、俺より老けて見える」
「いぶし銀で良いんじゃない?」
デュランが痛さ全開のパープー……もといパープルなら、長さんはいぶし銀。もしくは彼は色みたいな渋くて落ち着いた色だ。オレは断然そっちの色の方が紫より好きだ。
が、どうやら常識的なオレの意見はデュランのお気に召さなかったらしい。
「お前は分かってないな」
ダメ出しまでされた。なら聞くなよ。
「全く……こんな調子では先が思いやられる」
わざとらしく腕組みして溜息まで吐いてるデュランに長さんは小さく苦笑している。
何か、なぁ。こう言うのはどっかで見た事がある。秘密を共有している雰囲気。
うん、すっごく居心地悪いんですけどね。良いですよ。オレは空気ですから。ご飯がおいしけりゃ良いんです。
取り合えず大人しくむしゃむしゃ食べてると、長さんが手を伸ばしてオレの頭を撫でた。
いや、オレはもうそんな事されて喜ぶ年齢じゃないんですけどー、と思ったんだけど、オレは黙って食べながら撫でられていた。
うん、老人ホームの慰安訪問みたいなもんだとは聞いてたし、多少ご飯食べにくいぐらいは我慢しよう。うん、これ食べられるのは長さんのお陰だしね。白米白米。
「おい、適当にしておけよ」
「む……あぁ、すまぬ」
「いいえ」
ちょっと目が回っておりますが。
「まぁ、久しぶりの混じりけのない人間が珍しいのは分からんでも無いが」
「人を珍獣か珍味のように言うな」
「すまぬ。彼は悪気はないが、気に入りの相手には少々口が悪くなる傾向があるのだよ……」
「いえいえ、長さんは悪くないので」
てゆうか気に入りって……あー、すっかり忘れてたけど最初に何かそんな事言ってたっけ。
つまりあれですか。気に入ったものは苛める、と。
サドなのか、ガキなのか微妙なラインだなぁ。両方かもしれないけど。
「てっ」
「何か余計な事を考えただろう」
ペチッと額で良い音がして、とっさに手を当てた瞬間デュランから声が飛んできた。
「い、今何……」
「ん? あぁ……何か失礼な気配がしたのでな。お前の額にそこのナスを弾き当てておいた」
「漬物じゃん!」
食べ物で遊ぶんじゃねぇっ! この罰あたりっ!!
こっちが抗議していても、例によってデュランは知らん顔して箸置きの陶器製のウサギを物珍しそうに弄っている。
話聞けやコラ。
「聞いている聞いている」
「おーまーえー、喧嘩売ってんのか」
「売る訳が無いだろう。どうせ俺が勝つと分かっているからな」
「長さん、こいつにこの箸刺して良いですか?」
ついうっかり普段の調子でそう尋ねてしまったオレに、長さんは一瞬目を丸くして、それから可笑しそうに笑った。
「控えていただければありがたい」
ですよね。
【作者後記】
やっとこさ最後の登場人物の登場です。
こんばんは、お世話になっております。作者です。
ご来訪ありがとうございます。
この話は、主人公は何も解決せず、どんな問題にも当事者にならず、ただ漠然と振り回されるまま流され、核心に迫る話はいつの間にやらはぐらかされ、キャラクター間で恋愛感情が芽生える事も無いまま進み続ける……あれ? この話何がしたいんだろう?
取り敢えず、だらだらとした心温まらない日々をつづるだけですが、宜しければ最後までお付き合いくださいませ。
作者拝