苦労人さんとオレ
ヒロ○です。空気が重いとです。
今オレの目の前を歩いているのはセシェン君。
傍若無人で誘拐犯な魔王陛下に奉公している可哀そうな魔族さんだ。
基本美形は嫌いだけど、ここまで扱いが不憫だとさすがのオレもちょっとだけ同情してしまう。
しかしこの人あからさまにオレの方に向かって「人間なんて見たくない」的オーラを出しているんだけど……ちょっとムッとしなくもないぞ。
オレ誘拐された被害者で、文句は言っても謝るとか遠慮するような覚えは無いんだし。
「お客様」
セシェン君が振り返ってオレを金色の目で見る。
デュランを前にしていると霞みがちだが、セシェン君はさっき言ったように正統派の美形だ。
爽やかで真面目そうで、まぁあれだ。好青年って奴。
小説とかマンガとかでそういうのがバンバン出てくるのはまぁフィクションだから良いとして、現実でこれってどうよ? しかも多分また「美形な高位魔族」とかいうお約束設定がくっついてくる気がしてならないんですけど。
「何でしょう」
一応敬語で返す。
美形だからっていきなり死ねとか勢いで本音を言うほどオレは下品じゃない。
え? さっき言ってたって? さて何の事かな忘れたよ。
「まずは陛下がご迷惑をおかけした事をお詫び申し上げます」
うや、意外とまともな対応。
最初があんな俺様気質の魔王様だったから魔族ってああなのかよと思っていたが、どうもあの人が規格外らしい。そりゃそうだよな。皆あんなのばっかじゃ魔族とっくの昔に滅びてるだろうし。
「陛下は何と申し上げますか……少々変わってらっしゃいまして」
「見れば分かります」
「………」
「え? 何?」
「何と申しますか、陛下が貴方を手元へ残した理由が分かった気がいたします」
マゾだからですか?
魔王様は反抗期がお好き。しゃれにならんし大して上手くも無い。
「陛下は服従する者があまりお好きではなく、このような館に居を移されてる方ですから」
ほー……って好き嫌い多いなぁ、魔王の癖に。
お前はどこぞの食わず嫌いの幼稚園児ですか。
まぁ、その駄々が通るからああいう性格が出来あがったんだろうけど。
親の顔が見てみたい。 ちゃんとしつけろよ。親だろ?
「てゆうかさぁ、それなら魔王止めれば良いじゃん……じゃないですか? 魔王なんて傅かれる最有力候補でしょ。それとも魔王って自主退職できないんですか?」
「陛下でしたら可能でしょう。ただ、何かお考えがあるようで退位なさるおつもりは無いようですが」
「お考え、ねぇ……」
「我ら魔族は陛下には逆らう事は出来ません。それ故に陛下は人間を好まれるのかもしれません」
「ふーん……人間で逆らうオレはアイツの好みのど真ん中だったって訳ですか」
こんなことならネコかぶっとくんだったなぁ。
まぁ、人の思考を勝手にストーキングする魔王相手にネコかぶる意味があるのかはビミョーだけど。
うん、これ以上考えるのやめよう。ウツになるきがするから。
「とは申しましても人間贔屓など陛下ぐらいですので、何卒屋敷の外には出られませぬよう」
「危険ってことか」
オレには異世界に召喚された途端に無敵になるとか、そういうオプションはついてこなかったらしい。
今こうしていても普通にセシェン君の歩行速度においていかれそうだし、体力だって心労も重なったせいでそろそろ尽きそうだ。内から湧き上がる大いなる力とかさっぱり感じない。
他は王道ファンタジーの癖にこういうところだけやけにリアルだな。
ま、これはある意味当然かもしれない。
オレは選ばれし勇者じゃなくて、選ばれた魔王の暇つぶし相手なんだから。
「陛下の領土に踏み込む者など滅多におりませんが」
「なんか身を守る手段とか無いですかね? こう反則的に強くなれる魔法の武器とか」
「失礼ですがその腕で武器を扱うのは難しいかと存じます」
「デスヨネー」
アウトドア、インドアで言えば圧倒的にインドア派だしね、オレ。
「じゃあ、護衛とかお願いできません?」
「それはわたくしが承ります」
「良いんですか? 一応(あのワガママっ子)魔王様にお仕えしてるんでしょ? 他の兵士とかでも……」
「何か形容詞が入ったような気がいたしますが……生憎他にはおりませんので」
「適任者がいないって事ですか?」
良いのかそれで。
ここ一応魔王城だよね? 見た目はどこぞの洋館風高級ホテルだけど。
「いえ、わたくし以外の者がおりませんので」
「はい?」
「陛下が皆解雇なさいましたので、僭越ながらわたくしが一切を取り仕切っております」
「それ、イジメじゃね?」
すげぇ。おし○みたいだよセシェン君。何処まで不憫なんだ。
「じゃあ、料理作ったり掃除したりしてるんですか? 一人で」
「さようでございます。ですので、貴方の護衛も必然的にわたくしとなります。ご留意ください」
「うん……なんかゴメンナサイ」
「いえ……陛下のなさる事ですから」
遠いまなざしが「もう慣れました」と語っている。
何と言うか、とても可哀そうだった。
美形は嫌いだけど、ここまで哀れな人にこれ以上心労を重ねさせるのはさすがに気が引ける。
「外には出ないようにするから……うん、なんていうか……頑張ればいつか報われますよ」
「ありがとうございます」
らしくないオレの励ましの言葉に、セシェン君は丁寧に頭を下げて苦笑した。
その表情までバッチリ苦労人気質が表れているのがさらに哀愁を誘うのだった。