匿名希望とオレ
「おはようございます、ナカバ様」
「おはよーセシェン君」
「おはようナカバ」
「死ねデュラン」
「セシェン。ナカバが冷たい……今でも小さいと言うのに反抗期だろうか」
「ちっさい言うな!」
「わたくしには人間の反抗期など分かりかねますが……」
「いや、そういう問題じゃないから」
朝。
あれから部屋に転送されて、取り合えず不貞寝……じゃなくて寝て、朝。
食堂にはセシェン君の他になんか余計な+αが偉そうに足を組んで居座っていた。
まるでここの主人は自分だ、的なくつろぎっぷり――あ、主人だっけ。忘れてた。
まぁ、そんなんで久々のデュラン脱ヒッキーの図である。
相変わらず自分の家から一歩も外に出てないけど。
「昨晩は良くお休みになれましたか?」
オレンジを半分に切ってぎゅっと絞った奴、本物のフレッシュジュースをオレに渡してくれながらセシェン君が爽やかな笑顔で気遣いの言葉をかけてくれる。
「や、全然」
「然様でございますか……何か、不便などございましたでしょうか?」
「いや、ベッドメイキングは完璧だったから気にしないで。セシェン君のせいじゃなくてどっかの我がまま五歳児に振り回された揚句、腹立って微妙に寝付けなかっただけだから」
「ほぅ、お前のその図太い神経をそこまで侵害出来るとは私もまだまだ魔王としてやっていけそうだな」
「滅びろ」
古い様式に則って印を結んだオレに、デュランが小さく声をあげて笑う。
何だよ。何がおかしいんだよ。
「ふぅ……面白かった」
「……。どいてセシェン君、アイツ殺せない」
「いえ、ナカバ様……さすがにこればかりは……」
「さて、ナカバ。行くぞ」
「嫌だ。遠慮します。まっぴらごめん。絶対に行かない」
「セシェン。ナカバをつれて向こうで一泊してくる」
「勝手に決めんな!」
「帰りはそうだな……明日夕刻になるだろうから、夕食以外の用意は不要だ」
相変わらずオレの意志は無視ですか。そーですか。
「あの方の所、ですか」
デュランに例によって手間暇かけてる珈琲を渡しながらセシェン君がやや困惑したように尋ね返す。
「あぁ、彼の所だ。【門】は既に整えてある」
「然様でございますか。あの方もさぞかしお喜びになられるかと」
「あのさぁ……何でさっきからそんな指示語が連発されてんの? あの方って誰さ?」
どうせこれはもう逆らっても無駄だなーと諦めの境地に達しつつ、ぐさぐさとハムに八つ当たりしていたオレにセシェン君が小さく苦笑する。
「あの方は、みだりに名前を口する事が許されないお方なのですよ」
苦笑しつつフォローしてくれるセシェン君。
ふむ、言われてみれば傲岸不遜天上天下唯我独尊自信過剰自己主張要自重一応魔王のデュランも名伏せしてるし……相当偉い人なのか? 神様とか?
「そうして無駄に文字を連ねるのは見苦しいぞ」
デュランが苦笑いしつつ、言葉を継ぐ。
「私の友人だ。昨日……いや、今朝方お前が聞いてきたあの質問の答え、だ」
「友人……あんた、友達居たんだ」
「一方的に友人に認定した」
「寂しい奴。で、誰? ドラゴン? キメラ? スライム……いや、そもそも生きてる?」
ペ○ちゃん人形とサ○ウくんだったら退くぞ。
そんなのに「君は僕の友達だよね」とか話しかけてる寂しい奴と関わり合いになりたくない。
そんなオレに、デュランは一瞬目を細め、
「人間だ」
元、だがなと付け加えて珈琲を一口飲む。
え? つまりあれですか? 俺は人間をやめるぞデュラーン!! とかって仮面を、
「違う」
「そっか、残念。じゃあ行かない」
「向こうは和食文化なのだが」
「行きます」
一昨日うっかり「和食が食べたい」とか言っちゃった後、その時の夕食は微和風だった(味噌汁だけ惜しい感じだった……ウチは赤味噌派なのだ)けど、はっきり言おう。あんなの和食じゃねぇ。
ご飯食べたい。ご飯。
パエリアじゃなくて炊き立ての白米が食べたいんです!
お粥じゃなくて炊き立ての白米が食べたいんです!
ピクルスじゃなくてキュウリの浅漬けが食べたいんです!
「……」
あ、何かデュランが肩を震わせて笑っている。
「駄々もれだな、食欲が」
「……悪かったなぁ」
美味しい食事が出来なくなったら、人生の楽しみの八割は消える。これ持論。
「まぁ、お前からの異論も無くなったようだな。と言う事で、これを手土産に見舞いに行って来る。留守中頼むぞ、セシェン」
「畏まりました」
セシェン君が恭しく、誇りを持って頭を下げる。
ふむ。
デュランから「頼むぞ」なんて言う事あるんだねぇ。
【作者後記】
食い意地張ってる主人公。
可愛いと思うか意地汚いと思うか単純と思うかは人それぞれだと思います。
新たにお気に入り登録下さったそこのあなた、ありがとうございます。
ちょっと短いでしょうか……いや、前が長かったのかな。
次の次辺りで魔界から一度離脱します。
宜しくお願いします。
作者拝