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インスタントとオレ

「本当、に、あっ……たよ……オイ」


 ここはセシェン君の記憶力に感謝する場面か?

 それとも変人魔王の趣味に……あー、いややっぱりこっちは感謝とか無理だ。


 とにかく、黒いビロードの上に仰々しく飾られたカップラーメン、もといカップヌー○ル・シーフード&カレー味(ぷろでゅーすどばい「日○」)を前にオレは呟いた。

 さすがノーボーダー。

 世界の壁も越えやがった。

 ちなみにオレの言葉が途切れがちなのは笑いすぎて息切れ起こしたからだ。若干わき腹痛い。

 いや、だってスーパーの棚に並んでる一個170円の奴がご丁寧に飾ってあって、しかもセシェン君、毎日これを布で磨いてたそうな。その衝撃的告白がオレの腹筋にトドメを刺したのでした。

 いやぁ、笑った笑った。涙が出る程笑ってしまった。


「大丈夫ですか?」

「何とかね……」


 呼吸困難だった。

 はー、疲れた。

 おなか減った。


「もう減ったのですか……」

「笑うのって結構体力使うしね……どれどれ? 賞味期限切れてないな、よしよし」


 さすが保存食。


「ショーミキゲンとは?」

「今なら美味しく食べられるぜ時間制限、みたいなもんかな。えーっと、干し肉だって長持ちするけど、一定期限過ぎたら味が落ちたりする……と、思うんだけど」

「それで賞味期限なのでございますね」


 あ、味やっぱり落ちるのか。

 あてずっぽう万歳。


「カップーラーメンー、ふんふんふんふん、ぱんぱんぱんぱーん」

「楽しそうですね」

「まぁね」


 興味深そうに見て来るセシェン君にオレは頷く。


「どのように調理するのですか?」

「蓋開けて、お湯注いで、終わり」

「何と……」


 オレの説明に何か感銘を受けたっぽいセシェン君。


「そのような便利なものがあるのですね」

「結構色々な種類揃ってるしね」

「干し飯のようなものですかね……」

「え? 欲しいの?」

「いえ、干し飯です」

「……えっと?」

「米の事です」

「そんな品種、聞いた事無いけど」

「左様でございますか」


 何か、また会話が微妙にかみ合って無い気がするけど、気にしていても仕方ない。

 お湯沸かさないと食べれないし。

 部屋までもどればHIコンロがあるけど、帰るまでがかったるい。

 展示品にティファー○の電気ポットがあったけどここにはコンセントが無い。

 しょうがないから、セシェン君に頼んで普段デュランが珈琲作る時に使ってるサモワールを借りてお湯を沸かすことにした。

 これは炭でお湯を沸かす古くからの型らしくって、現代っ子のオレでは使い方はちんぷんかんぷんだったので、ここはセシェン君にお任せしよう。


「てゆうかさ」


 セシェン君が慣れた仕草でサモワールの中に炭を入れるのを見ながらオレはふと思いついて聞いてみる。

 あ、真ん中の空洞部分に炭入れるんだ。


「デュランって何かこういう手動式とか、古いグッズが好きな訳?」

「古い、でございますか?」

「うん、ほら。あの何だっけ……コーヒー淹れてたのも何かちょっと見かけない感じの道具だったじゃん。ヒョウタンみたいなのを火で炙って……」

「あれはサイフォンと言う名前だそうですよ」

「あー、うん。それそれ」


 もっとさくっとすぱっと素早く作る事も出来そうなもんを、わざわざ手間かけて時間かけてやっている。

 豆をおままごと用みたいな小さなフライパンでローストし、手動式のミルでガリガリ挽いて、お湯だってこれつかってるし、一杯の珈琲が出来上がるまでに相当かかってる。

 デュランは待ってりゃセシェン君が用意してくれるから良いけど、セシェン君は他にも仕事抱えてる訳だし、これがインスタントコーヒーで済むならセシェン君大分楽になるんじゃなかろうか。


「お湯が出来ましてございます」

「あ、ども」


 蓋をひっぺがしてお湯を注ぐ。蓋をする。


「三分間待ってやる」

「は?」

「いや、一種の様式美ですから」


 ビルの高層階から下を見下ろして「見ろ、人がゴミのようだ」とやるのと一緒。


「まぁ、出来上がるまで三分ほどかかるんで」

「成程」

「あ、折角何でセシェン君も食べてみます?」

「……そうですね、頂戴しましょう」


 食堂に移動するのも何なんで、このままここで食べる事にした。

 カレーの匂いはセシェン君は苦手だったらしく、けどシーフードはわりと好評だった。

 こういうスパイスの強いものはセシェン君あまり口にしないんだそうな。味覚嗅覚が鋭い体質だっていうのも理由の一つらしいけど、毒見役も場合によってはやる必要があるから刺激物は避けてるんだとか。

 でも、あの魔王様なら毒食っても平然としてそうだけどなぁ……。いや、案外ダメなのか? 仮にダメージあっても見栄張って平気な顔してそうではあるけど。


「えーと、でさ。さっき思ったんだけど」


 床に胡坐あぐらかいてラーメン啜りながら、オレはセシェン君に「インスタントコーヒーって知ってる?」と聞いてみる。

 案の定セシェン君は「いえ……」と首を振る。


「申し訳ございません」

「そっか。ここにかっぱらって来てれば良いんだけど」

「かっぱらっ……」

「じゃあ誘拐?」

「……」

「インスタントコーヒーで済むならセシェン君楽になりそうなのになぁ……今度デュランに聞いてみよ」

「それは珈琲なのですか?」

「うん、こんな風にお湯注げばいいだけの奴」

「人間とは色々考えつくものですね」

「基本的に非力だし、楽するの好きだしね」


 カレーの絡んだ縮れ面をフォークに巻きつけつつオレは言う。

 お陰で万能包丁が一能包丁になるオレでも餓死しないで済んでる。文明ってありがたい。


「ナカバ様は」

「ん?」

「いえ、わたくしの事までお気遣い頂いてありがとうございます」

「や、世話なってるし。普通だって」


 そういうほめ言葉とか聞くとムズムズするから止めて欲しいんだけどなぁ。

 視線を明後日の方向に逸らしつつ、オレはとりあえず今度デュランに会ったらインスタントコーヒーについてどうやって聞きだそうか、とか色々考えていた。




 

【作者後記】

凄い雨でしたね。こんばんは、作者です。

本日もお越しいただき、誠にありがとうございます。


今、別の話というかこの話のセシェン視点を書こうか考えてます。

読みたい方いらっしゃるのでしょうか。

ナカバの視線は大分偏ってる(かつ知識が欠けている)ので大分雰囲気は変わってしまうかとは思うのですけど。


ともあれ、一先ずこの話に決着をつける所までしっかり進みたいと思います。

宜しくお願い致します。


作者拝

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