落下傘とオレ
傘をさして空から降ってくるものの代表と言えばメアリー・ポピン○だろう。
まぁ、確かにそれは傘をさしてたし、ドレスを着て空から降ってきた。けど、映画の彼女はけっして天井をぶち破って、ドロップキックをかましつつ登場とかしなかった気がする。
ま。つまり。
空から降ってきたメアリー○ポピンズもどきは天井を景気よくぶち抜いて、ついでにセシェン君の忠告も綺麗に無視して床にでっかい静かの海を作り、ついでに行きがけの駄賃程度の気軽さで着地地点に居たヴィスカスを蹴り潰すという衝撃的な登場をしたのだった。
沈黙。
ドガシャアッ! と音を立てて陥没した床下から瓦礫が吹きあがる。
ついでに、さっきちらっと見た空色のソレが下から元気よく飛びあがって出てきた。
軽く3mくらい跳躍した。
「ううッ すわったままの姿勢でジャンプを!」
思わずお決まりのセリフを叫んでしまったオレの前で月面宙返りを決めてふわりと着地する空色。
すちゃっ。
決まった! 10点!
「じゃじゃーんっ! 着陸成功っ! いぇいっ!!」
ピシリ、と両手をYの字に広げて、自分で高らかにファンファーレを宣言するメアリー・ポピ○ズ。
でも、それは黒い髪じゃなくて銀色の髪をしてて、碧い眼ではなくて墨を溶かしたような真黒な目をして、蝙蝠傘じゃなくてレースたっぷりの日傘をさしてて、おまけに言うならオランダ人形じゃなくて。
「リ○ちゃん人形……?」
眉上でそろえた前髪、ちっさい頭、ほっそい首とか手足、ふんわり広がった空色のドレスと、髪に結んだ同じ色のリボン。花のコサージュ。空色のミュール。
着地と同時にリボンの先に結んだ小さな鈴がチリンとなる。
それは年齢10歳くらいの、世界遺産レベルでの美少女だった。
美少女は着地した新体操選手みたいな両手万歳の姿勢のまま、元気よく鈴を振るような声を上げる。
「たっだいまーっ!」
「……ただいま?」
「お嬢様……」
「……お嬢様?」
「あっ」
呟いたセシェン君の声に、クルンと可愛らしい動作で振り返る美少女。
その顔がパァッと笑顔になった。花開くような笑顔って奴があるならまさしくそんな感じの、そんな無邪気で明るい、笑顔の中の笑顔だった。
その姿勢からトン、と一歩。
「セシェン――――――」
加速した。
「――――――君っ!!」
「ぐっ!」
美少女がビュオンと風を切って、セシェン君の腹部にタックルをかました。
当然のように後ろに吹っ飛ぶセシェン君。
ドォンと運動会の太鼓みたいな音を立てて、セシェン君が突っ込んだ壁が鳴動して、ガラガラと崩れ落ちた。
ついでに崩れた破片の中でも一際でっかいのがモア○の後頭部を直撃した。
バッタリと前のめりに倒れる○アイ。ころころーっと転がり出る目玉。
哀れ、撲殺か。
「……」
今はっきりと分かった。
あの子、○カちゃんじゃなくてア○レちゃんだ。
「……もう何が何やら」
「あれっ?」
ター○ネーターよろしく瓦礫をあっさり押しのけて復活した美少女がこっちを見て、きょとんと瞬いて首をかしげる。動作だけならその辺のロリコンな皆さんが悩殺されそうに愛らしい。
その手にアフリカゾウサイズの元壁とかを持ってなければだけど。
「お客さんっ?」
「あ、はぁ……えーと、どちらさまでしょう?」
「ボクッ?」
自分の胸を指して首を反対側にコテンと倒す美少女。
「ボクはねっ、あのねっ、プチだよっ!」
ボクっ子だった。
「君はっ、誰かなっ?」
「ナカバ様は陛下の御客人でいらっしゃいます……よ、お嬢様」
「あ、セシェン君生きてたんだ」
「えぇ……」
はりつけにされた殉教者みたいな恰好で壁にめり込んだまま、セシェン君が弱々しいながらも苦笑交じりに答えて、オレの方に金色の目を向ける。
「何とか」
「……」
何か今日のセシェン君、やたら死にかけてるよね。
不憫だとは思ってたけど、ここまで来ると何か哀れを通り越して痛々しくって見てられんよ。
オレはそっと目を背け、黄色いハンカチで目元を抑えてみる。
「お客様っ?」
「うぉっ?! びびったぁっ!」
いつの間にかオレの懐まで入り込んでたよこの子。おぬしやるな。
てゆうか、遠くから見てもかなりハイレベルな美少女だったけど、近くで見ると本当にばっちり整った本当に人形みたいに可愛い顔してるよなぁ、この子。
こんな状況じゃなかったら是非、着せ替えショーをやって色々飾ってみたい。
え? 美形嫌いじゃないのかって?
もちろん嫌いだ。笑顔でスカッとさわやかに言い切れるぐらい大嫌いだ。
某魔王とか、脳内シャットアウトで存在にモザイクかかってる状態でも思い出したくも無い。
でも美少女は別腹でしょ、普通に。
可愛い女の子は見てるだけで幸せになれる。世界の幸せに貢献してるんだから。
ま、性格悪いのはお断りだけど、遠目に眺める分には問題ない訳だし。
で、このボクっ子なプチちゃんは性格は悪くなさそうだ……「難」はありそうだけど。
「えーと、あんまり傍でじろじろ見られるとものっそい居心地悪かったり?」
「あっ、ごめんねっ」
オレの言葉にぱっと離れ、両手を合わせて「ごめんね」と小首をかしげてはにかむように笑うプチちゃん。
文句なしにこう言う仕草が似合う。
中身○ラレちゃんだけどね。
「お嬢様、本日はどのような御用件で……」
壁から脱出したセシェン君がぶるりと体を振るって着いた細かいほこりや破片を吹き飛ばし、舌で毛づくろいを終えてから尋ねて来る。
それにプチちゃんは開きっぱなしだった空色のレースをふんだんに使った日傘をパチンと閉じて、
「パパにねっ、会いに来たのっ」
と、にっこりと笑んだ。
……パパ、とな?
オレはギィィッと首をまわしてセシェン君を見る。
「苦労人な上に、子もちだったんだ」
「わたくしではございません」
即行で否定された。
ま、これは軽い冗談だけどね。
いくらセシェン君でも、実の娘相手に「お嬢様」はないだろうし。
そうするとあのゴッキーの娘かぁ。うーん、まぁ美形の子は美形っていうことわざもあるしね。
え? カエル?
やだな、カエルの子供はオタマジャクシじゃん。
「で、踏んじゃって良かったの?」
「あのねっ、踏んだのはねっ、うっかりなのっ!」
「そっかー、このうっかりさんめー」
ドジっ子にも程があるだろ。
「パパだっ!! ってねっ、思ったのっ! だからねっ、えいってしたのっ! そしたらねっ、つぶれちゃったのっ!!」
「……。それ、普通は故意って言わない?」
「どうしてっ?」
「……。うっかり?」
「うんっ!」
何か微妙にかみ合わない会話をしていると、唐突に向こうの方で火柱が上がった。
ぽっかりと開いた空への穴を貫くような黄金の炎の柱。
「へ?」
「……ヴィスカス卿、もう復活されたようですね」
「え?」
「バラバラだったのにねっ!」
いや、可愛らしく物騒な事言わないで。
そう思ってると、クレーターの底からゆらりと金色の髪をなびかせてヴィスカスが浮かび上がってきた。
これはやっぱり、第三ラウンド開始……って感じなんだろうか。
【作者後記】
我が家にあった人形=怪獣人形or超合金合体ロボットでした。怪獣人形は総勢10体を越えてた気がします。
なお、たった1体存在したバービー人形は無残に髪を切り落とされ(当時はその方が似合うと思った)、顔に油性マジックで落書き(当時は化粧のつもり)をされ、最終的に悪の魔女役を振られてました。
今思うと可哀そうな事をしたもんです。
さて、評価ありがとうございました。
それと、本日現時点でこちらにご訪問くださった305名の皆さま、ありがとうございます。
それに励まされて今日は何とか今日中に書きあげられました。
仕事の都合と筆運びの許す限り、これからも定期的に書いていきたいと思いますので宜しくお願いします。
多謝 作者拝