格差社会とオレ
「あ、えーと……やっほー、セシェン君。多分、助かったありがとう?」
「大事ございませんか? ナカバ様」
パトラッシュサイズにまで膨らんだセシェン君がオレに背中を向けたままで真剣な声で聞いてくる。
「あ、うん。まぁ平気。デュランからもらったグッズが全部ぽしゃったけどね」
「ナカバ様さえご無事ならば、道具など良いのです」
おお、真顔でこんなセリフを吐く人を見る日が来るとは。
しかも、自分に向かって言われるとは。
しかも、相手がワンコとは。
うーん、人生何があるか分からんもんだねぇ。
「白銀狼の小僧か」
周囲に某孤島の黄金の魔女っぽく金色の蝶(ただし実態は炎)を舞わせながらヴィスカスが笑う。
「また随分と情けない姿になり下がっているではないか。そんな有様で我の陛下の護衛を名乗るなど、良く恥ずかしげも無くそんな真似ができるものだな」
「ヴィスカス卿、何をなさっておいでですか」
余裕ぶっこいてるヴィスカスに、あくまで静かに応えるセシェン君。
「昨日に続き突然のご来訪、如何に陛下が寛容なお方とは言え少々度が過ぎましょう」
「黙れ、下僕が」
「……セシェン君、何か下僕とか言ってきてるけど」
「わたくしは白銀狼ですからね」
ひそひそと囁いたオレに同じく小声で苦笑交じりに返すセシェン君。
でもすぐにきりっとした表情(だと思う。ワンコだから良く分からんけど)でまたヴィスカスの方へ向き直る。
「どうぞお帰り下さいませ、ヴィスカス卿。陛下は本日はどなたにもお会いしないとの事です」
「ドラゴンごときに我は指図は受けぬ」
「陛下のご意思をわたくしはお伝えしているのです」
「その下等な存在を置いておくのもそうだと言うのか? 白銀狼」
「左様でございます」
ふん、とその答えにヴィスカスが鼻を鳴らして冷笑する。
「成程……主に牙をむく出来そこないの駄犬の類と、魔力も持たぬ人間。屑同士が慣れ合うのは楽しかろうな」
「……」
ヴィスカスの言葉にセシェン君が瞳孔を細くして牙を剥き、ぐるると喉を鳴らす。
「ヴィスカス卿。陛下の客人への侮辱は我が主への侮辱と受け取っても宜しいのでございましょうか?」
「主人? 我が陛下が貴様ごとき出来そこないの白銀狼のスペアを認めているとでも思っているのか? 自惚れるな。身の程を知れ。今もそこにそうして立っているだけで精一杯なのであろう? その様で貴様は陛下の何を守れると言うのだ?」
「……っ」
「力無きものは去れ。貴様は我の陛下に相応しくない」
「粘着気質のストーカーに言われたくないんだけど」
うっかり挟んじゃったオレの発言にヴィスカスが馬鹿みたいに口をあんぐり開き、セシェン君まで目を丸くしてこっちを振り返った。
「……ナカバ様」
「あ、ごめん。ついうっかり本当の事を」
「に、人間が……」
「うっさい。変態、ドロボー、きしょいぞゴッキー」
毒を食らわば皿まで。ついでに素直な感想を述べてみるとヴィスカスの顔が赤くなった。
沸点低いなこいつ。魔界のお偉いさんならもうちょっと冷静沈着で居ろよ。
「その口焼き裂いてくれる」
「ナカバ様!」
「ぐぇ」
素早く振りかえったセシェン君に服の裾を咥えられて後ろに引っ張られた。
く、首が抜けちゃう!
いや、抜けないけど抜けそうな勢いで頭が後ろにガックンと。ついでに足がふわっとか浮いちゃって、気付けばオレはケツから展示品の中にあった美容院の椅子にすっぽり収まっていた。
「ナカバ様、お怪我は?」
「う、うん……首が微妙に鞭うちになりそうな感じ以外は平気……」
ぐらぐらする頭をさすりながら、オレは座り込んだ姿勢で何とか顔を上げる。
見ればさっきまでオレが居たホワイ○ハウスの辺りが完全に炭化色に変色してごっそり消えて無くなってる。うわぉ……ウチは確かに火葬文化だけどさ、あれは骨も残らんな。
首ぐいーんとかされて、まだちょっと関節がガクガク言ってる感じがするけどあそこで焦げるよかマシだろう。
一方のセシェン君はどうやらヴィスカスと魔法合戦中らしい。
つってもオレにはその辺がちかちか光っちゃあどっかが抉れ消えてるだけで、何やってるかさっぱり分からんけどね。
某虎金井兄弟の喧嘩を見てる孝士どのみたいな、或いは後期の天下一武道会に来てる一般客みたいな。
目にはさやかに見えねども、風の音にぞ驚かれぬる、って感じ。
いやー、置いてきぼり感バリバリですな。
「ナカバ様」
そんな(多分)一瞬の集中力の途切れが勝負の分かれ目っぽい(多分)戦闘の真っ最中に、セシェン君が後ろに居るオレに向かって前を見たまま声をかけてきた。
「はいはい。どうしたのセシェン君」
「わたくしがヴィスカス様のお相手をする間に外へお逃げください……あまり、時間を稼ぐ事は出来ないかもしれませんが……」
「え? そんなにあのゴッキー強いの? 昨日良く見えなかったけどデュランにボコボコにされたじゃん」
「陛下は別格です」
足元に青白い魔法陣っぽいものを展開しつつ、セシェン君が低く唸る。
「四大卿ともなればその力は我らドラゴンに匹敵いたします。加えてヴィスカス様は陛下の血を頂いており、その力は四大卿の中でも群を抜いて強力な方。わたくしが万全な状態でも五分五分となるかどうか……」
あ、そう言えば今セシェン君弱ってるんだっけ。
主に、オレのせいで。
「具体的にどれぐらい頑張れそう?」
「……正直に申し上げて、次の一撃が受け切れるかどうか」
「ダメじゃん」
「申し訳ございません」
「あ、ごめん」
うっかり突っ込み入れてる場合じゃ無かったよ。
見た感じ向こうはまだまだ余裕っぽいけど、セシェン君は確かにきつそうだ。
魔力がごっそり例の輪っかに奪われてまだ回復しきって無い上に、オレみたいな戦闘能力皆無な奴庇って、屋敷守って戦わなきゃならないんだもんな。そりゃきついよ。
となればオレはとっとと撤退した方がセシェン君にもオレにも良いって訳で。
ジョースター家の伝統的なの戦闘の発想にもこう記されている。それは、逃げる。
「って、燃えてるんですけど」
「何か仰いましたか?」
「いや、ドアの方向にこうダァーッと炎の廊下がですね……」
「……退路を断ちましたか、ヴィスカス卿はやはりそこまで甘いお方では無いと言う事ですね」
「いや、オレこの場合どうするの? 床に穴あけるとか?」
「それは大変危険です。陛下が空間を繋いでいる場合がございますので、狭間に落ちればわたくしとてナカバ様を探し出せなくなる危険性がございます」
「つまり、後は飛んで逃げろと?」
「……ナカバ様、飛べるのですか?」
「いやいや、無理無理」
空を自由に飛びたくても、竹トンボぐらいしか作れんし。
「デュランの登場は望めそう?」
「……いえ、陛下の御手を煩わせる訳には」
苦悩の滲むセシェン君の声。
うーん、「やっぱり」そうなのか……そうするとどうするかなぁ……。
と、
「めておすとらあああぁぁぁぁぁあああいくっ!!」
空が自由に飛んできた。
【作者後記】
ナカバ視点での戦闘シーンのぐだぐだっぷりに我ながら驚いてます。
まぁ、まったく何が起こってるのか分からないというのと、ナカバの正確によるものなんでしょうけど。
あまり見えてもまずいので、どこまで情景を描写するか意外と難しいです。
さて、次は傘を持って上から降って来る人の登場です。
また日付変更前に間に合わなかった…… 作者拝