押し問答とオレ
逃げられた。
一瞬目を離したすきにデュランが居なくなっていた。
指の動きにつられてドアを見て、顔を戻したら消えていた。
勿論コーヒーミルと挽きたて豆も一緒に。
辺りに香りがまだ残っているのが、さっきまで現場にホシが居た証拠だ。
……あの野郎、逃げ足速いな。
ゴッキー話の続きも気になってるけど、本当はセシェン君に借り返したかったんだけどなぁ。
幾らオレがチビで記憶力悪くて見た目も平凡だとしても、本気で食堂まで一人でたどり着けない訳じゃない。何ならキューブのナビゲーションシステムを使えば行けるし、セシェン君なら呼べば迎えに来てくれるだろう。
そこをあえてデュランに案内させたのは、食堂に連れ込む為だったんだけど……うーむ、失敗か。
セシェン君、また落胆しそうだ。
不憫な。
「おはようございます」
ドアを開けると相変わらずピシッとした姿のセシェン君が爽やかな笑顔で挨拶してくれた。
うむ、頑張れ不憫執事。
ん? 何か今オレ見て顔色変えたような?
「陛下の所にいらしたのですか?」
「お、さすが鼻が利くね」
わんこだしなぁ。
「いえ、ナカバ様の体に陛下の力が移ってますので……」
じっっと穴が空きそうな程オレを凝視しながら言うセシェン君。
げ? マジ?
やばい、即行で体洗いたい。
ご飯も食べたい(何せ、いつも全部ちょうど良いタイミングでお皿出してくれてるから。冷めるともったいない)けど、デュラン菌付けたまま食事するのは嫌だ。うっかりオレまで紫の謎オーラとか出るようになったら人生終わるしかない。
「と言う事でお風呂にオレは行きます」
「は?」
「ではではこれにてサラバ……お風呂お風呂」
「ナ、ナカバ様! お待ちください!」
セシェン君が頭痛をこらえるみたいに額を抑えつつ、オレを引き止める。
見れば顔が真っ青だ。
「何? 具合悪いの?」
「一度……お願いですから、これを」
セシェン君が取出したのは小さな箱。
見た目はあれだ。良くプロポーズとかの時に「君にこれを」とかキザいセリフを吐きつつ渡してそうな感じの指輪の入れ物の奴。黒一色の表面は多分ビロードだな。
「いや、オレはセシェン君の味噌汁とか作るの無理だし。あ、でもセシェン君のスープは美味しかったよ」
トマト味の野菜たっぷりスープ。ちょっと酸味があって良い感じだった。最後にカリッと焼いたガーリックトーストを残ったスープに沈めて、ふにゃっとなった所を一緒に食べると無茶美味かった。また食いたい。
「いえ、そう言う意味では……」
「あ、いや冗談だからマジな反応されても……。これ確かデュランの箱でしょ?」
「左様、陛下の……」
そこまで言って言葉が切れるセシェン君。
呼吸が荒くなってきている。
本当にヤバイ感じに顔が青い。朝礼の時によく貧血で倒れる女子が居るんだけど、その倒れる寸前の彼女のような顔色をしている。
「セシェン君。本気で大丈夫?」
「問題、ございません……それよりこれを……」
「いや、仕事熱心は分かるけどさ。まずはやすんだら? セシェン君、結構肉体労働なんだしさ」
「いえ……今は、これを、お渡ししなくては……」
「いや、ぶっちゃけソレ要らんし」
魔王からの贈り物とか何か呪われそうなイメージあるしなぁ。このIp○dもどき、もといキューブは別だけどね。便利だし。
って、キューブ見てる間にセシェン君の顔色がさらにやばい事になってるよ。
えーと、こういう場合どうするんだっけ?
てゆうか、人間の常識が魔族に通用すんのかがまず分からん。
そもそもセシェン君、本当は犬だし。オレ犬飼った事無いし、小学校の「いきもの係」とかは面倒だからパスしてきたし、獣医の知識なんて当然あるはず無い。まぁ、手っ取り早く言えばごくふつーの学生さんのオレに具合悪くなったワンコの対処法とかさっぱり分からんって事。
えーと、えーっと……いや、やっぱり考えても分からん。分からない物は仕方ないから諦めよう。
取り敢えず寝かせておけば何とかなるだろ。
「さーさー、回れ右して戻りましょー」
これで肩に手を当ててくるっと進行方向ひっくり返して押し戻す、とかできたらカッコイイ。カッコイイが、180越えのセシェン君の肩押して方向転換とかオレには無理なのでとりあえず腹を押してみた。
さらに顔色が悪くなった。
……うん、考えてみれば具合悪い時に胃の上力いっぱい押されたらさらに悪化するよな。
「何か、ゴメン」
「それ、よ……り……こちら、を……」
むぅ、粘るなぁ、セシェン君。
執事としちゃあ鏡なのかもしれないけど。
「デュランにオレがいらないって言ってたつっといてよ。どうせその中身って例の輪っかでしょ?」
「左様でございます……」
セシェン君の声がレッドゾーンな感じになっている。
早く寝かさないと。
……ってどこにっ?!
え? えーっと、テーブルの上とか? いやいや、それじゃ執事の活造りみたいな絵でシャレにならん。それに皿とかどかしてる間にセシェン君がリバース起こしたら大問題だ。
そうすると床か? いや、さすがに床はまずいだろう。
じゃあ天井?
「って何でやねん!!」
一人ボケ突っ込み。
っていかん、そんな事やってる場合じゃなかった。
見ると片膝床に着いた状態でかろうじて倒れないでいるって感じになってた。
おいおいおい。ヤバイ。今リバースされたら確実にオレ被害者だよ。
「え、えーと……床で良い?」
「お願い、です、から……これ、を……」
「イヤそれはもう良いって。それより休まないとセシェン君絶対まずいって」
何か箱がオレと彼の間で行ったり来たり。
「お願いですから」
ぐっ、通しつけるセシェン君。
「いえいえ結構ですってば」
押し返すオレ。
「どうか、中の」
顔色がヤバイ。鉛色だ。目とか瞳孔が点になって、金色にぎらぎらしてて怖すぎるってば。
「あれを」
「いや、だから」
押し問答していたらオレの手に当たった箱がポンと落ちた。
蓋が開いて黒い輪っかが転がり出る。
セシェン君の顔がひきつった。
あ、何かまずい事しちゃった?
金色の獣の瞳がオレを見て、牙を剥いた。
【作者後記】
……な、何故にお気に入り登録者が29人に増えてるんでしょう(滝汗
夢ですかね? 夢オチですかね?(あ、喜んでますよ。嬉しいです。ただ恐れ多いだけで)
―――――――などと若干逃避しつつ今晩は。尋でございます。
皆様のお陰をもちまして、PV総計が3万、ユニーク総計が3,500を超えました。
こんな辺鄙な場所にありがとうございます。
誤字脱字の多い拙い文章ではありますが、どうぞ今後ともお付き合い願えれば幸いです。
作者拝