なれそめとオレ
誤字と読みにくい金髪ゴ……じゃなくてヴァンパイア・ヴィスカスさんの説明を変更しました。
ガリガリ。
ガリガリ。
ガリガリ。
空中でコーヒー豆が挽かれている。
コーヒーミルはそこに目に見えない動く台があるみたいに、デュランの歩調に合わせて手元の高さに固定されたままだ。
「ねぇ、そのミルが浮いてるのって魔法?」
「魔術だ」
「その魔術使って、もっとパパッと作っちゃえば良いんじゃないの?」
「間の過程を省略すると味が落ちる」
「何で?」
「雰囲気が足りない」
そんな理由かよ。
「もしかして出来ないとか?」
「いや、出来あがった物を出現させるのは可能だ。魔術だからな……」
「何でも作れるの?」
「基本的にはな」
ガリガリ。
ガリガリ。
ガリガリ。
……はっきり言おう。うっさい。
「何を言う。こう言うのが風情があって良いのだろうが」
「邪魔。やかましい。うるさい。むしろ騒音」
「……。つまらん」
精神お子ちゃま魔王様(自称24歳)。
それでも何かしたのか、ガリガリ響いていた音はカリカリレベルまで下がった。
どうやら消す気はないらしい。
「譲歩したぞ」
「いちいち偉そうだな……」
「まぁ、偉そうなのはデフォだ。魔王っぽいだろう」
「だからその顔でデフォとか言うな」
「俺の顔の何が珍しいと言うのだ」
全部。
そう言いたいのを堪えつつ(オレって大人だ)、何やかんやで昨日聞きそびれてた事を聞いてみる。
今が良い機会っぽいし。
「そう言えばさ、話は変わるけど昨日のアレ、何?」
「どれだ」
分かってるくせにはぐらかしやがった。そんなに嫌か。
「金髪ゴキ」
「セシェンが説明した。以上」
早口だった。
おとなげねー……本当にこんなんで魔王やってけるのかね? そういや、この人一日中好き勝手やってるだけで、魔王らしい事やってる所見たこと無いぞ。ダメじゃん。
「なんちゃら卿だっけか。吸血鬼のお偉いさんだっけ?」
「そうだな」
「……いや、そんな嫌そうな顔でオレ睨まれても」
「ふむ」
ぱちり、と紫の目が瞬き一つ。
「そうだな、悪かった」
「うむうむ。素直でよろしい。許してつかわそう」
「ありがたき幸せ」
オレの言葉にくつくつと喉を鳴らして笑うデュラン。
前から思ってたけど、こいつ意外とノリが良いというか、俗っぽいと言うか……やっぱ魔王に向いてないよなぁ。
「まぁ……そうだな。きちんと説明しよう」
「おう」
「あのゴキブリはヴァンパイアの当主だ。ヴァンパイア自体が魔界の有力貴族の中でも筆頭……悪魔種のトップだから、実質上魔界の為政者の頂点の一人と言う事になるな」
「ふむ」
「セシェンがヴィスカス卿と呼んでいただろう。あの卿という称号は魔界のトップの一人である証でな、奴の他に後三名のみに与えられている。彼ら四名を総称して四大卿と言い、魔王ですら彼らの承認抜きに魔王となる事は出来ない。それぐらい重要な立場に居るのだが……実態は俺のストーカーだな」
あんな変態なのに実はすっごい偉い人、じゃなくて魔族だった。
「で、何でそんな奴がストーカー?」
「まぁ、奴のプライドが裏目に出た……というところか」
またプライドか。
「プライドは嫌いか?」
「今井美○のプライドなら好きだよ」
格闘技のあれはちょっと、だが。
基本的にああ言うのに熱くなれないオレのようなタイプが、ああ言うので熱くなっちゃう人達に混ざると疎外感が半端ない。
「魔族にとってプライドってそんな大事なもんなの? 人間と戦争したり、ストーカーしたりさ」
「まぁ魔族にとって、と言うよりも立場の問題だな。高位魔族ならば大抵は何らかの上に立って他を指揮する立場にあるのが普通だからな。その立場に対するプライドが無ければ、それはただの無能だ」
「ふむー?」
「プライドという表現が分かりにくいのならば誇りでも良い。或いは責任感、拘り……まぁ、過ぎれば毒となるがな」
珍しくマトモっぽい事を言うデュラン。
「まぁ、高位魔族というのはそれを除いてもプライドや自意識、拘りが強い者が多い。それで、奴の場合は俺の事が気に入らなかったらしいな」
「あー。醜い、だっけ?」
「良く知っていたな」
「うん。昨日お昼食べてた時にちょっと、ね」
吸血種のトップであるヴァンパイア――――――さっきの話からするに金髪ゴキ、が俺様の美技に酔いな! とデュランを襲って返り討ちされたとか何とか。あれ? 何か微妙に違うような……ま、いっか。
でも、その時の話がどうして昨日のようなおぞけを奮うようなべた付きっぷりになるのか。
しかも、何かキモイ! とかの逆……容姿大絶賛だったような。
「あぁ、この姿は公には伏せているからな。この姿で魔王だと名乗る事は基本的に無い」
「へー……何で?」
「反応が鬱陶しい」
いや、その性格を知ったら普通の奴は退くから大丈夫だと思うぞ。
あ。でも、中身知った上で残るような奴は昨日の金髪ゴキみたいな際物ばっかだろうからそれも微妙か。
「ちなみに、公用ってどんな恰好してるの? スライス君なんか思い出して青褪めてたけど」
「ん? お前が見たら……発狂するかもな」
唇の端を吊り上げるデュラン。
悪役スマイルが良く似合う。
「ぐろい?」
「まぁな。生物の根幹に働きかけ、嫌悪感を引き出すような形に細工してある」
「ふーん……で、とりあえずその格好がゴッキー君には気に入らなかったんだ」
「あぁ、公示……要は魔王交代の宣言の直後に殴り込みに来たからな。あの時はまぁまぁ愉快だった」
愉快。
愉快、ねぇ……こう言うたまにする発言が何か、ああ一応魔王なんだよなこいつ、って感じ。
「なにせ、第一声が「お前は醜いから魔王に相応しくない」…だったかな。うろ覚えだが」
忘れてんじゃん。
「正確には奴の声を思い出したくないから、この記憶には封印をかけているのだがな」
訂正。封印されていた。
「で? 結局返り討ちにしたんだっけ?」
「あぁ、消し炭にしたのだったか。半殺し……いや、九割九分六厘殺しぐらいか」
サラッと酷い事を言うデュラン。
「そこはやっぱり九厘にしようよ」
サラッと返したオレも実は結構酷いかもしれない。
「でもその割には今ピンピンしてるよね。昨日も焼いても復活してたみたいだし」
「あぁ……まぁ、一応四大卿の一人だしな。殺すと面倒だから懲りたら治して叩き出す予定だった」
あぁ、例の指パッチンね。
「まぁ、その治療の際に少々しくじって……今に至る」
「肝心な所を省略しやがった!!」
そこが重要なんじゃねーか!
叫んだオレにデュランはすっかり細挽きになった豆を袋に移しつつ首を横に振る。
「説明を拒否する。理由は述べない」
「どんな打ち切り漫画だよ! 伏線回収すらしてねぇじゃんか!」
「まぁ、俺が教えなくとも第二、第三の魔王が……」
「だから乗るなって。乗る前に教えろ」
「血を与えたら懐かれた。終わり」
「……」
「待て、珈琲には手を出すな。お前は鬼か」
「あんたには言われたくない。で? 何か言う事は?」
「その辺りはまた後でな」
デュランが指を差す。
「食堂だ」
【作者後記】
にぎゃー。
お気に入りがまたお二方増えて、24人になってます。
……いえ、嫌がってる訳ではけっしてないのです。
恐縮なのとありがたいのと恐れ多いのと恐縮(二度言った)のとで、基本ビビリな私自身が少々逃げ腰になっているだけです。
ここは一先ず、ありがたやー、ありがたやー、と何処かの崇拝のようにひれ伏して拝んでおきましょう。
ありがたやー。
南無南無…… 作者拝