奪われ令嬢は、どうせなら全てを義妹に奪わせたい
設定はゆるめなので気楽に読んでくださいね。
※誤字報告ありがとうございます!
(思いっきり別作品のキャラ名を書いてしまってました……)
私、オリヴィア・アドコックが十歳になったばかりの頃、病によって母が亡くなった。
アドコック伯爵家は深い悲しみに包まれる……。
そして、母との永遠の別れを簡単に受け入れることができなかった私は泣き暮らし、母に仕えていた使用人たちはそんな私の悲しみに寄り添ってくれていた。
しかし、父だけは違ったようだ。
母の葬儀から一ヶ月も経たないうちに、美しい女性とその女性によく似た少女を連れて帰ってきた。
「これからは彼女たちが新しい家族になる」
「…………」
突然の父の言葉に私は呆然としてしまう。
なんと、父は他所に愛人を囲って子供まで産ませていたのだ。
「オリヴィア、よろしくね」
「オリヴィアお義姉様。仲良くしましょう」
ショックを受ける私に、不自然なくらい愛想のよい笑顔を浮かべる二人。
──この瞬間から、私の奪われる日々が始まった……。
最初に奪われたのは家族の中の居場所。
私と同い年の義妹チェルシーは、ストロベリーブロンドの髪に翠の瞳という父と同じ色を持っていた。
そして、義母にそっくりな顔立ちは、幼いながらも華やかで愛らしい。
対する私は、実母と同じ黒髪に薄紫の瞳を持ち、チェルシーと比べて華やかとは言い難い控えめな顔立ち。
性格だって、明るくて甘え上手なチェルシーのことを父はこれ見よがしに可愛がる。
そして美しい義母を抱き寄せ、父は幸せそうな笑顔を浮かべるのだ。
そんな新しい家族の輪に、私はうまく入ることができなかった……。
しばらくすると父が私を執務室へ呼び出し、母として懸命に接する義母に暴言を吐き、仲良くしたいと声をかけてきた義妹に暴力を振るったことを叱責されてしまう。
「私、そんなこと言ってない! やってない!」
そういくら訴えても父は聞く耳を持たず、私は本邸から離れへ移動を命じられしまった。
今思うと、私の言葉が真実かどうかなんて父にはどうでもよくて、ただ私を本邸から追い出す理由が欲しかっただけなのだろう。
「離れに運ぶのも大変でしょ? 私がもらってあげるわ」
部屋の荷物をまとめていると、突然チェルシーがやって来て私の私物を物色し始める。
「チェルシー! やめて!」
「いいじゃない。どうせ、この部屋は私のものになるんだから」
「そんな……」
ドレスにアクセサリー、リボンに人形……。
私の大切な物はことごとくチェルシーに奪われてしまった。
こうして、家族の中で私だけが離れで暮らす日々が始まる。
それでも、母が幼い頃から仕えている侍女のバーサ、私が姉のように慕っているメイドのアデラ、そして母が孤児院から引き取った従者のサイラス。
気心の知れた使用人たちが、離れに暮らす私を支えてくれていた。
「みんなが一緒なら私は寂しくないわ」
──しかし、次に奪われたのはそんな使用人たちとの穏やかな日々だった。
「申し訳ございません。伯爵様のご命令で……」
バーサたち三人は本邸に配置され、すぐに代わりの使用人たちが離れにやってくる。
その誰もが見たことのない雇われたばかりの者たちで……。
離れに一人追いやられた私に忠義を尽くすはずもなく、新しい使用人たちは最低限の仕事しか……いや、それすらも手を抜く始末。
食事は粗末なものへ変わり、一日に一食しか与えられない日もあった。
お風呂どころか顔を洗う水すらも用意してもらえず、自分で井戸から水を汲み上げて運ぶ。
いつの間にか肌はカサつき、髪の艶も失われてしまう。
そんなある日、父から話があると私は本邸に呼び出された。
内容は家庭教師に関することで、アドコック伯爵家の恥にならぬよう知識と教養を身に付けなさいと厳命される。
そして、再び離れへと戻る道すがら、私の目に飛び込んできたのは美しく着飾った義母と義妹が庭でお茶を飲んでいる姿。
そんな二人のすぐ側にはバーサとアデラ、そしてサイラスまでもが控えている。
「あら? お義姉様も本邸にいらしてたのね。一緒にいかが?」
そう言って、勝ち誇った笑みを浮かべるチェルシー。
対する私はたった一人、すっかり丈が短くなってしまったワンピース姿で……。
そんな私にバーサたちは視線すら向けることはなく、私は惨めな思いを抱え、その場から逃げ出すことしかできなかった。
それからも、手紙を出すことを禁じられ、外出する機会は奪われ、私の友人だった令嬢はチェルシーの友人になり……いつの間にか屋敷の外の居場所さえも奪われてしまう。
それでも私は諦めなかった。
『特別なこと』がない限り、十五歳になれば貴族の令嬢は王立学園に通うことになる。
(そこで新しい友人と新たな居場所を作ればいい)
それを心の支えにし、ひたすら学問に励むことで一人の寂しさを紛らわせていく……。
そして十五歳になり、学園に入学するより先に魔力判定の儀式を受ける日が訪れた。
魔力判定の儀式とは、自身がどのような魔力を持つのかを調べるもので、十五歳になった者が等しく受ける国の義務でもある。
「おおっ! これは……なんと珍しい!」
共に神殿で儀式を受けることになったチェルシーが、透明な球体型の魔導具に触れた瞬間、柔らかな金の光が球体を包み神官が感嘆の声を上げる。
「チェルシー・アドコック伯爵令嬢の魔力は聖属性です!」
神官の言葉に、その場にいた人々はどよめいた。
聖属性の魔力持ちは希少で、その魔力量が一定値を超える者は『聖女』という特別な地位を得る。
すぐにチェルシーの魔力量が測定された。
結果、聖女となるには及ばなかったが、聖属性の魔力持ちというだけで彼女はこれから一目置かれる存在となるはずだ。
チェルシーは私を見ながら、いつもの勝ち誇った笑みを浮かべる。
もう、何度も何度も嫌になるくらいに見た表情だ……。
続いて神官が私の名前を呼ぶ。
返事をして前に出ると、神官に促されるがまま、先程のチェルシーと同じように透明な球体型の魔導具におそるおそる両手で触れる。
その瞬間、まばゆい金の光が球体を包み、どんどん光が溢れ出して部屋中を覆い尽くしてしまった。
「お、オリヴィア・アドコック伯爵令嬢の魔力は聖属性です……!」
そう告げる神官の声は震え、見守っていた人々は驚きのあまり言葉を失う。
同じ聖属性でありながら、明らかにチェルシーとは違う魔導具の反応。
静かな緊張感に包まれたまま、すぐに魔力量が測定され……その場で私は聖女と認定されてしまった。
(そんな……まさか……)
現実を受け止めきれない私をよそに、周りの人々から拍手と歓声が沸き起こる。
そんな私の姿を、チェルシーは恐ろしい形相で睨み付けていた。
その後、私の聖女判定が気に食わないチェルシーは、どうにかならないかと父に訴えたらしい。
しかし、いくら父でも神殿が認めた判定を覆すことなどできるはずもなく、私の立場は『アドコック伯爵令嬢』から神殿に所属する『聖女』へ正式に変更されることが決まった。
さすがに聖女を虐げているのはマズイと気付いたのか、食事は毎日三食運ばれ、使用人たちは最低限の身の回りの世話をするようになる。
しかし、掌を返したような態度を信用できるはずもなく……結局、私は離れの使用人たちに心を許すことはなかった。
◇◇◇◇◇◇
私とチェルシーは共に王立学園へ入学した。
最初の頃は聖女として注目を浴びたが、徐々に私が学園に通う日数は減っていく。
なぜなら、学業よりも聖女の役割が優先されるからだ。
聖女の役割とは、魔物の発生源である魔力溜まりの浄化や、魔導具の解呪など多岐に渡る。
私が聖女になってすぐに先代聖女が高齢を理由に引退し、聖女の役割を私一人で背負うことになってしまった。
おかげで、学園に籍はあっても、実際に通う時間なんてほとんど作れない。
結局、私は学園で新たな友人も居場所も作ることができないまま卒業を迎える。
そして、今度は王家から聖女である私に縁談が持ち掛けられた。
我が国には三人の王子がいて、中でも私と歳の近い第二王子との婚約話。
これは神殿と王家を結ぶ政略結婚であり、聖女が誕生するたびに行われる国の慣習でもあった。
おそらく、聖女が所属する神殿が必要以上の力を持たぬよう、王家が口出しできるように考えられたもの……。
あらかじめ決められた婚約を断ることもできず、セドリック第二王子と初顔合わせの日を迎える。
輝く金髪にサファイアのような瞳を持ち、整った顔立ちのセドリックは噂に違わぬ美形だった。
「君が聖女か………?」
しかし、私を見るなりセドリックの表情が不満気に歪む。
「聖女と言うからには、僕の隣に相応しい女性を期待していたが……まさか、こんなにも地味だとは」
「………っ!」
落胆を隠そうともしないセドリックの態度に、周りの者たちは青い顔をしている。
「はぁ……。慣習ならば仕方あるまい。さっさと誓約を済ませるぞ」
溜息交じりにそう言って、用意されていた婚約誓約書にセドリックが署名をする。
続けて私が署名をすると、途端に誓約書が赤い魔力を帯びていく。
これは魔法による誓約でもあり、署名をした本人たちでなければ破棄することは叶わない。
こうして私とセドリックの婚約が成立した。
学園を卒業した私は、週の六日は神殿に通う日々……。
そして、唯一の休日である残りの一日に、婚約者となったセドリックとの交流が予定に組み込まれる。
王城に招かれてお茶や食事を共にするも、セドリックは不機嫌なまま。
こちらから会話を試みても、無視されてしまうことも多かった。
(殿下もこの婚約に納得がいかないのね……)
それでも、いずれ夫婦になるのだから、少しでも良好な関係が築けるように努力を続けていた。
そんなある日、父から我が家にセドリックを招くことを提案される。
「殿下、よくぞいらしてくださいました」
この時ばかりは私も本邸に足を踏み入れ、家族揃ってセドリックを出迎える。
しかし、彼は相変わらず不機嫌そうな表情だ。
「わあ! セドリック殿下にお会いできるなんて夢みたい……!」
そこに、チェルシーの甘ったるい声が響く。
「君は………?」
「義妹のチェルシーと申します」
そう言いながら、チェルシーはセドリックに愛想よく微笑む。
「よろしければ、私が我が家の庭をご案内いたします。殿下がいらっしゃると聞いて、庭師が張り切って整えたんですよ」
「チェルシー!?」
「だって、私のお義兄様になるんだもの。この機会に仲を深めてもいいでしょ?」
何を言い出すんだと私が制止の声を上げるも、義母があっさりとチェルシーの言い分を承諾してしまう。
こうして、セドリックとチェルシーは二人連れ立って庭へ向かった。
その後、最初とは打って変わってセドリックは上機嫌になり、食事中の会話も弾む。
だが、そのほとんどがチェルシーとのやり取りばかりで、なぜか義妹とセドリックの仲が深まっているように感じた。
(まさか………)
嫌な予感は見事に的中してしまう
それからのセドリックは、私の休日に合わせて頻繁に我が家を訪れるようになった。
傍から見れば、婚約者との交流を大切にする美貌の王子様。
だが、実際は……。
応接室の扉を開けると、そこにはすでにチェルシーとセドリックの姿があった。
二人は一つのソファに並んで座っている。
「ああ。来たのか」
挨拶をする私をちらりと一瞥するセドリック。
「お義姉様が遅いから、私が殿下のお相手をしていたのよ」
そう言いながら、チェルシーはセドリックにぴったりと寄り添っている。
「それじゃあ、お義姉様がいらっしゃったから私はこれで……」
「チェルシー、君が席を外す必要はない」
「でも……お義姉様が……」
困ったような表情を浮かべるチェルシー。
「もっと君の愛らしい声を聞いていたいんだ。いいだろう?」
「そんな……」
二人が睦まじく戯れ合う様子を、私は黙って見つめているだけの時間。
時折、チェルシーが私に意味ありげな視線を向ける。
どうやら、今度は私から婚約者を奪い取るつもりらしい。
しかし、さすがに神殿と王家を結ぶ政略結婚を、チェルシーの我儘一つで破談にできるわけもなく……。
私たちの歪な関係は火種を抱えたまま時間だけが過ぎていった。
◇◇◇◇◇◇
セドリックと婚約をして一年が過ぎた頃、一つの大きなニュースが国中を騒がす。
それは、我が国最大級のダンジョン『深淵の道』が、国が支援する冒険者パーティによってついに完全攻略されたというもの。
ダンジョンに挑む冒険者たちが求めるのは、名誉と報酬とモンスターの素材やダンジョンに眠る宝箱。
だが、階層を進むごとに攻略は難しくなり、並みの冒険者では歯が立たなくなる。
そこで、見どころのある冒険者たちを国が支援し、彼らの衣食住から装備まで面倒を見る代わりに、攻略して手に入れたものを王家に献上するというシステムが確立された。
『深淵の道』の攻略が開始されてからすでに十年が経っており、ようやく最深部のボスが討伐されたことに国中が沸き立っている。
「これが『深淵の道』最深部で発見された宝箱です」
ここは浄化の間と呼ばれる神殿内の一室。
そこへ、騎士たちが両手に抱えた宝箱を慎重な手つきで台の上に並べていく。
ダンジョン内の宝箱には開けた瞬間にトラップや呪いが発動するものも多くあり、聖魔法による浄化を施す必要があるのだ。
私が全ての宝箱に聖魔法をかけ終えると、念のために鑑定魔法を扱う神官が宝箱の安全を確認していく。
「それでは開けますよ」
騎士が宝箱を開けていくと、その中には金貨の山や希少な鉱物に武器や防具、魔術書や古に作られた魔導具らしきものまであった。
今度はそんな宝箱の中身にも聖魔法をかけていく。
これも聖女の役割の一つだった。
浄化を終えたものは、先程と同じように鑑定魔法によって安全と性能を確かめ、それを騎士たちが書類に記していく。
その様子を私は静かに眺めていたのだった。
◇
ようやくこの日の務めを終えて我が家に着くと、珍しいことにチェルシーが離れの入口で私を待ち構えていた。
「ねぇ、ダンジョンで見つかった宝箱の浄化をしたんでしょう? 何が入っていたの?」
その言葉で、チェルシーの意図を察する。
『深淵の道』完全攻略の話題で国中は持ちきりだ。
それは貴族も例外じゃない。
だから、私の口から最新の情報を聞き出し、その話題を自身の社交に利用するつもりなのだろう。
仕方なく、宝箱の中身をいくつかチェルシーに教える。
断るよりもさっさと要望に応えたほうが早いと、これまでの経験で嫌というほどわかっているからだ。
満足のいく答えを聞けたからだろうか。
ご機嫌な様子で本邸へ帰っていく彼女の後ろ姿を、私は黙って見送った。
──そして、事件は起こる。
その休日は珍しくセドリックから王城へ呼び出された。
案内された部屋に私が足を踏み入れた瞬間、部屋の中にいた騎士二人に両手を掴まれ、そのまま床に押さえつけられてしまう。
「よく来たな。オリヴィア」
なんとか首を持ち上げると、目の前にはセドリックとチェルシーの姿が。
その後ろには、チェルシーの付き添いらしき我が家の家令が控えている。
「殿下、これは一体何の真似でしょうか?」
「オリヴィア、僕は常々考えていたんだよ。どうして君のような女が聖女というだけで僕と生涯を共にする伴侶となるのかを」
「………それが国の慣習だからです」
「本当に君は可愛げがないな。せめて愛嬌さえあれば……いや、それでもチェルシーの愛らしさには敵わない。僕の隣に相応しいのは君ではなくチェルシーだと気付いたんだ」
「ですが……聖女として認められたのは私です」
「そう。君が聖女である限り、僕とチェルシーは結ばれない。だから……君には聖女をやめてもらう」
「え……?」
すると、今度はチェルシーが口を開いた。
「お義姉様。このペンダント……素敵だと思わない?」
そう言いながらチェルシーが掲げたのは、女性が身に着けるには無骨なデザインのペンダントだった。
そのペンダントトップには黒い魔石が輝いている。
「それは……まさかっ!?」
先日、『深淵の道』最深部で発見された宝箱、その中にこのペンダントが入っていたことを覚えていた。
そして、これはアクセサリーではなく他者から魔力を奪い取る魔導具であることも……。
「これは王家に献上されたものよ。あなたが身に着けていいものじゃないわ!」
「でも、セドリック様が私にプレゼントしてくださったのよ? 王族のセドリック様から贈られたんだから、これは私のもの。もう、血の契約もしちゃったから所有者は変えられないし」
「なんてことをっ!」
血の契約とは、魔導具の所有者を限定させるための契約で、魔導具の核となる魔石に血を一滴垂らすことで結ばれる。
そして、血の契約を施した魔導具は、契約者以外の者が使用することはできなくなるのだ。
おそらく、この魔導具は国宝レベルの代物。
それを、たかが伯爵令嬢の贈り物にする許可なんて下りるはずがない。
さらに血の契約まで……あり得ない。
「お待たせいたしました」
すると、部屋の奥の扉から一人の神官が現れた。
「ハーマン神官長!?」
それは神官長の中で一番の若手であるハーマンだった。
そんな彼の手には、魔力判定の儀式で使われた球体型の魔導具と魔力測定器が……。
「ごきげんよう、聖女様」
騎士たちに押さえつけられている私を見下ろしながら、ハーマンはにこやかな笑みを浮かべる。
その様子に、彼はセドリック側の人間なのだと察した。
「ハーマン神官長には魔力判定の証人になってもらうんだ」
セドリックの言葉に、ハーマンは無言で笑みを深める。
「魔力判定……?」
「お義姉様には関係のないことだわ」
そう言って、チェルシーは私の目の前まて来ると、その場にしゃがみ込み、ペンダントの黒い魔石を私の額に押し付けた。
「だって、お義姉様の魔力は全部無くなっちゃうんだから!」
その瞬間、魔石が押し付けられた額が燃えるように熱くなり、同時に全身から何かが抜き取られていくような奇妙な喪失感を覚える。
「うぅ……あ………」
思わず呻き声を上げ、身体を捩ろうとするも、騎士二人に押さえつけられたままではそれすら叶わない。
「ふふっ、成功よ! これでお義姉様の魔力は私のもの!」
「な、何を………?」
ようやく額の熱が引くと、同時にチェルシーは魔石を私の額から離して立ち上がる。
「さあ、魔力判定の儀式を始めましょう!」
そして、ハーマンが差し出した球体型の魔導具にチェルシーがそっと手を触れると、まばゆい金の光が球体を包み、どんどん光が溢れ出して部屋中を覆い尽くしてしまった。
「これって………」
既視感のある光景に、思わずごくりと喉を鳴らす。
そのまますぐに魔力量の測定が行われ、ハーマンが声を張り上げる。
「チェルシー・アドコック伯爵令嬢を聖女と認めます!」
その言葉で、魔導具によって私の魔力が全てチェルシーに奪われてしまったことを悟った。
「ハーマン神官長、よくぞ認めてくれた。これで次期神殿長への推薦も問題ないだろう」
「ありがとうございます」
ハーマンがセドリックに恭しく頭を下げる。
「さて、オリヴィア。君の聖女という身分は剥奪された。つまり、僕との婚約も解消せねばならないということだ」
セドリックは再び私に向き直ると、後ろに控えていた我が家の家令から私たちの婚約誓約書を受け取る。
そして、婚約を解消するための署名をするよう私に迫った。
騎士二人に押さえつけられた私は抵抗することもできず、震える手で自身の名前を署名する。
誓約書が青い魔力を帯びて私とセドリックの婚約解消が成立したことを伝えた。
「ようやく、君のようなつまらない女から解放されたよ」
「…………」
捨て台詞を吐いたセドリックは、そのままチェルシーと新たな婚約誓約書に署名をする。
誓約書が赤い魔力を帯びた瞬間、そこで役目は終わったとばかりに騎士たちは私の身体から手を離し、私は拘束から解放された。
「チェルシー! これで君は僕の婚約者だ!」
「セドリック様!」
そして二人は私の目の前で抱き合うと、チェルシーだけが私に勝ち誇った笑みを向ける。
だから、私もチェルシーににっこりと笑い返した。
「え……?」
私の反応が意外だったのだろう。
チェルシーはぽかんと口を開けている。
「では、もう私に用はございませんね? 退室をしてもよろしいでしょうか?」
私は立ち上がると、抱き合う二人に確認の声をかけた。
すると、全く動じていない私の態度を不審に思ったのか、二人は身体を離して私に視線を向ける。
「お義姉様……今の状況がわかっているの? 魔力は全て奪われて、聖女の身分は剥奪されて、婚約者だって……」
「ええ。やっと奪ってくれたのね。待ち遠しかったわ」
「は?」
チェルシーの目が大きく見開かれる。
「だって、膨大な聖属性の魔力も聖女の座も顔だけの婚約者も……私には全部いらないものだから」
そして、私は再びにっこりと微笑んでみせた。
チェルシーは幼い頃から、あらゆるものを私から奪っていった。
そんな彼女が新たに奪おうとしたのは、なぜか私にとって不要なものばかり。
膨大な聖魔力のせいで、私は他の令嬢たちのように遊ぶことも社交を楽しむこともできずに、ひたすら聖女の役割をこなす羽目になってしまった。
そして、聖女になったせいで、顔だけしか取り柄のない最悪な男と婚約を結ぶ羽目にもなってしまう。
そのせいで、私は好きな人に想いを告げることさえできなくなって……。
だから、あの魔導具の鑑定結果を耳にした時、これがあればチェルシーに全て奪わせることができると思った。
そんなタイミングでチェルシーのほうから宝箱の中身を聞かれ、わざと魔導具の情報を彼女に与えたのだ。
「まさか、ここまで上手くいくとは思わなかったけど」
セドリックが国宝級の魔導具を勝手に持ち出し、それに血の契約を施したチェルシーが私から聖女の資格を奪って、二人は婚約を成立させた。
かなり乱暴な計画だが、成功してしまえば後から覆すことは難しい。
だからこそ、二人は強行したのだろう。
「そんな負け惜しみを……ああっ!」
すると、突然チェルシーが苦痛の声を上げて膝から崩れ落ちた。
「チェルシー!?」
慌ててセドリックが支えようとするが、チェルシーは差し出された手を払い除けるように床に倒れ込む。
「ど、どうしたんだ!?」
「ああっ! ぐぅぅぅっ! うああああっ!」
そして、獣じみた悲鳴がチェルシーの口から溢れ、苦しげな表情で床をのたうち回っている。
「おい! 貴様、チェルシーに何をした!?」
なぜかセドリックが私を怒鳴りつけた。
「私は何もしておりませんが……?」
「だが、チェルシーがこんなにも苦しんで……!」
「それはそうでしょう。私の魔力を取り込んでいるのですから」
チェルシーが使用した魔導具は他者の魔力を取り込み、装着している者に与える。
つまり、あの魔導具には私の魔力が全て取り込まれており、それをチェルシーに与えているのだ。
ただ、私とチェルシーは同じ聖魔法使いでも、魔力量に差があることは魔力判定の儀式ですでにわかっていた。
「おそらく、私とチェルシーでは魔力を蓄える器の大きさに差がありすぎるんです。それなのに魔導具は際限なく私の魔力をチェルシーに与え続けている。それに身体が耐えきれないのでしょう」
器から溢れ出た魔力が行き場をなくし、チェルシーの体内で暴れている状態なのだろう。
どうやら、この魔導具は装着者の器の大きさなどお構いなしのようだ。
「何とかならないのか!?」
「魔導具を外せば魔力の供給が絶たれるはずです」
私の言葉を聞いたセドリックが、急いでチェルシーの首から魔導具を外す。
すると、チェルシーはゼェゼェと荒い息を吐きながらも、ようやく動きを止めた。
「チェルシー、大丈夫か?」
「セドリック……さま……私には無理です。こんな……こんな苦しみは……耐えられません!」
「あ、ああ、そうだな。だが、聖女になるには……」
すると、チェルシーが恐ろしい形相でセドリックを睨み付ける。
「だから無理だって言ってるじゃない!!」
「チェルシー!?」
「こんな苦しみを味わうくらいなら、聖女はお義姉様のままでいいわ!」
髪を振り乱し、汗と涙まみれで殺気立つチェルシーの様子に、困惑しているセドリック。
そんな二人の会話に私は口を挟んだ。
「それは無理じゃないかしら?」
「え?」
「だって、私にはもう魔力が無いんだもの。聖女の役目を果たすことはできないわ」
「そ、それなら魔力を返すから!」
「どうやって?」
「あ………」
「この魔導具は魔力を奪い取るだけで、返す方法なんて無いはずよ? まあ、製作者ならわかるかもしれないけれど……」
しかし、この魔導具はダンジョンの宝箱から発見された一点物で、製作者は不明……いや、おそらくすでに亡くなっているだろう。
「だったら、私はどうすればいいのよ!?」
「聖女を続けるしかないんじゃない? だって、その魔導具を扱えるのはチェルシーだけなんだから」
「…………」
血の契約のことを思い出したのか、チェルシーの顔がどんどん青ざめていく。
聖女の役割を果たすには、あの魔導具を装着するしかない。
それに、国宝を持ち出し、私の魔力を奪ってまで聖女になったのだから、今さら「できません」は通用しないだろう。
代わりになる者はおらず、チェルシーはこれからも苦しみを味わいながら聖女の役割を果たし続ける道しか残されていないのだ。
(あの状態で私と同じ仕事量をこなせるかは疑問だけど……)
そんな聖女を擁立したセドリックとハーマンもただでは済まないはず……。
「それじゃあ、これから頑張ってね」
そう言って、私はチェルシーに背を向ける。
「待って、お義姉様! セドリック様、お義姉様を捕まえて!」
「あ、ああ。オリヴィアを捕らえよ!」
セドリックの命令に、騎士たち二人が慌てて私に駆け寄る。
そして、私の腕を掴もうとした瞬間、私と騎士の間に一人の男が身体を割り込ませ、そのまま騎士の腕を掴むと腹に電撃を叩き込んだ。
「うわああああっ!」
叫び声を上げて倒れる騎士に目もくれず、すぐにもう一人の騎士にも電撃を喰らわせる。
あっという間に二人の騎士を倒した男は、私に柔らかな笑みを向けながら口を開いた。
「オリヴィア様、お怪我はございませんか?」
すると、私が返事をするより先に、チェルシーの怒りに満ちた声が響く。
「どうしてお義姉様を庇うのよ! あなたは我が家の家令でしょ!」
そう、私を騎士たちから守ったのは、チェルシーの後ろに控えていたはずの家令。
「ええ。ですので、我が主の身をお守りしたのです」
「あ、主って……。あなたはお父様から私の護衛を任されていたはずよ!?」
我が家の家令は魔法の腕が立つため、時折チェルシーや父の護衛役として付き添うこともあった。
「私が仕えるのはアドコック伯爵家の当主のみ。オリヴィア様は聖女の任を解かれ、元の立場に戻られた。よって、我が主はオリヴィア様となります」
「あなた……一体、何を言ってるの!?」
意味がわかっていない様子のチェルシーに、今度は私が説明をする。
アドコック伯爵家の前当主は私の母で、父は婿養子であった。
つまり、アドコック伯爵家の正統な後継者は私であり、父は私が成人するまでの中継ぎであったということ。
しかし、私が聖女に選ばれたため、特例として父がそのまま当主の座を引き継いだのだ。
「でも、私は聖女ではなくなったのだから、元の立場……アドコック伯爵家の後継者に戻るのよ。ああ、もう成人したのだから、すぐにお父様から当主の座を引き継がなくちゃいけないわね」
(おそらく、特例中の特例になるだろうけど……)
そう心の中で呟く。
しかし、私から聖女の座を奪うことにセドリックも加担していたのだから、王家の失態を許す代わりに、多少無茶なこちらの要望も聞いてもらうつもりだ。
「そんな………」
その場にへたり込んだ呆然自失のチェルシーを見下ろし、私はゆっくりと口を開く。
「チェルシー、あなたが奪った私の魔力をどうぞ最後の一滴まで存分に味わってね?」
◇
チェルシーたちを部屋に残し、私と家令は急いで王城を出ると、用意されていた馬車に乗り込む。
「助けに入るのが遅くなり、申し訳ございません」
そう言って、向かいに座る家令が頭を下げると、彼の青銀髪の髪が揺れる。
眼鏡の奥の水色の瞳は伏せられ、長い睫毛が頬に影を落とした。
「いいのよ、サイラス。おかげで全てが上手くいったのだから」
家令の名前はサイラス。
元は母が孤児院から引き取り、従者として仕えてくれていた。
そんな母が亡くなり、私が離れに追いやられた時も、侍女のバーサとメイドのアデラと共に私を支え続けてくれていた一人。
しかし、父の命令により引き離される時、サイラスは私に誓ってくれたのだ。
『オリヴィア様の側から離れることになってしまいました……。だけど、忘れないでください。何があろうとも俺の身も心も全てオリヴィア様だけのものです』
その言葉通り、本邸に配置されてからもサイラスは周りの目を盗み、時折離れを訪れては私を励ましてくれていた。
彼がいなかったら、私の心は孤独に耐えきれずに壊れてしまっていただろう。
その後、サイラスは私を見限ったかのような演技でチェルシーを欺き、その優秀な仕事ぶりが父の目に留まると、アドコック家の家令にまでのし上がった。
今では、父の補佐として、当主の仕事の大半を担っているという。
「屋敷に戻ったら、アデラがお祝いの準備をして待っていますよ」
「ふふっ。アデラは相変わらず気が早いのね」
「バーサにも手紙を送りましょう」
「ええ。久しぶりに顔も見たいわ」
アデラもサイラスと同じように、現在はメイド長として本邸のメイドたちを統括していた。
バーサは高齢を理由にアドコック家を離れたが、サイラスを通じて今でも連絡を取りを続けている。
「オリヴィア様。これからはいくらでも我儘をおっしゃってください」
「我儘?」
「ええ。好きな色を身に着け、好物を食べ、やりたいことをやる……。俺は、オリヴィア様の望みを叶えるために、これからもずっとお側におりますから」
そう言って、サイラスはその水色の瞳を柔らかく細めた。
「それなら……私の一番の望みはもう叶っているわね」
「えっ?」
「これからもずっと私の側にいてくれるのでしょう?」
「………っ!」
私の言葉の意味が伝わったのか、サイラスは明らかに動揺をして、その鉄壁の表情を崩していく。
邪魔なものは全て義妹が奪ってくれた。
おかげで、私はこれまで秘めていた恋心をようやく口にすることができる。
「私は、ずっとサイラスのことが好きだったの」
「お、オリヴィア様……!」
「あなたは真摯に仕えてくれていたのに……こんな主でごめんなさい」
「謝らないでください! それを言うなら俺のほうが従者失格です!」
「え………?」
「俺も……あなたを心からお慕いしておりますから……」
そう言った後、サイラスは片手で自身の顔を覆ってしまう。
だが、その指の隙間から見える彼の頬も耳の先も真っ赤に染まっていて……。
互いの気持ちが通じ合ったことで、私の心は喜びに震える。
「ねぇ、サイラス。まずはあなたと二人で街に出掛けてみたいわ」
「しょ、承知いたしました」
「それで手を繋いで並んで歩いてみたいの」
「ぜ、善処いたします」
「あと、キスをするなら誰にも見られないようにこっそりと……」
「オリヴィア様!!」
慌てるサイラスに私は心からの笑顔を向ける。
「私の我儘を叶えてくれるんでしょう? サイラス、覚悟をしてね?」
「お、お手柔らかにお願いいたします」
そうして、私たち二人は顔を見合わせて笑ったのだった。
※オリヴィアが母親と共に訪れた孤児院で、サイラスの優秀さをオリヴィアが見抜き、母親が従者として引き取ったという過去の経緯があります。
なのでサイラスはずっとオリヴィアに忠誠を誓っていました。
久しぶりにざまぁが書きたくなって……。
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