3-3 強引に迫ってくるやつを探れ
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「次は、どこ行こっか?」
真里弥からメッセージが送られてきた。次にどこかに行くのは前提なのね。
考えておくなどと適当な返答をしていたら、『雷空くんはどういうのが好きなの? アウトドア? 食べ物? アミューズメント? 芸術?』・・・ええい、そんなのどうでもいい!
いっそ、大自然の中の貸し切り露天風呂つきの温泉とかどう、って言ってやりたい。いや、そしたら大喜びで一緒に行きたいって言われるかもね。
バイト終わりにも、声をかけられた。
「ね、雷空くん、お話があるの。ちょっと、待っててくれない?」
そんな言い方したら、ほかの店員から2人の関係を怪しまれるだろうが!
更衣室で私服に着替えて外に出ると、少し時間をおいてから真里弥がやってきて、いきなり、腕にがっしりしがみついてきた。香水のにおいがする。
「ねえ、最近、つれなくない? 今から、デートしましょ。」
「遅いからだめ。」
「何その言い方~。遅いなら、雷空くんのおうち、行く? 近いんでしょ? それとも、もっと、夜を過ごすのにふさわしいとこに、行く?」
なだめながら、なんとなく少し人の少ないところに移動する。
ん?
腕をつかむ力が、やけに強い。そう。まるで、莉亜から、性的な意味ではなくて本気で拘束されたときのような・・・。
「私って、しつこいのよ。」
腕が抜けない。こういうとき、莉亜は、どうしてたっけ? 護身術を手取り足取り、文字どおり身体を密着させながら教えてくれたっていうのに、いざとなったらどうすればいいか全然思い出せない!
ぱっと見は女性が男性の腕にしがみついて話しているだけだから、ただのカップルに見えるのかもしれない。都会の片隅、だれもぼくたちのことを気にとめてはいない。大声出すしかない?
「ね、雷空くんのお父さんって、わかば不動産の社長さんなんでしょ?」
「なんだって?」
「親子で結託して、何かよからぬことを企んでるみたいじゃない? それなのに、私には興味ないの?」
「何のことかわかんないな。」
天地神明に誓って、自分の親とは結託してないけどね。父が何か森田議員関連のこととかを調べたのかもしれないけど。ぼくが結託しているのは、別の人だ。
「あのうっとうしい女、彼女なんでしょ? 大丈夫。彼女とのことには口出ししないから。こっそり、私が彼女なんかよりずっと気持ちいいこと、し・て・あ・げ・る。」
耳に息を吹きかけながら、真里弥が言う。そんな言い方されたら、本当に反応しちゃうじゃないか!
「こら、そこ。」
背後から聞き慣れた声が聞こえた。
「道ばたでいちゃいちゃしてたら迷惑でしょ!」
☆
まったく、情けない彼氏をもつと大変ね。
きょう雷空とこの女のバイトの終了時間が一緒だってことくらい、ラブラブ彼女の私が、というか協力者である雷空から報告を受けている私が、知らないはずないでしょ。バイト終わりに、雷空が今まさに誘われているって正直に連絡をくれたし。
それに、実は、私も、すぐ近くに住んでいるから(雷空は私の両親のことを考えたくないからか、その話題には触れてこないけど)、駆けつけるのもあっという間。
で、今、私の彼氏は、別の女に腕をきめられて困っている。やっぱりすぐに隙をみせるのね。
私は、女に近づいた。
「この人、私の弟子なの。離して。」
「弟子? 彼氏なんでしょ? それくらい、知ってるのよ。私たちのデートをつけてたのも知ってる。」
あ、ばれてたみたいね。そしてあれは、デートなのね。しかも私がいると気づいていながら、あんなに雷空と仲よさげにしてたなんて、許せん!
「私のことをただの彼女だと思ったら大間違いよ。私は、こいつの武術の師匠でもあるの。あなたが弟子を奪おうとするなら、私は弟子が本気を出すことを許可するわ。」
私の話を信じたのかどうかはわからないが、さすがにここでもめごとを大きくしたくないと思ったのか、女は雷空を解放した。
「来なさい。」
私は偉そうに雷空に言った。雷空がすごすごとついてくる。
ふふ。お仕置きとして、今度こそ今夜はお預けにしようかな。
「つけてくるかもしれないから、気をつけて。」
こっそり雷空に言う。雷空は無言でうなずいた。
人気のないあたりまで来ると、案の定、それは起こった。
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全力で神経を研ぎ澄ませていたので、ぼくにもわかった。
振り返ると、真里弥ともう1人別の人影があらわれた。
真里弥がぼくにタックルしてきたので、ぼくは身を翻してかわした・・・、いや、かわそうとしてかわしきれなかったが、何とか倒れずに踏ん張った。今度こそ莉亜が教えてくれた護身術を思い出し、真里弥の腕を拘束して袈裟固めに押さえ込む。さっきぼくの腕を拘束していたとはいえ、さすがに真里弥は格闘に関しては素人だったらしい。ぼくも素人だが、性別によるアドバンテージか莉亜による多少の訓練の成果か、ひとまずぼくは勝利を収めた。
☆
女とともに男が殴りかかってきた。なんで、女が雷空を襲い、男が私を襲うのかしらね? 私の実力が伝わっているのか、雷空が弱すぎるようにみえるのか。それとも、もしかして、この女、戦闘であっても雷空に近づいて身体に触れたいんじゃないでしょうね!
街灯や周囲の建物の明かりを頼りに男に対峙する。右ストレートをよけたところで左フックもとんできた。自分の右腕ではねのけて男の腕を拘束し、引きずり倒そうとする。
が、武術の心得があるのか、男は倒れない。こうなったらまともに戦うのではなくて急所をねらおうとしたが、その前に相手が私の背後に回って私を羽交い締めにして拘束しようとしている。いたたた!
しょうがない。こうなったら、女の子が使える最後の手段。「きゃー誰か助けてー痴漢よー」作戦を決行するしかなさそうね。通報されて警察沙汰になったりするのはやっかいだから、できれば使いたくないカードなんだけど。
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莉亜は男を倒すことができず、それどころか男は莉亜の背後をとって羽交い締めにしようとしている。ぼくは真里弥を押さえ込むのを中断して、莉亜の救出を開始した。
男は、両手を使って莉亜を拘束しているから、たぶんぼくには手出しのしようがない。羽交い締めを解除してぼくに襲いかかろうもんなら、背後から莉亜に攻撃されるだろう。体格差があるとはいえ、さすがに莉亜に背後から攻撃されたらこの男もただでは済むまい。
だとしたら、救出は簡単だ。男の近くは危険だが、近づく必要もない。
ポケットからスマホを取り出す。3桁の番号を押す。
「もしもし警察ですか。今、二人組に襲われてるんです。場所は・・・。」
「ええい、てめえ、覚えてろ!」
男はあっという間に莉亜を解放して退散した。
真里弥は、取り残されている。逃げるようすはない。いちおう、近づいて目で牽制はしておく。
「あ、ありがとう。でも、警察は・・・。」
莉亜がぼくに言った。秘密結社が警察に助けを求めるわけにいかないもんね。それくらい、ぼくにもわかってるよ。
「ほんとは呼んでない。呼んだふりしただけ。110番じゃなくて117番にかけた。」
「117番って、海の事故のやつだっけ。」
「違う。それは118。そんなとこにかけたら大変なことになる。117は時報。」
「賢い。それに時報にかける人初めて見た。」
「頭脳戦では、ぼくが師匠なので。そんなことよりも。」
ぼくは、逃げずにとどまっている真里弥のほうに向き直った。
「あいつは何だ?」
「あいつは、用心棒。」
「用心棒なのに、逃げたってこと?」
「そうみたいね。もともと信用してないけど。」
莉亜が横から話に入ってきた。
「調べはついてるのよ、桂木さん。あなたのお父さんの会社を助けるために、有力者に取り入って、女の武器まで使って、がんばっていた。そこまではいいとして、でも、それがばれそうになって、今度はらいくんに、いや、雷空に取り入って、ごまかしてもらおうとしたんでしょ。」
なんとなくそうだと思ってたけど、調べたって、誰がいつの間に?
そうか。莉亜のお父さんに不倫現場の証拠を渡しても、それが公になることなく、森田議員が元気に活躍しているのは、きっと、裏で、莉亜のお父さんがたとえば森田議員を脅迫しているとか、あるいは森田議員が口止め料みたいなものを莉亜のお父さん側に払っているとか、そういうことだよね。知らぬが仏。
ぼくの父も森田議員の評判等を調べていたみたいだから、森田議員にはきっと奥村安樹が息子を利用して何か動いてるらしいぞ、みたいな噂が聞こえて、黒幕が莉亜の父親ではなくてぼくの父だと認識されたんだろう。実際、ぼくがわざわざ本社まで父に会いに行ったことは事実だし。で、奥村の息子に色仕掛けをしかけてだまらせろ、ということになったのかな。愛人だったはずの女性をぼくに差し向けるなんて、本当に汚いやつだ。しかし、ぼくはもともとたいした情報をもってないから、いくらぼくが色仕掛けに引っかかったとしても、真里弥側というか森田議員側に大した得はなさそうだ。
あれ、ということは、ぼくって、意外とおいしい立場だった?
「でも、残念。この人は、あまりに私に夢中すぎて、あなたには全然、ほんとにぜんっぜん、興味なかった。だからあなたが雷空に近づいても、まったく、ほんとに少しも、意味がなかった。」
うん、まあ、確かにそうだけどね。よく自分でそこまではっきり言えるね。
もし、真里弥がぼくじゃなくて父に近づいていたら、引っかかっていたかも。危なかった。いや、そんなことはない。よく考えたら、ぼくは会社で父に真里弥の写真を見せて、森田議員の不倫相手がこの人だと教えていたから、さすがに引っかからなかったはずだ。森田議員と間接キスしたくないだろうしね。
☆
森田議員の差し金で雷空に近づき、雷空とその父親が森田議員を失脚させようとしていることを暴こうとしていたという、桂木真里弥の自供を全部録音してから、私と雷空は女を放置して、雷空の家に向かった。別に、自宅に帰ってもいいんだけど、私がいないと、危ないでしょ? 念のため、戸締まりを厳重に確認する。父に報告を送っておく。
スマホで現在時刻を確認すると、もう11時半だ。
「もうこんな時間。シャワー浴びて、寝ましょ。」
しまった。まだここに予備の着替えを持ってきてなかった。汗もかいたし、明日朝一で帰って着替えないと。
「一緒に、入ろう。」
雷空が誘ってきた。
「なんですって?」
「お風呂。一緒に入ろう。」
「絶対、やだ。」
雷空が心底残念そうな表情をする。あのね、ラブホテルのいかがわしい雰囲気に流されて一時の気の迷いで混浴してあげたからって、日常的な自宅での(私の自宅じゃないけど。)入浴をそれと一緒にしないでくれる? 明るいところで裸をまじまじと見られるのむちゃくちゃ恥ずかしいし、それに、女の子にはいろいろやらなきゃいけないことがあるのよ。
「きょうは、だめ。私が助けてあげなかったら、あなた、どうなってたかわかんないし、だいたい、なんであんなただの女に拘束されてたのよ? さっきの袈裟固めはさまになってたけど、なんで最初からそれをやらなかったの? 罰として、きょうは、何もなし。」
「・・・わかった。」
本当につらそうね。だいたい、もともときょうは会う予定じゃなかったのに、たまたま会えたからって、ベッドの上にとどまらずお風呂でまでエッチなことしようとするなんて、虫がよすぎるのよ。
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やむなく交替でシャワーを浴びた。時刻はもう12時を過ぎている。
莉亜は、今度こそぼくの長袖Tシャツを借りて、身につけた。下着はたぶんそのままだ。
「ふふ、めくるくらいなら、許してあげる。」
これが彼シャツというやつか。男性ものだから莉亜にとってはいくぶん丈が長いとはいえ、ワンピースのような長さがあるわけではないから、当然のごとく、太ももはあらわで、下着がチラチラ。それなのにズボンを借りないのはわざとに違いない。
夜遅いし、疲れたし、ソファーベッドの背もたれを倒してベッド形式にし、倒れ込む。莉亜も迷いなく隣に寝転んだ。きょうはだめと言っていながら、ベッドには一緒に入ってくれるらしい。ま、ほかに寝る場所もないしね。
ぼくはベッド上で隣にいる莉亜に抱きつき、キスをしながらシャツの裾から手を突っ込んで、いかがわしい行為を開始する。疲れていようが眠かろうが、これだけはやるつもりだ。しかも、莉亜がシャツしか着ていないからむしろとっても触りやすい!
「きょうはだめって言ったでしょ。」
「それを言ったのは昨日。もう、日付かわったからね。」
「なんでそういうことには頭が働くのよ!」
やっぱりぼくは頭脳派なのだ。
莉亜の抵抗は、口先だけだった。すぐに、ぼくは莉亜に貸したシャツを脱がせることに成功した。
☆
あんなことやこんなことをしていたせいで(もちろん、嫌じゃなかったけど!)、眠りについたのが深夜になってしまい、起きたのは8時すぎだった。いつものように下着姿でくっついて寝ている間はとっても暖かかったが、秋も深まりつつあり、下着姿で布団からでたら、さすがに寒い。
昨日着ていた服(自分の服のほう)を身につけ、雷空から借りた服(エロ男のせいで、これを着ていた時間はたったの20分かそこらだった。)をたたんで身支度をしていると、彼も起き出した。まったく、ねぼすけなんだから。でも、寝起きの顔を見られるよりはいいかも。
「バイト先であの女と何かあったらすぐ連絡するのよ。」
「もちろん。」
お別れのキスをしてから、いったん自宅に帰り、着替えて、学校の荷物をもって、出かける。遅刻の言い訳どうしよう。彼氏の家に泊まってて遅くなったなんていえるわけがないし、だからといって昨日の夜変なやつに襲われたなんていう説明をするのもややこしい。単に寝坊したことにするしかないか。
授業が終わって夕方帰宅すると、父がいた。
「見事だった。」
仕事についてはいかめしい感じの父から発せられた、簡潔な褒めことばだった。
「これはボーナスだ。」
分厚い封筒が渡された。雷空と半分ずつ分けても、相当ある。
「それから、今度、彼を連れてきてくれないか。ボーナスを渡さないといけないし、それから、そろそろ顔合わせをした方がいいだろう。」
え? いろいろと耳を疑った。
彼と会うの? この家で?
それから、私がもらった封筒の中身は二人分じゃなくて、別途彼に渡すってこと? だとしたらべらぼうな金額。
あと、娘の彼氏と、顔合わせ? 似合わないこと言うじゃない。