1-3 下着を入手せよ
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部外者であるぼくがその組織の「秘密」を知ってしまったことについて、莉亜の両親はたいそうご立腹らしい。それに対して、莉亜はぼくはもう仲間に引き入れられているから部外者じゃない、という弁解をして、なんとか押し切ったらしい。
どういうこと? どういう組織で、どういうことをすればいいの? しかし、莉亜は、私も見習いだから詳しいことはよくわからない、と言った。これじゃあぼくは秘密を知ったともいえないんじゃない? あ、そうか。どうせぼくは協力者だとしてもほとんど何も知らない存在で、組織の秘密をばらそうにもばらすべき秘密も持ち合わせておらず、組織に害をなす余地もないから、莉亜のあんな頭の悪そうな弁解でごまかしても大丈夫なのね。
莉亜の父親、近藤正継という名前らしいが、その人から、ぼくのスマホに直接連絡が来た。
「仲間に入るなら、今からいう課題を修行として実践すること。断ったらどうなるかは、君がいちばんよく知っているだろう。」
いや、知らないけどね。ただ、莉亜よりはるかに強いと決まっているこのお父さまに刃向かう意欲がわかないことは間違いない。
「莉亜の下着を入手せよ。これが課題だ。」
はあ?
「莉亜はまだ修行中とはいえ、武術と変装術を会得している。そんな莉亜の下着を手に入れることは、かなりハードな修行だろう。健闘を祈る。」
莉亜は忍術と魔法とかふざけたことを言っていたが、忍術が武術で、魔法が変装術だったのかな? いや、逆かな。どっちでもいいけど。そして変装術というのは、あの女子高生コスプレのこと? あれは変装じゃなくて、高校時代に着ていた制服をまた着ただけでしょ? それはともかく、武術は確かに会得している。ぼくをひょいひょい投げ倒して押さえ込むような人から下着を取り上げるなんて不可能と思う。
もっと気になるのは、仮にこの課題をクリアできたとして、どうしろと? まさか、莉亜さんの下着はこれです!って、父親に献上しろと? それが本当に莉亜の下着かどうか、どうやって見分けるの?
それに、やるにしても、どうしたら入手できるのか、さっぱり見当がつかない。下着を手に入れるということは、つまり、相手の下着を脱がせるということとほとんどイコールということであって、男性が女性の下着を脱がせるということは、つまりそういう関係になるということであって、そのためにはじゃあどうすればいいかというと・・・。
かなりハードな修行なのは間違いない。
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「次の課題。あの男の下着を入手すること。仲間に引き入れることができるんなら、それくらい簡単でしょ。」
母からの次の課題はまたしてもあの男がらみのものだった。しかも、下着を入手しろってどういうこと? 仮にそれを私が手に入れたとして、あいつの下着はこれよ!って、見せたらどうなるの? 本物かどうか、わかんないでしょ?
それに、どうすれば入手できるの? 他人の下着を入手した経験なんてないけれど、常識的に考えたら、その人の家のたんすか何かにしまってあるはずだから、つまり雷空の家に行って、置いてあるものを入手するってことよね。別のことばを使えば下着泥棒ということ。女性が男性の下着を盗むのも下着泥棒といえるよね。日本語としては。
この前みたいにむりやり押し入っても、隙を見て下着を盗むのは難しいかも。それより、彼と仲良しのふりして、隙を作らせたほうがよさそう。
かなりハードな修行なのは間違いない。
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そういう関係になるためには、まずはもっと仲良くなるしかない。
莉亜は女子高生のコスプレをしてぼくの自宅に来たし、ラブホテルにも二人で行ったのだから、ある意味では相当深い仲ともいえるが、少し身体に触れただけで一本背負いを食らっているようでは、下着を脱がせるどころではない。
そういう雰囲気にもっていくには、おしゃれな、そして官能的な雰囲気を醸し出さなければいけない。
「今度、一緒に食事でも行かない? ほら、こないだみたいに変な課題のためじゃなくて、単純に、せっかく知り合ったんだし、二人で食事でもしたらどうかな、と思って。」
女性をデートに誘うなんて、緊張して、自分でも何を言っているのかよくわからない。
「いいね。ちょうど私も、あなたと会いたかったとこなの。」
ええ、そうだったの? まさか、なんだかんだいって、そういうことなの?
あわよくば、そのままホテルに行ければベストかもしれないけれど、いくらなんでもそんなにうまくいくわけではないだろうし、そもそも、下着をぼくが回収しちゃったら、彼女が身につける下着がなくなってしまう。ということは、下着を入手するためには、替えの下着がある状況じゃないといけないってことだ。替えの下着がある状況というのは、つまり、新しいものを買ったばかりとかでない限り、莉亜の自宅ということになる。彼女の自宅でそういうことを始めればいいのか。あれ、それって、どこだ? そして、課題の出題者である父親も一緒に住んでいるのか?
「莉亜さんの家の近くに行くよ。どこだっけ?」
莉亜さんと下の名前で呼ぶにもだいぶ勇気を振り絞ったのは内緒だ。
「私の家の場所は企業秘密。だって、両親の家でもあるから。だから雷空くんの家の近くがいいんだけど。」
どきっ。
いや、別に誰もそんな意味で言ったわけじゃないと思うんだけど、それでもどうしても胸がどきどきしちゃうじゃん。
☆
なぜだかわからないけれど、ちょうどいいタイミングで雷空が食事に誘ってくれた。イタリア料理店でパスタとピザを食べた。彼のバイト先のファミレスじゃなくて、専門店だ。
7月には大学で初めての試験があるし、試験が終わったら夏休みになるから、実家に帰省するのだと彼は言った。だとしたら、早く例のものを手に入れないと。まさか実家に盗みに行くわけにもいかないし。
店を出ると、まるで事前に打ち合わせをしていたかのように、二人は互いに手をのばして、手をつないだ。
「あ・・・。」
「あ・・・。」
「あのね、もうちょっと、ゆっくりしない?」
「別の店に?」
「もっとゆっくりできるとこ行きましょ。ほら、おうち、近くでしょ?」
「あ、ああ・・・。」
家に行けばこっちのもの。
心なしか、雷空が私の手を握る強さが増したような気がした。私も強めに握り返した。
雷空を油断させるため、精一杯かわいらしくメイクもしてきたし、花柄のトップスにスカートをはいて、精一杯デートらしさを演出している。なんといっても私の表の顔は、美容専門学校に通う学生。美しさでこんな年下男をイチコロにするくらい、簡単だ。ただ、いざとなったら、こんな男の動きを封じるのも朝飯前。今は夕飯後だけど。
彼が手をぎゅっと握ったまま、例のアパートに私を連れてきた。私を座らせると、麦茶とオレンジジュースとアイスコーヒーのどれがいいかと私に尋ね、私のリクエストに応じて冷蔵庫から取り出した麦茶をグラスに入れて提供してきた。優しいじゃない。いや、ファミレスの店員だから慣れているだけよね。
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なるほど。これは、その気だ。
まさか、いきなりこうなるとは思っていなかったけれど、女の子らしい花柄の服装とスカートだし、レストランでもメイク直しをしていちだんと美しさに気を配っていたみたいだし、ぼくが手を差し出すか出さないかのうちに、向こうから手を差し出して手をつないできたし、何よりもぼくの家に来たいと自分から言ってきた。
万一に備えて、避妊具は準備してある。替えの下着はないけれど、一度そういう関係になっておけば、今後下着をもらえる機会だって生じるだろうから(そうか?)、今踏み込むことに問題はない。
麦茶を飲んでリラックスした感じの莉亜。ぼくは手をのばし、再度手を握る。
視線が合う。
「ね、雷空くん、お友だちからは、何て呼ばれてるの?」
「特にない。松沢とか松沢くんとか。親とか小さいころからの友だちは雷空って呼ぶけど。」
「私は、らいくんって、呼んでもいい?」
「い、いいよ。」
どきどきして声がうまく出ない。ぼくは心を落ち着けるために麦茶を口に含んだ。
「らいくん、私、一人暮らししたことないから、ちょっと、部屋を見せてくれない?」
「いいけど、狭いから、もうほとんど見たでしょ?」
「見てないとこも、見せて。」
莉亜はつないでいた手を離すと、なぜかクローゼットを開けて、中を確認した。中には衣装ケースがあって衣類が詰め込まれており、その他かばんだの掃除機だの予備のティッシュだのが置かれている。
「ふうん。こうなってるんだ・・・。」
「一人暮らしじゃなくてもこうなってると思うけど。」
「確かにそうね。服は、全部ここにあるの?」
「うん、まだ冬物は実家から持ってきてないから、少ないんだよね。女の子はもっと多いかもしれないけど。」
「わかった。ありがとう。」
何を満足したのか、莉亜は見学を終了した。ぼくはトイレに行ってから、麦茶のおかわりを持ってきた。
「ありがとう。もう遅くなったから、これ飲んだらそろそろ帰ろうかな。」
莉亜が言った。
「もう少し、一緒にいられない?」
帰ろうとする莉亜を引き留める。このまま帰してしまっては男がすたる。
「もう少しって、どれくらい?」
「あ、えっと、何時間でも。」
翻訳すると、明日の朝まで、ということだ。
莉亜はほほえんでいる。拒絶はされていない。ぼくは莉亜のやわらかな身体を抱きしめようとした。
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雷空が用を足している間に、悪いと思いつつ衣装ケースからボクサーブリーフを1枚こっそり抜き取った。たんすじゃなくて透明な衣装ケースに収納してあったから、クローゼットの扉を開ければそこにパンツがあるとすぐにわかった。男子が自分の下着にそんなに関心をもっているとは思えないから、今度来たときにこっそり戻せばわからないだろう。もう1回来ないといけないのは面倒だけど。
ただ、私がこの状況をつくるためにベタベタしすぎたのを本気だと思い込んだらしく、雷空は今にも私に抱きついてキスしようとしている。これだから男は!
私は、抱きしめられる直前、素早く立ち上がった。
「何時間もいたいのはやまやまだけど、実家暮らしだから、そろそろ帰らないとまずいの。じゃあね。」
頭をなでてあげてから、私はそそくさと退出した。これ以上何かしてくるようなら、また床にたたきつけられる屈辱を味わわせようと思っていたけれど、雷空は特に何もしなかった。
「送ってくよ。」
「あら、そう。じゃ、駅まで一緒に行きましょ。」
別にこれ以上一緒にいたいわけではないけれど、せっかく申し出てくれのだし、盗みを働いた引け目もあって、私は応じた。彼が手をつないでくる。しょうがないから、つないであげる。仲良しのふりしないと、パンツを返しに来られなくなっちゃうから。なんだか、この男、さっきより手汗をかいてるような気がするのは気のせい?
駅まで歩いて、別れた。そして、私は、そのまま自分の自宅へ向けて歩いた。ご近所さんとは気づかれていないみたいね。
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しつこく誘うと嫌われる。それに何より、無理に何かしようとしたら、一本背負いを食らう可能性が高い。ゆっくり、彼女の信頼を得るしかない。課題に期限はないし、そもそも、ぼくはただ巻き込まれているで、どこかのお嬢さんのように両親が関係者とかではないのだから、たとえ課題をクリアできなかったとしても、特に不利益はない(はずだ、と信じている)。急がば回れ。先人は偉大なことばを残したものだ。
手をつないで駅まで送っていく。これはほぼ恋人の行動だろう。なんだかんだいって、好感をもたれているに違いない。
近いうちにもう1度会いたいとぼくは言った。莉亜はすぐにOKしてくれた。また、ぼくの家の近くで会いたがった。
☆
母に一部始終を報告し、紺色と黒の縞模様のボクサーブリーフを提示してから、私はその下着をしまった。ばれないうちに、返しに行く必要がある。
そう思っていたら、雷空から再度の誘いが来た。単純な男。私の手のひらの上で転がされていることにまったく気づいてない。
私は、再度彼とデートをした。いや、デートのふりをした。女の子らしいサロペットの服を着て、食事をして、手をつないでアパートに行き、麦茶を飲んだ。
「その髪型、かわいいね。」
食事中に彼が言った。
「ありがとう。どうかな?」
「すごく似合ってる。」
きょうの私は、髪の毛をアップにまとめていた。髪型の変化に気づいてほめるなんて、まるで彼氏みたいじゃない。褒めるのに使ったことばはかわいいとか似合ってるとかいう陳腐なものだけど。
雷空のアパートで私がトイレを借りてから戻ると、彼もトイレに行った。というか、彼がなかなか席を立たないから、他の人がトイレに行ったら自分も行きたくなるのはなぜだろうね作戦を実行したのだ。彼はまんまとはまっている。その隙に、素早く、ボクサーブリーフをもとの衣装ケースに戻した。
戻った彼は、私のすぐ隣に座った。
「莉亜ちゃん。」
莉亜さんが、莉亜ちゃんになっていた。私は声で返事をするかわりに、彼の目をじっと見つめた。
その瞬間、彼の顔が一気に大きくなって、私の顔に近づいてきた。唇が触れた。
あれ、こんなの、よけようとすれば朝飯前なのに、私は、一瞬血迷ったのか、よけずにそれを受け入れていた。どうして? 朝飯前じゃなくて夕飯後だから?
彼に抱きしめられる。抵抗しようと思えば、いくらでもできる。このまま彼を気絶させることだってできるに違いない。でも、そんなことをする気にならない。むしろ、このまま抱きしめてほしい・・・。いや、やっぱりそんなはずはない!
「これ以上変なことすると、どうなるかわかってる?」
「わからない。莉亜ちゃんと一緒に探したい。」
予想外の答えに私は発言に窮した。なんで、うるせえ、だまって脱げ、とかじゃないの?
「わ、私、そろそろ帰らな・・・。」
唇が塞がれた。
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まだできんのか、と近藤父から圧力をかけられたぼくは、何としても早急に莉亜の下着を入手する必要がある。
入手といっても、娘の下着を奪い取って父親に送付するわけにいかないから、脱がせてから写真にとって(脱いだ下着のほうを、だ。)、送信するしかなさそうだ。娘の下着の写真を父親に送信するっていうのも聞いたことがないけどね。それに、そもそも、莉亜であろうが誰であろうが、脱いだ(または脱がされた)下着を写真にとられたらふざけるなと思うだろうから、タイミングをみてこっそり撮影するしかない。たとえば、行為の終了後、シャワー中あるいは寝ている隙に撮るとか、そんな感じだろうか。厳密には、撮影しただけで入手はしてないけどね。それに、寝ている間に撮影しようと思っても、寝る前に下着を着けられたら終わりだ。そういうときって、やっぱり女子は下着を着けてから寝るのかな?
いずれにしても、莉亜は、まだ下着どころか洋服を脱がせてくれる気配もない。しかも、きょうの莉亜は、白いTシャツっぽい服の上に、肩ひもからスカートまでが一体となった黒いオーバーオールみたいな形状の衣類(あとで調べたらサロペットというらしい。)を身につけていて、どこからどう脱がせればいいのかすらわからない。
そもそも、ぼくはなんでこんなことしてるんだ?
課題のため?
いや、莉亜と深い関係になりたいから?
錯綜する思いを胸に、ぼくは帰ろうとする莉亜の唇に二度目のキスをし、勢いで莉亜を押し倒そうとした。
だが、やはりやり過ぎは禁物だった。莉亜はぼくの身体と床の間からするりと抜けだし、いつの間にか体が入れ替わってぼくはうつぶせ状態で、莉亜が上から馬乗りになっていた。まるで遊園地にある、子ども向けのパンダの乗り物みたいだ。
「私を襲おうったって、無駄よ?」
「いや、そうじゃなくて・・・。」
「何か企んでる?」
「莉亜ちゃんとキスしたかったんだ!」
「は、はあ?」
無我夢中で意味不明な言い訳をしたぼくの発言に、莉亜はかえって困ったようだ。
「いきなりキスするなんて、ばかじゃないの! そんなに私とキスしたいなら、せめて愛の告白くらいしてよね! OKするとは限らないけど!」
ぼくは起き上がろうとするが、なぜだか身体に力が入らない。というか、力を入れようとしても押さえ込まれてしまう。
と思ったら、急に莉亜が上からぼくを押さえつける力が弱まった。
「ま、まさかとは思うけど。」
「え?」
「お父さんから私とキスしろっていう課題出されたんじゃないでしょうね?」
「ち、違う。」
本当に違う。そんな課題は出されていない。下着を入手しろというもっと難しい課題を出されてはいるけど!
「あのエロ親父ならやりかねないもの。」
ぼくはその隙に身体を起こして、莉亜のほうを見た。美しい白い肌に、つややかな唇。そこにぼくを組み伏せる力があるのかわからない、細くてしなやかな腕。そして、長い黒髪は、頭上にアップでまとめられていて、一部が耳のあたりから首筋に垂らされている。
かわいい。
「す、好きだ。」
反射的に、ぼくは言った。
「それが課題?」
違う!
「ほんとに、好きなんだ。」
抱きしめた。今度は、組み伏せられなかった。抱きしめ返してもくれなかったけど。
「何を企んでるのか、正直に話さないと、返事しないわよ。」
「・・・。」
「何か、あるんでしょ?」
言いながら、莉亜は、ぼくが抱きしめるために差し出した左腕を自分の右わきの下に挟んだ。胸の膨らみが近くに・・・などというよこしまな思考が浮かぶとほぼ同時に、腕がねじのように回転させられる。
「い、痛い。」
「さあ、言わないともっともっと強くしちゃうよ~。自分から手を差し出してきたから悪いんでしょ。隙だらけなのよ、あなたは。」
さっきまで仲良くおててつないでデートしてくれてたじゃん!
そんな言い訳をする間もない。じりじりと痛みが増していく。
「わかった、言う。」
少しだけ、ひねり方が弱くなった。
「お父さんから、莉亜ちゃんの下着を入手しろ、という課題が出た。」
☆
中途半端エロ親父なんて言ってごめんなさい。あんたは正真正銘のエロ親父だったのね! そして、戯れ言を吐きながらそのとおりに行動するこのエロ男子!
「いたたた!」
私は無意識に腕に力をこめてエロ男子の左腕を強くひねっていた。あ、やりすぎた。
「エロ男!」
好きだとか言って、キスをして、抱きしめてきて、全部その課題解決のプロセスだったの? まあ、私も似たようなことはしたかもしれないけど。
というか、なんで夫婦そろって同じ課題を出してるの? 形式的にそれぞれ同性に課題を出しただけで、実は二人で決めて出題したようね。
「課題はそれだけ? 正直に言いなさい!」
「それだけだよ。」
「今ここで私の下着を手に入れようなんて、百万年どころか1億年早い! せめて私の家にある下着をこっそり持ち去ろうとか思わなかったの?」
ボクサーブリーフをこっそり持ち去ることに成功した人みたいにね。
「だって、家に連れてってくれなかったじゃん・・・。」
「だったら頭使って行く方法を考えろ! このドスケベ!」
「女の子の家に行って下着泥棒するほうがドスケベだし犯罪じゃん・・・。」
そ、そうね。しまった。反論できない!
「とにかく、その課題を解決するのは簡単。私が新しい下着を買う。それをあなたがお父さんのとこに持って行く。それで終わり。さあ、行くのよ!」
近くのディスカウント店に向かう。もちろんもうこんなやつと手なんてつながない。
遅くまで開いている店でよかった。店内に入って、衣料品売り場に向かい、大量販売されている安い下着を買えばいい。もちろん、大して色気もないやつでいい。
あ、サイズ、見られる? ほんとはCだけど、Dカップにしとこ。
そもそも下着というのが上半身の下着なのか下半身の下着なのかわからないけれど、エロ親父がこれじゃ足りんからもう1度手に入れてこいとか言い出したらめんどくさいから、上下セットで買う。
理論的に、一度私が買って私のものにしないといけないよね。というか、彼が自分で買ったらそれこそ変態。
レジで精算を終えてから、遠目に見守っていた雷空のところに行って、袋ごとはい、と渡した。
「三千円。」
彼はしぶしぶ財布に手をのばした。私の下着を、彼がお金を払って入手したのだから、何ら問題ない。理論的に。
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「これです。」
莉亜が買ってぼくに渡してきた上下セットの下着を床に置いて、それを撮影。そして、撮影した写真を莉亜のお父さんに送信する。女性の下着を撮影し、別の男性にその写真を送信するなんて、ましてやその下着の持ち主であるはずの人の父親に送信するなんて、怪しすぎて、絶対に誰かに見られてはいけない光景だ。そうか、そうやって精神面もきたえてこその修行ってことか。なぜか納得。
これを見て、娘はこんな下着を着てるのかとかいう感慨にふけってるんじゃないだろうと信じたい。まあ、ディスカウントストアで買った偽物だけど。
よく考えたら、同じ家に住んでるんだから、下着なんて、見ようと思えば普段から見れるじゃん! いや、部屋に侵入して見るとか着替えをのぞくとかいうことを言ってるんじゃなくて、洗濯物とかで見える機会あるんじゃないかってことね。ぼくだって実家では妹の下着を(たまたま視界の中に入るという意味で)見ることあるもん。
で、この下着はどうすればいい? 返却するしかないよね。うちにはほとんど誰も来ないけれど、万一、部屋に置いておいて誰かに見られたら、高校の女子の制服以上にやっかいだ。
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後日、雷空が私に渡してくれたのは、わざわざ紙袋に入れられた、女性ものの下着。そう。あのとき、買ったもの。
確かに、こいつがこれを持ち続けるのも気持ち悪いけど。そもそも、自分の趣味で買ったわけじゃない。むしろ、エロ親父に見られることを想定して、趣味じゃないのを買ったつもり。それにそもそもブラジャーのサイズも違う。しかし突っ返すわけにもいかず、いちおう受け取った。帰ったら処分するしかない。どうせ、彼に多めにお金もらったから(多めだったのは内緒だ。)、問題ない。
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7月末で大学生になって初めての試験が終わり、夏休みに突入する。
なかば強引に莉亜と再度会う予定をつくって、押しつけるように、下着を返却した。丁寧に紙袋に収納してあるから、ぱっと見た目にはなんだかわかるまい。
「ありがと。ところで、大事な話があるの。」
下着の返却になんかまったく興味がないかのように、莉亜が告げた。告白の返事かと思ったが、そうではなかった。
ぼくの今後の人生を大きく揺るがすできごとが、始まろうとしていた。