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混序良浴を守るため  作者: 黒列車
第8章 こういう人なら才能十分
25/26

8-2 身を挺して守ってお礼をもらえ


 ★


 別の日、今度はまた別の男子が海湖とともにやってきた。同じ家にいるからわかるだけで、別に海湖の交友関係を調査してるわけじゃないからね。

 今度の男子は、面長で、髪の毛はのびているのか頭頂部がぼさぼさしている。いかにもスポーツマンといった感じだったルーやケイヤほど筋肉質ではなくて、すらりとした体格だ。

「お邪魔します。」

「お兄ちゃん、いつもここにいるけど、よっぽど暇なの? あ、お姉さんはいいんですよ。」

「長めに帰省して勉強教えてほしいって言ったのは誰だ? それに夕方からバイトに行ってるの知ってるだろ。」

 忙しいのは莉亜と二人っきりになる午前中と(親がいる日を除く。)、バイトのある夕方以降なのであって、昼下がりの時間は暇なのだ。いや、暇なのではなくて、海湖に勉強を教えるために確保している時間のはずだ。

 ぼくはキッチンに行ってお茶を持ってくる。連れの男子がいるのに、海湖が動かないし、だからといってぼくの実家で莉亜に運ばせるわけにもいかないし。ファミレス店員だと思って甘えるなよ。

「ありがとうございます。」

「これが、お兄ちゃん。帰省先に彼女を(以下略)。このすっごくきれいな人が、彼女の莉亜お姉さん。で、この人、カズシ。」

 人の悪口言っといて、カズシについてもう少し補足はないのか?

「戸郷和志郎です。ミコの友だちです。ミコからはカズシって呼ばれてるんで、カズシって呼んでもらっていいです。」

 爽やかな感じで、男子があいさつした。ミコ? ちゃんとほんとの名前で呼ぶ人もいるんだな。なぜか安心。いや、ファーストネームの呼び捨てに安心していいのか?

「きょうは、カズシに送ってもらったの。お礼しないといけないけど、何か、お菓子とかケーキとかないの?」

 あんたが普段住んでる家だろ。

「父さんの酒のつまみしかないみたい。」

「何もなくてごめん、カズシ。ピーナッツだけのやつと柿ピーとどっちがいい?」

「どっちもいらない。」

 友だちの家でお父さんのおつまみを横取りする勇気は、普通ないだろ。しかたがないからせめて冷蔵庫にあったコーラを出す。だから、ぼくはこの家でバイトしている店員じゃないんだよ!

 それにしても、いつもだったらお菓子なんて出さないで2階に行って「お礼」するくせに、きょうはちょっとおかしいよね。カズシとはそういう関係じゃないってことか。名前を間違って覚えているルー及びあだ名で呼ぶケイヤとはそういう関係なのに、名前で呼んでいるカズシとはそういう関係じゃないって、複雑怪奇だね。


 ☆


 カズシくんがコーラに口をつけたところで、インターホンが鳴った。

「はい。」

 雷空が応答する。

「北見です。ウミ、いますか?」

「はい。」

 雷空が海湖ちゃんのほうを見る。

「ルー? なんで?」

 うざいと口の動きだけで話してから、海湖ちゃんはインターホンに近づいた。

「ごめん、今取り込んでるの。明日の朝、また来てもらえる?」

「すぐ帰るから、どうしても開けてくれ。」

「悪いけどさ、こないだも近くで見張ってたよね? 家まで押しかけるのキモいからやめてくれない? やっぱ明日ももう来なくていい。二度と来んな。」

 男との関係はいつでも切れると言っていた海湖ちゃんが、それを発動しようとしてるみたいね。言い方がけっこう怖い。

「ごめん、でも、今、どうしても開けてもらわないと困るんだ。頼む。なんとか。」

「はあ? わけわかんねーこと言ってんじゃねーよ。ちょっと仲良くして、やることやってあげたからって調子のんな。」

 海湖ちゃんが吐き捨てるように言って、インターホンを切った。カズシくんもお兄さんも見てるのに、そんな下品なことばを使っていいの?

 ところが今度はゴンゴンと玄関の扉をたたく音がする。さすがに、異常じゃない? 何か妙な緊迫感というか、ただならぬ雰囲気を感じる。

「雷空。外のようす、上から見てきたら?」


 ★


 莉亜は雰囲気で感じ取ったらしい。2階に上がって、自室の窓から外を見ると、確かに怪しいやつらがいる。

「やばいみたいだ。前に襲ってきたやつらかも。」

「懲りないやつら。」

 莉亜が玄関に向かう。海湖は誰かに電話している。カズシは、何が何だかわからない感じで、ごまかすようにコーラを一口飲んだ。

 莉亜に続いて玄関に向かう。莉亜が勝手に解錠して玄関の扉を開けると、羽交い締めにされた哀れな制服姿のルーと、その他数人の怪しい男たちがいた。

「てめえに用はない。娘はどこだ?」

「何のことかわからないわね。」

「この家の娘を出せ。」

「この家に娘はいないわ。私はただの居候。」

「こないだいたもう一人が娘だって、こいつも言ってる。」

「フラれた腹いせに嘘ついてるんじゃない?」

「ごまかすな。フラれたってことは、フッた娘がいるってことだろ!」

 この悪者、意外と賢い!

「あれは娘じゃなくて奥さんじゃないかな。もしかしたら、息子かも?」

「ばかにしてんのかてめえ!」

 わけのわからない発言をしながら、莉亜がずんずんルーに近づいていく。ぼくも追う。ルーが助けを求める視線を莉亜のほうに送っている。

「ルーくん、汗かいたでしょ。今度は私と一緒にシャワー浴びない?」

「ええ?」

「はあ?」

 ルーが驚き男が一瞬たじろいだ隙に、ぼくは全力で男をぶん殴った。玄関に置いてあった高そうな傘のやたら硬い柄で。莉亜の発言があまりに想定外で、ぼくがいちばん動揺して殴りかかるチャンスを逸するところだったじゃないか。それでも攻撃できた自分を褒めたい。

 傘にダメージがあったかどうかはよくわからない。勝手に持ってきたけど、この傘は父さんのものに違いない。折れても許してくれるかな?

 男がひるんだ隙に莉亜がむりやり男とルーを引き離す。ぼくは傘を振り回して敵を威嚇する。ルーが参加して、敵と対峙するが、殴られている。運動神経のよいバスケットボール選手のようだが、バスケだとちょっと相手と接触しただけでもファウルになるから、戦いに慣れてないのはしょうがない(そういう問題か?)。それでも、さっき捕まっていたのに、逃げずに立ち向かうなんて立派だ。

「これでなんとかして!」

 ぼくは持っていた傘をルーに渡す。さすがにルーはうちの敷地内にある物を勝手に武器に転用できないだろうから、ぼくがやるしかない。そこら辺にあった鉢植えのプランターを拾い上げ、襲ってくる敵めがけて中身をぶちまけた。何かの植物の苗とともに土が吹き飛んで、相手が後ずさりする。

「何事? うわあ!」

 後ろでカズシが勝手に驚く声がする。

「カズシ、お前も手伝え!」

 ルーが命じるように言った。顔見知りのようだ。海湖の家にカズシがいるのは、ルーにとっては腹の立つことかもしれないが、ひとまずそんなことを気にしている場合じゃないということは、ルーがいちばんわかっているようだ。ルーに促されたカズシも参戦する。彼も逃げないとは立派だ。あ、そっか、そもそも彼らは海湖のボディーガードだもんね。海湖が家の中にいるのだから死守しないといけないし、そうでないと海湖からのご褒美をもらえないもんね。カズシがボクシング部かレスリング部(地方の進学校にそんな部活あるかな?)か、せめてバスケ部ではなくてラグビー部あたりであることを祈りたいが、ぼくと一緒で体格的に細身だからたぶん違いそうだ。

 プランターを振り回して敵の接近をけん制する。何かもっとまともに武器になりそうなものはないかと探すが、前に使った剪定ばさみは見当たらない。ぼくと海湖の自転車はあるけれど鍵がかかっているし、さすがに自転車で突撃して故障したらまずいかもしれない。しかたがないから、庭のホースをのばして水をジェット噴射! ひるんだ相手を莉亜が蹴り飛ばし、ルーが傘で突き、カズシが石を投げつけ、さらに、いつの間にか参戦してきた海湖が、わざわざ持ってきたのか竹刀で攻撃を開始して、敵の勢いは失われている。すばらしい作戦だ! 

「雷空ストップ! これ以上されたら私も濡れちゃう!」

「私も濡れちゃう!」 

 女子二人が叫んだ。今はそんなこと気にしてる場合か!

 念のために言うが、これ以上されたら濡れちゃうっていうのは、もちろん文字どおり水に濡れるという意味であって、決していかがわしいことをしているわけではない。いや、だから、今はそんなこと考えている場合じゃないってば!

 

 ☆


 水で相手を威嚇するのは確かにいい考えね。賢い!

 でも、女性陣に水がかかったらどうしてくれるわけ? 真夏の今、私が着ているのは水色のワンピース。そこに水がかかったらどうなるかくらい、考えてよね! こんなわけのわからんやつらと高校生男子二人の前で、上も下もすけすけ大サービスなんて絶対やだ! しかも彼氏にかけられた水でそんな状況になったらまったく洒落にならないじゃないの!

 海湖ちゃんだって、着ているのは夏のセーラー服。濡れたらまずい。

 雷空を制止して、実力で相手を倒そうとしたら、カズシくんが私の前に出てガードしてくれる。なんてかっこいいの! 雷空、ちゃんと見てる? こっちがほんとのあなたの仕事じゃない?

「カズシ、お姉さんはカズシより強いから無理すんな。」

 ルーくんが言い終わる前に、カズシくんがみぞおちにパンチを食らった。苦しむカズシくんの横から飛び出し、私がその相手にお返しのみぞおちキックを食らわせた。カズシくん残念。相手をやっつけて私を守ってくれたら私からのご褒美があったかもしれないのに、私があなたを守っちゃった。私はあなたからのご褒美はいらないからね。

 海湖ちゃんの剣道技もあって、相手を撃退した。苦しむカズシくんをむりやり引っ張って、家の中に逃げ込もうとした。

 あれ、まだ誰か来た。援軍? 大丈夫かな。


 ★


 やば。また誰か来た。

 見知らぬ若い男が一人、猛スピードで自転車に乗ってやってきた。

「小林か。」

 ルーが気づいた。小林と呼ばれた男子は、緑色のTシャツに膝下までの青いズボンといういでたちで、フレームが黒い大きなめがねが特徴的だ。確かに、制服は着ていないが、まじめそうな高校生という印象で、悪いことをしようとしている人には見えない。

「はあ、み、ミコちゃんは?」

「私はここ。もう大丈夫だよ。」

「話は後。この人を運ぶのを手伝って。」

 莉亜が言った。この人というのはみぞおちに打撃を食らったカズシのことだ。

 ルーと今来た小林という男子が二人でカズシに肩を貸して家の中に連れていく。一人復活した敵が追ってきたが、莉亜が、海湖の竹刀と父さんの傘の二刀流で相手をぶん殴った。相手はあっという間に撃沈。剣道やってた海湖よりうまいかもしれん。ま、海湖がやってたのはスポーツとしての剣道であって、実戦は全然違うということかな。

 座敷にカズシを休ませ、リビングのいすが足りないから他の男子も座敷に座らせる。みんな汗だく(それに加えていくぶんホースの水がかかっている人もいる。)だから、莉亜と二人でタオルと飲み物を準備する。海湖さん、あなたは何もしなくていいんですか?

「悪い。おれが、近くにいたらあいつらに捕まっちまって。」

 ルーが言った。連中に捕まって、海湖を呼び出すのに利用されたらしい。

「ルー、あんた、なんでまたうちのまわりにいたの。まじきも。」

「ウミを守るためだって。一緒に帰らなくても、近くに変なやつがいないか、見てたんだ。」

「ふうん。」

 海湖が乾いた声で言った。目が、変なやつはあんただ、と言っている。

「おれも。ミコちゃんがストーカーに追われてるって聞いて、見てたんだ。それでさっき、コンビニで飲み物買って休んでたら、ミコちゃんから電話があって、へんなやつが家に襲ってきたとかいうから、慌てて来たんだ。あいつら、何? ストーカーどころじゃないじゃん。」

 小林という男子が言った。

「ありがとう、ムスビ。」

 海湖がムスビこと小林の手を握る。目がうるうるしている、ように見える。

 これか。こうやって複数名の男子を手玉にとってきたのか。

 少し期待の目を向けているルーには一瞥もくれず(最初捕まったとはいえ戦闘ではだいぶ活躍してたんだけど、もう海湖の感情は回復不能みたいだ。)、海湖は、つづいて、莉亜におなかをさすられている(言いたいことはあるが緊急時だから大目に見よう。)カズシの手をとった。

「カズシも、ありがと。大丈夫だった?」

「役に立てなくてごめん・・・。」

「いいのよ。」

 莉亜がさりげなく離れ、二人は見つめ合う。おい。この人口密度でいちゃつくんじゃねえよ。

「悪かった。おれは帰る。荷物もチャリも外に置いてきちゃったし。」

 ルーが立ち上がった。海湖の視界から完全に排除されていると悟ったらしい。

「待って。まだ誰かいたらたいへん。私、見てくるから。」

 莉亜が立ち上がって、海湖の竹刀を手に取って偵察に向かった。お姉さんは偉いね。

 

 ☆


「カズシはちょっと休んでて。私、ムスビを送ってくるから。」

 ルーくんがいなくなってしばらくしてから、海湖ちゃんが言った。カズシくんはもう大丈夫そうだ。

 海湖ちゃんは、カズシくんの目の前だというのに、ムスビくんの手をひいて、どこかに連れていった。

 けっこうな時間がたってから海湖ちゃんは戻ってきた。ムスビくんは自転車で来てたはずなのに、どこへ送っていったの。実際は玄関先かどこかで話し込んでいたのかもね。確か、ムスビくんが家に入ったことない人だったはずだから、ムスビくんにとってはかなりの進歩ね。

 海湖ちゃんが戻ってきたので、座敷に二人きりにしてあげる。カズシくんとは、えっと、そろそろチューくらいは、っていう関係なんだったっけ。だったら二人きりのほうがいいわよね。ただし、ふすまを隔てても、二人の話し声は座敷の外にも聞こえてくる。というか、私、初めてここに泊まったとき、こんな話し声が外に聞こえてくるようなとこで、あんなことしちゃってたのね! ううっ、雷空のばか! 自分の実家の構造くらいちゃんと把握しておきなさいよ!

「カズシ。きょうはありがとう。」

「何もしてないよ。」

「私のために戦ってくれたお礼。」

 しばしの沈黙。

 雷空、こら、にやにやしないの!

 ピンポーン。

 え、また来訪者?


 ★


 今度は誰だとどぎまぎしながら応答すると、インターホンを鳴らしたのは、ケイヤだった。息を切らしながら、インターホンの向こうで「ウミコは、大丈夫ですか。」と言った。どうやら、海湖が、ムスビとともにケイヤも呼んだらしい。よし、やっと全員の名前というか呼び名を覚えた。読者の皆さんも覚えられましたか?

 とりあえず玄関の扉を開けて彼を中に入れると、海湖がばたばたと走ってきて、ケイヤに思いっきり抱きついた。

「ケイヤ。来てくれてありがとう。でも、今カズシもきてるから、大きい声出さないでね。」

 えっと、ケイヤは、他の男の話をしても大丈夫な人だったっけね。確か、そうだ。

 二人の顔が近い。完全に恋人の距離感。兄の目の前なんですけど。

「遅くなって悪い。無事?」

「全然大丈夫。お姉さんもカズシも、あとルーも、戦ってくれたし。あ、お兄ちゃんもか。」

 ぼくはフラれたルー以下かよ。退散しながらも、こっそり会話を聞く。べ、別に盗み聞きしてるわけじゃないんだからね!

「怖いから、明日の朝、迎えに来てくれる? ひとまず明日でお盆前最後だから。」

「明日はルーと約束してるんじゃないの?」

「ルーとは終わった。今はケイヤだけが頼り。」

 何やら二人の身体が触れあうようなちょっといかがわしい気配がして、それからケイヤは去って行った。

 海湖は玄関からリビングに戻ってくると、座敷とは反対方向にある洗面所に向かい、それから制汗剤の匂いをただよわせながらまたやってきて、リビングを横切ってカズシが待っている座敷に向かった。忙しいな。炎天下を急いでやってきたであろうケイヤのようすからすると、さっきのやりとりでケイヤの汗とひょっとしたらだ液もたっぷり海湖についたであろうから、それを処理してからカズシのもとに向かうというわけか。立派というべきなのか何なのか。

「莉亜。上に行こうか。」

 海湖にも聞こえるように言った。別に海湖と男子たちに刺激されて発情して二人きりになりたくなったわけじゃない。海湖が、ケイヤをきょうは家に上げずにカズシだけを残しているから、大人の対応をしているのだ。

「それより、二人で買い物にでも行かない? 海湖ちゃんの勉強見るまで、もうちょっと時間ありそうでしょ。」

 莉亜が、やはり座敷にまで聞こえるであろう声で、言った。

 確かに、少なくともホームセンターで苗と土を買ってきてプランターを戻しておかないといけない。傘は、壊れたかどうかわかんないけど、高級そうなやつでどこで買えるのかもわからないから無視しておくしかないだろう。

「そうだな。今2時20分だから、3時半くらいまでは、出かけておくか。」

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