7-3 アイドルに手を出すやつをこらしめろ
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「これが日当と費用の精算だ。」
小遣い程度の日当はもらった。基本的に成功報酬制ということなのかな。明らかに労力に見合わない金額だし、外出していれば外食したり飲み物を買ったりもしてお金がかかるから、こんなことだったら、週末を何度もつぶすよりファミレスでバイトしていたほうがましだった。まあ二人で高速バスに乗って旅行したような側面もあるし、経費でラブホに宿泊できたから報われたようなものの。
「それと、もう1件頼みたいことがある。」
またかよ。学期末の試験とかもあるんだけど。
「今度は、悪いやつであることはほぼ確定している。この男だ。」
写真をみると、サラリーマン風の男性で、40代くらいに見える。
「こいつは、芸能事務所の社長とされている男だ。名前は磯崎吾郎。アイドル志望の女子に甘いことを言って手を出しまくっているロリコンだ。こいつをこらしめろ。」
アイドル志望のかわいい女の子に手を出しまくり? なんてうらやま、いや、けしからん男だ! 退治せねば!
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任務の内容的に、私が近づくしかないじゃない、エロ親父!
まあでも証拠をつかんで懲らしめることができれば、ボーナスも弾んでくれそうだし、こんなやつに私が本当に襲われるとも思えないから、やってやる。
アイドル志望のふりをして連絡をとると、磯崎はすぐに対応して、まずは会おうと言って、私を呼びつけた。名前とか年齢とかどうすればいいのかな。身分証明書を見せろと言われるかもしれないから、正直に言うしかないか。
磯崎に会う日、私は、髪の毛をまっすぐにして、前髪を切りそろえて、ブラウスを着てスカートをはいて、ロングソックスもはいてわりとアイドルっぽい雰囲気をつくった。丁寧にメイクをして、指定された事務所に向かう。もちろん雷空も一緒だ。さすがに中には入れないけれど。
スマホと、別のボイスレコーダーと、双方の録音機能をオンにしてから、雑居ビルの3階にある扉をノックする。中から声がして、迎え入れられた。
磯崎吾郎が、一人きりで私を迎え入れ、内側から入り口の扉を施錠すると、私を応接ソファーに座らせた。
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万一に備え、扉の外で待機はしている。もっとも、扉は、重い金属製で、中のようすはほとんどうかがえない。
こんなに心配になったことはない。莉亜が敵の本拠地に一人で乗り込んでいるんだもの。もちろん、ぼくよりはるかに強いとはいえ、女の子だよ。中にいるのが磯崎一人とも限らないし。
祈るように、ぼくは待ち受ける。
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「莉亜ちゃんは、何歳?」
「二十歳です。」
「この業界の経験は?」
「ないです。正直言って、今からだともう年とりすぎですよね?」
「それは君の才能と努力次第だ。身長は?」
「157センチです。」
「スリーサイズは?」
「えっと、85、59、83です・・・。」
いい加減な数字を答えただけ。そもそも測ってないし。
「すごくかわいいね。それだけかわいければ、人気が出るかもしれない。しかし、やっぱり年齢というのは大きい。実際問題として、若い人に人気が集まりがちだというのは、わかるだろう? 君みたいな年齢の人は、そう簡単にはうまくいかないんだよ。」
「そうですか・・・。」
「けれども、今どき加工もできるし、場合によっては整形という手もあるし、君の美しさなら年齢をごまかすこともできるんじゃないかと思うよ。あとは、現実的な話として、何かするにしても、お金だ。ハタチならわかるだろう。何かするにはお金が必要だ。」
「私が、お金を払うんですか?」
「そうだね。売れるかどうかは水物だから、そこは負担してもらわないと困るんだよ。」
「いくらくらいですか?」
「内容によって、何十万、何百万と・・・。」
「そんなお金は・・・。」
「お金がないなら、どうすればいいと思うかね?」
「え、やっぱり、諦めるしかないですよね・・・。」
「お金がなくても何とかできる方法を、考えてみたらどうだい? 大人なんだからわかるだろ?」
おっさん少し近づいてくる。ぶっ飛ばしてやりたいけど我慢する。
「それをやらないとだめってことですか?」
「だれもやらないとだめなんて言っていない。君がやりたいならやればいい。自分で考えて判断してくれればいい。」
「やったら、見返りに売り込んでくれるんですか?」
「そういう言い方はよくないな。お互い大人なんだから、そんなことは仲良くなるきっかけにすぎない。それでも、仲良くなれば自然と財布のひもが緩くなるというだけの話だ。」
「ちょっと、考えさせてください。」
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莉亜が無事に出てきてほっとした。何事もなかったようだ。
帰って録音を確認すると、なかなかこざかしいやつだ。はっきり身体を差し出せとは言わず、自分の意思でするように仕向けている。それに対価としてお金を出すとか売り込みをするとかもはっきりとは言っていない。
そもそも、これは悪事なのか?
莉亜の父に中間報告をする。莉亜はここにはいない。内容的に父親の前で話したくないからといって、報告はぼくに任せられた。慣れてきたとはいえ、一人でこの人としゃべるなんていまだに緊張するんだけど。
「なかなかの収穫だ。やはり莉亜の美しさに引っかかったな。とっとと懲らしめてやれ。」
そういう問題じゃねえだろ! いや、やっぱりそういう問題かもしれない。
「こんなんで、懲らしめていいんですか?」
「何が問題かね?」
「こいつは身体を売ってくれたらひきかえにいいことをするとは言ってません。むしろ莉亜の側から自主的に身体を差し出すのを待っています。強制的とはいえません。しかも成人同士ですから、見返りを期待して関係を結んだとしても、違法ではありません。」
「君は何か勘違いしているんじゃないかね。」
ぎょろっとにらまれる。こ、こわ。誰か助けて! 誰もいないけど。せめて莉亜の母親がいるときに話せばよかった。
「君は法学部だったね。頭がいいのはすばらしいが、これは法律の試験じゃないし、我々は警察でも裁判所でもない。違法かどうかが問題ではない。違法じゃないということを言い訳にして悪事を行うやつを懲らしめるのが我々の任務なのだ。そもそも、莉亜はたまたま成人だが、アイドル志望の女子には未成年が多いはずだ。それにも同じようなことを言って手を出しているのだから、こいつは間違いなく悪人だ。こういうのを懲らしめるべきだ。」
「は、はい。」
なんか、娘が被害者だという感情入ってない? 莉亜は被害者じゃなくて、あくまでおとり捜査をしているだけだからね!
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再度例の事務所を訪れた。前回と同じように、磯崎が私を迎え入れ、扉の鍵をかけてから私のソファーに座らせる。
「考えはまとまったかい?」
「ええ、確実に売れるのなら、今からでも。」
「確実に売れるという約束はできんぞ。君の才能、努力、運、いろんな要素がある。それでも、できる限りのことはしよう。」
「わかってます。確実でなくても構いません。やっぱり、お相手します。」
もちろん、格闘技のお相手をしてあげるつもりよ!
「それではひとまず覚悟を見せてもらおうかな。」
ひとまずって何よ! 何度もやる気? 気持ち悪っ!
磯崎が近づいてくる。私の手に触ってくる。服の裾に触れる。最悪! だいたい、ここ、事務所でしょ? 応接用のソファーしかないでしょ? なんでここでそのままやることになってるわけ? せめてホテルに連れて行くとかじゃないの? でも、この場所から移動しなくていいのは好都合。外で控えている雷空もなにがしかの役には立つかもしれない。
できる限り油断させようと必死の思いでぎりぎりまで粘っていると、磯崎は手を私の胸のあたりに近づけながら、顔も近づけてきた。息がくさい!
もう限界!!!
私は身体を折りたたんでおっさんを背中に担ぎ上げ、そのまま身体を反らせて仰向けに倒れ込んで自分の体重をのせながら、おっさんの身体を床にバシンとたたきつけた。
「うぎああっ!」
男が悲鳴を上げる。私は素早く起き上がり、事務所の玄関の鍵をあけて、扉を開放した。外から雷空が駆け込んでくる。
「大丈夫?」
「大丈夫に決まってるでしょ。」
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「な、何だお前は!」
あれ、こういうとき、なんて答えればいい?
「・・・お前の悪事を暴きに来た者だ。」
「ふざけるな。おれは何も悪事なんかしてない。」
「お前は、アイドル志望の女の子に関係を迫り、性的な関係と引き換えに援助をしようとした。」
「お前はばかか。成人同士の合意のもとで関係をもって、それで仲良くなって経済的援助をしているだけだ。何が悪い? それがいかんという法律でもあるのか?」
うん、莉亜のお父さんの言ったとおりの言い訳だね。この間莉亜の父親と話していなければ、この男の詭弁(というか正論?)に言いくるめられるところだった。
「相手の弱みを握って関係を迫っているだけだ。そんなやつは許せん!」
「言いがかりをつけやがって!」
立ち上がって襲いかかってくる男。ぼくはその攻撃をさっとかわした。
ガン!
莉亜のパンプスヒール攻撃が決まった! 男が急所を押さえて悶絶する。莉亜に投げ技くらったくせに、ぼくに気をとられてるからだよ!
あれ、結局、攻撃したのは莉亜だけ。ぼくはしゃべっただけ。そもそもぼくがここに入ってくる必要性あったのかな? 相手の気をそらす意味はあったと考えよう。
「そこ、二度と使い物にならないようにしてやってもいいのよ!」
「な、何者だ・・・。」
「私は、あなたの悪事を暴きに来た者よ!」
一緒かよ!
立ち去り際に、莉亜がぼくに言った。
「雷空、よけるの、だいぶうまくなったじゃない。」
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「すばらしい。」
父は満足したようだった。
「これで懲りただろう。今後何かあったら、この録音を業界にばらまくことにしよう。」
「一人で乗り込んで襲われるとこだったから、ボーナスはちゃんとちょうだいよ。」
できれば今度の報告も雷空に任せたかったのだけど、お金出せとは雷空からは言いにくいだろうから、私も出席したのだ。
「それはそうだな。ところで、本当に襲われてないんだな?」
そんなに気にしてんの? いつか私に女の武器を使ったスパイができるか聞いてきたくせに? できると答えたらどうするつもりだったの? というか、そもそも、気になるならこういう任務を振るな!
「何もないから気にしないで。」
「ほんとだな。実は触られちゃったとか、ないんだな。」
「私がそんなへますると思ってるの? 触られたのは手だけ。あのエロ社長、胸を触ろうとしてきたから、触られる直前を見計らってぶっ飛ばしてやったの! 私が雷空以外の男におっぱい触らせるわけないでしょ!」
「あ・・・。」
雷空が気まずそうだった。私は慌てて口をつぐんだ。
「ボーナスは今度渡す。疲れただろうから風呂にでも入れ。」
父は立ち上がってどっかに行った。なんでここでお風呂の話が出てくるのよ!