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混序良浴を守るため  作者: 黒列車
第7章 悪事を暴くということは
22/26

7-2 どうしても金の出所を探れ


 ☆


 梅雨入りして、雨の中またその場所に向かった。通算3度目だ。賢い雷空は高速バスの回数券を買って経費を節約していた。

傘を差して見張るのはしんどい。それに、きょうは諸事情により体調がよくない。雷空の大好きなラブホテルに泊まっても、それはできない。

 また、土曜日の夕方に、島木が軽トラで出かけ始めた。農作業の服じゃない。ブルーの襟付きのシャツを着て、ベージュの長ズボン。おめかししておでかけってことかな。


 ★


 島木の出発を確認し、タクシーを呼んで繁華街へ行く。

 付近を歩き回ると、今回はコインパーキングに駐車してある島木の軽トラを発見できた。相合い傘をしながら見張っていると、1時間くらいたってから、島木が戻ってきた。そのまま出発。

 いや、こんなの、無理じゃない? どこの店に行っていたかもわからんし、そもそも風俗店に行っていたという確証もない。よしんばそれがわかったとしても、島木が遊んでいるという事実をつかめるだけで、資金源はわからない。資金源をつかむ方法なんてあるのか?

 こうなったら、やっぱり、ああいうふうにするしかないのだろうか。つまり、店に女の子が潜り込む作戦。莉亜が潜り込むのは論外として、優菜さんか、さもなくば、海湖? そろそろ18歳だし。いや、兄として(兄じゃなくても)それはだめだ。というか、そもそも、こっちの息のかかった人が店にいたとしても、島木がその店にいつ来るかもわからず、来たからといってその人が実際に島木の接客をするとは限らないじゃん。仮にできたとしても、島木がお金をどう調達したかなんて、店の女の子の側から聞けるはずないじゃん。優菜さん、それに海湖、いらんこと考えてごめんなさい。

 あとは島木は家に帰るだけだろうから、付近で時間を潰してから、ラブホテルにチェックインする。莉亜の女の子の日と重なってしまったけれど、お得意の急所攻撃を莉亜が自主的にしてくれたので満足。やってることはまるでデリヘルみたいだけど(利用したことないってば!)。やっぱりラブホの心理的効果ってすごいね。


 ☆


「諦めましょう。」

 帰りの高速バスの中で、私は雷空に言った。二人の手はさっきからしっかりとつながれており、間の手すりは上に上げられている。私の身体は隣の席の雷空のほうに傾いていて、顔を寄せて耳元でささやいた。公共交通機関の中でもこれくらいはぎりぎり許されるでしょ。

 日曜日のきょう、朝から張り込んでいたが、島木は農作業に出入りしただけだった。

「これ以上突き止めようがないでしょ。雷空から有力な作戦が出てこないなら、これ以上お金使っても無意味と思う。」

「そんなのあり?」

「ありでしょ。できないものを繰り返しても意味ないもの。」

 家に帰って、父に報告した。これ以上は無駄と思う、とも。

「そうか。」

「そういうことでいいの?」

「お前たちがそう判断したならいい。ただしボーナスはない。旅費は精算する。」

 ドケチ!

「やっぱり、もう1回だけ、やらせてください。」

 いきなり雷空が言った。手は、強く握りしめられている。回数券は4枚つづりで、二人で1往復するたび使い切っているはずだから、チケットが余っているわけではないはずよね?

 ま、まさか、もう1回経費でラブホに泊まって、きのうの夜できなかったことをやろうとしているんじゃないでしょうね?


 ★


 土曜日の昼間。きょうは梅雨の中休みで晴れている。莉亜と二手に分かれて、莉亜は島木宅を、ぼくはこの前島木が来ていたコインパーキング付近を見張る。莉亜は日傘を差しているだろうが、ぼくは日傘なんて持っていないから、建物の陰になっている部分に立っている。

 二人いるんだから、今までもそうすればよかったといえばそれまでだ。でも恋人である以上、自然と二人一緒に行動する前提でものを考えてしまうのだからしかたない。それに、風俗店に関する莉亜の知識は何もないに等しい感じだし。

 夕方近くなって、莉亜から連絡がきた。島木が動いた。

 島木の家からここまでの移動時間を考えて、到着しそうな時間に目をこらして周囲を見ていたら、街中ではけっこう珍しい軽トラが出現した。莉亜もタクシーでここに向かっているはずだ。

 前回と同じコインパーキングに駐車し、島木は車を降りてどこかへ向かう。ぼくは追跡しながら、スマホで今いる場所の住所を確認する。

 島木がソープランドに入った。

 改めて、店の名前と住所を莉亜に送信する。


 ☆


 雷空から送られてきたお店の住所と名前を、運転手さんに伝えた。運転手さんは、ただはいと言っただけだけど、よく考えたら、私みたいな女の子がそこに行くっておかしいよね。いや、おかしくはない。お客ではなくてお店の女の子だと思われているはずだ。

 運転手さんに何と思われようが知ったこっちゃないけど、ちょっとやだ。

 もちろん、運転手さんはお客のプライバシーを(ましてや風俗嬢かどうかなんて)詮索したりはせず、淡々と私をその場所に運んだ。タクシーを降りて、付近にいた雷空を発見し、近づく。

「あいつはあの店でお楽しみ中だ。」

 雷空がまじめな表情で言った。

「ソープ、だったっけ? お風呂に入る店? 貸し切り風呂みたいな?」

 正直言って、あまりつかめていない。こないだ行った貸し切り風呂のある温泉みたいなとこに、女の子が待ってくれていると思えばいいのかな?

「部屋の中に浴室とベッドがあって、女の子が出迎えてくれて、一緒にお風呂に入ってくれる。お風呂の中でも、(自粛)をしてくれる。それから、ベッドに移動して、本来はやっちゃいけないはずの(自粛!)をする。その場で女の子と客が恋愛関係に陥って、勢いでしちゃった、という建前だ。」

 つまり、精神的な部分はともかく、やることそのものはラブホまたは温泉旅館に泊まったときの私と雷空とだいたい同じね。男が求めるものはだいたいそういうことなのね。

 そのとき。

「おい。」

 突然、低い男の声がした。


 ★


 蒸し暑い6月なのにスーツを着用し、日が暮れそうなのにサングラスをかけた暑苦しい男二人があらわれた。

「てめえら、店をじろじろ見んじゃねえよ。」

「ぼくたちは、店に入っている人の迎えにきただけです。」

「ああ? そんなに女と仲良しこよししながら、誰の迎えだってんだ、ああ?」

 すごみをきかせる男。確かに、どこの世界にカップルでソープランドの客の迎えに行く人がいるっていうんだ!

 ぼくはぶん殴られる前に全速力で頭を働かせて口を動かした。

「島木さんです。島木さんのお出迎えです。島木さんは、はしごする人で、この女の子は、このあと島木さんちに二人で向かうことになってるんで。」

「島木さんって誰だ?」

 よく考えたら、風俗店で本名名乗る人は少ないわな。

「30分くらい前に入った、青い服着たおじさんです。常連ですよね?」

「あ、あの常連さんか。てめえら目立ちすぎだ。お客が入りにくくなって迷惑だ。待つんだったらじろじろ見てねえで、終わったら電話してもらうなり、しろ。」

 適当な言い訳だったのに意外とうまくいった。こんなとこでけんかになったらそれこそ警察沙汰になりかねない。それにしても、ぼくたちそんなに目立ってたのかな。修行の成果って・・・。


 ☆


 ま、まさか、島木と二人であの家にお泊まりするなんて絶対嫌!

 そんなことを考えていたら、私は、雷空に腕をひかれて、その場を離れた。向かった場所は、コインパーキング。つまり、店じゃなくて車のほうを見張ろうってことね。

 だいぶ長いこと待っていたら、ようやく島木があらわれて、そこに駐車してあった軽トラに乗車。どこかへ出発していった。

「帰ったみたいだね。きょうは、これくらいにしよう。」

 なんでうれしそうなのよ。

「よくも、私を売ろうとしてくれたわね。」

「だって、あの場に女の子がいることの言い訳が、思いつかなくて・・・。」

 タクシーの運転手さんに店の女の子だと思われた(たぶんだけど)だけでなく、彼氏にまでそんな紹介されるなんて、まったく心外。あ、でも、意外と、おもしろいかも。


 ★


 食事を済ませ、きょうもラブホテルにチェックインした。

付近には数件のホテルがあって、毎回別のところに泊まっている。まったく素敵な出張だね。

「お客さま、これからサービスを始めますね。」

 なんだ。風俗店関係の調査のせいで幻聴が聞こえるようになったのか?

「お風呂は今入れています。それまで、ここでお待ちください。準備ができたら、一緒に入りますよ。」

 莉亜が抱きついてキスをしてくる。ぼくの服の中に手を突っ込んで、まさぐってくる。なんだ。新しい訓練か?

「何事?」

「だって、私、雷空にお店の女の子にされちゃったんだもん。さあ、お客さま、お風呂の中ではお客さまがとっても大好きなこと、もちろんしてあげますよ。」

 どういうイメージプレイだよ!


 ☆


 雷空は、私の勝負下着その3・真っ赤なTバックを脱がせていっそう興奮していた。本当は、適当なところでもう時間なのでこれで終わりますと言ってからかってやるつもりだったのに、ベッドに移動して本当の愛の行為を始めちゃったら気持ちよくって夢中になって忘れちゃってたじゃない!

 翌朝、今度は二人で島木のところに向かったら、島木は畑で農作業をしていた。今までの傾向からすると、島木が風俗店を利用するのは土曜日だけで、日曜日は家か畑にいるようね。

「ちょっと待ってて。」

 雷空が言って、すたすたと島木のところへ近づいた。きゅうりの収穫をしている島木に、雷空が話しかけた。

「こんにちは。少し、よろしいですか?」

「あ、あんた、こないだもその辺にいたね。近所の人かい?」

 ばれてる!

「いえ、ぼくは、南海大学の学生で、農業と経済について研究しているんです。」

 動じることなく、雷空は学生証を示しながら言った。有名な大学のブランド力を利用するとはさすが。学生証には法学部と書いてあるから農業と経済の研究というのは不自然な感じだけど、このおっさんがそんな細かいとこまで読み取ろうとするとも思えないし。

「そりゃあすごいねえ。」

「少し、お話うかがっても?」

「いいよ。」

「何をつくっておられるんですか?」

「ここはトマトときゅうり。あっちはピーマンとなす。こういうのはハウスもあるからだいたい年中つくってる。あとは、チンゲン菜も少しつくってる。もう少ししたら、オクラとかぼちゃもがとれるぞ。冬は大根と白菜がとれる。」

「いっぱいあるんですね。お一人でされてるんですか?」

「人手が足りないときは親戚に手伝ってもらったり、臨時でアルバイトを雇ったりすることもある。若いころにいろいろあって、今は独身だから、一人でやるしかなくてね。」

 島木がはっはっはと歯を見せて笑った。

「たいへん失礼ですが、経済関係の研究なのでおうかがいしたいんですが、農業だけで生計を立てておられますか?」

「独り者だから、まあ生きてはいけるね。野菜は自分でつくってて、そこらへんの米農家から米もらったりもするから、食費も大してかからんしな。」

「そうすると、ほかの収入はなくてそれで・・・。」

「あとは株とかなんとか、生活の足しにはしとる。」

「ありがとうございました。」

 最初から直接聞いたほうがよかった気がする。

「ちょっと待ちな。そっちのお嬢ちゃんは、お友だちかい? トマトは美容にいいぞ。」


 ★


 莉亜の家で父親に報告する。

「畑は広くて、季節に応じてさまざまな作物を栽培しているようでしたので、それなりに安定した収入はあると思われます。本人の話では独身ということですし、自宅は農家として先祖から受け継いだものみたいですから住居費もかからないはずです。農家なので食費も抑えられるようでした。つまり生活費は比較的少額で済んでいるはずで、自由になるお金は多いと思います。車は軽トラしかなさそうでしたから、車関係の費用も経費にしてるでしょう。」

「そうか。」

「そして、本人の話によれば、株をもっていてその収入が生活の足しになっているということでした。さすがに初対面で具体的な株の種類とか配当の額とかまでは聞けませんでしたが。」

「そうか。」

「つまり生活には余裕があるということで、結論としては、ただの風俗好きのおっさんだということです。ソープの人から常連さんと認識されているみたいでしたし、ぼくたちが見ただけでもソープとデリヘルを両方利用していましたから、店のジャンルもいろいろ守備範囲が広いようです。」

「うむ、そうか。納得できる内容だ。これ以上は調査しなくていい。ボーナスはないが日当は払おう。」

 納得しているのはぼくの分析に対してであって、あのおっさんの風俗遊びのしかたに対して納得してるんじゃないだろうね。

「あと、お土産にもぎたてのきゅうりとトマトをくれました。いい人です。」

 袋に入った野菜を取り出す。

「雷空にくれたんじゃなくて、私が美人だからくれたのよ。」

「そうか。しかし、トマトか・・・。」

「お父さん、昔からトマト食べれないものね。」

 怖い人の意外な弱点を発見した!


 ☆


 雷空の分析結果は、父のおめがねにかなうものだったらしい。私にはいまいちよくわからなかった。改めて雷空に説明を求めると、彼はこう言った。

「たとえば、食費は自分の家の野菜とかを活用するから1か月あたり2万として、光熱費も一人暮らしなら1万か2万くらいじゃないかな。その他、携帯持ってれば電話代がせいぜい1万円くらいかな。それも経費にしてるかもしれないけど。それに、服とか日用品とかにさらに2~3万かかるとしても、合計6~7万くらいかな。税金とか、突発的な支出とかもあるにしても、10万もあれば十分生きて行けそうな生活じゃない? 収入がいくらかはまったくわからんけど、もし売り上げから経費を引いた月収が20万あるとすれば、10万は遊びに費やせる計算になる。月収30万あるなら、20万も。」

「よくそんな計算できるのね。」

「ぼくだって、家賃を除けば月10万も使わないし。」

 一人暮らしだものね。大人!


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