6-3 即戦力を引き入れよ
★
結局、まだ十分都内に帰れる時間だということが判明したので、バスに揺られてもとの駅に戻り、そこから混雑する列車を乗り継いで、夜に莉亜の実家にたどり着いた。ぼくのアパートではなくて莉亜の実家のほうに行ったのは、報告のためだ。中井さんのことだけではなくて、前日の襲撃事件のことも莉亜の両親に詳しく報告する必要がある。あと、中井さんの追跡の旅費とボーナスを請求する必要もあるしね。それはぼくからは言いにくいので莉亜に言ってもらう。
「その中井という人が地元にいる間に、何者かを妹さんのもとに送り込み、翌日その結果報告も兼ねて中井が森田の息子に会いに行ったということか。つまり、森田は親子でつるんでいて、中井も利用している、ということだな。」
すべての話を聞いてから、莉亜の父親が気難しい表情で言った。中井さんは森田の愛人ではなくて、森田の息子の恋人(または愛人?)だったようだ。年齢的にはそのほうがしっくりくる。
「妹さんは、安全なのか?」
「まあ・・・。」
「大丈夫よ。私が海湖ちゃんになりすましたから、あいつら私が海湖ちゃんで、海湖ちゃんはたまたまそこにいた友だちか何かだと思ってるはずよ。それに、あの子、すっごいもてもてみたいで。今度から毎日男子に送り迎えしてもらうって言ってた。たぶん海湖ちゃんに惚れてる男子が命がけで守ってくれるはずよ。で、緊急時は、男子を犠牲にするつもりらしいから、海湖ちゃんって、けっこうえげつないのよ。」
そんなことで大丈夫なのか?
「そういえば、お風呂、わかしてあるんでしょ? 疲れたから早くお風呂入って寝たい。雷空、一緒に入りましょ。」
え、え、ええ?
ここでぼくたちが一緒に入浴しているのは両親にもわかりきっていることとはいえ、いきなりの堂々とした宣言に、さすがに両親も目をちかちかさせているように見えた。
☆
なんで私は高校生にそんなに先を越されてるのよ!
森田親子と中井さんのことで頭がいっぱいになって忘れていたけど、海湖ちゃんの話が出てきて思い出しちゃった。何がえげつない作戦よ! あんまり悔しいから、堂々と両親の前で混浴宣言して、お風呂で必要以上にいちゃいちゃしてあげる。海湖ちゃんは内緒で男を連れ込んでるだけだけど、私は両親の公認のもとで彼氏を連れ込んで、両親の黙認のもとで一緒にお風呂に入るんだから! さすがに彼氏かどうかもわからん男子と一緒にお風呂には入っちゃいないでしょ?
というか、もう、いっそのこと、ラブホテルに泊まってくればよかった! 高校生と違って、私たちは堂々とそんなところに泊まってあんなことできるんだから!
★
何だかよくわからんけど、ある意味ラッキー。森田の地元でラブホテルに宿泊する機会は逸したけれど、ここに来てから莉亜がやたらと積極的。二日分どころか1週間分くらいまとめてやってしまう勢いだ。莉亜の両親が同じ家の中にいるから緊張するけど、もう夜遅いから、ぼくたちから報告を聞き終えた両親も寝ているだろう。
お風呂でたっぷり刺激されて、それから莉亜の部屋のベッドに連れ込まれて、急所どころか全身を攻撃される。
「何かあったの? まさか、中井さんとあのおっさんを見てて興奮した?」
「そんなわけないでしょ。何があったかは秘密。とにかく、雷空が好きなの。もっとしたいの。」
なんだそれ? うれしいけど、気になる。こんな莉亜は、初めてだ。いや、ラブホテルとか温泉旅館とかではこんな感じだったかも。
☆
親がいる。それでも堂々と一緒にお風呂に入って、お風呂で彼の大事なところを刺激してあげて、それから堂々とベッドに行って、もっと満足させてあげて、私ももちろん気持ちよくなって、やりまくり。声だけには気をつけて。
どう? 海湖ちゃん。さすがに、勝てないでしょ? 言っとくけど、これから雷空のアパートに行って、再度お風呂からやり直すことだってできるのよ。
と思っていたけど、さすがに遅いし疲れているし、そのまま私の部屋のベッドで眠りについた。
そして、連休が明けた数日後、海湖ちゃんに、ようすを聞いてみた。
「何かかわったことない?」
「別に何もありません。作戦どおり、男子に守ってもらってはいます、お姉さんに教えてもらったメイクで、男子なんてイチコロです。見返りは、こないだ言ったバスケ男子とはまたしてあげました。あと同じ剣道部の男子もいて、そいつとはまだじらしてキスしただけですけど、あと2週間くらいがんばってくれたら、もっといいことしてあげるつもりです。ほかにも何人かいます。」
「無事でよかった。」
無事なのはいいとして、そんな簡単に自分を売るようなことして、ほんとにいいの?
「ところで、エッチまでしたらご褒美が尽きちゃうんですけど、その先のご褒美って、あるもんなんですか?」
意外とお子さま。ほかにも楽しいこといっぱいあるでしょ。
「・・・男の人の大事な部分を刺激してあげるとか。」
「それはエッチに含まれます。」
あっさり言うな!
「含まれるとかじゃなくて、それ自体をしてあげるの。」
「えっ?」
「ベッドで、プレイの流れでやるんじゃなくて、真っ昼間でもなんでも、女の子のほうからいきなり脱がせて、刺激してあげたら、男の子は大コーフンよ。ご褒美にぴったりでしょ?」
雷空が大好きなやつね。急所攻撃ともいう。
「すごいです!」
「これなら、体調でできない日でもご褒美あげられるじゃない。そして、最大のご褒美は、男の人が出したやつを(以下自粛!)。」
「それは・・・、気持ち悪いからちょっと無理です。」
ふふ。やっぱりお子さまね。
「おっぱいでやってあげるってのもあるのよ。」
大きさ的に私よりも海湖ちゃんのほうが得意そうなのが残念だけど!
「自分からですか?」
「そうよ。ほかにも、口移しで何か食べさせるとか、目の前で着替えてあげるとか、下着をプレゼントするとか、いろいろあるでしょ?」
「エッチするなら、どうせ下着も裸も見られるから、着替えとかしても一緒じゃないですか?」
「全然違う。男の子はほかの場面でも見れるってのが好きなのよ。」
ほんっとに、わかってないのね。やっぱりまだまだお子さまなんだから。
「あとは、お風呂。」
「どういうことですか?」
「男の子と二人でお風呂に入ったことある?」
「あるわけないじゃないですか!」
でしょ。私はあるのよ。何回も。
「女の子と一緒にお風呂に入るのが、男の子の夢。その夢を叶えてあげるの。これ、女の子にとってはエッチより恥ずかしくて難易度高いのよ。でもご褒美にぴったり。」
「今度やってみます。」
軽っ。
ていうか、私は未成年に何の話を・・・。
★
「海湖ちゃんのことなんだけど。」
ぼくのアパートのソファーで、莉亜が言った。
「むっちゃ心臓強い感じね。」
「剣道の試合で鍛えてるせいかな。ぼくと体力も性格も正反対なんだよね。」
「協力者に引き込んだらどう? 今は高校生だから、本格的には卒業後だけど。」
「それって、例の調査をするの?」
「それはお父さんに聞いてみないとわかんない。」
☆
海湖ちゃんのすごさは、私がいちばんわかってる。でも、男子たちを手玉にとって操ってるなんていえないから、遠回しに説明しないと。
「雷空の妹の海湖ちゃんのことなんだけど。」
雷空が物置部屋で難しい本を読んでいる間に、父に話してみる。
「見所あるの。剣道やってて強いし、こないだいきなり現れた敵をぶん殴ってたし、襲われたのに大したショックも受けてなかったみたいだし、すごいの。即戦力で雷空よりよっぽど役に立ちそう。しかも、男の子と仲よくして一緒に行動して守ってもらうしたたかさも持ち合わせてる。協力者にしたらどうかな? 私たちのこと、雷空のお父さんももう知ってることだし、妹さんにはばらしてもいいんじゃないかなと思って。」
「そうか。」
相変わらず簡単な返事ね。いいのか悪いのか、どっちなのよ。
「今いくつなんだ?」
「高3で、17歳。来月18歳になるって。受験生だから、すぐ実働っていうわけにはいかなそうだけど。」
受験生なのに男とは遊んでるけどね。なんで今も法律の勉強しているようなまじめな雷空の妹がこれなの? いや、よくよく考えたら、雷空も私と付き合う前にキスしたり触ったりしてきてたような。結局は似たもの同士だったのね!
「任せる。」
「えっ?」
「あっちの家族のことだから、雷空くんなりそのお父さんとよく相談して決めてくれ。」
「調査かなにか、しないの?」
いきなり父の目が鋭くなった。
「するかもしれんし、しないかもしれん。それはお前たちの関知するところではない。」
た、確かにそうね。私たちに黙ってやるから意味があるのよね。
★
父に相談するっていったって、「海湖を組織に引き入れてもいい?」なんて聞いて、はいどうぞ、とはならないでしょ。だったら、むしろ海湖をその気にさせて、断れないようにするとか? 最終手段として、あなたは本当は父親ではないくせに作戦というのもあるけれど、それは家庭崩壊をもたらす可能性があるから、本当に最終手段だ。
これは難しい課題だ。ただ、いずれにしても、本人のやる気がなければどうしようもないから、本人に話すしかない?
意を決して、海湖に連絡をとってみる。莉亜と二人でビデオ通話にする。
「ちょっと話があるんだけど、いいかな?」
「なんなの? あ、お姉さんもいるんですね!」
なぜそこでテンション上がるんだよ。そもそも、今さらながら、お姉さんっていうその呼び方ってどうよ?
「父さんと母さんに聞かれたらまずい話なんだけど、今どこにいる?」
「自分の部屋。だって受験生だよ、いちおう。」
半分だけ化粧したような顔で言うことか。
「こないだの件に関することなんだ。あいつらの正体はわからんけど、実は、ぼくと莉亜を前からねらってるやつの手先かもしれん。莉亜があんなに強いのは、いつもそういうやつらと戦っているからなんだ。で、あるとき、悪徳政治家の不倫を暴いて、そのせいで、逆恨みして襲ってくるみたいなんだ。でも、そいつにできることなんて、こないだみたいな怖い人を送り込むくらい。大げさにされたら向こうも困るから、大きな事件を起こさないで、けんかレベルでごまかそうとしている、小悪党だ。だから、いつも撃退してる。」
「私の強さでね。」
「なんかかっこいい・・・。」
「私の親が、その幹部なの。で、私は、前から修行してて、実は雷空ともそれを通じて出会ったのよね。決して、ファミレスで雷空に一目惚れして逆ナンしたんじゃないの。で、きょうは何が言いたいかというと、海湖ちゃんはすごく強いし、男の子の扱いも上手だから、何かあったら協力をお願いしたいと思ってるの。もちろん、そのときにはきちんと謝礼も出る。具体的に何をどうするかは、そのとき次第で決まってないから、個別にお願いすることになる。あとね、この話は、海湖ちゃんを信頼してしてるの。絶対、秘密。雷空以外、家族にも話したらだめよ。」
「私はお姉さんについて行く!」
兄の立場は?
「でも、今は受験勉強をがんばらないとね。」
「そう、その話、お兄ちゃんにしとかないと。お兄ちゃんって、夏休みは、いつ帰省するの? 勉強だけはできるんだから、苦手なとことか教えてくれないかな? あと、お兄ちゃんの部屋に残してある参考書、もったいないからもらっちゃうよ。あ、そうだ、お姉さんも一緒に来てくださいね。というか、勉強のことがなかったら、お姉さんだけ来てもらったほうがよっぽどうれしいんですけど。」
莉亜は君の姉じゃないし、ぼくは君の家庭教師じゃないんだよ。
☆
通話が終わった。
「決めた。夏休みに、雷空の実家に行って、海湖ちゃんの勉強合宿しましょう。」
「海湖が自分の家で勉強するんだから合宿とは言わないな、それは。」
「そんなことはどうでもいいの。海湖ちゃんは、来月18歳になるんでしょ。つまり夏休みにはもう成人だから、完全に協力員にしてもいいんじゃない?」
あと、完全にアダルトな話題もOKになるんじゃない? 今さらか。
「あと、そのときは、雷空の部屋に泊めて。そのほうが落ち着きそうだから。」
「気が早いな。」