1-2 盗撮の状況を調査せよ
★
近藤莉亜というその女子高生もとい専門学校生が言ったことが本当なのかどうかはよくわからない。ただ、ぼくの目の前で(というか身体の上で)電話で報告をしていたことは確かだし、それに、華奢な身体なのに、あっという間にぼくを投げ飛ばして床の上で組み伏せる実力の持ち主であることは間違いない。だとすると、本当の話なのだろうか。そもそも、強盗なら一人暮らしの大学生の家に、しかも帰宅したタイミングで押し入らないだろうしね。
それに、脱ぎたての制服をもらってしまった。いや、違う。置いて行かれただけだ。そういう趣味はない。だいたい、3か月くらい前までは自分も制服を着て高校に通っていて、当然まわりの女子も制服を着ていたしね。
梅雨に入ったころ、いきなり莉亜から連絡がきた。あのときむりやり連絡先を把握されたのだ。ばらしたら承知しないとかこわいこと言いながら。
「どうしても直接話さないといけないことがあるから、家に行く。」
家じゃなくても構わないんじゃないかと思ったが、よく考えたら、秘中の秘の仕事のはずだからね。そりゃあ、喫茶店で話すわけにもいかないということなんだろう。
莉亜は、変装しない私服スタイルでやってきた。きょうは夏を先取りしたようなショートパンツから細長くて真っ白な脚を惜しげもなくさらしている。そして、上半身には銀色の飾りのついたピンク色のシャツを着ていて、胸の膨らみがシャツを押し上げている。いや、何の話だ。
遠慮なくぼくの部屋のソファーに座った莉亜は、スマホの画面を見せてきた。
「次の課題は、これなの。」
「はあ?」
その画面に映し出されたのは、動画。オレンジ色っぽく照らされたダブルベッドの上で、男女が裸で秘密の営みをしている。男性の腰が怪しく前後に動き、女性が色っぽいあえぎ声を上げていて・・・。
「ふざけてる?」
「ふざけてない。これが課題。」
「エロ動画を見るのが?」
「全っ然違う。これは、あるホテルで盗撮された動画で、その盗撮の状況を調査し、犯人を暴け、という課題よ。」
「できるわけないでしょ。」
「私にはできるわけない。だから、手伝って。」
「何を?」
「もう・・・。女の子に何言わせる気?」
年上だとか言ってえらそうにしてたくせに、頬を膨らませてかわいこぶるな。ちなみに、よく聞いてみたら、彼女は誕生日が4月だからぼくより一足先に19歳になっているだけで、同学年だった。
「私1人で、行けっていうの?」
「どこに?」
「だから、この、現場に。こんなとこに1人で行ったらばかだと思われるじゃない!」
2人で行けばいいっていう問題でもないけどね。興信所じゃあるまいし、2人で愛をはぐくむためじゃなくて盗撮の調査のためにそんなところに行くことも、ばかだと思うけどね。
「そもそも、どこのホテルだかわかるわけ?」
「わかんない。だって、そんなとこに行ったことなんてないし。だから、まずこれがどこなのか突き止めてちょうだい。そういうことに詳しいでしょ、男の子の方が。」
男の子を何だと思ってる? それに、宿題は自分の力でやれって、小学校の先生に教わらなかったのか?
「世の中にこういうホテルがいくつあるか知らないけど、とにかく候補となるホテルを絞らないとわかりっこない。課題出したのはお母さん? だとしたらお母さんが行ったことあるとこなのかな。」
「今度はお父さんからの出題。」
父親が娘にエロ動画を送るな! いや、母親だったらいいというわけじゃないけど。
「それに、こないだのお母さんみたいに答えを知らずに適当に出題した可能性もあるのよね。」
「知らないんなら、似てるとこ見つけてここだと言い張ればいいんじゃない?」
「知らない場合はそうかもしれないけど、答え知ってるかもしれないわけだし、その場合は適当にごまかしたら怒られるかもね。」
めんどくせえ両親だな!
「よく考えたら。場所も知らずに出題したんだったら、はるか遠くとか、もう廃業しているとかいう可能性もあるんで、やっぱり場所は知ってるんじゃないかな? とにかく、動画をよく見たらヒントがあるかもしれない。」
ひとまずぼくは莉亜のスマホを借りて、動画を入念に見た。あ、見たというのは、エロ動画を鑑賞したという意味ではなくて、いや、そういう意味だけど、動画に映っている、ホテルの特定のヒントとなるものを探した。
何度見ても(あくまで、課題解決のために、だ。)、ヒントは見当たらない。それより肝心なことがわかった。
「・・・これは、盗撮じゃないと思う。」
「そうなの?」
「だって、明らかにカメラを意識してるでしょ。」
「どこが?」
「・・・ほら、ここ、目線が。それから、・・・、ここ。わざと身体の向きを変えて、女性の身体が見えるようにしてる。」
「ほうほう。さすが、エロに詳しい! で、どこのホテルなの?」
「それは全然わからない。」
「それがわからないなら解決にならないわね。」
確かに、「犯人」がこのカップル自身だということはわかったけれど、盗撮というかハメ撮りの具体的状況はわかってないからね。いや、待って。そもそも、ホテルを突き止めろという課題ではないのでは?
☆
雷空に促されて、私はもう一度父から出された課題の文言を読み直した。盗撮の状況を調査し、犯人を暴け。確かに、ホテルを突き止めろなんて書いてない。状況を調査すればいいのよね。なんか言い訳がましい気もするけれど。そうはいっても、実際問題として、この世にラブホテルがいくつあるのか想像もつかないけど、どのみちそれをしらみつぶしに調べることなんて無理に決まってる。
「しょうがないから、再現して、こういう状況で撮影した偽物だ、という答えをお父さんに提示することにしましょう。今は着替えがないから、明日以降で。いつにする?」
「どういうこと?」
「だから、どこのホテルかわからないけど、それっぽいとこに行って、再現するって言ってるの。言っとくけど、撮影の状況を再現するのであって、動画の中身の再現じゃないから、勘違いしないでよね。着替えというのは、撮影用の動きやすい服のことだからね!」
「・・・はい。」
そして3日後。梅雨のしとしとした雨の中、私たちはそういうエリアに足を踏み入れた。道行く2、3組のカップルが、相合い傘でホテルを選んでいる。私も、なんとなく、自分の傘を閉じて雷空の傘に入る。いや、これは、あくまで、カップルに見せかけて今から入る場所に自然と入るためであって、男の子との相合い傘に憧れてるとかそういうことじゃない。ましてや、雷空に近づきたかったわけではまったくない。
カーテンのようなもので仕切られて顔の見えない受付の人に、雷空が、90分、と伝えて、金を払った。差し出されたルームキーを受け取り、私を部屋に先導する。さすがにお金は男性が払ってくれるのね。私の修行だから、あとで清算しないと。
それにしても、この人、もしかして、こういう場所の受付に慣れてる? いや、仮にこの人がラブホに慣れているのだとしても、そんなことは私にはまったく関係のないことだけど。
黒っぽい意匠の部屋で、そこを照らし出すライトが妖艶な感じではあるけれど、動画に映っていたオレンジを基調とした照明の部屋とはだいぶ雰囲気が違う。でもしかたない。私は浴室でTシャツとショートパンツに着替え、交替で雷空もズボンをジャージに履き替える。
三脚にスマホを設置して、ベッドのほうに向ける。こんなに大きいベッドなのね。
2人で交互にスマホをのぞき、だいたいこれくらいの位置、で確定した。
動画の中では、まず女性が下になって男性を受け入れ、その後女性が上に来ておっぱいを丸出しにしながらプレイに興じていた。スマホに身体が横から映るような向きで仰向けになる。
「こう、よね。」
「こうだね。」
いや、確かにこれで正しいと思うのだけど、着衣のままとはいえ、なぜ私の両脚の間に知り合ったばかりの男が座ってるの? そして、なぜ、その男の手が私の腰のあたりにのびてくるの?
「こ、これでいいでしょ。」
「次は、こうかな。」
雷空が、他意はないとばかりに淡々と次の体勢を築こうと、自分が仰向けになる。いや、正しいけれども。
「この辺に、またがって。」
もたもたしている私に、雷空が言う。この辺とは、つまりその辺だ。
いや、ちょっと。男の子のそんなとこにまたがったら、どうしても、あたるでしょ? 私だって、具体的な経験はなくても、男性の身体の仕組みくらい、知ってるんだけど?
「面倒だから早くしてくれない?」
「・・・これで、いいのね。」
「最初はそう。それから、もっと、上半身を反らせて、まっすぐスマホのほうに向けないと。目線も。」
「そんな細かいこと、いいじゃない。」
「よくない。そうやって、スマホのほうに身体を見せつける感じが、盗撮じゃないことの根拠なんだから。」
「そ、そうなのね・・・。」
私は半ばやけくそになって、言われるがままに身体の向きを調整した。
★
ベッドの上。男女2人きり。ぼくは仰向けになっていて、女の子が上にまたがっている。
そりゃあ、本能的に反応するでしょ。
しかも、修行に付き合うためとはいえ、生まれて初めて入ったラブホテル。事前にネットでラブホテルのチェックインの方法をよく調べておいて、さも当然のように、いかにも経験があるかのような雰囲気でさっと受付を通過したけれど、その時点で内心は緊張の渦につつまれていた。
莉亜は、ここに到着するまでは、夏らしい空色と白のストライプ柄のブラウスを着て、クリーム色のスカートをはいていたが、この部屋に着てから、撮影の再現用に、運動用のようなシャツと短パンに着替えていた。色気のない服装ではあるが、短パンだから、すべすべの太もものあたりがじかにぼくの身体に触れて・・・。しかも、体位、じゃなくて体勢的に、ぼくは彼女の顔を下から見上げるようになっている。白い肌とコントラストをなす美しい黒髪が、いつの間にか背中のほうで一つに束ねられている。女子高生の変装をしていたときよりもしっかりメイクをしたように見える顔が、ますます美しい。・・・ただ、その顔は心なしか赤らんでいる。そうだよね。だって、状況も状況だし、しかも、互いに暗黙の了解で口には出さないけれど、かたくなった突起物が彼女の下腹部あたりにあたっている。
半ば無意識に、ぼくは手で彼女のひざから太もものあたりに触れた。すべすべだ。
「あ。」
驚いたような、嫌がっているような、でも感じているような、微妙な声をあげて、莉亜はぼくの手に触れ、腕をつたって肘のあたりをなでてきた。
ぼくは上体を起こす。そして、腕を彼女の背中のほうに回す。
莉亜は、少し体勢を低くして、ぼくの懐に入ってきた。そのまま抱きしめ・・・てはくれず、くるりと身体の向きを向こう側に向けて、ぼくの腕に触れていた手をぼくのわきの下に突っ込むようにして、担ぎ上げた。
ぼくの身体がベッドの上、空中に浮かんで、くるりと前回りに回転した。
あれ、何が起きてる?
考える間もなく、一本背負いを食らったぼくの身体はふかふかのベッドの上にたたきつけられた。さすがラブホテル。ベッドが広くて助かった!
「ちょっと! なにやらしいことしてんのよ!」
「な、何もしてない・・・。」
「うそ! 触ってきたじゃない! それにさっきからかたくして!」
「そ、それは・・・。」
それは言わない(暗黙の)約束だったでしょ!
「私に手を出そうなんて、百万光年早いんだからね!」
「それを言うなら百万年! 光年は距離の単位だ!」
照れ隠しに全力でつっこみを入れる。
「・・・ぷっ。」
莉亜がぼくの鋭いつっこみになんだかこらえきれずに吹き出したようになった。
「まあいいわ。これくらい、許してあげる。そんなにいちゃいちゃしたかったの?」
莉亜は、仰向けに倒れているぼくの横に身体を寝かせて、隣から堂々とぼくの手を握ってきた。
「ほら、襲ってきたければ、襲ってきてもいいのよ? 言っとくけど、私は全力で抵抗するから。ほらほら、できるもんならやってみて。ただし、次は、ベッドの上に投げるかどうか、わかんないわよ。」
不穏すぎる。
「ほらほら、私に投げられておしまい? それでも男なの?」
なんだか挑発的な態度に、このやろうと、もはや性欲ではない別の感情がこみ上げてきて、ぼくはとびかかるように横にいる莉亜の身体の上に覆い被さろうとした。しかし、ぼくの動きを悟ったのか、莉亜の身体はあっという間に向こうのほうにころりと転がっていき、彼女はそのままベッドの下にふわりと着地する。ぼくは起きあがって追いかけるが、彼女はかげろうのようにすぐにどこかに逃げる。ぼくはベッドの上を横切って近道して追いつき、反対側からベッドの上に彼女を押し倒そうとするが、またすっと彼女の身体が消え失せて、ぼくは肩透かしを食らってなぜか一人でうつ伏せにベッドにダイブする。あざ笑う彼女をベッドに引っ張り込もうと、なんとか腕をつかんでたぐり寄せようとするが、逆に腕をひねられて関節技みたいなことをされてギブアップ・・・。何これ、プロレスごっこ? 腕をひねられたときに彼女の胸のやわらかい部分がぼくの腕にあたっていたことは内緒だ。
「もう・・・。張り合いないわね。」
笑いをこらえながら、莉亜が言う。
「な、なんで・・・。」
「私は、悪と戦うため、忍術と魔法を会得してるからよ。やれるもんならやってみなさい。90分だからまだ1時間くらいはチャレンジできるでしょ。さあ、運命のチャレンジ。チェックアウトまでに雷空は莉亜の貞操を奪うことができるのか?」
くっそー、何が忍術と魔法だ。何が運命のチャレンジだ。ばかにして・・・。
☆
「誰だ、そいつは?」
私は父に課題の結果を報告した。すると、娘が男とラブホテルに行ったのがよほど気に食わないのか、子離れできない父が厳しい口調で尋ねてきた。内容についてのコメントはないから、課題そのものはこれでもクリアできたってことでいいのよね?
「協力者。」
「知ってるのか?」
違った。私の貞操を気にしてるわけじゃないのね。秘密を知ってるのか、という意味だ。
「詳しいことは言ってない。」
「勝手に人にばらしたらいかん。」
「いや、だって・・・。」
そもそも母が捜せと言ってきた人物だ。それを説明しても、父は納得しなかった。
「そいつの身元を調べるためだとしても、お前の秘密をそいつに言う必要はない。」
「そうだけど、お父さんが変な課題出すからいけないんでしょ。私一人であんなとこ行けないし、だいたい、あれは盗撮じゃないって、彼はすぐ見抜いてたのよ! お父さんより見る目あるじゃないの!」
「・・・若いからな。」
面倒くさくなって、私は通話を強制終了した。この中途半端エロ親父!