5-3 さらなる打撃を与えよ
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私は、目立たない格好をして、丸めがねをかけて、そこに来た。
森田議員の地元の県にある大きなホテルのロビーだ。このホテル内の会場で、森田が出席するパーティーが開かれている。
最初は、私がめかし込んでそこに行けば、若くてとびきり美しい(と、作戦を考えた雷空に思われている)私なら、きっと森田議員のセクハラの対象になるだろう、と思った。想像するだに気持ち悪いけれど、現行犯で証拠を確保できる。
しかし、それは父に制止された。私の貞操の心配をされたからではない。雷空と一緒に襲われて相手の刺客を撃退したことのある私は、面が割れている可能性が高いからだ。
私は必然的に後方支援の役割になった。内心ほっとしたけど、なんか複雑。
森田議員に接近する役割は、優菜さんに託された。こないだ協力員になったばかりの優菜さんにそんな危険で大変な役割を担ってもらわないといけないなんて、深刻な人手不足なんじゃない? 私はやめたほうがいいと言ったのだけれど、本人はあっけらかんとして、別に大丈夫よ、もうおばさんだし、今さらちょっとやそっと触られたって平気、それに、私、学生のころは演劇サークルに入ってたから、お芝居にはわりと自信があるのよ、と言っていた。ほんとに平気なの? 好きでもない人に触られるって、そんなに簡単に受け入れられることなの?
桂木真里弥は大学生、例の中井さんも高卒で事務員として働き始めた20歳そこそこの人らしい。森田議員の好みはそういう年代の人のようだから(本人は60代くらいだから、つまり自分の娘以下の年代ってことね。ほんっと気持ち悪!)、私は、優菜さんにできるだけ若く見えるメイクを施してあげた。着飾った優菜さんは、本当にかわいい。髪の毛をアップにして、サーモンピンクのワンピースを着て、まともに歩けるのか心配になるようなハイヒールの靴をはいて(優菜さんはもともと小柄だからか、ヒールの高い靴が大好きだ。)、まるで花嫁みたい。あ、正真正銘の新妻か。とにかく、かわいすぎて、雷空には見せられないくらいだ。いや、雷空は私に夢中だから問題ないはずだけど!
こうして、優菜さんはパーティー会場に乗り込んでいった。もちろん、航さんは同伴できない。万一のために、私と同様の後方支援係だ。
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ぼくは間違いなく顔が割れているから、ホテルの外で待機している。会場に乗り込むのが優菜さん。ホテルの建物内で待機しているのが莉亜と航さん。以上、4名による大がかりな作戦だ。
ひょっとして、この組織って、深刻な人手不足に陥ってない? せめて莉亜の両親が直接出動したらどうなんだ。
ぼくは、いちおう、帽子をかぶってスマホをショルダーケースに入れてぶら下げて、リュックサックを背負った観光客風のいでたちをして、さらにいちおう、黒縁めがねをかけているけれど、この変装って意味あるのかね?
運悪く雨が降ってきて、ぼくは雨宿りができる軒下に入った。
待っていると、優菜さんから、関係者に対して、連絡がきた。
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ようやく、人が次々に会場から出てきた。
もちろん優菜さんもいる。
先ほど、スマホのメッセージで、誘われたということはわかっていた。
「お待たせ。あいつがべたべた握手してきたから、トイレで手洗ってきた。」
うー、想像しただけで気持ち悪い。私だったらパーティーの終了を待たずにただちに手を洗いに行くと思う。
戻ってきた優菜さんと一緒に、ホテル内のカフェに向かう。怪しい人はいない。男性陣は屋外で待機している。
アイスティーを注文して、優菜さんから報告を受ける。
「ほんっと手が早かった。私が話しかけるタイミングをうかがっていたら、向こうから近づいて話しかけてきたの。」
イヤホンを耳につけて、優菜さんが録音した会話の音声を聞く。
『きれいなお嬢さんだね。政治に興味があるのかい?』
『ええ、まだ難しいことはわからないんですけど、私ももう二十歳なので、勉強しないといけないと思ってて。先生がどんな活動されているのか、教えていただけますか?』
『そうか。すばらしいことだ。これからの時代には若い力が必要なんだ。よかったら静かなところで教えてあげよう。大丈夫、二人きりじゃなくて秘書もいるから心配しなくていい。』
『光栄です。』
『あとで別室に来たらいい』
録音はそこまでだった。
「本当は23歳くらいの設定にしようと思ってたんだけど、莉亜ちゃんのメイクがあんまり上手だから、二十歳ってことにしちゃった。それでイチコロ。私もまだまだ捨てたもんじゃないよね。」
「優菜さんがもともとおきれいだからですよ。」
「さすがに、人前でお尻触ったりはされなかったけど、ほんっと気持ち悪かった。だって、別室に来いと言いながら、ポケットからメモを出してさっと渡されたわけ。ほらこれ。あらかじめ準備してたみたいなの。何が秘書もいるから二人きりじゃない、よ。絶対いないと思うわ。」
優菜さんが言いながら、小さな紙片を取り出した。部屋番号らしき数字と、「20:00」という文字。20時ならまだしばらく時間はある。
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優菜さんからパーティーでの経緯と、誘われた時間と部屋番号を聞いた。ほんとに、どうしようもないやつだ。
20時少し前に、森田がいるはずの部屋を女性がノックする。ぼくは、数メートル離れて見守っている。相手側の見張りがいる気配はない。ホテルの廊下だから、ここならぼくがいても襲われたりはしないだろう。
森田が内部から部屋の扉を開けて、顔を出す。
「お元気?」
女性が言う。
「どうした? なんで君がここに?」
「急に会いたくなったの。迷惑?」
「迷惑に決まってるだろ。私は忙しいんだ。帰れ。」
「他の女の子口説くのに忙しかったの? 私、森田さんのこと、愛してるのに?」
桂木真里弥が森田に近づき、強引に手を握った。
訂正。これは5名による作戦なのだ。それでも人手不足だと思うけど。
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森田議員の前に最初にあらわれたのは真里弥さんだった。森田はさすがにびっくりしたようだ。だって、優菜さん(二十歳)が来ると思ってたんだものね。それにしても、よく自分からあのオヤジにあんなに近づいて手まで握れるわね。
すぐに、私にメイク直しを施された優菜さんがその場に近づく。私は遠目に見守っている。部屋を隔てた反対側には雷空がいるから、森田の逃げ場所はない。雷空に森田を取り押さえる力があるかどうかは知らないけど、ちょっとでも時間を稼いでくれれば、背後から私が襲いかかることができる。
「先生、お誘いありがとうございます。この方が秘書さんですか?」
「何でもない。さ、来なさい。」
優菜さんが部屋に連れ込まれそうになる。やばい、ほんとに連れ込まれたら優菜さんが!
「私は?」
真里弥さんが言いながら、扉が閉まらないようガードする。
「私とのお付き合いはどうなったんですか!」
「私とのお付き合いって、先生、この人はお付き合いされてる方なんですか? 秘書さんと一緒に政治のことを教えていただけるんじゃないんですか?」
優菜さんもたたみかける。さすがにこの状況で本当にまだ政治のことを教えてもらえると思っている人がいたらばかだと思うけど。
「私は間違いないなく森田さんとお付き合いしていて、ここに二人で泊まる者です。客室に秘書なんているわけないと思いますが?」
「え、だって、秘書さんと一緒だから安心してお勉強に来てくれって、言われたんですけど?」
「まあ、落ち着きなさい。」
「落ち着いてますよ。」
「秘書の方がいらっしゃらない単なる客室に、私を呼んだ。しかも、その部屋で、お付き合いされているこの方と過ごそうとしていて、私は何も教えてもらえないってことですよね。落ち着いて考えればちゃんとわかりますよ。」
「お前ら、はめたのか。」
「はめたも何も、先生のほうから私を誘ったんじゃないですか。誘われてきたのに、そんなこと言われるなんて心外です。もういいです。やっぱり帰ります。」
「私も帰ります!」
「待て!」
森田議員が二人を強引に引き留めようとする。
「あー、えっと、失礼。通ります。」
廊下の向こうから、旅行者風の男性、つまり雷空が歩いてきた。ホテルの廊下なんだから、ほかのお客が通るのは当たり前だ。男女の修羅場と化していた現場が、急に静まりかえる。女性二人がさっさとその場を離れる。
森田議員に雷空の顔まで気にしている余裕は、たぶんなかったと思う。それに、私が格闘で役に立つ必要もなかった。
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すべてのやりとりを優菜さんと真里弥が録音し、ぼくと莉亜が録画した。
翌日、それを真里弥が再びマスコミに送付することになっていた。
ちなみに、航さんは、1階の見張りだ。どうせ本人には力はない、危ないやつらがいるとしたら別の階かもしれないから、というのが理由だった。
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「気持ち悪かった-。あいつと同じ空気吸っただけで気持ち悪いし、優菜さんから話を聞いただけで気持ち悪い。あんなのと不倫してた真里弥さんのこと尊敬する。あと、今付き合ってる人、中井さんだっけ、あの人どういう趣味してんの。」
あらかじめ同じホテルに部屋を確保していた。私たちの部屋(セミダブルに二人!)、優菜さんたちの部屋(ダブル。だって航さんの身体は雷空よりだいぶ大きいから。)、それから真里弥さんの部屋(セミダブルに一人。)だ。
「お風呂入ってすっきりしたいな。ね、洗って。」
互いの服を脱がせてから浴室に入り、雷空にボディーソープを泡立ててもらって、身体と頭髪を洗ってもらう。キスしながら、雷空の身体も洗ってあげる。今頃、あの新婚夫婦もこんなことしてるに違いない。いや、もっと過激なことしてるのかも。
おかしいな。またまた一緒にお風呂に入ってるなんて。それどころか、なんだか、毎日雷空と一緒にお風呂に入りたくなってきた。
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中井さんは、父が聞き出そうとしても、仕事と関係ないプライベートなことですとか言って、白状しなかったらしい。
いずれにしても、さすがにこれが選挙の直前に公になれば、森田議員は終わりだろう。
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ようやく父から雷空のアパートに帰る許可をもらって、帰ってきた。さすがにもう妙なことにはならないだろう。
ここが、私たちの原点。
中に入るや、雷空にキスをする。抱きつきながら、柔道の小外掛けみたいにして雷空をソファーに押し倒す。雷空は突然の攻撃に慌てているが知ったこっちゃない。油断しているからいけないのよ。人生は常在戦場。いつ敵が襲ってくるかわからないんだから。
激しくキスしながら、背もたれを操作してソファーをベッドの形にする。彼のことが好きで好きでたまらない。それに、やっぱり、このソファーベッドの上でああだこうだするのが、私たち。昨日から今朝にかけてホテルのベッドでハッスルしたけど、それはそれ、これはこれ。
「急にどうしたの・・・。」
答える代わりに、私はふふふと怪しげな笑みだけ浮かべて、雷空のズボンとパンツを脱がせた。そして、愛の急所攻撃! もう、急所ががら空きなんだから!
でも大丈夫。何かあったら、絶対私が守ってあげる。
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なぜかぼくのアパートに帰れたことで昼間っからやる気満々になったらしい莉亜が、いきなりぼくの下半身を丸裸にして、急所攻撃をしかけてきた。うちはラブホじゃないって、わかってるのかね?
莉亜がいったん動きを止めた。寸止めかよ!
「ね、今回の件できっとボーナスくれると思うから、もう1回、旅行に連れてって。」
「昨日ホテルに泊まったばっかりじゃん。」
経費でだけどね。ちゃんと経費を節約するために、セミダブルの部屋に二人一緒に泊まったのだ。あくまで経費の節約のための涙ぐましい努力なのだ。
「もう。そういうのじゃなくて、温泉に決まってるでしょ。貸し切り風呂があるとこ。せっかく行ってあげようって言ってるのに、雷空が興味ないなら行かないよ!」
ついに、自分から誘ってくれるようになったなんて、なんという成長!
「絶対行く。」
「ほらほら、ベッドだけじゃなくて、ラブホのお風呂みたいに、温泉でも、こういうこと、してほしいんでしょ? 知ってるのよ。」
「そのとおりです。」
莉亜は秘密の急所攻撃を再開し、まもなくぼくをノックアウトするのだった。やっぱり男性の急所をねらうのが莉亜の十八番だということだ。