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混序良浴を守るため  作者: 黒列車
第5章 いったい誰を信頼すれば
16/26

5-2 身の安全を確保せよ


 ☆


 無機質なアパートの4階にある一室に、私と雷空は連れてこられた。

 室内には、ミニキッチンと冷蔵庫とベッド(シングルサイズ)があり、ペットボトルの水だとか缶詰だとかカップ麺だとかがおいてあった。

「ここから出るな。必要なものがあったら連絡して相談しろ。勝手に外出するな。食べ物はひとまずあるものを食え。そのうち母さんにでも何か持ってきてもらうから、それまでは我慢しろ。」

「そもそもここは?」

 根本的な説明がなかったので、私は父に尋ねた。

「隠れ家だ。」

 簡潔でわかりやすい説明をどうもありがとう。

「二人で一部屋でいいな?」

「そ、それはいいんだけど、それより、学校もうすぐ始まるし、バイトとかも・・・。」

「わかっている。ひとまず慌てて避難させただけだから、細かいことはあとで考える。あとで1週間分くらいの予定をメールしてくれ。」


 ★


「では私は行く。何かあったら私か母さんに連絡しろ。それと、雷空くんよ、今日中に必要なものはちゃんと手元にあるな?」

 え、なんでいきなりそれをぼくに聞く? 莉亜の家から来たからかな。

 違うか。目線が、いやに怪しい。二人でお風呂に入ったらどうかと言っていたときと同じ目だ。

 まさか、あれのこと? こんな何もないところで、やることなんて一つでしょ、ってこと? あんた彼女の父親だよね?

 もちろんありますとも。誕生日デートというかラブホデートをしてたし、そもそも、最近は莉亜の家で寝ることもあるから、常に持ち歩いてますよ! もしぼくがないと言ったら、買ってきてくれるんですか、避妊具を?


 ☆


 白い壁紙と無地のベージュのカーテンに囲まれた、殺風景な部屋だ。カーテンを開けると、ベランダがあって、洗濯物は干せるようになっている。しかし洗濯機は見当たらない。1日で帰れるならいいけど、数日滞在するならどうしろっていうの? ひまだから手洗い? 洗剤もなさそうだけど。

 お湯を沸かしてカップラーメンを二人で食べた。テーブルもいすもないから、敷物もない板張りの床に座って食べるしかない。割り箸はあった。隠れ家というより避難所だ。

 それから二人でベッドに腰掛ける。もちろん、二人の間の距離はゼロだ。

「ね、雷空。」

「どうした?」

「ここ、訓練にぴったりだと思わない? 誰も来ないし、他にすることないし。」

「今、くたくたなんだけど。」

「じゃ、お昼寝でもする? 昨日の夜遅かったものね。」

「いや、そういう問題じゃなくて・・・。」

「ここでできることなんて、それくらいじゃない? いいのよ、ほら、来て。」

 私はベッドの上に膝をのばして座って、自分は壁にもたれかかり、雷空の頭を自分のふとももの上に誘導した。頭をなでてあげる。思い切って、ワンピースのスカートをめくって、雷空の頭がふとももの上にじかにのるようにしてあげる。顔の向きによっては下着が丸見えだ(よく考えたら、スケスケの勝負下着その2を着てるからもっと丸見え!)けど、どうせ今朝までさんざん見られていたもの。

 雷空がうとうとし始めた。


 ★


 いつの間にか、莉亜に膝枕というかもも枕をしてもらってうたた寝していた。目が覚めると、太もものすべすべでやわらかな感触と、否応なく視界に入ってくる胸の膨らみに少しだけ興奮を覚えたが、そんなことを考えている場合ではない。

 気持ちを落ち着け、自分の父親に電話をかけた。誰かが襲ってきた、けれども大したことはない、今は安全な場所にいる、と説明した。

「警察は呼んだのか?」

「呼んでない。こっちもやってることがやってることだから、それはできない。」

「けがは?」

「打ち身だけだから心配ない。」

「つまりけがをしたんだな。彼女にはけがないのか?」

「ない。」

「前にも襲われたことあっただろ?」

「前より人が増えてたんだ。」

「いったいどうなってるんだ。とにかく今いる場所の住所を教えろ。今すぐにそっちに向かう。」

「必要ない。」

「だめだ。」

「ここは秘密の場所だから。」

「いい加減にしろ! こっちは心配しとるんだ!」

 父が珍しく大きな声を上げた。実の親でない遠慮もあるからか、大声をあげられたことなんて今まで一度もなかった気がする。そばにいた莉亜が驚いたようにこっちを見る。

「住所覚えてないから確認して送る。」

 いったん通話を終了する。それから、莉亜の父親に連絡をして、自分の父親だけに来てもらってもいいか、相談する。それについてはあっさり許可が下りた。

「ついでと言ってはなんだが、今から言うことを守ってほしい。学校とバイトへは、隠れ家から直行すること。常にスマホを持ち歩いて連絡がとれるようにすること。少しでも怪しいことがあったら電話しろ。結果的に何もなくてもいい。それから、着替えだろうが学用品だろうが、家に取りに行くときは、事前に知らせて、昼間に二人で、できれば誰か協力してくれる人も一緒に行くこと。隠れ家周辺のスーパーやコンビニに買い物に行くのは構わないが、最小限にして、二人で行くこと。外出は極力明るいうちに、人目のある道を通ること。遠出はだめだ。昼間でも人通りの少ない場所に行かないこと。たとえばラブホテルがあるような場所に行ってはいかん。いいな? 莉亜にもあとで伝えておく。」

 こんな追い込まれた状況で悠長にラブホに行こうなんて思わねえよ!

「いろいろうるさいけど、つまり、二人きりの同棲生活が始まったってことね。」

 莉亜が言った。だいぶ違うと思うよ? いや、これが空元気だってことくらい、わかってるよ。


 ☆


 雷空のお父さんはよほど急いで来たのか、夜が更ける前に到着した。仕事を途中で放り出してきたのか、いかにも社長といった感じの高級そうなスーツを着て、意外とかわいらしい犬の絵がちりばめられたネクタイを締め、黒革のかばんを持っている。

「いったい、何がどうなっているんだ。詳しく話せ。」

 息を切らしているお父さんの前に、紙コップに入れたミネラルウォーターを出す。室内にほとんど何もないから、まるでトランプでもするみたいに3人で床に座っている。

「すまない。君が、莉亜ちゃんだったね。久しぶりだ。」

「私のせいで、こんなことになってしまって、申し訳ありません。全部、私が雷空さんを巻き込んだから悪いんです。」

 とにかく頭を下げた。

「別に君のせいじゃないんだろう。雷空が余計なことに首を突っ込むからいかんのだ。注意もしたのに。」

「首を突っ込ませているのは私と、私の親なんです。」

 間違いなく、私のせいだ。

「いや、いいんだ。ぼくが自分の意思でかかわってることなんだ。」

 雷空がかばってくれるが、私と私の家族のせいだ。1年前まで、雷空は何の関係もなかったはずなのだ。

「確かに、噂レベルで、桂木建設はまともで、森田議員が悪いようだというような話はしたが、意外とあっという間に広まったんだ。なぜかというと、もともと森田の評判が悪くて、やっぱりそうだ、自分もそう思ってた、というような受け止めをした人が多いからだろう。森田が噂の出所を探したかどうかはわからんし、探したとしてもそんなの特定できないだろう。」

「ぼくが不動産屋の息子だってことは、愛人だった人も知ってたから、森田議員も当然知ってると思う。その愛人の人は、ぼくと父さんが結託してよからぬことをしていると疑ってた。でも、なんで父さんじゃなくてぼくのほうに襲ってくるのかはわからない。ぼくなんて何の力もないただの学生なのに。」

「おれを直接襲うより、お前を襲った方が簡単だし、場合によっては脅す材料にでもしようとしているのかもしれん。あまりに危ない。警察に相談するか、せめて地元に帰るべきだ。」

「学校が始まったばかりで・・・。」

「命より学校が大事なのか?」


 ★


 父の目が、本気だ。本気でなければ、わざわざ新幹線に乗ってやってくるわけがない。

「大丈夫です。」

 莉亜が横から言った。父が驚いて莉亜のほうを見る。

「私が、守ります。」

 父がきょとんとしている。

「私、格闘なら誰にも負けません。あいつらは汚いから、凶器を使って刺したりはしません。あくまで、警察沙汰にならない程度に、何かしてくるだけです。それくらいの攻撃なら、私が雷空さんを守ります。」

「君はいったい・・・。」

「私は、雷空さんとお付き合いしているただの彼女じゃありません。子どものときから武術の修行を積んでいます。いつも、雷空さんが作戦を考え,私が戦うんです。今朝襲ってきたやつらも、5人を二人で撃退しました。しかも、あ、あの、朝、二人で帰ってきたとこだったんで、戦う準備なんて何もしてなかったですけど、それでも大丈夫だったんです。」

「そんなに腕に自信があるのか。」

「そこらへんの非行少年とか悪ゴロみたいのにはまず負けません。もちろん相手がまともな格闘技の心得のある人なら、体格差のある男性とかには勝てませんが、でも大丈夫です。下品な話ですけど、私は、まともに戦うだけじゃなくて、金的とか関節技とかもできます。その気になれば目潰しもできます。むしろ、私みたいな女性が戦うために、そういうのを鍛えてるんです。」

「そうだったのか。」

 確かにブーツかサンダルを利用した金的はもはや莉亜の得意技のようなものだ。でもこうやって堂々と言われると、毎晩とっても無防備に急所を莉亜にさらしているぼくがいちばん危ないような気がしてくるけど、愛の急所攻撃はそれとはまったく別種類のものだ。って、何の話だよ!

「じゃあ10人で襲ってきたらどうするんだい? 20人だったら? 相手がなりふりかまわず武器を使っている可能性は、本当にゼロなのか?」

「それは・・・。」

「君たちは世間を簡単に考えすぎてるんじゃないかね。」

 反論できない。

「どうせきょうは金曜日だろう。とにかく、いったん行くぞ。今からならまだきょう中に帰れる。」

「わかった。でも、母さんには言わないで。そもそも、組織のことも、全部秘密なんだから。もちろん海湖(みこ)にも。」


 ☆


 雷空のお父さんが雷空の実家に避難させてくれると伝えたら、父はそのほうが安全だと言った。バイト先には急病で行けなくなったとでも言うしかない。

 月曜日から学校も始まるけど、それまでに何とかなるのかな。

 ターミナル駅に向かうと、お父さんが切符と弁当を買ってくれた。3人で夜の新幹線に乗って、移動する。お父さんは、気を遣ってくれたのか、わざわざ2人と1人に分かれる席になるように指定券を購入し、私と雷空を2人がけの席に座らせ、自分は一つ後ろの2人がけに陣取った。

 しかし、新幹線が動き出すと、雷空は、わざわざ後ろの席のお父さんの隣に移動して(ほんとは指定席だから移動しちゃいけないと思うけど)、今夜は家に帰らず会社の休憩室に泊まると言っていた。お父さんは難色を示していたが、雷空が、母さんに心配されたくないとか、妹が受験生だからとか、多感な年齢の妹のいる家に彼女がいきなりやってきたらまずいでしょとか、いろいろ言って説得していた。最終的にはお父さんが折れたようだった。

 それから、雷空は本来の座席である私の隣に戻ってきた。お父さんが近くにいるからなのか、雷空は私といちゃつくこともなく、難しい顔で考えごとをしている。法律の勉強をしているときみたいだ。私は、せめて隣の席に座っている雷空の手を握っていた。最近、雷空と一緒にいると、ほとんど無意識に手をつないでしまう。手を握るだけでも、ずいぶんと気持ちが安らぐ。緊張がほぐれて疲れが出たせいか、私はいつの間にか眠っていた。

 遅くに彼の地元の町に着いて、一度行ったことのある不動産屋さんの本店に連れてこられた。もちろんとっくに営業は終わっていて、真っ暗だ。お父さんがセキュリティーを解除して、私たちを中に連れて行った。前に案内された社長室の隣に、畳敷きの狭い部屋があった。小さな机と座布団と毛布があった。

「莉亜ちゃんだけか? それとも二人か?」

「二人で泊まる。ごめん、莉亜を一人にしたくないから。」

「そうだな。また、朝から来る。それまでは何があろうと一歩も外に出るな。冷蔵庫とポットはあっちの給湯室にある。父さんより早く従業員が来るかもしれないが、社長の手伝いをしにきたとでもいえば大丈夫だろう。小学生のときにおもしろがってここに泊まってたこともあるしな。」

 まじめそうな雷空にそんな過去があったのね。

「ただし、中に人がいるとセキュリティーを起動できないから、何かあっても自動で警報は鳴らない。万一のときは、あそこの非常ボタンを押して警備会社を呼べ。もちろん戸締まりはしておくから、万一にもそんなことはないと思うが。」

「わかった。もろもろありがとう。」

 お父さんが出て行った。

「着替えるね。」

 動揺していたからか、私も雷空もきょうは着替えてすらいなかった。トイレかどこかに行ってから着替えようかと(よく考えたら、この建物内には他に誰もいないはずだから、どこの部屋を更衣室に使ってもいいような気もする。)ちょっと躊躇したが、できるだけ雷空と離れたくなかったから、その場で、ワンピースの下に手を突っ込んで、昨日からずっと(といっても昨夜のホテルでは脱いだけど。)着ていた勝負下着その2を脱いで、別の下着(勝負下着じゃないやつ!)に替えた。それから、ワンピース自体も脱いで、荷物の中にあった楽な服に着替える。雷空はこっちを見ないようにしながら、自分も別の服に着替えている。別に見たっていいのよ?

「狭くてごめんね。それに、本来宿泊場所じゃないから、寝るには向いてないんだ。」

 雷空は言いながら、机を壁に立てかけ、座布団を2枚並べて枕のかわりにして、即席の寝床を作った。トイレや歯みがきやメイク落としなどを済ませて(さすがにトイレに行くときは離れるしかない。)、畳の上に二人で横になって、1枚だけあった毛布をかけた。二人で横になると部屋はぎゅうぎゅうだ。雷空が私の頭を優しく抱き寄せてくれる。私は雷空の上半身を抱きしめた。

「守るって言ってくれて、ありがとう。今夜は、ぼくが守るから。」

「ありがとう。大好き。」

 雷空のちょっと情けない優しさに包まれながら、私は目を閉じた。


 ★


 目が覚めた。身体が痛い。肩を負傷している上に、畳と座布団しかないところで寝たからだ。寝心地が悪すぎた。窓の外は薄暗い。時刻はまだ6時前だが、これ以上眠る気がしない。

 きょうは土曜日だけれど、不動産屋だから営業する日だ。もっとも、さすがにこんなに朝早くに出勤する従業員はいるまい。もともと早起きの莉亜も起きたようだ。

「寝れた?」

「大丈夫。雷空と一緒だったから。」

 眠れたこととの因果関係はよくわからないが、とにかく大丈夫なようだ。洗顔を済ませてから、朝のキスをしておく。さすがに、この場所ではこれ以上はしない。

「風呂に入れなかったから、あとで銭湯に行こうかな。」

 ただの銭湯なら、男女別のはずだけどね。いや、家族風呂がある銭湯だって、きっとあるはずだ。なくてもいいけど、やっぱりちょっと気になる。こっそり検索。

 早くもメイクを済ませた莉亜と一緒に、昨日コンビニで買ったおいたサンドイッチ食べた。それから、ぼくは社長室に移動して、電気をつけておく。ここの電気がついていれば、父より早く出勤してくる人がいてセキュリティーが解除されていることに気づいたとしても、社長がいつもより早く出てきたんだなとしか思わないだろう。

 休憩室に戻ると、莉亜が自分の親に電話で現状報告をしている。親子そろって早起きだね。


 ☆


 起きて1時間ほどたったころ、誰かが廊下を歩く足音がした。女性特有の、ヒールの靴で歩くカツンカツンという音だ。

 そういえば、社長のご子息である雷空はともかく、私がここにいることはばれても大丈夫なのかしら。あの会社の社長は、息子に会社の休憩室をラブホ代わりに使わせてた、なんていう噂が立ったりはしないよね。いや、実際にはラブホでするような行為はここではしてなくて、そういう噂になる可能性があるってだけだから!

 足音が近づいてくる。たぶん、隣の社長室に女性が入って、何かしている。

 それから、この部屋の扉がノックされた。


 ★


 コンコンコンと、ノックの音がした。

 ぼくは立ち上がって、引き戸になっている焦げ茶色の扉を開けた。

「おはようござ・・・あっ。」

 面食らった表情を見せたのは、中井さんとかいう女性社員だ。前に来たとき、1階で受付をして社長室に案内していた人だ。

「おはようございます。社長の息子です。すみません、父に用事があって、許可を得て、ここで父を待っていました。父は、まだ来ていませんが、たぶんそろそろ出てくると思います。」

 ごちゃごちゃ言われる前に機先を制するようにまくし立てた。別にうそはついていない。会社でいちばん偉い社長が許可しているのだから、一介の従業員にすぎないこの人に文句を言われる筋合いもない。ま、すぐ後ろに女の子がいるしけっこうな荷物もあるのにそんなこと言っても説得力ないのはわかってるけどね。

「そ、そうですか。失礼しました。電気がついていたので、社長がいらっしゃってるのかと思って。」


 ☆


「社長に何かご用ですか?」

 雷空が、見覚えのある女性社員に尋ねている。それは普通、向こうが聞くことじゃない?

「いえ、別に。」

「別に用がないのに、社長室はともかくこの部屋にまで来られたんですか?」

「あ、いえ、すみません、おことばですが、息子さんといえども仕事の話はいたしかねます。」

 そりゃそうだと、私も思った。いくら社長の息子といっても、会社ではただの部外者でしょ?

「ひょっとして、森田健輔さんに関することですか?」

 なんでここでその名前が出てくるの?

 私がびっくりしていると、女性は、お答えできかねますと一方的に会話を打ち切って、どこかへ行ってしまった。雷空が引き戸を閉じる。

「どういうことなの?」

 私が尋ねると、雷空は私の横に座って、耳に口を近づけて内緒話をしてきた。ちょっとどきどき。

「昨日からずっと考えてたんだけど、あの中井さんとかいう人が、森田議員の新しい愛人か何かじゃないかと思って。真里弥さんに聞いたら、若い人にやたらと手を出す人みたいだったし、昨日父さんに聞いたら、中井さんは3年くらい前に高卒で事務員として就職した、いちばん若い下っ端で、ぼくたちと大して年はかわらないそうだ。いちばん若い社員だから、かえって、来客を案内したりお茶を出したり掃除したりで社長室に出入りする機会が多いみたいだし。ぼくたちが来たときもそうだったでしょ? あと、そもそもなんで森田議員は、ぼくを狙ってるんだと思う?」

 質問されたので私も雷空の耳に口を近づけた。

「昨日お父さんが言ってたように、お父さんより雷空のほうが狙いやすいからじゃないの?」

「そもそもなんでぼくと父さんが親子だとわかるの? 真里弥さんもいつの間にか知ってて、最初は気にとめてなかったけど、よく考えたら、親戚でもない限り、そんなこと知らないでしょ。厳密には親子じゃなくて、名字も違うのに。しかも、父さんは昨日までほとんどぼくたちにかかわっていなくて、むしろ余計なことに首を突っ込むなとか言ってたくらいだから、父さんが何か目立つことをして逆恨みされたはずもない。噂を聞いたり逆に自分から噂を流したりとかはしてくれたみたいだけど、噂を流したのが誰かなんて突き止めようがないし、そもそも森田議員の悪い噂はいっぱいあったみたいだから、父さんが悪い噂を流したところで父さんだけが目立つはずもないんだ。中井さんなら、去年の秋と年末にぼくが来たって知ってるし、父さんが森田さんのことで何か画策していると気づいてもおかしくない立場でしょ? 父さんと母さんが結婚したときは、中井さんは働いてなかっただろうけど、当時からいる社員もいるし、それこそ母さんが再婚したばっかりのときは、ぼくもまだ小学生で、ここに遊びに来てきのう父さんが言ってたように遊びでこの部屋に泊まったりもしてたから、そのころを覚えている人もいて、中井さんもそういう人からぼくと父さんの個人情報は聞き出せるだろうし。」

 確かにそうだ。

「それに、中井さんはここで働いてるから、この会社の経営が行き詰まったら困るでしょ。だから、父さんを直接ねらうとかえってまずい。あと、今まだ7時なのに、出勤するのもやけに早いし、しかも、こんな時間に、自分のデスクじゃなくて社長がいない社長室に来てする仕事なんてないと思うよ。おそらく、きのうぼくたちの襲撃に失敗したことや父さんが早めに仕事を切り上げたことを知っていて、何か情報収集しようとしてるんじゃないかな? もしかしたら、きのうぼくと電話して父さんが声を荒らげて、急いで出かけていったってことを見てたのかもしれない。さすがにぼくたちがここに避難しているとまでは予想できなかったみたいだけどね。」

 頭よすぎてついていけない!

「あともう一つ。莉亜のお父さんは、ぼくの父さんと森田議員がつながっているって疑ってたんでしょ? その根拠は何だったのかな?」

「それは私には教えてくれない。」

「ひょっとして、中井さんが森田さんとつながっていたからそういう情報が入ったんじゃない? 中井さんという個人までは特定できないにしても、この会社の人が森田さんのところに出入りしていたとか、そういう情報があったんじゃない?」


 ★


 8時ころに父が出勤してきた。他の従業員もある程度来ているようだ。

 ぼくは中井さんが7時に社長室と休憩室を訪れたことを報告し、莉亜にも話した推測を述べた。

「そうかもしれんな。」

 今度は父からの反論はなかった。


 ☆


 昨日から今朝にかけて起こったことを全部父に報告したら、だったら二人がそっちにいることもばれているだろうから、そっちに避難を続ける意味があまりない、それに、この状況では敵も派手には動けないだろうから、戻ってきてもいい、ただしアパートはだめだ、戻るのなら実家に戻ってこいと言われた。雷空のお父さんも、承諾してくれた。

 昼間に二人で新幹線に乗って私の実家に帰った。とても久しぶりの感じがする。

 結局銭湯に行かなかったから、事前に母に、お風呂の準備をしておくようにお願いしておいた。

「ただいま。」

「無事でよかった。昼ご飯は、食べたの? お風呂なら、すぐ入れるわよ。洗濯物は洗濯機に入れといて。」

「ありがとう。」

 雷空のほうに意味ありげな目線を送ってから、二人で入浴をした。一緒に浴室に行ってももはや両親は何も言わない。きょうは精神的にも肉体的にも疲れているから、妙なことはせずに、一緒にゆったり。それから、体と心の疲れを癒やすように、二人で一緒にベッドに入ってゆっくり休んだ。女の子の日でもないのに二日も続けて何もなしなんて(厳密には、前日朝にラブホでチェックアウト前にしたから、二日連続じゃないか。)、ちょっと久しぶりかも。眠りながら彼の手が私の胸のあたりにのびてきたのは知ってるけど、別に問題ない。

 いや、エロエロ雷空と一緒だとそうはならない。昼間に休んで体力が回復したせいか、昼寝をしながら私のおっぱいをいじって興奮したせいなのか、夜にはやっぱり襲ってきた。

 こうして数日が過ぎて、学校も始まって、日常が戻ってきた。

インターホンのチャイムが鳴った。

「お見舞いに来たよー。」

 優菜さんだった。航さんから事情を聞いて、私にすぐに連絡をしてくれ、仕事が休みの日に来てくれたのだ。きょうは雷空は授業の後にバイトがあるらしく、帰りが遅くて、今は私しかいない。

「襲われたんだって? 心配してたよ。」

「二人で撃退しました。」

「差し入れ持ってきたよ。」

 優菜さんが持ってきたのは、プリンやタルトといったお菓子類に、ちょっと高級な化粧品、それから、これまた高級そうな入浴剤。

「これ、お肌すべすべになるの。それに、真っ白いお湯で身体隠せるやつだから、丸見えだと恥ずかしいときとか、彼にチラ見せして誘惑したいときとか、見えないようにしながら触ってもらいたいときとかに、使いな。」

 使い方けっこう難しくない?


 ★


 バイトを終えて夜間に帰宅、というか莉亜の実家に戻った。カードキーを挿入してオートロックを解除し、8階の部屋の玄関を開けて中に入った。莉亜の部屋から話し声がする。いちおうノックをしてから部屋に入ると、莉亜は優菜さんと女子トークに花を咲かせているところだった。両親はもう寝ているようだ。

「あ、彼が帰ってきた。二人きりにしてあげるために、私はそろそろ帰ろうかな。」

 もう11時ですよ? いつからいたの?

「じゃあね、ごゆっくり。私もこれから家に帰って君たちと同じことするから~。」

 怪しげな発言を残して、優菜さんは去って行った。今まで何の話をしてたんだ?


 ☆


 きょうは航さんがいないらしく(だったら「君たちと同じこと」は何?)、優菜さんと長々としゃべっていた。私は優菜さんにメイクの手ほどきをして、優菜さんからはこっそりベッドでのテクニック(具体的内容は内緒!)を教えてもらったりしていたら、あっという間に時間がたって、そのせいで私もまだお風呂に入っていない。両親はとっくに入浴を済ませて寝ている。

 あ、絶好の機会じゃん。

 もう、一緒に入浴ってのは、特別なことであって、そんなに頻繁にすることじゃないはずなのに、先月平川夫妻が来たときといい、誕生日にラブホに泊まったときといい、その二日後にここに戻ってきたときといい、そして何日かたったきょうといい、二人で入浴しすぎじゃない? どうしてこうなるのかしらね。

 無色透明なお湯の中に、優菜さんにもらった高そうな入浴剤を投入する。

 お湯が真っ白になる。まるで、男の人の(自粛!)みたい。

 洗いっこしてからお湯に入る。洗いっこの時点で、身体の隅々まで見られているから、丸見えだと恥ずかしいとかチラ見せしたいとかって、どうなのよ? いや、一般的には、一緒に入浴するからといって、必ずしも洗いっこするとは限らないものね。

 あとは、触ってもらうため?

 湯船の中で、彼からバックハグされる。というか、細長い湯船の中だと、向かい合うとお互いの脚が邪魔でくっつけないから、この体勢がけっこうお気に入りなのよね。つまり、お湯の中で、おっぱいを触られる体勢ということでもある。入浴剤があるせいで、谷間のあたりまでは見えているけれど、肝心な部分は見えていない。でも、彼は当然手探りで触ってくる。私も気持ちよくなって、振り返ってキスをしたりもする。

 入浴剤入れても入れなくても一緒じゃん! あ、いや、入浴剤の本来の使途はそういうことじゃないってことくらい、わかってるわよ!


 ★


 莉亜がどこからか入手したらしい真っ白な濁り湯の入浴剤を入れて、混浴した。入浴剤って、こんなにエロいとは知らなかった。あるはずのものが見えず、想像をかき立てられる。でも確実に触れることができる。もちろん、お湯の外に出ればそれは視界の中に。すばらしい。

 莉亜がお風呂に一緒に入ることに積極的になっているのはとってもいい傾向だ。このまま毎日でも一緒に入りたい。入浴剤は、あってもいいし、なくてもいい。なければ丸見えなんだから、それはそれでいいに決まってる。

 それはそれとして、今いちばん考えないといけないことは、お風呂のことじゃなくて、混浴のことでもなくて、入浴剤のことでもなくて(ええい、頭から離れん!)、森田一派を一網打尽にすることが大切だ。そのための作戦を練る。作戦を練るのは、ぼくの大事な役割だ。


 ☆


 私にいえることはただ一つ。

 難しいことは雷空に任せる。ただし、格闘が必要なら、私が戦って、守ってあげる!


 ★


 森田議員がこれだけ悪人なのに権力をもっているのは、つまるところ議員だからだ。

 議員とは何か。答えは簡単。選挙で選ばれた人だ。選挙で落選すれば、ただの人。法学部で勉強するまでもなく、当然のことだ。

 まもなく、5月に選挙があるらしい。

 そもそも、不適切交際報道があった森田の状況はマイナスだろう。そうはいっても、何年の議員を務めているこの人の地盤は相当固いはずだ。さらなる打撃が必要だ。

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