4-3 新居を探せ
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学年末の試験も終わって、ぼくが莉亜に先行して春休みに突入した2月の半ば。いつものように莉亜がぼくの家にやってきた。
「きょうは、特別な訓練。これを、私から奪うこと。」
それは、小さめの白っぽい紙袋だった。
莉亜がすばやく動かすから、奪うのは途方もなく難しい。だいたい、袋の持ち手は莉亜に握られているから、それを奪い取るには持ち手を引きちぎらないといけないと思うんだけど?
「どう? 言っとくけど、きょうはできるまでエンドレスよ。」
いったい、何の訓練だ。
必死で紙袋をひっつかもうとするが、かわされて、そもそも持ち手に触ることすら困難だ。
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ふふ。奪えないのね。かわいそうな男。
彼が私の左側から手を伸ばしてきたので、素早く紙袋を右手に持ち替えて、よける。彼が間合いを詰めて、反対の手で奪い取ろうとする。私は紙袋の持ち手を強く握って背後に隠す。
彼が間合いを詰めて、私を抱きしめてくる。
抱きしめ返したら紙袋を落とすとでも思っているの? そんな単純な手にはのらないわよ。私は、紙袋を背中の後ろで持ったまま、右手で持ち手のひもをぎゅっと握っている。
だが。
彼の手が、私の背後でもぞもぞと動いて、紙袋の中に突っ込まれる感触がした。そのまま、彼は、素早く、中身を取り出した。紙袋自体は、私の手に握られたままだ。
そうきたか。さすが、頭脳派。
「よし。何だ、これは?」
「開けてみて。」
もちろん、中身はハート形のチョコレートよ。きょうは2月14日でしょ。気づかなかったのかな、鈍感男。
「もらうんじゃなくて自分で奪うなんて、革新的だね。」
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「ねえ雷空。私、雷空と一緒に住みたい。」
狭い湯船の中でバックハグの体勢で莉亜を抱きしめていると、藪から棒に、莉亜が言った。ぼくはこっそり胸を触ろうとしていた手をひっこめる。
なんで一緒にお風呂に入っているかというと、そりゃあ、バレンタインだからね。バレンタインデーというのは、女子が男子に告白する日であり、付き合っているならばいちゃいちゃする日であり、要するに一緒にお風呂に入っていい日なのだ。そうに違いない。莉亜は形だけ抵抗したが、せっかくのバレンタインなんだからいいじゃないかというぼくの説得に、結局は応じた。いい傾向だ。
「え、2人で、ってこと?」
どこまで真剣な提案なのかわからない。だって入浴中だしね。それに、莉亜の実家で一緒に住むのはごめんだよ?
「そう。私、いつまでも実家でエロ親父と住んでるのいやだし、雷空は立派に暮らしているし、それに任務はだいたい一緒にするし、どうせ互いにお泊まりするんならおんなじようなもんじゃないかな、と思って。それに、ほら、雷空にとっても、一人暮らしよりも、2人で住んだほうが、経済的にも負担が少ないかな。それから、だいたい、雷空がいつ襲われるかわからないから、私がいないと安心して生きていけないでしょ。あ、でも、雷空には雷空の生活があるし、ご両親が何て言うかわかんないしね。」
意外にまじめな提案だった。ただし、莉亜はぼくに背中を向けているから表情は見えない。
「うれしい申し出だけど、なんで、今?」
「あ、だって、ごめんなさい、今、一緒に入ってて、このお風呂だと、狭いな、と思って。」
「確かにそうだね。」
一人暮らし用のアパートであるこの物件の浴室は狭く、バスタブは一人で膝をたたんで入るくらいの大きさしかない。二人で入ればぎゅうぎゅうだ。意思に関係なく密着できるというメリットはあるが、とても身体をのばして休めるという感じではない。
「いや、べ、別に、一緒に住んだからって、毎日お風呂に一緒に入るなんて言ってないから!」
ざざーっというお湯の落ちる音を立てながら、莉亜が立ち上がった。いちおう、前方の隠すべき部分は両手で隠しているみたいだけれど、そもそも、ぼくは後ろにいるからね? 真っ白くて女性らしい丸みを帯びたお尻が目の前に・・・。いや、いつも見てるけど!
ぼくも立ち上がって、莉亜を背後から抱きしめ、どさくさに紛れて胸のやわらかい部分を触りながら、耳元でささやく。
「どうしようかな。広いお風呂に、毎日一緒に入ってくれるなら、考えようかな。ベッドは、別に狭くてもいいけど。」
「女の子の事情は考えてね。」
それは、大人なんだからわかってる。つまり、OKということ?
よし、同棲しよう。そして、女の子の事情による支障がない限り、毎日一緒にお風呂に入るのだ。
もちろん、勝手に同棲を始めるわけにもいかないから、それぞれの両親に話をしなければいけない。まずはぼくの両親に話したほうがよさそうだ。勇気を出して莉亜の両親(主に父親)に話をして承諾が得られたとしても、その後ぼくの両親からNGを出されたら振り絞った勇気が無駄になってしまう。先にぼくの両親に話してだめだと言われたら、そもそも莉亜の両親(主に父親)にはこの話をしないでおけばいい。
いったん父に電話で言ってみた。莉亜のことが気に入っていたみたいだし、そもそも、こないだ襲撃されたことを報告したときに、引っ越しを勧めてきたくらいだから、この機に引っ越して2人で住みたいという理由もつけられる。
父は、好きにすればいいという感じで、特に文句は言わなかった。むしろ、2人で住んだほうが1人が負担する家賃や光熱費は減るし、彼女が料理してくれたほうが健康にもいいだろう、と勝手なご託を並べていた。今どき彼女だから料理するっていうわけでもないと思うし、そもそも、1年近くファミレスでバイトしながら一人暮らししているぼくのほうが料理得意だけどね。
母も特に意見はないらしかった。
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いよいよ、私の両親に話をしてみた。拒絶されてもしこりがのこらないように、さらりと、軽く。
「そうか。わかった。」
父が簡単に言った。か、軽っ。確かにこっちから軽く言ったんだけど。
「楽しみね。」
母はむしろうれしそうだ。まさか、雷空とくっつけておかないと一生私の相手は見つからない、とでも思っているんじゃないでしょうね?
「でも、それにふさわしい場所にしないといかん。」
は? お風呂が広い物件ってことじゃないでしょうね? これだから男どもは!
「この前みたいに敵が押しかけてくる可能性もあるし、セキュリティーのしっかりしたところでないといかん。もちろん、むやみに住所を人に教えてもいかん。一緒に住んでいるということ自体も、家族とか本当に信頼できる人にしか教えたらいかん。」
あれもいかん、これもいかんって、なんかめんどくさいわね。
「できれば、2人でこっそりトレーニングができるような広さと丈夫さがあったほうがいい。」
こ、こっそりトレーニングって、怪しい言い方だけど、筋トレとか武術の訓練とかの話ってことでいいのよね? はっきり言って(言わないけど)、ベッドでの2人の愛の運動は、どんなに狭い家であったとしても確実にやるわよ!
「お金はどうするつもり? 家賃とか、きちんと出さないといけないけど、あなた、ときどき臨時収入があるだけで、収入ないでしょ?」
母のほうが現実的だ。私は、バイト経験がないわけではないけれど、雷空みたいにいつもバイトをしているわけではない。その理由の1つは、修行というか、両親から急に無茶な課題を出されたりするからであり、それがうまくいって父からボーナスをもらえば小遣いとしては十分なくらいにはなるからだ。まあ、最近は信頼されているのか課題も出されずけっこう自由になってきたけどね。ボーナスの残りとかはあるから、初期費用くらいは十分出せるはず。
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一般的に、2人で同棲するとしたら、2Kくらい? ぼくには学業があり、莉亜にだってメイクの勉強とかもあるから、本当はそれぞれの部屋がほしいところだ。
ん? それぞれの部屋? でも寝室は一緒じゃないとおかしいよね。さもないと同棲じゃなくてルームシェアになってしまう。別に寝室を設けるなら、3K以上。それとも、それぞれの部屋に今持っているそれぞれのベッドを置いて、夜な夜などちらかの部屋に侵入して夜這いをかけるってことか? それも意外と楽しい? いや、莉亜相手にそれをやると一本背負いの恐怖があるよね。そんなスリリングな同棲なんてあるわけない。
それじゃあ、2Kとか2DKとかの物件で、一つが寝室兼莉亜の部屋、もう一つがぼくの部屋、みたいな感じ? ぼくが有利になっているのは、学業面があるからだ。でもやっぱりそれは不平等だよね。部屋はどっちも共用で、1つが寝室、もう1つは、書斎というか勉強部屋、という感じが妥当か。そこでメイクの実験とかされたら隣で落ち着いて法律の勉強なんてできないけどね。
間取りは別にしても、莉亜のお父さんの要求を満たす物件でなければ許されないし、もちろん通学が可能でないといけない。その上、予算内に収める必要がある、ということだね。
あ、もう.1つ大事な条件があった。.2人で入るのにふさわしいサイズのお風呂じゃないとだめだ。狭いところにくっつきながら入るのもたまにはいいけど、いつもそういうわけにはいかないだろうし、莉亜に混浴を断られる理由にされるに違いない。せっかく広いお風呂がある物件に引っ越したんだから一緒に入ろうよという、ラブホテル作戦でいかなければならない。
「やっぱりないのねー。」
莉亜がスマホを座卓に置いた。ぼくたちは、今、ソファーに座ってスマホで物件情報の検索をしていたところだ。そりゃそうだよね。不動産屋の息子じゃなくてもわかる。予算を上げるか、今よりだいぶ不便な場所にするか・・・。これ以上予算を上げたら、家賃を折半するとしても、ぼくが負担する家賃は今より高くなりなかねない。経済的な意味でのメリットはほとんどなくなってしまう。
「いっそ、お父さんとお母さんが出て行って、私たち2人が今の家に住んだ方がいいいかもしれない。」
「名案! 明日、お父さんに言ってきて。」
「やだ。」
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新居を探すという名目で、私は、自宅で着替えをバッグに入れてから、きょうも雷空の家に来ている。合鍵でね。ほんとは、ネットで物件探しているだけだから、雷空の家に来る必要はないんだけど。
合鍵はいい。彼がファミレスのバイトで帰りが遅くなったようなときは、先に待っていることもできる。きょうもそうだ。きょうは彼はまかないで夕食を済ませてくるみたいだけど、互いの都合によっては、ご飯をつくって待っているときさえある。
ただいまと言いながら、雷空が入ってくる。出迎えて、軽く抱きついて、おかえりのキスをする。新居探しの収穫がなかったと確認してから、ソファーでくつろぐ。2人で。
収穫がなかったのなら自分の家に帰ればいいだけの話なんだけど、そんなことしない。お風呂は別々であっても、ベッドは一緒。
朝になると、いってらっしゃいのキスをしてもらってから、荷物をまとめるためだけに自宅に寄ってから、学校に出かける。
授業が終わると、また、自宅に立ち寄ってから、着替えその他を持って、雷空が帰ってくるころの時間に、雷空の家に行く。きょうは、雷空のバイトが休みだ。私より先に雷空が着いていて、私にようこそのキスをしてくれる。それから雷空と一緒に晩ご飯をつくって食べる。一人暮らしだしファミレスでバイトしているし、料理は彼のほうがうまい。
食事を済ませ、やっぱり物件見当たらないねとか、話すだけ話したけれど、もはや本気で探す感じでもない。2人であれこれ話をしてから寝る支度をする。やっぱりお風呂は別でもベッドは一緒。
わかった。もう、このままでいいじゃん。
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「やっぱり、新しい家を借りて同棲するのはあきらめましょ。大変そうだし。あと1年たったら、私も社会人になるからそのときにはまた考えることにする。」
莉亜が言った。残念なような気もするけれど、まあ互いに学生だし、そのほうがいいかもね。
「そのかわり、雷空にプレゼントがあるの。」
莉亜が、スマホケースの中から黒っぽいプラスチック製のカードを取り出した。キャッシュカードくらいの大きさだ。
「これ、何かわかる?」
「何これ? どっかのポイントカード?」
「そんなのプレゼントするわけないでしょ。私のうちのカードキー。お父さんとお母さんにもきちんと納得してもらってるから、遠慮しないで堂々と使っていいのよ。私だけここの合鍵もってるから、雷空にも合鍵必要でしょ。」
そ、そうか? 一人暮らしの家の合鍵と実家の合鍵って、全然意味違うでしょ?
「もちろん、勝手に入っていいのは、あの空き部屋と、私の部屋と、あとはリビングとかトイレとか共用部分だけね。ほかの部屋に勝手に入ったら、罠が仕掛けられているかもしれないから。」
こわ。確かにあの家だったら、誰かが襲撃してくる事態に備えて本当に罠が仕掛けられているかもしれん。ただ、莉亜の部屋には勝手に、つまり莉亜がいなくても入っていいのね。ま、ぼくの部屋に合鍵で侵入されているからおあいこか。
「つまりこういうこと。私の家と、雷空の家と、2か所を全体的に使って、総合的な同棲生活を送る、ってこと!」
日本語的に矛盾してる!
「お父さんとお母さんだって、いっつも家にいるわけじゃないから、私のうちにも出入りできた方がいいでしょ。確かにセキュリティー的にはうちのほうが安全だし、互いの服とかも半分ずつくらい置いておけば、いちいち荷物持ち歩かなくていいし。訓練だって、ここでやると危ないからうちのほうがいいでしょ。あ、内容によるけど。」
簡単に言えば、頻繁に互いの家に泊まるってことだね。で、ブラジャーをはずす訓練みたいなのは、ここでしかやらないってことね。賢明だ。
「それから、雷空にとって最大のメリットはね、知ってると思うけど、うちのほうがお風呂が広いってこと!」
確かにそうだ。ファミリー向けのマンションだからね。でも、お風呂に入るような時間帯には、だいたい両親のどっちかは家にいるんじゃない? 2人で一緒に入ったらいかんとは言われないにしても、さすがにぼくだって両親がいたら恥ずかしくてそんなことできないよ? それとも、昼間、両親がいない隙に? 言っとくけど、お風呂に入るだけでそのまま終わりってことはあるはずなくて、必然的にベッドでの第2ラウンドがあるんだからね? それも昼間に済ませたいのなら、望むところだけど。
「どう? つまり、両親の隙をねらって、一緒に入れるときは入れるってこと。ふふ、私も、いつも一緒に入るっていうのは、女の子的にあれだけど、たまには、雷空とお風呂でいちゃいちゃしてもいいかなって、思って。」
あの両親の隙をねらうって、怖い言い方だな。留守のときに、ってことでしょ。それにしても、聞いているととっても素敵な計画のような気がしてきた。
「ふふ。どう、この計画?」
「お父さんとお母さんが何も言わないなら、いいと思う。一緒に住むってわけじゃあないけど。」
「言っとくけど、雷空の家か、私の実家か、場所をかえながらも、毎日2人で一緒に過ごすってことなのよ。これって、一緒に住んでるって言ってよくない? 素敵でしょ?」
なるほど。1か所にこだわる必要なんてなくて、2人一緒にいることが同棲の神髄だということか。納得。
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もともと雷空の部屋に予備の衣類はおいていたけれど、スーツケースに入れて追加の衣類を持って行く。さすがに、一人暮らし用の1Kのアパートだから、いっぱい持って行くわけにはいかない。歯ブラシとか洗顔料とかバスタオルとかはいつの間にか雷空の家に常備している(泊まりすぎ。)。もちろん枕も昨年末くらいに買ってセットしてある。食器もいつの間にか雷空が増やしてくれている。化粧品は少し常備を増やそう。化粧品といえば、ほんとは、鏡台ほしい! 美容の専門家を目指しているというのに、雷空の家だといっつも洗面所でしかメイクできないんだもん。化粧品の置き場もほとんどないし。今度買っておかせてもらおうかな。でも場所が足りないか。あと、履き物。向こうにいる時間のほうが長くなるかもしれないから、パンプスかスニーカーの1足くらいはおいておかないと。夏になったらサンダルも置いておいたほうがいいのかな。あと、アクセサリーとかヘアゴムとかストッキングとか、その他こまごましたものも多少は置いておかないとまずいよね。
私の実家のほうにも、雷空の衣類と日用品を運ぶ。こっちは、空き部屋に収納すればよいからけっこう場所に余裕がある。あるけど、もともと一人暮らしの彼の荷物は少ない。食器はもともとうちにあるので足りるわよね。専用の箸くらいは買っておこうかな。あと、枕を買って、私の(これからは2人の!)ベッドに置いておかないと。せっかく買うなら、ネットで見つけた、2人で使えるロング枕にしようかな。
あと、あれは、こっちに常備しておかなくていいのかしらね。主に夜に、ときたま(ほんとにときたま!)昼間にも使う、ゴムでできたやつ。それはまあ、雷空に任せておけばいいよね。こっそりベッドのまわりにおいてあったとしても、見て見ぬふりするから。
ふふ。引っ越しって(引っ越さないけど)、楽しいじゃない!
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莉亜がうちに運んでくる荷物が多すぎて辟易した。運ぶこと自体も大変だし、だいたい、スペースを考えてよね?
もっとも、莉亜は、ぼくの部屋の衣装ケースを勝手に整理して、ここに私のを入れさせてと自分のスペースをつくって、そこに下着や靴下などを収納し、私がいなくて寂しいときはこっそりここをのぞいてもいいのよ、と言った。それから、クローゼットの中のパイプハンガーをうまく整理して、上着類などをかけた。残りの衣類はきれいにたたんで大きな紙袋に入れたままクローゼットに収めた。なるほど、クローゼットだけを見たら、男女の衣類が分けて収納されていて、いかにも同棲って感じ! あとは、新しく買ったらしい傘ともともともっていた厚底ブーツを玄関に置いた。女の子って、履き物の種類もいっぱいあって大変よね。玄関のようすも、いかにも男女が一緒に仲睦まじく暮らしているって感じ! 繰り返しになるけど、ここは一人暮らし用のアパートだけどね。大家さんにばれたら追い出されるかもしれない。さらに、莉亜は、プラスチック製のひきだしのついた収納ケースを実家から持ってきて、アクセサリーや小物類を入れて、ぼくの部屋のテレビのわきの空間にセットした。意外と整頓上手じゃん。
「こんなもんかな。さて、きょうは、どっちで寝る?」
「今夜は、ご両親、いるんだよね?」
土曜日のきょう、朝から2人で荷物を運ぶために互いの家を行き来しているから、向こうで両親にも何度か会った。手伝いを申し出てくれたけれど、莉亜が2人でやるからいいと手伝いを拒否したから、引っ込んでいただけだ。
「そうね。あえてそこに飛び込んでいくかどうか、よね。」
「よし、あえて行こう。きょうだけは。」
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「改めて、本日からよろしくお願いします。ご迷惑にならないようにしますので。」
雷空が私の両親に他人行儀なあいさつをした。
「まあ気楽にしてくれ。」
「莉亜をよろしくね。」
父と母は相変わらず簡単に応じ、それから父は冷蔵庫からビールを取り出してきて、雷空にもすすめている。雷空も父にお酌をして飲み始める。というか、意外とのりのり。雷空の家の冷蔵庫にお酒が入っているのは見たことないけれど、彼ってけっこう、サラリーマン向き? 私は冷蔵庫からチューハイを持ってきて、飲む。
「二人で仲良くしてくれ。なんなら、食事が済んだら2人でお風呂に入ったらどうだね。」
なんでそういうことばっかり考えるの! 意外と雷空と思考が似てるから楽しく飲み会できるってことなのね! さすがに親の前では一緒に入らないから。雷空もわかってるはず、よね。
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一度あいさつをするというのはうまい作戦だったようだ。最初の峠を越えたからには、今後は近藤家で急に会ってもそんなに気まずくないだろうし、莉亜がぼくの家に入り浸っていても、最初にちゃんとあいさつした以上、文句も言いにくいだろう。
毎晩、肌を重ねる幸せ。8割以上はぼくの家のほうで。たまに言い訳程度に莉亜の家のほうで寝ることもあるが、たいがい、昼間は向こうにいても夜にはぼくの家のほうに移動している。うちはラブホじゃないんだけど。むしろ、莉亜の体調その他の事情があるときに、莉亜の実家で文字どおり一緒に寝ている気がする。
惜しむらくは、これだと広いほうのお風呂で一緒に入浴できる機会がなかなか巡ってこないことだ。