4-2 あの日を再現せよ
☆
悪党は退治したけれど、今からお出かけする気にもなれない。私も、父に電話をかけて、さっきのできごとを報告した。父は、家から一歩も出るな、と命じてきた。せっかくのデートが台無しだ。
「家族は、すぐに帰ってくるわけじゃない?」
「そうみたい。」
何を喜んでいるの、エロ男子!
「莉亜ちゃんの部屋でゆっくり過ごすの、初めてだね。」
何を企んでいるの、エロ男子! ついさっきあなたが私を置いて階段を駆け上がって行ったこと、忘れてないのよ?
エロ男子が私の身体を抱き寄せてくる。
「だめ。」
それでも、強引に抱きしめられた。午前中から元気なこと! 昨夜、アイマスクをつけた私の身体をあんなにもてあそんだくせに!
と思ったが、雷空はそれ以上動かなかった。ぴったりと私の身体を抱きしめている。
「弱くて、ごめんね。」
雷空が、か細い声で言った。彼と私の頬がくっついている。そこに液体が流れてくるのがわかる。もう、せっかくデートのために気合い入れてメイクしたのに、それも台無しじゃない・・・。
「雷空。強くならなくていい。」
「え?」
「雷空と私は、大切なパートナー。私は、武術はできるけど、頭は悪い。南海大どころか桜が丘大にだって入れないし、さっきみたいなあんな分厚くて字ばっかりの本なんて読みたくない。私が頭悪いのを補ってくれたらいいの。私は、あなたが弱っちいのを全力で補うから!」
「ありがとう・・・。」
お互いを愛おしむような、ゆったりしたキスをする。長い間、ぴったりと抱き合っていた。
★
莉亜が用意してくれた昼食を食べたころには、だいぶん元気が出てきた。莉亜の部屋に戻って、2人の時間を過ごしていると、どうしてもそういうことをしたくなる。結局は昼間っから愛し合うことになった。莉亜はまたしてもお風呂入ってないからとかなんとか言っているけど、昼間にやるのは初めてじゃないし、まして冬だし、昨日だってアイマスク効果で入浴前にそのままやったし、何の問題もない。
莉亜のベッドの中で、莉亜に包まれる。
このベッドで結ばれるのは、初めてだ。
莉亜が急にぼくのことを雷空と呼び出したから、ぼくも莉亜と呼びながら、愛し合う。
がちゃり。
これからがクライマックスというところで、誰かが玄関から入ってくる音がした。ちょ、ちょっと! 2人とも全裸かつあちこちに液体がついてるみたいなやばい状態なんだけど?
「帰ったぞ。」
しかもお父さんの声だ。莉亜の秘密の声、聞かれてないよね?
「すぐ行く。」
何事もないように廊下に向かって言いながら、莉亜は素早くハンカチで軽く自分とぼくの身体をぬぐうと、あっという間に服を身につけた。さすがに、戦闘力の高い人は切り替えが早い。確かに、敵がどんな状況で襲ってくるかなんてわからないわけだからね。常在戦場の意識が大事なのか。
「準備できてからでいいぞ。」
父親が離れたところから思わせぶりな返事をした。
「雷空、準備できた?」
今度は声をひそめて莉亜が言う。言いながら、鏡をチェックしながら髪の毛を手ぐしでととのえ、言い終わるとほぼ同時にいつの間にか取り出したリップを塗っている。速いというか早いというか。
「も、もうちょっと。」
ぼくはなんとかベルトを締めた。なんで手間取ってるのかって、そりゃ、下半身をズボンの中に収めるのが大変だったからに決まってるじゃん!
リビングに移動して、莉亜の父にあいさつをし、改めてきょうのできごとを報告した。
「失礼だがはっきり言う。きょうは、2人一緒だったが、2人のところをねらったと言うより、雷空くんの家を待ち伏せしていたということだろう。1人だったら、どうなっていたかわからんぞ。雷空くん、しばらくここに泊まれ。荷物を家から持ってくるときは、必ず莉亜と一緒に行け。どうしても都合がつかないときは私が一緒に行ってもいいが、莉亜とがいいだろう? 言っておくが、向こうの家には荷物を取りに行くだけだ。長くいればいるほどリスクが高まる。向こうで過ごしてはいかん。この家で過ごせ。あっちに物置みたいになっている空き部屋もあるから、荷物はそこに置いておけばいいし、自分の勉強とかはそこですればいい。もちろん勝手に部屋に入ったりはしないから莉亜の部屋では遠慮なく過ごしてくれ。布団がいるなら莉亜、予備の布団を出しておけ。いらないならいい。」
ぼくは何と言えばいいのかわからず、うなずくくらいしかできなかった。
肝心の莉亜は、何も言わずに話を聞いている。ぼくの手を握りしめて。親の前で手をつながれるとやっぱりやたら緊張するんだけど?
☆
エロ親父のせいで、雷空の愛を受け止めそこねちゃったじゃない!
安全のためにうちにいろっていうのもわかるけれど、雷空も困るでしょ?
それでも雷空は、その日のうちに私と一緒に自宅へ行って(敵は退散していて痕跡は何もなかった。)、着替えとか教科書とか当座必要なものを持ってきた。それを空き部屋に収納する。暫定的に、ここが雷空の部屋、いや、雷空の持ち物を保管する部屋なのだ。もちろん、ベッドや寝具はないし、予備の寝具を持ってきたりもしない。
緊張する雷空とともに食事を済ませ、母から勧められて入浴も済ませた(もちろん、順番に!)。
私の部屋へ戻ると、先に入浴を済ませた雷空はいない。別にこっちで待っててくれてもよかったんだけど。もう下着が入っているたんすまで見られた、というか見せてあげたわけだし。スキンケアをして、少しでもきれいに見えるようにしてから、雷空がいるであろう、物置部屋をノックする。
「はい。」
「私。入るよ。」
「うん。」
簡単にことばをかわす。雷空は床に腰かけて難しそうな本を読んでいた。後ろから抱きつく。
「読み終わるまで部屋で待ってた方がいい?」
「いや、大丈夫。」
雷空がしおりをはさんで本を閉じる。法律書かと思ったら、外国語の教科書みたいだ。英語じゃなくて、別のことば。こんな勉強もしているの?
雷空を部屋にいざなって、2人でベッドに入る。途中で終わっちゃったから、仕切り直し。
「さっきの、半分ほんとだけど、半分うそだよ。」
小声で、私は言った。もちろん抱き合っているから、これで十分だ。互いの表情もよく見えない。
「さっきのって?」
「雷空が弱いのを私が補うって言ったこと。だって、あの場で武器を調達して相手を撃退するのも、立派な戦い方でしょ? それで、私を助けてくれた。雷空は強いし、かっこいいよ。」
「莉亜ちゃん・・・、莉亜、ありがとう。」
先ほど中断した行為を再開する。あ、でも、声、大丈夫かな。私たちがこういう行為をしていることなんて当然わかっているはずだけど、だからといって、あのエロ親父にも、もちろんお母さんであっても、一瞬たりともそんな声を聞かれたくない。こういうときに気配を消す訓練なんて、したことないし、何より、気持ちよすぎて、押さえるのが難しい。なんとかして・・・。そう思っていたら、雷空がキスで私の口を塞いできた。
★
肩身の狭い思いをしながら数日を過ごした。
専門学校のカリキュラムというのはぼくも初めて知ったのだが、小学校から高校までと同じように、平日は朝から夕方まで毎日授業に出る、ということらしい。ぼくはちょうど学年末の試験が近いから、それなりに勉強をしないといけない。この家で1人で留守番するのも落ち着かないし、莉亜がいないで両親がいる状況で過ごすのも気まずい。しかたがないから、バイトが入っているとき以外は大学の図書館で勉強するなりして、莉亜と落ち合って一緒に帰るか莉亜の後に帰る作戦をとった。まさか人がたくさんいる大学の中で刺客に襲われることもないだろうし。1年前の大学受験のときのようにまじめに勉強する。これだけまじめに勉強すれば試験の成績もあがりそうだ。
必要な衣類や教科書などは莉亜と一緒に自宅に取りに行く。洗濯物も自宅に持って行こうとしたら、莉亜が洗濯してくれた。どうせ私の下着とかをお父さんのと一緒に洗濯するの嫌だから、雷空のと一緒に洗濯するのよ、とか恩着せがましく言いながら。
何日かたったとき、莉亜の母親から電話がかかってきて、急に、もう帰っていいそうよ、と言われた。もちろん、いたければずっといてもいいんだけど、だって。当然、遠慮します。
「大丈夫なんですか?」
「森田さんの不倫がばれたみたいよ。だから妙なことはしにくくなったんじゃないかって。もちろん、十分注意はしてよ。」
「また別の人と不倫してたんですか?」
「いや、あなたたちが調査してた件が、世間にばれたみたい。だれがばらしたのかは知らないけど、ニュースにもなってるみたい。」
そうなの? 通話を終えて森田健輔の名前で検索してみると、ローカルニュースながら、県議会議員が不適切な交際、辞職はせず、という記事が出てきた。
辞職はしないにせよ、悪い動きはしないだろうということか。
複数のテレビ局や新聞社の配信記事を見たが、具体的な情報源は書かれていなかった。これを知っている人は、何人いる?
ぼくと莉亜は、当然知っている。莉亜の両親も。それから、ぼくは具体的にわからないけれど、莉亜の両親と通じている仲間の人も、知っているのだろう。
森田議員の関係者も、知っている人がいるのかもしれない。ぼくにはまったくわからないけど。
それから、ぼくの父。ぼくがばらしたから。父から他の人に漏れる可能性は、ないとはいえないけれど、ぼくは父を信じている。
あとは・・・、可能性としては、旅館の人。旅館の人がマスコミにばらすなんて考えにくいけどね。
ぼくがわかるのは、これくらいだ。
いや、もう1人いる。不倫相手である、当の本人が。
☆
母と雷空から同じような話を聞いた。つまり、森田は社会的に瀕死の状態ってことね。よかったんじゃない? そんなことより、雷空が家に戻れることが重要! 両親のことなんて気にせずに、一晩中心置きなく、あんなことやこんなことができる、いや、させてあげられる!
持って帰る荷物も多いみたいだし、送っていって、それを言い訳に、そのまま泊まっちゃおうかな。
★
就活を理由にバイトを休んでいる真里弥に連絡をとった。話がある、と。もちろんデートじゃない。事前に莉亜に報告をすると、莉亜は、簡単に承諾した。もはやぼくが真里弥になびく可能性なんてまったくないと思っているのかもしれない。
少し薄暗い喫茶店で、こそこそと話をした。
「森田議員とのことなんだけど、今、話題になってるよね?」
「私が自分でマスコミにばらしてやったの。仕返しのためにね。あと、最近、お父さんの会社も、回ってるみたいだし。でも、たとえ会社がうまくいってなくても、あんなやつの世話には金輪際ならないけど。」
真里弥がさばさばと言った。ぼくから何を聞かれるかくらい、事前に想定していたのかもしれない。
「証拠はあったの?」
ぼくたちが撮影した写真は、たぶん、真里弥には渡っていない。
「そんなもん、いっぱいあるわよ。2人で撮った写真とか、私のエッチな写真とか、あのおっさん、趣味悪いからいろいろ撮ってたもん。」
☆
結局本人が森田議員を痛めつけるために世間にばらしたのだった、という報告を雷空から受けた。本人も相当勇気が言ったでしょうね。森田議員の浮気相手の具体的な情報は、ニュースには出ていないみたいだけれど、いつどこから漏れるかわからないもの。
「わかった。いちおう、お父さんとお母さんにも言っとく。」
それにしても、なぜ雷空はこんなにあの女からいろんなことを聞き出せるの? 本当に、喫茶店でお茶しただけなんでしょうね?
「それとね。」
「なあに?」
「やっぱ、雷空があの子と2人で会ってるって思ったら、ちょっとやなの。もちろん、そんなつもりじゃなくて、情報収集のためだってのはわかってるから、勝手なこと言ってごめんんなさい。それでも、最初のときもすっごい仲よさそうだったし、やけちゃうの。だから、埋め合わせして。」
「どうすればいい?」
「最初その人と会ってたときときみたいにしてくれたらいいの。」
恋人の象徴、あ~ん。そして、「莉亜ちゃんと一緒にいるのがいいんだよ・・・。」って言われながら、愛に包まれた。あれをもう1回、味わわせて。
★
最初のときって、ぼくが最初に真里弥と二人で会って、そこにコスプレした莉亜が偵察にきたときだよね? あのときは、真里弥と別れた後、莉亜とカフェに行き、ホテルに泊まったよね(で、初めて一緒にお風呂に入ったよね。)。たまには家じゃなくてホテルでやりたいってことか。
「わかった。」
待ち合わせ場所に繁華街の駅を指定した。
☆
あれ、おかしいわね。そもそも彼はデザートを注文しなかった。冬なのにわざわざ私が注文したチョコアイスにも、目もくれない。
あ~んしてっていえば、してくれると思うけど、頼んでしてもらうんじゃなくて、彼の方からしてくるべきでしょ!
しかし、彼は自分が頼んだコーヒーを飲んだだけだった。だめ男!
勘定を済ませて、外に出ると、当然のように互いにぎゅっと手を握る。
「あっち、行こうか。」
「どこに行くの?」
「二人きりになれるとこに。」
ん? 彼のおうちに行けば二人っきりだけど、最近は両親もいる私の家に滞在する期間もあったし、たまにはそういうのもいいかもね。
彼にぴったりとくっつきながら、歩いて行く。こういう場所に来ると、建物に入る前から気分が高揚するから不思議よね。
「宿泊お願いします。」
彼がフロントの人に告げた。
「本日の宿泊の受付は、22時からになります。」
「あ、そうですか。ちょっと待ってください。」
食事を終えたのが8時かそこらだったから、まだ9時にもなっていない。
「ご休憩は90分か120分、またはフリータイムなら6時間までとなりますが、いかがなさいますか。」
受付の人が尋ねてくる。ご休憩をしてから家に帰って、家でまた一緒に寝るっていうのも意味わかんないわよね。だからといってフリータイムは厳しい。こんな時間から6時間滞在したら、午前3時にホテルから出て行かなきゃいけないじゃない。別のホテルだったら今からでも宿泊できるのかもしれないけど。
私は雷空のコートの袖を引っ張った。もちろん柔道の技を仕掛けようとしたわけじゃない。ひょい、とひいただけ。
「家で、いいよ?」
「わかった。・・・すみません、出直します。」
雷空が受付に断りを入れてから、外に出た。2人でいつもの雷空の家に向かう。
別にラブホに慣れているわけじゃなさそうね。なんだかちょっと安心。
★
「ごめんね。」
歩きながら、莉亜に言った。
「どうして?」
「ホテル、行きたかったんでしょ?」
莉亜の足が止まって、街灯に照らされた顔がかあっと赤くなる。
「違う。」
「え、だって、あの最初のときみたいに、って・・・。」
「ばか。場所じゃなくて、あのときみたいに優しくしてほしかったの! でももういい!」
子供みたいにすねる莉亜を、抱き寄せた。道だからほどほどに。
「私、やっぱ自分の家に帰る。」
「やだ。一緒に来て。」
「勘違い男。」
半ば強引に莉亜を連れて行く。というか、手を引っ張れば、莉亜はついてくる。口では抵抗するようなことを言っているが、物理的な抵抗はない。もし物理的な抵抗をされたら、ぼくにはとても太刀打ちできないところだ。
歩きながら、もう一度あのときのことを思い出す。カフェに行って、チーズケーキを食べさせて、ホテルに行って、激しく愛を確かめて、その結果、ぼくたちの絆は深まった。確かに一緒にお風呂に入ったけど、それもこれも、莉亜がぼくへの愛を再確認してくれたことの結果だ。
「ちょっと、コンビニ寄っていこう。」
「そう。じゃ、外で待ってる。」
普通なら一緒に入る流れだと思うけど、やっぱすねてる? でも、さっきからずっと手を握られていることからすると、一緒にいるのを本気で嫌がっているわけじゃなさそうだ。じゃあなんでこの寒さの中で待とうとしてる?
もしかして、これから使うためのゴム製品を買うと思われてる? ラブホテルだったらその場に置いてあるから(実際に使う気にはなれないが。)、ホテルに行く予定なら持ってない可能性もあるよね。しかし、それははずれだ。在庫管理はきちんとしている。
ぼくはチョコレートケーキとプリンを買って、外に出た。莉亜は入り口の自動ドアの脇で待っていて、自分からぼくに手を差し出してきた。いなくなっていないかとほんのちょっとだけ心配だったけど、杞憂だった。
家に着くと、さっそくぼくは買い物袋から買ってきたケーキとプリンを取り出して、莉亜に尋ねた。
「莉亜はどっちがいい?」
「あ、これ買ってくれてたの? ありがとう。」
ご機嫌な表情になる。けっこう、安いな。
「私、プリンがいい。」
「じゃあ、こうだね。」
プリンを自分の側に引き寄せ、ケーキを莉亜のほうに押しやる。意図は伝わったようだ。
「ふ、うれしい。食べる前に。」
さらに上機嫌になった莉亜から軽いキスをされる。
互いにプリンとケーキを食べさせた。結局、半分食べたところで入れ替えて、半分こしたけどね。
☆
なんか、急に満足。食べ終えてごみをかたづけた。時間的にもいいあんばいね。
「そろそろ、お風呂入る時間ね。」
「お先にどうぞ。」
「一人ずつで、いいの?」
私が思わせぶりに言うと、彼の目が見開く。もう、期待しすぎでしょ!
「一緒に、入る?」
少しおどおどした目で私のようすをうかがいながら、彼が慎重に尋ねる。
「そうしましょ。」
きょうだけ特別の特別よ!
「うれしい。」
雷空が、心の底からうれしそうに、私を抱きしめてくれた。抱きしめられると、やっぱり安心する。
「莉亜。好きだ。ずっと一緒にいたい。」
「私も。」
それから、お風呂で身体じゅうを触られて(このエロ男子!)、ベッドでもたっぷり愛された。