3-4 父親の機嫌を損ねるな
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近藤家に呼ばれた。
彼女の家にあいさつに行く、というのは誰でも緊張するもので・・・、というのもそうなのだが、あの、スマホ越しにすごみを聞かせていた、それなのにエロい課題を出してきた、お父さま張本人と会えと?
娘でさえこんなに戦闘力が高いのだから、父は、戦闘力にしたら100万以上は確実か・・・。こわっ。
母親も組織の一員らしいし、つまり、上司であり、かつ、彼女の両親、ってことだね。ふつうのことばにまとめても緊張する!
そもそも、両親はぼくたちの交際開始を知ってるの? 莉亜に尋ねたら、そんなのとっくにばれてるに決まってるでしょ、と言われた。確かに、そりゃそうだ。莉亜は週末はあんまり家におらず、平日も急に外泊して朝帰りしてるからね。
で、ぼくが行くべき莉亜の家はどこにあるのかと確認したら、ぼくの自宅の最寄り駅に迎えに来る、と言われた。
駅前に現れた莉亜は、こっち、とぼくの手を引いて案内した。薄茶色の秋物のコートを着て、いつか見たような茶色いチェック柄のスカートをはいている。
「歩いて行くの?」
「そうよ。」
「近いの?」
「すぐ近くよ。まさか、知らなかったの?」
あれ、そういえば、莉亜の母親が適当に撮影した写真がぼくだったということが、すべての始まりだったんだっけ。家の近くで適当に撮ったということか。言われてみれば確かにそうなんだけど、莉亜が、家の場所は秘密とか言っていたから、どこか全然違う場所なんだと勝手に思い込んでたじゃないか! だいたい、遠出するときも、新幹線の駅とかで待ち合わせてたよね?
連れて行かれたのは、オートロックのマンションの8階にある部屋だった。莉亜が玄関を開けて、ぼくの手を引いて廊下を進む。
「私の部屋は、ここ。」
廊下の横にある部屋を指して、莉亜が言った。その部屋の扉を開けるわけではなく、そのまま進む。手を引かれたまま、奥のダイニングに連れて行かれた。
「いらっしゃい。」
お母さんらしき人が、言った。いや、手をつないだままで親の目の前に登場するって、どうよ?
「座ってくれ。」
お父さんらしき人が、というか、まごうことなきお父さんが、言った。白髪の交じった髪は少し薄くなっている。襟付きの青いシャツを着用して、意外とそこら辺にいる休日のお父さん風だ。ただし、筋肉がついてがっしりした体格はまるでラグビーか何かの選手のようだ。表情からはあまり感情が読み取れない。相変わらず、声が低くてすごみがある。
4人がけのダイニングテーブルの一方にぼくと莉亜が並んで座った。向かいに両親が座っている。
「いつも、お世話になっております。松沢雷空です。」
頭を下げる。ぼくもいちおう襟付きのシャツにジャケットを着てきた。
「電話でお話はしていましたけれど、お会いできて光栄です。」
「そうか。」
父親が一言だけ言った。そっけないな。かなりがんばってあいさつしてるんだけど?
「莉亜の母です。いつも娘がお世話になってます。」
そうだよ、そういうあいさつをするのが普通でしょ。
「私がお世話してるんだけどね。」
莉亜が言った。そんなことはどっちでもいいの! それから、両親の目の前なんだから、こっそりテーブルの下で手をつながないでくれ! 余計に緊張する。
「今回の件では、大活躍だったそうじゃないか。そこで、これを受け取ってくれ。」
父親が茶封筒を渡してきた。ぼくは慌てて両手を差し出して、校長先生から卒業証書をもらうみたいにして受け取る。隣の人から手をつながれていたせいで、一瞬片手で受け取りそうになっちゃったじゃないか!
「これは・・・?」
「ボーナスだ。確認してくれ。」
厚みで、相当な金額だとわかる。開けてみると、一万円札が、何枚か、じゃなくて、何十枚か。
「半分ずつ、でいいの?」
横にいる莉亜に尋ねる。前回はぼくの取り分だけを莉亜が持ってきたけど、半々にしたという話だったはずだ。
「それは、全部らいくんの分なんだって。私は別にもらった。」
「え、こんなに?」
どうでもいいけど、このお父さんの前でらいくんとか呼んで大丈夫かね?
「悪は滅びた。森田からはいくらでも巻き上げられる。」
父親が何事もないように言った。いや、あなたがやってることのほうが悪なのでは? やっぱり、知らぬが仏。
☆
「それから、2人に頼みたいことがある。この人が信頼できる人間かどうかを調べてくれ。」
父は、タブレットを操作して、1人の女性の写真と、プロフィ-ルの文書を提示した。ちょっと留守番しておいて、みたいなのりで言ってきたけど、ちゃんとした仕事ということらしい。
「どういうこと?」
私が尋ねる。
「簡単な話だ。この小塚という女性は、平川といううちの関係者と婚約したそうだ。でも何も知らない。」
「身辺調査して、信頼できる人とじゃないと結婚させないってこと? 今どき古っ!」
「そうでははい。結婚するもしないもそんなことにまで口出しはしない。ただ守秘義務は守ってもらわんと困る。結婚しても隠し事し続けるのは大変だし、油断したときにばれるリスクがあるから、今のうちに協力者に巻き込んでしまった方が楽かもしれない。だから、協力者になってもらっても大丈夫かどうか、調べるということだ。平川本人の話だけでは色めがねで見ているだろうから、別の人が調べる必要がある。」
まさか、お父さんとお母さんもそういう経緯で今に至るんじゃないでしょうね?
★
つまり、協力者になってもらうためには身辺調査が必要で、しかも第三者じゃないといけなくて、ぼくは今協力者のはずだから・・・。まさか、知らぬ間にぼくも誰かに調査されてた? 今明かされる衝撃の真実!
「言っておくが、君の場合は特別だぞ。」
あ、考えてることがばれたらしい。
「先に莉亜に協力する既成事実をつくられてたからな。しかたないから、根性をチェックするために、雷空くんと莉亜にそれぞれ相手の下着を手に入れろとかいう妙な課題を出した。雷空くんがクリアできればけっこうな才能があるということだし、莉亜を妨害できればそれはそれでできるということだからな。それに、ばかげた課題だから、そんな課題を出してくる組織に試されているなんて人にばらすこともできないだろうからな。」
そうだったっけ。なんか違う気がする。そもそも、そのばかげた課題を出す前に、莉亜に、エロ動画の撮影状況を突き止めろとかいう別のばかげた課題を出してたでしょ? 莉亜も反論が面倒だからか目線をどこかに向けている。
「しかし、君はまじめに解決した。莉亜の妨害はできなかったようだが、それは莉亜の実力だから仕方ない。こんなばかけた課題をまさか2人そろってまじめにクリアするとは思わなかった。だから見所あると思って、2人に森田議員の偵察も任せたられると判断したのだ。君はなかなか優秀だ。」
そうか。ぼくは優秀だったのか。莉亜が買った下着の写真をお父さんに見せただけだけどね。厳しそうにみえてけっこう緩いんだな。なんだか愛娘に目がくらんでない?
それよりも、さっきから感じていた違和感の正体がわかった。下着を手に入れろという課題を出されたのはぼくだけじゃなかったの?
莉亜のほうに視線を向ける。こっちを向いていない。相変わらずぼくの手が莉亜に握られていたので、力を強める。
「あの課題って、莉亜ちゃんにも出されてたの? じゃ、ぼくの下着って・・・。」
「あ、ばれた? 気づかなかったでしょ? 私は実は、壁をすり抜ける魔法を使えるから、こっそりらいくんちに入って拝借したの。すぐ返しといたから、心配しないで。」
「合鍵取り上げるよ。」
「と、取り上げられるもんなら取り上げてみなさい。それを次の訓練にしようかしら。パンツの中にでも隠したらどうなるかな。」
「あとは2人で勝手にやってくれ。」
莉亜の父が言った。莉亜が我に返って顔を真っ赤にする。親の目の前でなんて恥ずかしい会話を・・・。
「母さん、料理を出してくれ。」
莉亜の父親が言って、母親がお寿司をもってきた。
「せっかくだから、食べていって。」
「あ、ありがとうございます。」
一人暮らしだし、チェーンの安いファミレスのまかないで出ることもないから、お寿司なんて久しぶりだ。
「きょうは、泊まっていったらどうだね。莉亜の部屋で2人で過ごせばいい。」
父親がまるで仕事の話のように堂々と言った。
「ちょっと、何言ってるの。」
「遠慮しなくていいのよ。莉亜がいっつもそちらに泊まりに行って、ご迷惑かけてるでしょうからね。」
母親も言う。別にご迷惑じゃないけれども、確かに最近、まるで週末婚夫婦みたいになってるしね。そこまで把握されている以上、パンツの中に隠す発言もそんなに衝撃的ではなかったかもしれない。
「余計なこと勧めないで。きょうも私がらいくんちに行くことになってるの!」
莉亜がまた顔を真っ赤にして言った。そんな約束はしていないけど、別に断ることもない。
「そうか。」
父親が答えた。
「確かに考えてみればそうだ。ここじゃあいくら莉亜の部屋で過ごすんだとしても、いろいろ気になって落ち着かないよな。2人きりの場所のほうがいいに決まってるよな。」
にやにやとした笑みを浮かべながら父親が話す。そういう表情もできるんかい。
「こんだけ莉亜が押しかけとるんだから、今回のボーナスを使って、2人で使えるいいベッドと布団でも買ったらどうだい? いや、もうあるんなら余計なお世話だがな。それとも、2人で旅行にでも行くかね? それこそ、どこぞの政治家みたいに、貸し切り風呂付きの客室に泊まれる温泉とか、2人にぴったりじゃないかい?」
なんで急に饒舌になるんだよ! しかも父親が娘に貸し切り風呂付き温泉を薦めるな! いや、ぼくとしては好都合だけど。むしろ行きたい、ぜひ。
食事を莉亜がそそくさと終えて、ぼくを引っ張ってリビングの外に向かい始めた。ぼくはあわてて莉亜の両親にあいさつをして、莉亜に引っ張られて退場した。そのまま莉亜の部屋の中に連れて行かれる。妹以外の女の子の部屋に入るなんて初めてだ。落ち着いた色合いのカーテンに、花柄の布団カバーで包まれたベッド。壁には女性モデルのポスターが貼られていて、化粧台の上にはぼくにはよくわからない化粧品の瓶やメイク道具などが所狭しと並んでいる。
そうだよね。美容が大好きな専門学校生だもんね。ぼくの家に来たときに見かける化粧ポーチの中身なんて、ごく一部にすぎないのね。
莉亜は、手際よく、クローゼットやたんすの中から衣類を取り出し、キャリーバッグに詰め込んだ。やっぱり服だけじゃなくてバッグの種類、多いね。それから、莉亜は、たんずのひきだしを1つ開けて、言った。
「ね、こっから、好きなの1つ、選んで。」
何だろうと思って見てみると、下着が整然と並んでいる。ぼくは反射的に目をそらした。
「ちょっと、見ていいのよ。どれが好み?」
莉亜は、ブラジャーをいくつか取り出し、ぼくに見せつけてきた。かわいらしいピンクの花柄、大人っぽい紺、さわやかな水色・・・。
「らいくんちに置いておく分、どれがいいか、選んで。」
全部持って帰りたいのはやまやまだが、1つを選択する。
☆
雷空が選んだのは、いちばん大人っぽい黒と紫の下着だった。私の勝負下着その1を選ぶなんて、さすがエロに関しては力を発揮してくるのね。雷空宅に常備する衣類と今夜のお泊まりで使う予定の衣類を分けてキャリーバッグに入れると、私は雷空と一緒に家を出た。エロ親父の下ネタに付き合っていても時間のむだだもの。
雷空の家に着いて、いつものソファーの上に並んで座る。
「じゃ、訓練始めましょ。」
「きょうもするの?」
「もちろん。どんなのがいいかな。攻撃力を強化するために、私におそいかかって、ブラジャーを脱がせる訓練ってのは、どう? 私は、全力で変態におっぱいを見られないように防衛するから。」
「できっこないよ。」
「いつも脱がせてるくせに? はい、スタート!」
逃げて攻撃させるのが普通のパターンだけど、それじゃつまらないよね。いっそ、抱きついてキスしちゃえ。別に、私がキスしたかったというわけじゃなくて、間合いが近いときにいかに相手の動きを読み取って行動するかについての訓練なのよ。いちゃいちゃしていると、当然のように、雷空の手が私のトップスの下に入ってこようとする。そんなの、お見通しに決まってるじゃない。手をつねって、アウトを宣告。
間合いをとろうとする雷空にかまわず、なおも私のほうから積極的に密着いちゃいちゃを続けていると(あくまで訓練!)、雷空の手が、あろうことか私のスカートの中にのびてきた。
それを脱がせてもルール上無意味だから、いっそ脱がされちゃってもいいのだけれど、エロ男子をお調子にのらせないために、ガードする。・・・と、そっちに気をとられている間に、彼の反対の手が私の上半身をまさぐってきた。私は、上半身を触っているほうの彼の腕をひっつかんで自分の身体から引き離した。
でも、いつの間にか、彼のもう一方の手が、下半身の大事なところに到達している。指を下着の中に突っ込んでくる。同時攻撃作戦か。キスもされて、3か所同時。
「あ、だめ。」
唇が離れると、あ、つい、声が出ちゃった。頭で考えて話したんじゃなく、あちこち触られて感じちゃって、つい出ちゃった声。そのまま声が出続ける。お父さんのいる自宅じゃなくてよかった!
そして・・・。
「クリア。」
もともと身につけていた白いレースのブラが、彼の手の中にあった。これが、まだ買ったばかりで彼に一度も見せてない、私の勝負下着その2。
「ず、ずるいじゃない・・・。」
「隙を見せるほうが悪いんだよ。」
ずいぶんとうれしそうな顔ね。でも残念でした。この下着って、すけすけなの。つまり、着ているときに見たほうがうれしいやつなのよ! あ、でも、まだ下ははいたままだ。
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頭脳派の勝利だ。いつもみたいに逃げ回らないで、あえて密着するなんていう姑息なやり方をするからそんなことになるんですよ、お師匠さま。
さすがに、大事なところをいじられて感じていれば、抵抗する気力がなくなるんだね。これが莉亜の弱点か。事柄の性質上、ぼく以外にこの弱点を突くことができる人はこの世にいないはずだから、弱点はないに等しいともいえる。
ここまできたら、そのまま突っ走るしかないよね。
☆
興奮して襲ってくる彼を受け入れてから、寝る支度をして一緒に眠った。それから着替えを彼の家に置かせてもらった。これで急に泊まることになっても安心だ。選んでもらった下着が入っているけど、よく考えたら、置いておくのは予備のためだから、普段から身につけるわけじゃない。つまり、雷空は、あえてセクシーな下着を選んだばかりに、そのセクシーな下着にお目にかかる機会はあんまりなくなっちゃったってことね。
まさか、家で一人で使ったりはしないわよね? 別にいいけど、想像するとちょっと気持ち悪い。
それはともかく、父から調査の詳細が送られてきていた。
ターゲットは、小塚優菜、28歳。自動車ディーラーに勤務して車の営業の仕事をしている。
婚約者は、平川航、31歳。表向きは父親が経営する自動車修理工場で働いている。学生時代はボクシングをしていた。実家で両親、弟と暮らしている・・・。
なるほど、平川航のことはよくわかるけど、ターゲットのことは大してわからないじゃない! ま、平川航っていう人のほうが身内のだものね。
「どうすればいいの?」
よくわからないことは雷空に丸投げする。
「そもそも、具体的にどういう情報を得ればいいのかな? 信頼できるかどうかなんてあいまいだし、組織のことを知ったとして、ずっと秘密にしてくれるかどうかなんて、わかりっこないよね。具体的に何がわかればいいの?」
やっぱり頭のいい人は整然としているわね。そういうとこ、かっこいい。
「さあ・・・。近づいてみて、わかる範囲で調べればいいんじゃない? わからなかったら、平川さんがばらさないで小塚さんを協力員にもさせなければいいだけの話だから、それでいいでしょ? お父さんも別に人の家庭のことにまであれこれ言わないだろうし。」
「そうだよね。で、そもそも、どうやってこの人に近づけばいいのかな。やっぱ、近づくとしたら、お客の立場で近づいたほうがいいんじゃない?」
「お客って?」
「そりゃ、車買いに行くってことだよ。」
☆
お父さんに尋ねたら、彼氏のほうの平川さんに連絡をとるのは構わないが、調査目的は今は言ってはいけない、ということだった。私はお父さんに紹介してもらって平川さんに連絡をとって、言った。
「近藤の娘の莉亜です。両親がいつもお世話になっております。」
「こちらこそ。」
「私も、修行中だったんですけど、最近、案件を任せてもらえるくらいにはなって。」
「すごいっすね。」
はっきりとは言わないが、互いにメンバーですということを明らかにすることで、平川さんに仲間意識というか、信頼感をもたせる。
「ところで、ご連絡したのは、父から、車の販売の方と婚約されたと聞きまして。おめでとうございます。」
「ありがとうございます。」
「実は私、付き合ってる人と一緒に、車のこととかも聞きたいんですけど、普通にお店に行ったら強引に買わされそうじゃないですか。まだ学生でお金もないし、今買いたいっていうより、どんな感じか知りたいんですよね。なので、平川さんのお相手をご紹介していただけるなら、一度お話しできないかな、と思いまして。」
「わかりました。彼女に話してみましょう。」
後日小塚さんからぜひどうぞという連絡がきた。確かに、お客さん側からの依頼は断りにくい。さすが雷空!
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広々とした店内に、新品の車が展示されており、応接用のテーブルといすがいくつか並んでいる。受付の店員が、ぼくたちをそのテーブルの一つに案内した。
隣にいる莉亜は、長い黒髪を肩の下に垂らしている。クリーム色のニットの服の上から深緑色のサロペット(ちゃんとこのことば覚えたもんね。)を着て、足には厚底ブーツを履いている。メイクも丁寧にしている。つまり、デートスタイルだ。万が一小塚さんが敵だったときの戦闘に備えて、キック力を増強するために厚底ブーツを履いている、というわけではないと思う。
その人は、すぐにやってきた。
「小塚優菜です。もうすぐ、平川優菜になる予定ですけど。」
名刺を渡しながら、商売用なのか素なのか、屈託のない笑顔で小塚さんが出迎えた。営業職らしく、うすピンクのブラウスの上に黒いスーツを着て、黒いストッキングにこれまた黒のハイヒールといういでたちだ。しっかりと化粧をしている。前髪は左右に分けてピンでとめられ、後頭部の髪の毛はシュシュで一つに束ねられている。ヒールの高さを考慮すると、背は女性の中でも低い方だろう。
「近藤莉亜です。で、こっちが。」
「松沢です。」
「彼氏さんですね。どうぞどうぞ。」
莉亜は事前に小塚さんと連絡をとって、彼氏と一緒に行くと伝えていたらしい。店内には他に何人かのお客と店員がいるけれど、このテーブルだけなんか幸せオーラ全開だね。
「お車についてご検討されているとか。」
「そうなんですけど・・・、こっそりご相談したいことがいっぱいあって。」
莉亜がさも危ない相談をしようとしているかのように言った。意外と演技派? 女子高生の演技は今ひとつだったけどね。
「どういうことでしょう。」
「実は、私の家には駐車場もないし、今すぐ車を買うってことじゃないんです。ですが、まだ親にも言ってないことなんですけど、私たち、一緒に住みたいと思ってて。郊外だと、学生でも車持ってる人多いじゃないですか。でも、うちに車がないからイメージもわかなくて、それで、ご相談に乗ってもらおうと思ったんです。いきなりお店でこんなこと言って失礼ですけど、平川さんのご結婚相手だと聞いて・・・。」
「いいんですよ。高額な買い物ですからね。いきなり訪問して決めるんじゃなくて、情報収集が大事です。それでも、たとえば、新車か中古車か、普通車か軽自動車かとか、検討したいものについてある程度はイメージありますか?」
なんだかんだ言って売り込もうとしているのかな。
「どうかな?」
莉亜がぼくに顔を向けた。本当にどう答えていいかわからない感じだな。
「最初は中古車のほうが安心だと思います。値段的にもそうですし、運転に慣れてないので。あと、ぼくたち学生ですし、最初は軽で十分かと。」
運転に慣れていないどころか、ぼくは夏休みに免許をとっただけで実際に運転したことはほとんどない。都会育ちの莉亜に至っては、そもそもまだ免許をもっていない。
「では、少々、お待ちください。」
小塚さんがいったん立ち上がって、ヒールの音を響かせて歩いて行き、どこからか、タブレットを持ってきた。
「うちは直接には新車の販売店なのですが、中古車も系列店を通じて販売できます。今出ているものが、こちらです。条件を、たとえば軽で、あんまり古いものはお二人に似つかわしくないので、たとえば初度登録から10年以内としましょう。条件をかえればもっと絞ることもできます。これを見ていただくと、だいたいの価格帯がおわかりになると思います。もちろん、中古車は1台1台に値段をつけることになるので、まったく同じものは2つとありません。それに、同じ車でも、値段が変動しますので、価格はあくまで現時点でのものとなります。」
すらすらと小塚さんが説明した。言っていることはまともで、信頼に値しそうだけれど、営業の仕事としてはむしろ当然の説明か。
莉亜がタブレットで何台かの中古車の情報を眺めてから、はい、とタブレットをぼくに渡した。渡したそばから、テーブルの下でぼくの手を握ろうとし、ぼくの両手がタブレットで塞がっていると悟るや、ぼくの太ももの上に手をのせてくる。いや、演技に飽きたのかもしれないけど、もう少し車に興味ありそうに振る舞えよ!
「これは、あそこにあるやつですか?」
80万円くらいの比較的高額な中古車と同じ車種の新車が、店の外に展示されていた。
「ありがとうございます。あちらに展示してあるのは、最新モデルで、この中古車は、2つくらい前のモデルですね。違いは・・・。」
細かい説明がなされる。
「わかりました。ありがとうございます。」
何もわかっていないが、ひとまずタブレットを机上におく。
適当にいろいろと話をしてから、退屈そうな莉亜に声をかける。
「莉亜ちゃん。ほかに聞いておくことない?」
「うん、大丈夫。任せる。」
適当だな。何を任せられたのかさっぱりわからない。
「頼りになる彼氏さんですね。」
小塚さんがうれしそうに言った。どこがどう頼りがいがあるように見えたのかよくわからない。きっと営業用のお世辞だろう。
「車のことはよくわかりませんけど、少しだけいいですか?」
「何でしょう?」
「先ほどから気になってたんですけど、そのアイライン、キラキラしててとってもお似合いですね。しかもさりげなくシュシュの色のイメージとも合わせてありますし、おしゃれですね。」
「あら、ありがとうございます。」
「私、美容専門学校に通ってて、美容師の資格とるつもりなんです~。」
「だからなんですね~。もともとおきれいな上に、まるでプロがやったみたいでほんとにメイクがお上手だと思ってたんですよ~。」
2人がメイクアップについて話に花を咲かせ、今度はぼくが退屈になった。
☆
結論。小塚さんはとってもいい人だった。いいお友だちになれた。
信頼できそうな人だったと、父に報告しようとした。
「ちょっと。」
雷空が言った。
「なあに?」
「いい人そうだったけど、口がかたいかどうかはよくわからない感じだったね。ぼくたちの関係をほかの店の人にしゃべってたし、もちろん店の中で情報共有しているだけだとは思うけど。まあ、これ以上、調べようもないと思うんだけどね。」
私は父に、信頼できそうな人だけど、雷空は口がかたいかどうかよくわからないとも言っていた、と正直に伝えた。
「そうか。」
父は相変わらずぶっきらぼうに言った。エロが絡まないとあまりしゃべらないのはいつものことだ。
「平川に任せるとしよう。」
結局そうなの? わざわざ調査した意味、あったの? もしかして、調査の練習だったのかな? 今後本気で車の勧誘されても困るんだけど。
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年末が近づき、クリスマスと12月生まれのぼくの誕生日のお祝いを兼ねて、桂木真里弥をとっつかまえた臨時収入で(小塚さんの調査の報酬は小遣い程度だった。)、莉亜と温泉旅行に行くことにした。クリスマスなんだからロマンチックなホテルとかのほうがいいのかもしれないけれど、そんなのはつまらない。やっぱり、貸し切り風呂のある温泉に行くべきだ。ぼくの誕生日なんだから、ぼくの趣味に付き合わせてもいいはずだ。
莉亜は、いいね、楽しみ、と、応じてくれた。よし。
☆
私だって、旅行のときくらい、一緒に入ってあげてもいいと思ってる。まして、雷空の誕生日のお祝いを兼ねているのだから、雷空の希望に合わせてあげた。あ、もちろん、お風呂に入ってあげるのがプレゼントなんじゃなくて、ちゃんと物としてのプレゼントもあげた。
お風呂の付いた個室に泊まるのではなくて、浴場を貸し切って入浴するタイプのところだった。これなら、2人でゆっくり入ることができる。お風呂でいちゃいちゃして、彼は大満足だったみたい。彼は、じゃないね。はっきり言って、私も大満足。あんまり興奮した彼が、脱衣所の畳の床にバスタオルをひいて私を押し倒し、フライングしてきたのは内緒。まったくもう。
貸し切り風呂は、のぞかれるものじゃなくて、一緒に入るものよね。当たり前か。
★
食事に出ている間に旅館の人が来たらしく、畳敷きの部屋の机が壁際に寄せられ、広くなったスペースに2人分の布団が敷かれている。少し隙間があったから、片方の布団を押して両者を隙間なくくっつける。
「それよりこうしたほうがいいんじゃない?」
莉亜が薄ら笑いを浮かべながら言い、片方の枕を持ち上げて、もう片方の枕と並べて置いた。要するに、一組の布団に枕が2つ、ということだ。そうだ。これが正しい。
「らいくん、寝る前に、もう一つ、誕生日プレゼント、あげてもいい?」
うおっ。このタイミングでプレゼントだなんて、自然と興奮。ただ、武術を授けるとかじゃないよね?
「マッサージ、してあげる。」
☆
実は、ひそかに彼氏持ちの女友達から聞いて憧れていた、大好きな彼氏にやってあげることがある。
雷空の浴衣と肌着を脱がせ、パンツ一丁にする。私も浴衣を脱いで、少し考えてからブラジャーも脱いで、トップレス状態。
首とか肩とかをマッサージしてあげる。身体を密着させながら。
彼は変な声をあげる。さすがにうつ伏せだと男性の身体的に苦しくなってくるみたいだから、仰向けにさせる。全身をこすりつけながら、彼の身体をほぐす。
「気持ちいい? あと、ここもマッサージしないとね。」
雷空がはいていたボクサーブリーフを脱がせる。手と身体だけではなく、口も使った全身マッサージが必要みたいね。
きょうは、私に任せて。