逆さ虹
とある村に、一人の青年がいました。素直で優しく真面目です。家が貧乏なため、朝から一生懸命働いていました。一人暮らしですが、ささやかな幸せを感じながら、毎日を過ごしていました。
そんな青年がある日、雨上がりに虹を見ました。その虹は特殊で、逆さになってのびていたのです。
「虹が……。逆さだ!!」
青年は興奮して虹を見入りました。虹は青年に答えるように、キラキラと輝きを放ってます。
「いいものを見たなぁ」
素直な青年は、顔を紅潮させると、手をのばしましたが、虹に届くわけがありません。残念に思っている間に、虹は消えてしまいました。青年は後ろ髪を引かれる思いで、その場を後にしました。
青年は無口なほうなので、逆さ虹については誰にも語りませんでした。たとえ、言ったとしても、妄想や幻覚で済まされるような気がしたのです。
ー俺一人の胸の中にしまっておこう。
青年はそう決意しましたが、それから周りの状況が変わり始めました。
まず、玄関にお金やお米が置いてあるようになったのです。誰がそんなことをしたのか分かりません。青年は最初、びっくりして、疑い始めました。
ーまさか、嫌がらせなのでは……。
村人に貧乏なことは知れ渡っているので、青年は馬鹿にされていました。しかし、毎日、寝ている間に届くので、考え方が変わってきました。
ー誰か自分を可哀想だと思っているのだろうか。
青年は寝ずに相手を待ってみることにしました。しかし、起きている時に誰か来る気配はありません。お米もお金も届きませんでした。青年は考えます。
ーまさか……。逆さ虹を見たからか?
思いあたるのは、それしかありえないのでした。もう一度見に行ってみましたが、逆さ虹を見ることはできません。がっかりした青年は家に戻りました。
すると今度はお米とお金がちゃんと届いていたのです。
ーやはり逆さ虹のお陰か。
青年は素直に感謝し、手を合わせました。太陽は眩しく、虹色を放っていました。
それからというもの、青年には幸運なことが続きます。独り身だったのに、妻ができたのです。しかもその妻は村で一番器量がよく、優しい性格で人気でした。真面目な青年は妻のために、一生懸命働きました。妻も青年を気に入っており、夫婦間は円満でした。
相変わらず、お金とお米が届きましたが、妻は何も言いません。青年の意を汲んで黙っていてくれました。
そこで青年は妻にだけは本当のことを話そうと決意し、逆さ虹のことを教えました。妻は驚きましたが、「神様からの贈り物でしょう」と言ってくれました。青年は一生懸命なのを、天が認めてくれたのだと思ったようです。
「ありがとう」
青年は妻に礼を言い、お金とお米に手を合わせました。二人分にしては、一生食べられる分でした。
しかし幸運な青年を妬ましく思ったのが、村人たちです。妻を取られたことも気に食わなかったようで、青年を追いつめます。
「何でお前だけ幸せ何だよ」
「お米とお金は誰かから盗んだのかよ」
青年は傷つきました。もう貧乏からは脱しましたが、村人たちの嫉妬は凄まじく、村にいられないようになりました。
「ー村を出よう」
妻に言うと、彼女も頷きました。逆さ虹のことは二人の内緒でした。
青年は村を出る決意をしました。妻も寄り添うつもりで、二人はそっと村を後にしました。それからというもの村には不幸が訪れるようになりました。干ばつでお米がとれず、食べていけない村人が多く出てきたのです。
「最悪だ」
村人たちは困りました。そして、思いつきます。自分たちが不幸になったのは、青年と妻を追い出したのだと気づいたのです。
村人たちは必死で青年と妻を探しました。すると、青年は身分が高くなり、城に出仕しているようでした。村人たちは唖然とし、何でそこまで幸せになれたのか聞こうとしました。しかし、玄関で追い返されます。
青年と妻は幸せに暮らしているようで、門番までいたのです。
「そんなー」
村人たちは顔を青白くさせ、トボトボと村に帰りました。青年を追い出したことを後悔しましたが、既に遅かったのです。
「幸せだなぁ」
青年は妻に笑いかけました。妻も青年に微笑み返します。もちろん、逆さ虹のことは内緒でしたが、毎日、太陽に向かって手を合わせることは忘れません。
「さあ、今日も頑張ろう」
青年は幸せになっても働き者で、妻も同じでした。
逆さ虹ー。
見ると幸運になったのは青年の素直で真面目な性格のおかげかもしれませんでした。
青年と妻は長く長く幸せに暮らしました。