声が聞こえた
日差しが強い、暑い日だった。
その日、高峰晃一は朝から楽しみで仕方なかった。
「ほーんと、今日は日食が有るから観察するって授業が一つ無くなったんだもんラッキーだよな。楽しみで仕方ないよ。早く日食になんないかな」
数日前からテレビのニュースにもなっていた日食は、十数年ぶりということで大きな話題になっていた。
日食にはロマンがある。
何かが始まる予感、何かが出来る予感。
もし勇者やヒーローが居るのなら、強敵や大魔王が生まれて冒険の旅が始まるのかもしれない。
ロボットが戦う、大剣を振り剣戟がなる、魔法が飛び交う、そんな戦いと冒険に溢れた日々。
夢が膨らむ、想像が止まらない。
小学校の屋上で、同じクラスの皆が思い思いの場所で友達と話したり、時折空を見上げてまだかまだかと日食を待っている。
「おーい、晃一。お前も来いよ」
友達に呼ばれて「うん」と、楽しげに返し、柵近くにいる友人達の方へ行くと「あっちにあの店が、あの屋根は誰の家だ」とあっちこっちを指差しながら皆で話す。
楽しく過ごしていると、先生が声を上げた。
「はいはい、皆さん!そろそろ日食が始まります。良いですか、配っているメガネを使って見て下さい。直接太陽を見てはいけませんよ」
「はーい」
間延びした返事返して、配られていたメガネを目にあてると空を見上げる。
「早く始まらないかな」
ワクワクして、ドキドキして止まらない。
太陽が、端から少しずつ黒い影に侵食されていく。
「わぁ」っと、声が出たが気にしている余裕は無い。
段々と広がるその黒い影は、もう太陽の光が細い光の輪を作っていた。
太陽が隠れた。
只ソレだけ、たったソレだけなのに、不思議で楽しくてしょうがない。
――オネガイシマス
声が聞こえた。
「えっ」
確かに聞こえたその声に思わず聞き返した時、周りの時間が止まっている事に気付いた。
「何で、どういう事」
慌てて、周りを見回す。
色の抜けたような、周りを見て駆け出す。
「賢太、聡一、和道、慶子ちゃん、たみちゃん、先生。……みんな、みんなどうしちゃったんだよ」
駆け寄って声をかけて、揺すろうとしたがびくともしない。
――オネガイシマス
「お願いしたいのはこっちだよ!」
――タスケテクダサイ
「誰だよ!」
――オネガイ、コタエテ
「だから、誰なんだよーー!!」
力一杯叫んだその時、強い光に包まれて目が開けていられないと腕で顔を隠してギュッと目を閉じた。
――――――
そういえば、と自室で勉強していてた奏はツィーと窓に目線を向けた。
今日は、月食があると朝にテレビのニュースで見た気がする。
ふと思い出した奏は、何となく何時から始まるのか気になって、スマホで調べてみた。
「九時十五分から、か」
少し時間が早く、まだ始まっていない。
家の前からでも見上げれば、見えるだろうか。
次に、月食が見れるのは三十二年後らしい。
そこまで見たい訳でもなかったが、見てみようかなと少し気になった。
昔は、自分には特別な力が有って、特別な立場に居て、世界を救ったりとかアレば良いなと思っていたけど、今そんな中二病的な事なんてイタイ妄想いい加減に区切りをつけて、現実を見なくちゃいけないと自嘲した。
ルームウェアの上から一枚適当に羽織ると、自室を出て階段を降りる。
「奏、こんな時間にどうしたの?」
降りた所で、ちょうど母親に会った。
「ちょっと、家の前から月食が見えるかみてくる。」
そう言うと、ローファーに足を突っ込んで玄関を開けて外に出る。
少し、道路に出てぐるりと空を見上げ月の有る場所を探す。
「今だと、異世界転生とかトリップとかかな」
そう言うと、見つけた月から視線を逸らさずに笑った。
「始まった」
少しずつ少しずつ、月が隠れていくのを見て思わず言葉が漏れる。
「特別ってあるのかな」
完全に月が隠れて出来るリング、思わず左手を月にかざした。
――オネガイシマス
何かが聞こえた気がして、思わず後ろを見た。
「何?」
可笑しい、何かが不気味だ。
――オネガイシマス
また声がした、思わず自分の家をじっと見た。
篝家の表札、空いた玄関、静かな家。
ソレだけじゃない、周りの音が無い気づけば色の抜けたようなモノクロの景色。
――タスケテクダサイ
「何よそれ」
家に入りたいけど勇気が出ない、動けない。
――オネガイ、コタエテ
お父さん、お母さん、ごめんなさい。
バッと月を見上げると、まるで真っ黒い闇が近付くような感覚に両腕を顔の前に出して隠した。
動けない足の為に、目を瞑って逃げることしか出来ない事に泣きたくなった。
黒い黒い何かが奏を包んだ。
お時間を頂きました。
読んで頂き、有り難うございます。
遅い不定期更新になるかもしれませんが、続きは必ず上げますので
これからも、宜しくお願いします。