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第六話 過去の鎖

 三月を迎えた。

 冬の寒さがやわらいで、いよいよ草木が生い茂り、春の足音が聞こえてくる頃だ。

 この時期になると、俺は決まって憂鬱になる。

 

 今から五年前。

 俺が小学五年生の頃だ。

 俺は大親友だと思ってた人物から、愛する人を奪われたのである。


 




 

「おーい! 智輝ー!」

 

 大きな声のするほうへ振り返ると、そこには一人の少年がいた。

 そいつは人懐っこそうな笑みを浮かべて駆け寄ってくる。

 そして、そのまま肩を組んできた。


「よっすー!」

「……健一か」


 こいつの名前は中村(なかむら)健一(けんいち)

 幼稚園からの友人だ。

 顔立ちは整っており、スポーツ万能のため女子にモテるのだが、本人はそんなことまったく気にしていない様子だった。

 その証拠に、今もこうして俺に絡んできている。


「なあ、今日の放課後、暇?」

「ああ、まあ暇だけど……」

「じゃあさ!  遊ぼうぜ!  久しぶりに二人でさ!」

「そうだなぁ……」


 正直言ってあまり気乗りしない。

 なぜなら俺は、このあと彼女である愛花(あいか)と一緒に遊ぶことになっているからだ。

 俺と愛花の関係は、クラスのみんなには内緒にしていた。

 理由は、冷やかしなどが面倒くさいからだ。


「ごめん。やっぱ、今日は無理だ。家の用事を手伝う約束をお母さんとしてるんだ」


 俺は嘘をつくことにした。

 こいつは口の堅いやつだが、万が一ということもある。

 何より、彼女との約束を破るわけにはいかない。

 

「え? そうなのか? じゃあ、仕方ないな」

「悪いな。ほんと」

「んじゃ、また今度誘うからな!」

「ああ、次回は一緒に遊ぼうな」

「おう! んじゃ、また明日な!」


 健一と別れてから、すぐに自宅へと戻った。

 ランドセルを置いて、服を着替えたあと、再び外へ出る。 

 待ち合わせ場所は、駅前にある噴水の前だった。

 俺が到着すると、すでに彼女は待っていた。

 

「ごめん。……待った?」

「ううん、私も今来たところだよ」

 

 彼女の名前は、曽根原(そねはら)愛花(あいか)

 俺の大好きな彼女だ。

 長い黒髪が美しい美少女で、学校でも人気者である。

 そんな彼女が、なぜ俺なんかを選んでくれたのか不思議でしょうがない。

 

「それじゃ、行こうか」

「うん!」

 

 俺たちは手を繋ぐと歩き始めた。

 目的地は近くのゲームセンターだ。

 最近は二人でよく行く場所でもある。

 一緒にクレーンゲームやメダルゲームをするのが楽しいのだ。 

 しかし、この日は少しだけ何かが違っていた。

 

「ねぇ、あれって……」

 

 愛花は突然足を止めると、何かを見つめていた。

 彼女の目線を追うと、そこには見覚えのある姿がある。

 それは健一の姿だったのだ。

 あいつは一人ではなく、隣には可愛らしい少女がいた。

 

「健一くんの隣にいる子って、同じクラスの小林(こばやし)さんだよね?」

「……ああ、そうだっけ?」

 

 俺たちと同じクラスで、名前はたしか……。

 ……思い出した。

 彼女の名前は、小林(こばやし)(つむぎ)だ。

 そういえば、健一とは最近仲が良いな。

 

「あの二人、やっぱり付き合ってるのかな?」

「さあ、どうだろう?」

「あの子じゃ健一くんに全然釣り合ってないと思うけどなぁ……」

「そう? お似合いだと思うけど?」


 俺は本心を口にする。

 確かに、健一の隣に立つ小林は愛花よりも劣る容姿をしていた。

 だが、それがなんだと言うんだ?

 そんなことは関係ないじゃないか。

 

「……」

 

 なぜか愛花の表情が曇っていく。

 俺はそんな愛花を見て、心配になった。

 

「どうかしたのか?」

「別に何でもないよ……」

 

 それからしばらくの間、俺たちの間に会話はなかった。

 ゲームセンターで遊んでいる間もずっと無言のままで、とても気まずかったことを覚えている。

 やがて日が落ち始めると、俺と愛花は帰路についた。

 

「……今日は楽しかったよ。取ってくれたクマのぬいぐるみ大切にするね」

 

 別れ際に、愛花がお礼を言ってくる。

 だけど、俺は愛花にかける言葉が見つからなかった。

 

「それじゃ、また明日学校で……」

「ああ……」

 

 こうして、その日のデートが終わった。

 愛花の様子がおかしいのは気になったが、明日になればまた元気になるだろう。

 俺はそう思っていた。

 だが、その日を境に愛花の様子はもっとおかしくなっていったのだ。


「なあ、愛花。これからゲームセンター行くだろ?」

「ごめんなさい、今日は家族で買い物に行く予定があるの」

「そ、そうか、じゃ、また今度な」

「うん、またね」


 何度遊びに誘っても、愛花は用事があると言って俺の誘いを断ったのだ。

 今までこんなことなかったのに……。

 

「おっ、智輝。こんなところで何してるんだ?」

「……別になんでもねぇよ」

「怪しいなー、こいつぅ」

「ところで、俺は今日暇なんだ。よかったら一緒に――」

「悪い。今日は母ちゃんと約束があるんだ」

「そ、そうか……」


 最近、健一の付き合いも悪くなった。

 まあ、家の用事じゃしょうがないよな。

 

 そんな中、最悪な出来事が起こった。

 なんと愛花と健一が一緒にいるところを目撃したのだ。

 それだけじゃない。

 二人は手を繋いで歩いていたのだ。


「おい、健一! お前何してんだよ!」

「な、なんだよ、いきなり!」

「お前、なんで俺の彼女と手なんて繋いでるんだよ!」

「別に手ぐらいいいだろ!  俺たちは付き合ってるんだから!」

「なっ!?」


 愛花と健一が付き合っている?

 そんな馬鹿なことあるはずがない!


「ちょっと待て! 愛花と付き合ってるのは俺だ! 嘘をつくならもう少しマシなのをつけよ! いくら俺でも怒るぞ!?」

「はぁ!?  何言ってるんだ! 俺は愛花に告白されたんだよ! 俺はそれを受け入れたんだ! だから、愛花は俺の彼女なんだよ!」

「ふざけんな! そんなわけないだろ!」

「ふざけているのはお前だろ!」


 くそっ!

 どうやら俺と愛花が付き合ってるということを、秘密にしていたのが裏目に出たようだ。

 健一と言い争っていると、愛花が口を開いた。

 

「やめて、二人とも!」

「愛花……」

「お願い、もうやめて……」

「わかった……」

 

 愛花の言葉で健一は大人しくなった。

 しかし、俺は違う。

 この状況に納得できなかったのである。

 なので、二人を問い詰めることにした。

 

「おい、愛花。これはどういうことだ?  説明しろよ?」

「それは……」

「いい加減にしろよ、智輝。お前と愛花はもう別れたんだろ?」

「……え?」

 

 健一の言葉が理解できない。

 俺と愛花は別れてなんかないはずだ。

 

「健一くんの言うとおりだよ」

「あ、愛花?」

「智輝くん、私たちはもう別れたんだよ? だから、もうストーカーみたいなことはしないで」

「嘘……だろ?」

 

 信じられない。

 信じたくない。

 だって、俺たちはついこの間まで付き合っていたじゃないか。

 

「どうして、健一なんかと……」

「だって……智輝くんじゃ私の魅力を引き出すことは難しそうだから……」

「……は? どういうことだよ?」

「私気づいちゃったの。私はほかの女の子より綺麗だってことに。だからね、私には健一くんみたいな人がふさわしいと思ったの。智輝くんなんかじゃ、私には釣り合わないのよ」

「は、え、釣り……合う……? 何を言ってるんだよ、愛花」


 俺には愛花の言葉が理解できなかった。

 いや、理解しようとしなかったのである。


「け、健一。お、お前はいいのかよ? 今聞いただろ。こいつはまともじゃない。そのうちお前だって俺みたいに――」

「グチグチうるさいな。本当に女々しい野郎だよ、お前は」

「……え?」

「なんでこの俺がお前なんかと友達やってたと思う? 俺はな、愛花みたいなかわいい女の子と付き合うために、無能なお前をダシにしてたんだよ」

「お、おい、嘘、……だよな?」

「嘘じゃねぇよ」

「だ、だって、お前は小林のことが好きだったんじゃ――」

「あんなブスの相手、誰がするかよ」

「なっ!?」

「ああ、そうそう。一応教えておくけどさ、俺と愛花はもうキスした仲なんだぜ?」

「……え」

「じゃあな、智輝。これからはせいぜい一人で寂しく生きてくれよ」

「ばいばーい、智輝くん」

「……」

 

 俺はそんな二人を見て、茫然自失した。

 それ以来、俺は人間不信になったのだ。

 もう誰も信用できなくなったのである。


 だから、俺はもう一人の自分をつくりあげた。

 もう一人の自分を演じることで、本当の自分へのストレスを受け流すことにしたのだ。

 俺は毎朝髪型をオールバックにして、不良のふりをし続けた。

 結果、他人を寄せつけず、信用もできない孤独な状況に陥ったのである。

 こうして、俺は偽りの自分を演じながら、日々を過ごしていたのだ。


 だけど、そんな孤独から救ってくれたのは、安曇姉妹だった。

 この一年間で四季子と季咲さんは、俺にとって母親以外で唯一信用できる存在になっていたのだ。

 二人のおかげで俺は救われたのである。






「智輝、起きて。もう夜だよ」

「ん? ああ……」


 俺は冬乃の部屋で目を覚ました。

 そういえば、二人で勉強してたんだったな。


「わりぃな、起こしてもらって」

「大丈夫。智輝の可愛い寝顔を見ることができたから、むしろラッキーだったよ」

「お前な……そんなことをわざわざ言うなよ。恥ずかしい」

「智輝が可愛いのはほんとだもーん」


 クリスマス以降、冬乃の性格はかなり丸くなった。

 正直、最初は戸惑ったが、今では日常の一部だ。

 

「じゃあ、帰るわ、俺」

「え? もう帰っちゃうの? 泊まっていけば?」

「あのなぁ、明日も学校だろ? それに、俺たちが同じ家から出てきたところを、クラスの誰かに見られたらどうすんだよ?」

「アタシは気にしないけど」

「俺が気にすんだよ。じゃあな」

「ちょっと待って」


 俺が部屋から出ようとすると、冬乃が腕を掴んできた。

 しかも、かなり強く。


「なんだよ?」

「今日の『好きノルマ』、まだ達成してない」

「朝と昼は言っただろ」

「夜! まだ夜に『好き』って言ってもらってない」

「……好きだ、冬乃」

「感情がこもってない。やり直し」

「好きだ、冬乃!」 

「もっとゆっくりと落ち着いた声で言って」

「好きだ、冬乃」

「うん、合格。アタシも好きだよ、智輝」


 冬乃は不意打ちで、俺のほっぺにキスをしてきた。

 驚いた俺は、腰を抜かしてその場に倒れる。


「いってぇ……」

「だ、大丈夫? ほら、手を出して」

「わりぃな……。って、うおっ!」

「キャッ!」


 俺は冬乃に手を掴んで立ち上がろうとしたが、バランスを崩す。

 そして、そのまま冬乃を押し倒してしまった。


「いてて……」

「大丈夫か、冬乃?」

「う、うん、大丈夫……」


 俺たちは互いに見つめ合う。

 すると、冬乃の顔がみるみると赤くなっていった。

 そんな冬乃の顔を見ていたら、内側からよくない感情が湧き出してくる。

 俺は本能に抗えず、徐々に顔を近づけていく。


「ちょっ、ちょっと待って、智輝。まだ、ダメ……」

「わりぃ、冬乃。俺、これ以上我慢できねぇ」

「と、智輝……。ほ、ほんとに……」

「目を閉じろ、ふゆ――」

「ダメーっ!」

「ぐふっ!?」


 次の刹那、俺の股間に衝撃が走る。

 あまりの痛さに俺は意識を失いそうになり、冬乃の隣に倒れ込む。


「ご、ごめん。だ、大丈夫?」 

「だ、だいじょばない……」

「どうしたの!? なんか大きな声が聞こえてきたけど……!」

「ね、姉さん!?」

「まさか、冬乃。智輝くんに襲われたの!?」

「ち、違うの!」


 どうやら、四季子さんが帰ってきたようだ。

 これはまずいな。

 このままでは誤解されてしまう。

 なんとか弁解しないと。

 

 しかし、俺の身体は言うことを聞いてくれなかった。

 薄れゆく意識の中、俺は冬乃の言葉を聞いた気がする。

 そして、俺はそのまま意識を失った。






 

「ぷぷっ……。あーはっはっは!」

「笑いごとじゃないっすよ、季咲さん」


 現在俺は季咲さんの車に乗っている。

 もう夜も遅いので、送迎してもらっているのだ。


「いやぁー、智輝くんってやっぱり面白いね。『彼女にキスを迫ったら、拒否されたあげく、股間を蹴られて意識を失う』なんて黒歴史確定だよ」

「そ、それ以上、言わないでくださいよ。うう……恥ずかしい……」

「ごめんごめん。でも、冬乃もちょっと純情すぎるかな。あんなに自分から隙をみせてるのに、いざとなったら躊躇するとか、智輝くんが可哀想に思えてくるよ」

「はぁ……」

「まあ、落ち込むな、少年。なんならあたしがチューしてあげよっか?」

「すみません。俺には冬乃がいるので、お断りします」

「ちょっと! ジョークをマジなトーンで返すのやめなさいよ!」


 その後、俺の住む団地の駐車場に到着した。

 俺は季咲さんにお礼を言うと、団地の中へ入ろうとする。


「智輝くん。ちょっとだけあたしに時間をもらえる?」

 

 だが、その前に季咲さんが俺を呼び止めた。

 何かと思って振り返ると、季咲さんが真剣な表情を浮かべていることに気づく。


「……何すか? そんな真面目な顔して」

「単刀直入に訊くわね、智輝くん。……今の冬乃の髪色はどんな色に見えているの?」

「え? 白色っすけど……」

「……そう」

「それがどうかしたんすか?」

「智輝くん。今週の土曜日にまたうちに来てくれる?」

「別にいいっすけど……」

「ありがと。詳しい時間はまた追って連絡するわ。じゃ、これで話は終わり。時間を取って悪かったわね。おやすみなさい」

「お、おやすみなさい」


 俺は首を傾げながら、家に帰った。

 いったい季咲さんは何が言いたかったんだろう。






 

 そして、あっという間に約束の日がやってくる。

 俺は再び安曇家に訪れていた。 

 現在午前九時。

 予定どおりの時間に到着できたな。


 早速インターホンを鳴らしたが、なぜか反応がない。

 不思議に思った俺は、玄関のドアノブに手をかけた。

 ……鍵が開いている?

 次の瞬間、家の中から女性の悲鳴のようなものが聞こえてきた。


 まさか、強盗でも入ったのか!?

 俺は最悪な事態を想定し、思わず扉を力強く開けた。


「季咲さん! 冬乃! 無事か!?」

「きゃあああ! ゴキブリー!」

「ぶはっ! あっち!」


 俺はドアを開けた直後、季咲さんに熱湯をかけられた。

 そのせいで、上半身が服ごとびちょびちょになる。


「あ、智輝くん。い、いらっしゃい……」

「……お邪魔します」

「ごめんね。ちょっと手が滑っちゃって……」

「そっすか……」


 どうやら、強盗ではなかったらしい。

 ゴキブリでよかった。

 もし強盗だとしたら、俺に勝ち目はないからな。


「それで? 俺に何の用っすか?」

「その前に、濡れた服を乾かさなきゃ。とりあえず、服を脱いでリビングで待ってて。すぐ代えのシャツとタオルを用意するから」

「あ、ちょっと!」


 俺は濡れた服を脱いで季咲さんに渡した。

 季咲さんからは、男性用のシャツとタオルを渡される。

 なぜここに男性用の服があるのかは謎だが、とりあえず着替えることにした。


「ほんとにごめんねー。すぐ乾かして返すから」

「別にいいっすよ。それより、用事って何すか?」

「待って。その前にちょっと手を後ろで組んでくれる?」

「ん? こうっすか?」

「そうそう、そのまま後ろを向いてちょうだい」

「は、はい?」


 そのとき、ガチャリという音が聞こえた。

 なんだか手首のあたりがひんやりとしている。

 いったい、何が起きたんだ?


「はい、準備完了。もう楽にしていいわよ」

「え? ……って何だこりゃ!? 手錠!?」


 なんと季咲さんは俺に手錠をかけたのだ。

 でも、いったいなぜ?


「はい、どーん」

「うわっ!」


 俺は季咲さんに突き飛ばされた。

 その衝撃で、俺はバランスを崩しソファーの上に倒れる。


「……いてぇな。何するんすか?」

「ふふ、何すると思う?」


 季咲さんはワイシャツのボタンを外し、胸元をあらわにさせる。

 そして、倒れている俺の上に馬乗りになった。


「ちょっ……ちょっと、何してるんすか、季咲さん!?」

「ねぇ、智輝くん。これからあたしといいことしない?」

「は、はぁ!?」

「もしきみが望むなら何回でもいいことをしてあげる。ただし……」

「……ただし?」

「冬乃……いえ、四季子と別れてくれるなら……ね」

「――なっ!?」


 いったいどうしちまったんだ!?

 なんで季咲さんがそんなことを言い出すんだよ!?

 俺と四季子のことを応援してくれるんじゃなかったのか!?

 

「……あんた本気なのか?」

「もちろん。本気じゃなかったら、こんなこと言えないわよ」


 季咲さんの目は据わっている。

 どうやら本気のようだ。

 だけど、なぜ!?

 なぜこんなことを……。


 季咲さんの顔がどんどん迫ってくる。

 まずい、手錠のせいで上手く逃げられない!


 俺と季咲さんの顔の距離は、約十センチメートルまで縮まった。

 季咲さんの吐く息が顔にかかる。

 季咲さんの表情が妙に蠱惑的でいまにも劣情を抱きそうだ。


 いや、待てよ?

 なんで俺は季咲さんなんかに欲情しているんだ?

 今までこんなことは一度もなかったのに……。

 

 ……そうか!

 髪の毛だ!

 さっきお湯をかけられたせいで、髪の毛が下りたままなんだ!


 くそっ、これじゃ、もう一人の自分を演じられない!

 素の状態だと、ちょっとした誘惑にも負けてしまう可能性がある。

 このままじゃ、まずい!


「どう、観念した? いつもと雰囲気が違うから、ギャップでドキドキするでしょ?」

「……しないですよ」

「ふふっ、強情ね。……わかった、こうしましょう。最初の一回は特別サービスで無料にしてあげる。だから、まだ四季子と別れなくていいわよ」

「……てくださいよ」

「何? 聞こえないわよ」

「もう、やめてくださいよ! 俺は四季子を裏切りたくないし、あなたのことを嫌いになりたくもないんだ!」

「智輝……くん……」

「今ならまだ水に流せます! だからもう――」

「あんたがよくてもあたしが嫌なのよ。あんたは四季子にふさわしくないからね」

「……え? それはどういう――」

「ただいまー。もぉー、コンビニくらい自分で行きなよ、姉さ……」


 そのとき、冬乃がリビングに入ってきた。

 季咲さんめ、このタイミングを狙ってたのか!


「あ、冬乃。おかえりー」

「な、な……」

「冬乃! これは違うんだ!」

「何してんのよ!? アンタたち!」


 俺たちの姿を見て、冬乃は激昂した。 

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