7.喧嘩
朝起きると小町の姿がなかった。
変換部屋へ行くとドアの上に¥11,610,000と表示されていた。
ウィスキーを変換するのは小町の日課になっているようだ。
変換部屋を通り、家に行くと小町の声が聞こえてきた。
「なんでよ。私は米マイスターなんだよ?」
めずらしく怒っているみたいだ。
「無理とか決めつけないでよ!もういい!」
リビングに入ると、興奮した小町が居た。
「どうしたの?」
「おじいちゃんに田んぼを作りたいって話したら、海の近くで素人が米作りは無理だって言われて」
「あーなるほど」
「米マイスターだって言っても通じなくて」
「だろうね」
スキルの名前を伝えてもわかるわけないのに。
こういうマヌケな小町もかわいかった。
「知識はあるから、哲ちゃんと2人でやるもん」
「うん。まずはやってみよう」
「道具を買いに行くところから?」
「まずはどこに作るかじゃない?水をどうするかとか」
「そうかも。じゃあだいぶ遅めの朝ご飯食べたら、別荘に行こう」
「うん。もうそれは昼ご飯だけどね」
僕達は昼ご飯を食べ、別荘へ向かった。
▽ ▽ ▽
僕達は別荘の前にある平地に来た。
「ここなら広いから田んぼが作れそうだよね」
「そうだね。水はどうしよう。排水も考えないと」
「うーん。オクトンの池から引っ張る?いろいろ使えるみたいだし」
「そうだね。あとでオクトンに聞いてみる」
「農業用の機械とかマジックアイテム化しないかな?出来たらだいぶ良いんだけどね」
「うーん。やっぱりおじいちゃんにアドバイス貰うべきかな?米マイスターの知識って基本の知識しかないみたいで」
「あー仲直りできる?」
「うーん」
悩む小町もものすごくかわいかった。
「まあここに田んぼを作るのは決定」
「だいぶ広いから全部は難しいかもだけど良いと思うよ。モンスターが居るから柵とかも用意しないといけないかもね」
「4ヘクタールくらいあるからね」
「ヘクタール?」
「えーっと、200m×200mくらいあるよね」
「そうだね」
「100m×100mが1ヘクタールっていうの」
「なるほど。1ヘクタールでどれくらいお米獲れるの?」
「豊作でだいたい6000kgくらいかな?」
「さすがに多いね。まあ変換機で売ればいいのか」
「だとしても2人で管理は無理だから、最初は小さくやっていこう!」
「そうだね」
「おじいちゃんに謝るのか…」
小町のおじいちゃんの茂雄さんにはメールで畑の相談を良くしていたので、僕からも連絡してみよう。
ずっと農業をしたかったから、米作りには少しワクワクしていた。
▽ ▽ ▽
夕方になり、僕は茂雄さんにメールを送った。
パソコンでしかメールを見ないため、返信はいつも遅かった。
「まあ返信来るまで気長に待ちますか」
パソコンで田んぼやら農業用の機械などを検索して少しでも知識を入れようと思ったが、難し過ぎて全然わからなかった。
これは米マイスターと茂雄さんに任せるしかないな。
僕がリビングに行くと、小町がスマホを持ちながら唸っていた。
「どうしたの?」
「…おじいちゃんに連絡しようか迷ってて」
「今日すぐにとは言わないけど、早めに謝っちゃいな」
「だって私悪くないもん」
「悪くなくても!」
「…はい」
しょげている小町もかわいかった。
「今日は外食にでもする?」
「うーん。出前がいい」
「何食べたいの?」
「お寿司」
「わかったよ。食べたいやつ注文して」
「はーい」
小町がスマホをいじり、寿司の注文をした。
「哲ちゃん。到着19時過ぎるって」
「結構遅いな」
「いっぱい頼んじゃった」
「ちゃんと食べてよ」
「うん」
「寿司が来るまで何しようか」
「哲ちゃん!マッサージして」
「わかったよ」
僕は小町のマッサージをして時間をつぶした。
▽ ▽ ▽
ピンポーン
家のチャイムが鳴った。
「おっ!思ったより早くない?」
「お寿司!お寿司!」
1時間マッサージをしたおかげで、小町は元気になっていた。
僕は玄関を出て、家の門まで行った。
そこにはお寿司屋さんではなく見覚えのある白髪のおじいさんが居た。
「茂雄さん?」
「哲治くん。いつもシゲ爺と呼んでくれと言っとるじゃないか」
「すみません。まだ慣れなくて。ところで今日は?てか中に入ってください」
「すまないの。失礼するぞ」
僕はシゲ爺を家に案内した。
リビングに入ると小町がこっちを見て驚いた。
「おじいちゃん!何でいるの?」
「何でいるのじゃないだろ!変な電話をしてきおって。変な土地でも買わされたんじゃないかって心配できたんだぞ」
「田んぼはどうしたの?」
「ほとんど隠居してるんだから平気じゃ。息子とお前の兄に任せておる。それでどこに田んぼを作るといっとるんじゃ?」
小町はシゲ爺の勢いに押されていた。
ピンポーン
チャイムが鳴った。
「シゲ爺。夕ご飯まだですよね?今日はお寿司なんですよ。一緒に食べましょ」
「ほう。いいのか?」
「はい!是非!」
「ではいただこう」
僕はシゲ爺の勢いを抑えることに成功した。
すぐに玄関に行き、寿司を受け取った。
寿司は5人前くらいの量だった。
▽ ▽ ▽
僕達は寿司を食べながら、話をした。
「小町。シゲ爺にあやまりなよ」
「哲ちゃん!どっちの味方なの?」
「両方」
「えー。おじいちゃん、朝はごめんなさい」
それを聞くとシゲ爺は笑顔になった。
「よし。許そう」
「おじいちゃんも謝って!」
「え?」
「おじいちゃんも謝って!」
「シゲ爺、すみませんが呑んでください」
僕はこのモードの小町は絶対に退かないことを知っていた。
「小町、ちゃんと話を聞いてやらずすまなかった」
「許そう!」
「はい、では握手してください。もう喧嘩はなしですよ」
2人を握手させ、僕は寿司を食べた。
「それで田んぼの話だが、変な土地を買ったのか?哲治くんがいるからそんなことはないと思うが」
「あー買ってはいないです」
「では譲られたのか?税金がだいぶかかるぞ?」
「いえ、譲られてもいないです」
「ん?じゃあ田んぼはどこに作りたいのだ?」
僕は困ってしまった。
「おじいちゃん。その話は明日するから。いちいちうるさいよ。お寿司が美味しくなくなる」
「お前!おじいちゃんに向かって何を言う!」
「あーおじいちゃんのせいで海老が美味しくなくなった」
「そんなわけあるか!」
「2人共!喧嘩するならご飯は没収しますよ?」
「「すみません」」
喧嘩と仲直りを繰り返し、やっと食事が終わった。
小町はおじいちゃんっ子で、シゲ爺の性格的に友達みたいな関係だった。
僕が初めて小町の実家に行った時、家族仲はだいぶ良好で特にシゲ爺とは仲が良かった。
何回も2人の喧嘩の仲裁をしているせいで、僕も少し砕けて話せるようになった。
僕はリビングに2人を残し、客間に布団を敷きに行った。
▽ ▽ ▽
リビングに戻ると、2人はテレビを見ながら笹団子を食べていた。
シゲ爺が新潟から買ってきてくれたんだろう。
「シゲ爺。お布団敷いたので、いつでも寝れますよ」
「おう。哲治くんすまないね」
「いえいえ」
「そういえば野菜作りはうまくいっているのか?」
「残念ながら。シゲ爺のアドバイスもやってみたのですが、ここら辺の土は塩分が多いみたいで」
「そうか。まあ懲りずにいろいろやってみなさい。わしでよければいつでも助力してやるからの」
「助かります」
シゲ爺はだいぶ優しい。他の家庭を知らないけど、孫の旦那にこんなにやさしいのだろうか?
「哲ちゃん!」
「ん?」
「お腹いっぱいで動けない」
「え?」
「ははは!小町は食い過ぎじゃ」
「久しぶりの笹団子だもん」
テーブルを見ると笹の葉が大量に積まれていた。
「哲治くん。わしは1つしか食っとらんからな。あとはぜーんぶ小町じゃ」
「おじいちゃん!言わないでよ」
そう言いながら小町はシゲ爺を叩いた。
「ははは!いいのかこんな嫁で」
「こんなところも好きなので」
「ほう。親族の前でのろけるか」
「すみません」
「じゃあわしはそろそろ寝るかの。哲治くんはそのでっかい笹団子を運んでやれ」
「はい」
シゲ爺は客間へ向かった。
僕は小町をお姫様抱っこし、寝室へ運んだ。
ベットに寝かすと小町が口を開いた。
「どう思う?」
「ん?良いと思うよ。あと何個あるんだっけ?」
「3個」
「じゃあ朝になったらシゲ爺に話そう」
「うん!」
最近は小町が考えてることが少しだけど分かるようになった。
これが愛の力か。
僕もベッドに入り、眠りについた。
でっかい笹団子が前よりもちょっと重く感じたのは墓まで持って行く。




