11.救世主
エルフの男性の言葉に耳を疑った。
「すみません。何と言いました?」
「あなた様が救世主様ですか?」
僕はいろいろ考えたが、どんだけ考えてもその可能性を見出せなかった。
「多分違うと思います」
「え!」
エルフの男性はひどく落ち込んだ。
「何でそう思ったのか聞いてもいいですか?」
「我々が漂流をしているとき、10人全員が同じ声を聞いたんです」
「どんな?」
「この先の大きな山がある島があります。その島には1人の人間の男性が居ます。その男性は妻と8本脚のモンスターと木でできた立派な家で暮らしています。その男性があなた達を助ける救世主になるでしょうという声です」
「あー急速に僕の可能性が高くなりました」
「ですよね?救世主様」
エルフの男性は嬉しそうにこっちを見ている。
「とりあえず救世主どうこうの話は、みんなが起きてからしましょう」
僕はエルフの男性に水と食べ物と栄養ドリンクを渡した。
「偏見だったらすみません。エルフの方はお肉とか食べれます?」
「食べれます!ありがたくいただきます」
エルフの男性が焼肉弁当を食べ始めた。
「あー何日ぶりの食事だろう。美味し過ぎる!」
「よかったです。まだあるので欲しかったら言ってください」
「ありがとうございます」
エルフの男性が弁当を食べていると、匂いが原因なのかみんなの意識が少しずつ戻ってきた。
僕は目覚めた人達に弁当と水を渡した。
最後の人が目覚めたのは、エルフの男性が目覚めてから1時間後だった。
▽ ▽ ▽
「では皆さんの事を聞いてもいいですか?」
「はい。代表して私が話します。エルフのクリフと申します」
最初に起きたエルフの男性がリーダーみたいだ。
「まずあなた達は何でこの島に来たんですか?漂流前のことから教えてください」
「わかりました」
エルフ男性が口を開いた。
「私達10名は奴隷です」
「え?」
「船には私達の所有者である奴隷商人と船員数名と私達を含めた約100人の奴隷が乗っていました。どこかの国へ私達を売りに行くための航海だったようです」
「奴隷か…」
僕は聞き慣れない文化に驚いた。
「船は航海の途中、悪天候に見舞われて船員のほとんどが亡くなりました。船員が足りないということで、船内の同じ檻に入れられた9人が船員として働かされることになりました」
「9人?」
「巨人のドグドくん以外です。ドグドくんは船の別のところで捕まっていたのです」
「なるほど」
「私達9人は亡くなった船員の代わりにこき使われて、船はなんとか稼働することが出来ました。しかし私達が船員代わりを始めて数日後の夜、別の檻に閉じ込められた奴隷達がどんどん死んでいったのです」
「え?」
「奴隷のなかに人に移る病気を持っている者が居たのです」
「病気?」
「状態異常耐性と病気耐性を持っていた私の妻が奴隷商人の目を盗んで、船の積み荷から薬草の類を見つけて病気耐性が一時的に上がる薬を作りました。しかし奴隷商人の目を盗みながらだったので、7人分しか作れませんでした」
「え?」
「同じ檻にいた7人に私達は薬を渡しました。私は呑まないつもりでした。妻もそれに同意してくれました」
「そんな…」
「7人に私の代わりに妻を助けてくれと伝えたのですが、悪魔族のアデスちゃんが病気耐性があるということが分かり、アデスちゃんの分を私が呑むことになりました」
僕は想像を超えた話し過ぎて、話を理解するのに精いっぱいだった。
「病気は船内に蔓延しました。アデスちゃんが各奴隷の檻を清潔にするために『クリーン』をし続けてくれたのですが、その甲斐むなしく私達以外の奴隷は全員亡くなりました。奴隷商人や船員も死に、船には私達だけになりました」
「なるほど」
「私達はどうにか陸を目指して船を動かすことにしました。まだ病原菌が残っている可能性があったので、アデスちゃんに船全体を『クリーン』して回ってもらっているときに、船の一番下の部屋に拘束されているドグドくんを見つけました。たぶん巨人族は力が強いので、船を壊させないために隔離していたみたいです」
「そうなんだ」
「船の中の水も食料もほとんどなくなっていて、食料は龍人のザンが倒したモンスターの肉、水は水魔法で出して何とか生きながらえました」
「魔法ってあるんだ」
「陸を目指して航海を進めていると、船は嵐に遭遇してしまいました。何とか嵐を耐えきったのですが、私達の体力は限界を迎えてしまい、諦めていたところに先ほどお話しした声が聞こえたのです」
「なるほど」
「最後の力を振り絞って、船を進めたのですがまた悪天候にあってしまい、今に至ります」
「うん。大体は理解したかな」
「本当ですか、救世主様!」
10人は期待の目で僕の事を見ている。
「まず、みんなはどうしたいの?」
「「「「「え?」」」」」
「助けるっていうのがざっくり過ぎて。クリフさんは何を求めるの?」
「え?」
「例えば元々住んでた国に帰りたいって人が居たら、砂浜に倒れているあの船の修理を手伝うことしかできないと思う。僕はこの島に来てから初めて会った人が君達だからね。他の大陸とかに連れて行く方法も伝手もないんだ」
僕がそういうと巨人のドグドくんが口を開いた。
「俺は元いた場所に帰りたくない。俺は小さいから捨てられて捕まった」
「え?小さいから?」
「巨人族にしては、小柄だとは思いましたがまさか捨てられていたとは」
「ドグドくんはどうしたい?」
「救世主様が許してくれるんなら、島の端っこで暮らさせてほしい。救世主様の邪魔をしない様にするので」
「うーん。ドグドくんのお願いはわかった。考えておくね」
「ありがとう」
「とりあえず夜用のご飯を準備してくるから、みんな考えておいて。ご飯食べながら話を聞くから」
「わかりました」
僕は一度家に戻り、大量の弁当を買いに行った。
▽ ▽ ▽
島に戻るころには夕方になっていた
僕とオクトンは皆にご飯を配った。
「じゃあ食べながら話そうか」
「はい」
「1人ずつ聞こうか?」
「いえ、みんなで話し合いました」
クリフさんが口を開いた。
「ドグドくんの要望と同じなのですが、私達に島の端っこを使う許可をもらえませんか?」
「ん?みんなで生活するの?元の国とかには戻らないの?」
「はい。みんなそれぞれ理由があるのですが、元の国には戻らないという選択をしました」
「なるほど」
僕が考え込むと10人が心配そうにこっちを見ている。
「みんなを捕まえていた奴隷商っていうのは人間?」
「そうです」
「人間嫌い?」
「正直いい印象はありませんが、エルフにも悪い者はいます。人間にも良い者も悪い者もいると理解はしています」
「なるほど。じゃあもしよかったらだけどこの島に暮らす?」
「良いんですか!端の方で救世主様の邪魔をしないように暮らします」
10人は喜び、少しにぎやかになった。
「いやちがくて」
僕がそう言うと一気に静かになった。
「ここに暮らす?一緒に協力し合って」
「え?いいんですか?」
「正直、善意で言ってるわけではないよ。妻がここで米を作りたいんだって。だから手伝ってほしいなーって」
「コメ?」
「あー食べれる植物。お弁当に白い粒々の入ってるでしょ?それ!」
「あーこれですか!」
「まあ手伝ってくれなくてもいいんだけど、せっかく同じ島に暮らすのに別々は悲しくない?」
そういうとみんなの手の甲と僕の手の甲が光った。
光りが収まるとクリフが寄ってきた。
「き、救世主さまー!」
クリフさんは涙目になっていた。
「どうかな?」
「「「「「おねがいします!」」」」」
まさかの流れで島の住人が増えることになった。
あとで小町に説明しないといけないな。