ビターチョコレートコーヒー
カカオ七十パーセントのチョコレートと温いコーヒー。それが隣の彼のお供だった。
コーヒーが温いのはいくら熱々でいれても、彼は仕事に没頭していて、一口飲む頃には冷めてしまっているのだ。それについて、彼が文句を言うことはない。
カカオ七十パーセントのチョコレートは糖分補給らしい。いや、カカオ七十パーセントのチョコレートは砂糖が入っているのか少し疑わしいレベルで苦いのだが。まあ、コーヒーも必ずブラックで飲む彼のことだ。苦いものの方が好みなのだろう。
「本当はさ」
コーヒーを持っていくと、パソコンの方を向いたまま、彼は呟くように告げた。
「コーヒーは好きなんだけど、体に合わないんだよね。首が絞まるような心地がして、苦しくなるんだ」
それは、アレルギーか何かではないのだろうか。
「でも、それは一気にたくさん飲んだときの話で、少しずつ飲めば、そんなことにはならない。だから、少しずつ苦味を堪能するんだ。堪らなく美味しいんだけど、おあずけみたいに少し間を置くと、不思議と次の一口は甘く感じたりするんだ。人間って不思議だよな」
不思議なのはあなたではなかろうか。
彼は語ると満足したのか、チョコレートを一欠ぽい、と口に放り、まだ熱いコーヒーと共に飲み下した。
キーボードをぱたぱたと鳴らしながら、彼は続けた。
「たぶん、精神安定剤みたいなものなんだろうな。飲まなくても、傍らにコーヒーの入ったカップがあるだけで、集中できるんだ」
これを依存だと笑うか? と彼は問いかけた。
わからない。彼は決してコーヒーを飲み過ぎているわけではない。ただ、本当にコーヒーがないと安心できないだけ。字面だけ見れば依存症かもしれないが、果たして置いておくだけのコーヒーが、どんな害を及ぼすのだろうか。
「なんだか、かっこいいですね、先輩」
「はは、へたくそ」
口説くならもっと上手くやれ、と彼は言った。
「コーヒーとチョコレートより美味くなったら、付き合い方を考えてやらんでもないよ」
その言葉は苦くて、コクがあって、口の中ではすぐ溶けてしまうのに、いつまでも余韻を香らせるようなビターチョコレートとコーヒーのようだった。
ビターチョコレートコーヒー。彼を口説き落とせる人はいつか現れるのだろうか。それとも彼は苦味の孤高に君臨し続けるのだろうか。
とても理解し難くて、愛おしい、身近な人。