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日々の想い(日記?)  作者: otu
小説って、アニメ化される30ぐらいがちょうどいい?
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20年後の日本消失・・・?

まえがき


この文章は、日本の人口減少、財政問題、社会保障、食糧安全保障、共同体の変化などについて考えていく中で生まれた、個人的な思考の記録である。


ここに書かれている内容は、統計や社会の変化から感じ取った部分もあれば、自分自身の不安や直感、偏った見方も含まれている。そのため、客観的事実と一致しない部分もあると思う。


また、この文章は誰かを否定したいものではない。


外国人を否定したいわけでも、昔の日本へ戻るべきだと言いたいわけでもない。


むしろ、自分の中で引っかかっていたのは、


「人口減少と経済縮小の時代に、日本という社会を支えてきたものは維持できるのか」


という感覚だった。


考え始めたきっかけは、「国の借金」という言葉だった。


政府債務が増え続ける中で、それを抑えようとする考え方は、国家運営として自然な発想なのだと思う。人口減少と高齢化が進む以上、社会保障費や国債発行が増えていくことへの危機感も理解できる。


ただ、その中で、


効率化

財政再建

労働力補填

制度維持


だけを優先していった場合、日本という社会を成立させていた「中身」まで同時に失われていくのではないか、という疑問が強く残った。


この文章は、その答えを出すためのものではなく、そうした違和感を言葉にしようとした記録である。

20年後の日本を考えたとき、自分が最も大きく感じているのは、単なる人口減少や経済停滞ではなく、「社会を支えていた世代」が消えていくことへの不安である。


戦後から高度経済成長期にかけての世代は、貧しさや混乱を経験しながらも、


社会を維持する

次世代へ渡す

自分だけではなく共同体を支える


という感覚を比較的強く共有していたように見える。


その結果、日本社会には、


災害時の秩序

地域共同体

技術継承

接客文化

清潔観念

集団行動の安定性


など、「利益だけでは説明できない行動」が根付いていた。


もちろん、それらを全面的に肯定したいわけではない。


当時の社会には、


同調圧力

個人の尊厳の軽視

長時間労働

空気を読む文化


など、現代から見れば問題だった部分も多く存在していたと思う。


ただ、それでも社会全体としては、「維持する力」が存在していたように感じる。


しかし現在、その世代は高齢化し、これから20年ほどで社会の中心から姿を消していく可能性が高い。


同時に、


実質賃金低下

少子化

孤立化

地域共同体の衰退

技術継承断絶


が進み、「社会を支える余裕」を持てる人そのものが減っているように見える。


昔は、


地域活動

若手育成

技術継承

社会的役割


のような、採算を超えた行動を担う人が一定数存在していた。


しかし今は、多くの人がまず、


「自分が生き残れるか」


を優先せざるを得なくなっている。


その結果、今後の日本では、


自治会はあるが機能しない

学校はあるが共同体が崩れる

インフラ会社はあるが技術が継承されない

接客マニュアルは残るが文化が消える


という、「殻だけ残る社会」が進む可能性がある。


さらに、日本は現在、


人口減少

社会保障費増大

国債増加

食糧不安

災害多発

インフラ老朽化


を同時に抱えている。


政府が、


効率化

AI化

外国人労働力

財政再建


へ向かうのも、ある意味では自然なのだと思う。


ただ、その過程で、


「日本という社会を成立させていた精神的な基盤」


まで失われてしまうのではないか、という不安が残る。


特に気になっているのは、日本が食糧・エネルギー・物流・災害対応など、多くをギリギリの均衡で維持している国に見えることである。


もし今後、


大規模災害

食糧危機

社会不安


が同時進行したとき、本当に日本は今の形を維持できるのか。


そして、「人口を補えば解決する」という考え方だけで、この問題を乗り越えられるのか。


そこに強い疑問を感じている。


それは物理的な国家消滅ではなく、


「日本という社会の連続性」


が失われることへの不安なのかもしれない。


ただ一方で、日本社会が完全に消えるとも思っていない。


むしろ今後は、


維持される地域

空洞化する地域

新しい共同体へ再編される地域


の差が極端に広がっていくようにも感じる。


20年後、日本は今と同じ姿では存在していないかもしれない。


しかしその中でも、


何を守ろうとするのか

何を捨てるのか

何を次世代へ渡そうとするのか


によって、その後の日本の姿は大きく変わるのだと思う。

あとがき


この文章を書きながら、自分が考えていたのは、「日本は終わるのか」という単純な話ではなかったのだと気づいた。


むしろ、


「縮小していく社会の中で、日本は何を残そうとするのか」


という問いに近かったのだと思う。


昔の日本には、人々を強く結びつける力があったように見える。

しかし同時に、その社会は個人へ重い負担を与える面も持っていた。

だから、昔を理想化したいわけではない。


ただ現在は、古い共同体が弱まり、新しい支え方がまだ十分に見つかっていない過渡期にあるように感じる。


人口減少、少子高齢化、技術継承、地方の空洞化、財政不安、災害リスク――。

それぞれ別々の問題に見えながら、どこかで繋がっているようにも思える。


もちろん、この文章に書いたことの多くは、個人的な推測や不安であり、偏った見方も含まれていると思う。


未来を正確に予測できるわけでもない。


それでも書き残したかったのは、


「これから日本は、何を守ろうとするのだろうか」


という感覚だった。


社会が縮小していくとしても、その中で、

何を残そうとするのか

どんな形なら続いていけるのか

によって、20年後の日本は大きく変わる気がしている。

今はまだ、その答えは見えていない。

けれど少なくとも、変化そのものから目を逸らさずに考え続けることだけは、必要なのだと思う。


たとえ、自分が存在していなかったとしても・・・

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