税の正当性・・・
税は正当でありうる、だが中立ではない
誤解のないように明記しておきたいのは、
税金そのものを否定したいわけではない、という点です。
税は本来、
社会を維持するための共同負担であり
治安・教育・医療・インフラといった公共財を支える
必要不可欠な仕組みです。
もし税が存在しなければ、
社会は即座に「力を持つ者が奪う世界」へと後退します。
その意味で、税は文明のコストであり、
正当性を持ちうる制度だと考えています。
しかし同時に、
現在の税の集められ方・使われ方を見たとき、
どうしても無視できない前提があります。
それは、
この制度が「強い力関係」の上に成り立っている
という事実です。
税は「話し合い」ではなく、
逃げられない
拒否できない
異議を唱えても免除されない
という形で徴収されます。
つまり、
力関係が存在しなければ、現在のような集金方法にはならない
という点は否定できません。
この事実を直視したとき、
税は「完全に中立で公正な制度」ではなく、
秩序維持を名目にした強制力を内包する仕組みであることが浮かび上がります。
問題は税そのものではなく、
その強制力が、
複利による債務の穴埋め
政策失敗の後始末
逃げられない層への一方的な負担
に使われていると感じられる瞬間に、
正当性が揺らぐことです。
ここで生じる違和感は、
「税=悪」だからではありません。
税が正しいと信じたいからこそ、
それが力関係によって歪められている現実が、
余計に矛盾として浮かび上がる
そのような感覚です。
したがって、
国が泥棒だと断定したいわけでも、
法律が無意味だと言いたいわけでもありません。
ただ、
法律で定められている
正当な制度である
という言葉が、
力の非対称性を覆い隠す免罪符になっていないか
を問い続けたいだけです。
この文章は、結論を出すためのものではなく、
「正しさ」と「力」がいつの間にか混同されていないかを確認するためのメモです。
税は必要です。
しかし、必要であることと、
現在の形が最善であることは、同義ではありません。




