消えたデーター
前回の土日で、Windows と Ubuntu のシステム統一を目指して頑張った。
Ubuntu のインストール準備でパーティションを切り分け、最初の段階で色々と頭を抱えたけれど、驚いたことに、Windows はその間も基本システムを崩さず、ちゃんと起動し続けてくれた。
うまくいかなくて苛立つ自分をよそに、黙って働き続けるその姿に、ちょっと感謝の気持ちが湧いてきた。
やっぱり、OS だって、心なしか愛おしい存在に思える瞬間があるんだ、と不思議な気持ちになる。
最初の段階で、半日近くかけて試行錯誤した。
M.2 の容量は 1TB あるはずが、思ったようにはいかず、試したデータの多くは消えてしまった。
でも今は違う。AIが隣にいるようなものだ。
わからないことを聞けば、正しいコマンドを教えてくれるし、迷路のような設定画面も、迷う前に先回りして道を示してくれる。
Windows であれば何も考えずに動いたかもしれない。でも、AIと一緒なら Ubuntu でも困らない。
むしろ自由度の高さと軽さを享受できる。
不思議だ。昔なら手を出せなかった Linux に、自然に手が伸びてしまう。
そして思う。AI がある限り、OS の間の“難しさの差”なんて、ほとんど意味を失ってしまったのかもしれない、と。
これからもっと多くの人が、自分と同じように Linux の世界に触れるのだろう。
AI がそっと背中を押してくれるから、誰も恐れることはないのだ。
ただ、企業向けで考えると話は少し複雑だ。
Ubuntu はセキュリティ面で非常に強固だが、それゆえに設定や管理にハードルがある。
一方で、Windows の不安定さやアップデート問題があからさまに現れている今、AI のサポートで Linux の管理が容易になったことを考えると、企業でさえ Ubuntu に変化しかねない現状に、すでに来ているのかもしれない。
誰もがまだ戸惑うけれど、確実に潮目が変わろうとしている。
こうして振り返ると、やはり、自分が考えたこと以外は、もしかしたら全てなくても問題ないのかもしれない――そう思えてくる。
失われたものがあっても、それによって本当に大切なものや、本当に必要な知識、経験は、手元に残っているのかもしれない。




