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日々の想い(日記?)  作者: otu
小説って、アニメ化される30ぐらいがちょうどいい?
37/50

覚書:「記憶の手前」

前書き


これは、夢の中で起きたと考えたほうがいいと思えるほど、現実の感触が薄い三文小説です。

しかし、夢ではなかったことを、家族や医師、残されたレシートや記録が静かに証明している――。

朝、いつも通りバイクのスクーターにまたがり、エンジンをかけた。

道は少し湿っていたが、特に気にすることもなく走り出した。

途中で少し滑ったような気がした。体が傾き、何かが擦れる音がしたが、そのまま走り続けた。

職場に着くと、胸の奥に小さな違和感があった。

何かがおかしい。けれど、何がおかしいのかがわからなかった。


そのままスマートフォンを取り出し、「脳外科」と検索した。

地図アプリが示す方向にハンドルを切り、知らない道を進む。

受付で保険証を出し、診察を受けた。

医師の話を聞き、支払いを済ませた。レシートもある。

その先生が言った。「総合病院で詳しく調べたほうがいいでしょう」。

そうして、救急車を呼ぶことになった。

私は、その判断を自分で下したと思っている。


――だが、それらの記憶はない。


後日、家族や病院の人たちの話で、その一連の行動を知った。

バイクで転倒し、そのまま職場へ行き、さらに脳外科へ向かったらしい。

自分ではまったく覚えていない。

それでも、昼に食べたシュウマイにカラシをかけ忘れて後悔したことだけは、鮮明に覚えている。

なぜその一瞬だけが残っているのか、自分でもわからない。


病院での私は、事故の状況を何度も確認していたという。

「人を巻き込んでいないか」「警察は来ていないか」と、しつこいほど繰り返していたらしい。

入院して検査も受けたが、その辺の記憶も曖昧だ。

あとがき(覚書)


この出来事を振り返るたびに思う。

人間の行動は、記憶よりも習慣に強く結びついているのかもしれない。

意思が途切れても、体は「いつものように」動こうとする。

もしその習慣が危険なものであれば、意識のないままにそれを実行してしまうこともあるのだろう。


習慣は、生きるための自動運転であり、ときに思考よりも忠実な「私」なのかもしれない。

そのことを知ったのは、記憶を失った時間の中でだった。


そして今になって思う。

上半身のプロテクターがなかったら、肋骨の骨折は免れなかったかもしれない。

胸のあたりにはまだ鈍い痛みが残っている。

「スクーターにプロテクターまでは必要ない」と言う人もいる。

だが、あの装備があったからこそ、私は裂傷と軽い記憶障害だけで済んだのだと思う。

身体が覚えていた安全の準備が、私の代わりに私を守ってくれた。

そう考えると、習慣と装備はどちらも“生き延びるための記憶”なのかもしれない。


そして何より、この出来事に関わってくれた家族、医師、看護師の方々に感謝したい。

私が覚えていない時間を、彼らが支えてくれていた。

記憶の外にある“私の行動”を、彼らが証明してくれた。





医学的補記:一時的な記憶喪失について


このような体験は、医学的にも珍しいことではない。

強い衝撃で頭を打った際に起こる**外傷性健忘(traumatic amnesia)**では、

事故直前や直後の記憶が一時的に抜け落ちることがある。


本人は受け答えもでき、歩いたり運転したりすることもあるが、

後になって振り返ると、その時間帯が“まるごと抜けている”。

脳震盪などによる軽度の外傷性脳損傷でよく見られる症状である。


また、外傷がなくても強いストレスや血流変化によって

**一過性全健忘(Transient Global Amnesia, TGA)**と呼ばれる似た症状が生じることもある。

この場合、数時間から半日ほど「新しい記憶が作れない」状態となる。


いずれも、脳の記憶を司る部分――海馬など――の働きが一時的に停止することで起こると考えられている。

つまり、意識はあっても記録されない時間が存在するのだ。


その空白の間、人は習慣に導かれるように行動する。

日常の繰り返しが、思考よりも先に“体を動かしてしまう”のである。

その事実を知った今、私は人間という存在がいかに脆く、

それでいて精密にできているかを、静かに実感している。

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