顔のない日々
この物語はフィクションです・・・・・・・?
前書き
2020年以降、私たちの日常は突然、マスクに覆われるようになった。
感染症対策としてのマスク着用は、確かに必要な防護措置だった。
しかし、夏の高温多湿の環境下で長時間マスクを着け続けることは、知られざるリスクを孕んでいる可能性がある。
体内の酸素濃度はわずか数パーセントの低下でも、脳の前頭前野に影響を及ぼし、判断力や集中力の低下を招くと言われる。
酷暑の中、換気もままならない密閉環境でマスクを長時間装着すれば、慢性的な酸素不足や微細な酸素欠乏症に陥る恐れも否定できない。
そうした肉体的な負荷は、単なる個人の健康問題にとどまらず、資本主義社会の根幹を揺るがす可能性すら孕んでいる。
人々が正常な判断力を失い、生産性や創造性が低下すれば、経済活動は停滞し、競争力を失う。
そして、「効率第一」「利益至上」の価値観で成り立つ現代社会は、ゆっくりとした“喪失”の中で崩壊の兆しを見せるかもしれない。
本書は、そんな影響の一端として、マスク社会が特に若年層に与えた心理的・社会的な波紋を描く短編である。
身体と精神の両面からの喪失が、静かに未来を蝕んでいることに、読者が気づくきっかけとなれば幸いだ。
2025年春、都内の就活会場は例年よりも静かだった。
学生たちは黒いスーツに身を包み、マスクを着けていた。しかし、その日、ある面接官ははっきりと口にした。
「マスク、外してもらえますか?」
彼女は固まった。数秒、息が詰まるような沈黙が場を包んだ。
自分がそれを断ることで、この部屋の空気を乱してしまうかもしれない。
それでも、心臓が激しく鼓動し、声は出なかった。
「……すみません、ちょっと……」
言葉がマスクの内側で溶けていく。
その場にいた誰もが、彼女の目の奥の不安を見逃さなかった。
***
それから五年遡る。2020年、彼女がまだ8歳の頃。
あの年、世界から“顔”が消えた。
学校に行けば全員がマスク姿で、みんなの表情は半分隠されていた。
笑っているのか、怒っているのか、悲しいのか、誰にもわからなかった。
担任の先生は繰り返し言った。
「マスクを外したら、おうちの人が死んでしまうかもしれませんよ」
それはただの衛生指導ではなく、まるで恐怖を植え付ける呪文のようだった。
彼女はいつしか、笑うことに罪悪感を抱くようになっていた。
***
2021年。彼女の弟がコロナに感染した。
クラスメイトのささやきが耳に突き刺さる。
「〇〇ちゃんの家って感染者が出たんだって」
「やっぱりあの子、危ないんじゃない?」
ランドセルには“菌”と落書きされ、帰宅すれば母親が涙をこぼしていた。
何の罪もないのに、なぜこんな目に遭うのか。彼女にはわからなかった。
張り紙が貼られ、教室では誰も彼女たちの目を見なくなった。
給食の時間には、一人だけ離れた席で食べることを強いられた。
感染したことが悪いのではない。
「感染しないために十分に気をつけなかった」ことが、悪だったのだ。
***
2023年、中学生になった彼女はマスクを外せなくなっていた。
マスクを外すことは「裸になること」と同義に感じていた。
誰にも見せたくない、自分の顔。
ある日、隣の席の男子が小声で言った。
「ずっと隠してると、結婚できねえぞ」
冗談だったのかもしれない。だが、その言葉は胸の奥に深く刺さった。
***
そして再び2025年。
面接は終わり、彼女は静かに席を立った。
面接官の目は彼女のマスク越しの顔をまともに見ていなかった。
しかし、言葉にならない「躊躇」と「恐れ」を見逃さなかった。
「結果は後日お伝えします」
その言葉は、合格の知らせではないことを彼女も知っていた。
***
帰り道、スマホの画面が目に入った。
【ニュース速報】
「20代女性の自殺率、前年比28%増」
「“顔を見せられない世代”に深刻な精神的不安」
彼女の周りを行き交う人々は皆、マスクで顔を隠している。
だが、誰もがその理由については語ろうとしない。
理由は、いつの間にか“空気”となってしまった。
***
マスクがすべての原因ではない。
しかし、他人の顔も、自分の顔も見えない社会は、
若者たちから大切なものを静かに奪い去った。
笑顔、信頼、そして人生を選ぶ勇気さえも。
「顔を見せること」に怯える彼女たちは、
人間関係や恋愛、仕事、結婚といった機会を少しずつ失っている。
***
これは「静かな喪失」の物語である。
私たちが見落としがちな、あるいは避けてきた、顔のない世代の記録だ。
注意書き
本稿で描かれる内容は、現時点で入手可能な情報や報告、そして筆者の考察をもとに構成されています。
しかし、マスクの長時間着用が酸素欠乏症を引き起こし、精神的・身体的影響を及ぼす可能性については、現在も研究途上にあり、医学的な確証は十分に得られていません。
しかし、その治験結果が得られた頃には、すでに後戻りできない段階に達しているかもしれない──というのが、最も恐ろしい現実かもしれません。
本作品はあくまで社会的・心理的側面の一例としてご理解ください。
読者の皆様には、最新の医学的知見や公的な健康指導を優先し、過度な不安や誤解を招かぬようご留意いただきたいと思います。
本作品はあくまで社会的・心理的側面の一例としてご理解ください。
あとがき
この物語を書いたのは、マスク社会がもたらした影響に疑問を抱いたからだ。
マスクが感染症予防のために必要だったことは間違いない。
しかし、その裏で見えなくなったものは何か。
特に子どもや若者の「自己像」と「社会性」の形成に深刻な影響が出ていることを、社会全体で認識しなければならない。
顔を隠すことが当たり前になる社会では、人と向き合うこと自体が怖くなる。
これは単なる衛生習慣の変化ではなく、文化と心理の深い断絶だ。
未来をつくる若者たちが、「顔を出すこと」を恐れず、
自分らしく生きられる社会を、私たちは取り戻さなければならない。




