ゆるゆる
「はい、こちらおやつになります」
俺の元にドライタイプのカリカリが入った容器が手渡される。
正直この量で700円という値段は絶妙に足元を見られてる気がしないでもない。
若干違和感を持ってしまうが……
そんなものはすぐに消えていった。
「何だこれは……」
目の前に広がる光景に現実感を失いかける。
俺の持つおやつ目掛けてい寄ってくる何匹もの猫。
物欲しそうに鳴き声を上げながらぐっと目を細めて見つめてくるのだ。
こんな愛らしい視線を浴びせられておねだりを拒める人間などいるのだろうか?
結局俺は3回おやつを買った。
一匹に上げられる量は決まっているが…色んな猫に与えていたら自然とそれだけ金を使っていたんだ。
全く上手い商売である。既に2100円を費やしたがまだ飽きそうにない。
「……うん?」
4個目の購入を視野に入れていると、隣に座る梅森の異変に気付く。
一匹の三毛猫の頭をずっと撫でているようだが……
「ふふ……」
(ああもう今日もほんっとつばさは可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い)
普段は引き締まっている梅森の表情は珍しく緩み切っていた。
傍から見たら物静かな美少女がつばさと言う名の猫を愛でる図。
どこか哀愁すら感じさせるような構図だが……俺から見たら感傷的な要素は少し薄れてしまう。
しかしあれだけ可愛い存在を目の当たりにして心まで偽れと言うのも無謀な話だ。
俺だって今の心境は梅森と全く変わらない、可愛い一色だ。
「ほら、おやつよ。あっ……こら、ケンカしないの」
(井口君と猫達、今周りに好きな存在しか居ないんだけど……何この幸せ。私明日死ぬの?)
おやつをあげながら梅森は幸せを噛み締めていた。
でも死を覚悟するのはちょっとおかしいと思う。
……本当に表の態度と裏にある本音のギャップが凄いな。
仕方ない事と分かっていてもその落差には驚かされる。
そもそも梅森がにやけている事すら普通に考えたら大ニュースなんだけどな。
多分学校でやったら一週間は男子の話題に中心になると思う。
「あぁ……最高だったな」
「私も初めて来たけどにゃか……な、中々癖になりそうね」
(本当は週一で行くレベルの常連客だけど……猫カフェって私のキャラじゃないもんね)
さらっと流れる梅森の嘘。最も誘われた段階で知ってたんだが。
週一で癒されに行ってるのなら渋谷慣れしてるのも頷ける。
それにしてもわざわざキャラを計算して発言を選ぶなんて何とも肩の凝りそうな話だが……
本人が貫き通したいのなら何も言うまい。
行きは元カノの話が出たりで若干重苦しい空気にもなったが、帰りの電車内は真逆だった。
まるでパンケーキを前にした女子達の様なゆるふわな雰囲気。
言葉こそ互いに冷静なままだが……どっちも内心はいい意味で穏やかじゃない。
ていうか梅森は若干それが表に出かかっている。
その証拠に今中々をにゃかにゃかって言いかけたからな。
慌てて言い直していたが……明らかに意識が猫に引っ張られているのが分かる。
「改めてありがとうな。お前が誘ってくれたおかげで今最高の気分だよ」
「そう。機会があったらまた一緒に行く?」
「ああ、梅森さえ良ければだけど……」
引き気味に了承すると梅森は嬉しそうにはにかむ。
「も、勿論構わないわ。次回は別の場所に行ってみる?例えば恵比寿にはこんなのとか……」
(やった!言質取った!)
慌ててスマホで他の猫カフェのサイトを見せながら早口で解説を始める梅森。
その剣幕に思わず苦笑いがこぼれる。
お前……一応表では猫カフェは初めてという設定じゃなかったか?
この様子を見る限り初めてどころか多数の店に通っている事が伺える。
最早完全にヘビーユーザーだと言うのを隠す気もなさそうだ。
嘘を付くのを忘れる程俺が一緒に行くと言ったことが嬉しかったのだろうか?
……何はともあれ、梅森が楽しそうで良かった。
徹底的に癒されたみたいだし、元カノの話題はしばらく忘れていてくれると嬉しいんだがな。
「で、ここは特に人懐っこい猫が多くて……」
そんな淡い期待を持ちながら、俺は梅森の説明に耳を傾けるのだった。