癒し
渋谷を一言で表すのなら何でもある街。というのが俺の素直なイメージだった。
実際現地まで来てその印象が間違っていなかったことを知る。
飲食店も、家電量販店も、服屋も……ありとあらゆる店がそこらに埋め尽くされている。
この景色に慣れてしまうと地元での買い物の際にアクセスの不便さを感じてしまいそうな程だ。
別にこっちが遅れてるんじゃないぞ。俺からしたら都会が進みすぎてるだけ。
帰るまでに価値観を引っ張られてないように気を付けよう。
さて、そんな何でもあってそこそこ何でも出来そうな街にたどり着いたが……
既に俺たちは目的地を定めている。
「じゃあ行きましょうか。こっちよ井口くん」
(楽しみだな~)
都会に胸を躍らせる俺とは対照的に梅森はさっさと目的を果たそうとする。
寄り道なんてする気はさらさらないようだ。
まぁ、目的もなくふらふらと練り歩くのは別の機会という事で……
素っ気ない態度はともかくとして内心はワクワクしているようで安心した。
……俺もかなり楽しみだ。
「ではフリータイムですのでごゆっくりお楽しみください。おやつは有料ですがあちらの方で~」
(カップルで猫カフェか~私もそんな感じの事してみたいな)
眼鏡を掛けた女性店員の説明を聞きながら奥へと案内される。
暖色を基調とした室内は自然と心を居心地良く感じさせた。
辺りを見渡すとそこらかしこにおもちゃがある。
あれを自由に使って戯れる事が出来ると考えると心が躍るな。
そして個人的に最も驚いたのが店内にドリンクバーが備え付けられている事。
確かに飲食物の持ち込みは禁止だと事前に聞いたが、代わりにこんなものがあるとは思わなかった。
店内には当然俺たちの他にもお客さんは居て……
家族連れ、4人の女子高生グループ、老夫婦と客層はバラバラだ。
しかし一貫しているのは皆にやけ切った笑みを浮かべていて内心は
(可愛い……癒される……)
の二言で埋め尽くされていることだ。
それも仕方のない話だ。
今俺たちが居る空間は天国と見間違うほど快適で……
更にそこには、何匹もの天使が居たんだ。
三毛猫、ペルシャ、アメショー、ブチ猫にキジトラ。
より取り見取りの天使たちは猫らしく自由気ままに部屋中で癒しを振りまいていた。
おやつを求めて膝に縋りつく子も居れば……我関せずと言った顔でぐでんと床で寛ぐ子も居る。
他にもペット用のタワーを一心不乱に登ったり、ひたすら撫でて撫でてとせがんだり……
猫によって行動は様々だがどれも皆可愛すぎる。
まだ触れても居ないのに既に心臓は破裂しそうなほど昂っていた。
にゃあ、と甘い鳴き声を聞くたびにたまらず肩を震わせてしまうまでに限界だ。
俺の癒され様は分かりやすく顔に出ていたようで、梅森は小さく笑う。
「……随分とご満悦の様ね」
大きく頷く。
「ああ。ヤバいな、何だこれ想像以上だ」
「そう、喜んでもらえたなら何よりよ」
(良かったー!気に入ってもらえた!)
本当に誘ってくれてありがとう。
心の中で何度も梅森にそう唱える。
無論口でも既に伝えたし多分この後もう2、3回は伝えることになると思う。
それ位今の俺の胸中は多幸感に満ちていた。
ここは【エスプレッソ】
渋谷の角の方に佇む非常に有名な猫カフェ。
テレビでの取材も何件か来たことがあるらしい。
俺たちは今日ここに……癒しを求めてやって来たのだ。
猫カフェいつか行きたい……




