見たくない本心
結局俺は梅森の追及を半ば無視する形で学校まで辿り着いた。
何だかんだで幼馴染、昔から何度もあった事例だ。
俺もひたすら無言で居れば何時かは解放してくれることは承知している。
どっちつかずの回答を繰り返してしまい、悶々としている声を聴くのは中々に罪悪感を募らせたがな。
……あぁ勿論声と言っても
「ねぇ、ちょっと聞いてるの?こっちちゃんと見て」
(な、なんで私から顔逸らすの?ひょっとして私井口くんに嫌われてるの?違うよね?)
と、こんな感じで心の方だ。
余計な誤解を招いて申し訳ないが……そのまま胸中の思いに答える訳にも行くまい。
お前の心はまる分かりだったよなんて伝えた挙句にはどうなってしまうのだろうか。
しかも梅森は……内容が内容だしな。
場面は変わって一限目が終わった後の教室。
「いやー私最近ほんと太ってさーブスに磨きかかっちゃうよ」
(お前よりかはマシって自覚してるけどな。精々今日も私を引き立てろよ)
「えー、いや全然ブスじゃないじゃん。だったら私の方がさー」
(本当にめんどいなこいつ。一緒に居ても男受け良くなんねーし距離取ろうかな)
怖えぇ……
目の前で繰り広げられる高度な心理戦にたまらず身震いする。
当たり前だが俺はこの会話に交じってはいない。
ただ勝手に机の前に居座られているだけ。俺なんぞ視界にも入ってないんだろう。
一見良くある和気あいあいとした女子同士の謙遜のし合いに見えるが……その中身はドロドロ。
お互い自嘲に対してそんな事ないよ~と言って欲しいようだ。
気持ちは分からないでもない。
内心を除く際には見つめる必要があるとは言ったが、別にそこまでじっと見る必要はない。
様は相手に対して多少なりとも注意を向ければいいだけだ。
この発動条件の簡単さは勿論メリットにもなる。
心を見ようとしたら毎回
(え?何あいつじっと見て来てんの?きも……)
的な罵倒を聞く羽目にならなくて済むからな。何回も聞いたら大分メンタルがきつい。
しかしそれ以上のデメリットがあるのだ。
何かというと……簡単すぎる点。ここでメリットが裏目に出る。
例えば普段携帯を見ていても突然大声が聞こえれば思わずそちらに意識を向けてしまうだろう?
俺の場合、そういう何気ない視線の微動ですら発動のトリガーになり得るのだ。
心の中を奥まで見ることができる、と言ってみると強大な能力に思えるかもしれない。
だが正確に言うと見えてきてしまう。俺にとってはそういう認識だ。
色々使い道を考えてみれば活用性を疑う余地は無い。
その便利さ故のリスクも相応にあると言うだけで……
一先ず隠しようのない本心の残酷さは知りたくなかった、と断言できる。
俺の目の前の女子二人を見て改めてそう思わされた。
友達同士に見える関係は……互いに利益のみを追求する醜い腹の探り合い。
彼女らに限った話でもないぞ。
このクラスに居る大半の人間は取り繕って日々を生きている。
あどけない笑顔を振りまく一方で、裏で抱える気持ちは真っ黒。
嘘が人間の本質と言われればそれまでかもしれない。
ただ……それを理解しても尚目の当たりにすると中々にきつい現実がある。
この能力は正直手に入れてから傷つくことの方が多い。
更に任意で見ることも出来ない以上、不便と言わざるを得ないだろう。
そんな事を考え一人落ち込む俺の背がとんとんと叩かれる。
振り向くと、そこには見慣れた少女が居た。
「おーい雄太郎。朝から暗いぞー?」
(しょうがない。私が慰めてやりますか)
さっきまで大概人の本心は綺麗なもんじゃないなどと好き勝手言った訳だが、勿論例外はある。
しっかりと心の中でも他人を慮る事のできる優しい人間だっているんだ。
梅森がいい例だろうか。あいつも言葉は厳しいが内面はむしろ優しい方だろう。
そして今俺の前に立つ元アイドル、如月 真帆もその内の一人だ。