ギャップ萌え
俺と梅森は並んで普通に通学路を歩く。小学校時代から毎日のことだ。
約束をした訳でもないが、日常の一部の為に特に疑問を持つことは無かった。
普通の幼馴染としての関係だった頃までは。
いつも通り無表情のまま梅森は口を開く。
「井口君、貴方はメイド喫茶なるものに行ったことがあるのかしら?」
「……行ったことないけど、急にどうした?」
今の所は会話の内容も普通。
…メイド喫茶の話題が普通かどうかは分からないな。
だが、この前の告白(?)があったとは思えない様な空気だ。
願わくばこの流れが続いてほしい所だが……
「何故男性は昔から従順な存在に一定の憧れを持つのかと気になったの」
「……へぇ」
言われてみれば確かにメイドと言うのはいつの時代も一定層の需要があるものだ。
かくいう俺もまぁ……全然嫌いじゃない。
「否定しないと言う事は井口君自身にもそういう願望が多少なりあると捉えてもいいのかしら?」
あ、しまった。これ絶対めんどくさい流れになる奴だ。
梅森の態度が普段と変わらない為にほんの少しだけ油断……というか期待を抱いてしまった。
察した俺は慌てて言い訳を考えるが梅森に先手を打たれてしまう。
「私ならいつでも貴方の言う事に従う従者になれるわ。もし頼みたいことがあったら……」
「いいや大丈夫だ。ていうか俺はメイド系そんな好きじゃないんだよ」
先手こそ打たれたが俺だってただ攻められるつもりもない。
言葉を遮ってでも流れを持ってかれるのを阻止する。
嘘を付くことだって躊躇ってる場合じゃない。
沈黙が数秒続く。
梅森は俺の顔を見て表情を崩さないまま静かに納得する。
「そう、ならいいわ」
(むぅ…メイドさんとかは趣味じゃないのかぁ……うーん)
一見不愛想だが裏では園児の様に不満げに頬を膨らませている。
……前々から気になってたんだが、何でこいつ本音が一々子供っぽくなるんだ?
梅森(裏)…裏森としておこうか。
考えてみると裏森は常にこんな感じだが……それを心内に留めているのは素直に凄いと思う。
何故クールキャラに拘るかは分からないが、表情を作るセンスは才能と言っていいんじゃないか?
「あぁ。そう言えばあの時如月さんに対してありがとうと言ってたものね。そう考えると貴方は人を従わせるより誰かに従いたいタイプなのかしら?」
ぱんと手を叩いて梅森は納得する。
……マズい。露骨に触れてほしくない所を……
「やめろ。そのネタ引っ張んな」
「……ひょっとして図星なの?貴方の趣味嗜好には出来る限り合わせたいからはっきり教えて頂戴」
俺の前に立ってじっと顔を覗き込む梅森。
相変わらず顔に浮かぶのは無。感情が無いのか?とすら思える程だ。
傍から見たら梅森は恋愛という駆け引きにおいてかなり上を行くように見えるかもな。
ポーカーフェイスが上手いのは事実だし。
だが、俺にはそんなもの通じない。
さぁ裏森の声を聴いてみようじゃないか。
(ど、どsキャラ……分かんないよ……でも、頑張るしかないのかな)
動揺を欠片を見せない梅森とは対照的にどもりまくる裏森。
一目瞭然だな、明らかに困惑している。
ここを突ければ俺にも攻撃の番が回ってくるかもしれない。
……が、一番重大な問題がある。
出来れば言いたくないんだが。
俺の……性癖と言うか……好みのジャンルについてだ。
勿論Mなんかじゃないし、メイドも好きだがそこまでじゃない。
今梅森が行おうとしていたどれも正解には当てはまらないんだ。
じゃあ答えは何かというと……ギャップ萌え。
説明はいらないだろう。
一見清楚そうな子が実は……もしくは遊んでいそうな子が根は……的な奴だ。
そして、偶然にも今の状況はマッチしている。
冷静沈着な大人びた美少女の梅森と、少し抜けたところがあるあどけない幼女の様な裏森。
この二面性が……中々に俺の心を揺れ動かしているのだ。
梅森は好みに合わせようとしているが何なら今が正に真っ最中だと言えるだろう。
避けようのない状況に俺はひたすら悶えていた訳だが、あいつにとっては知る由もない話だ。
 




